表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/174

105 新たな季節(2)

「相変わらず君たちは仲がいいね」


 更にびしょぬれになって池から上がってきたバートラムと、仕方なく彼にハンカチを貸してやったメリアローズを見て、ユリシーズが笑う。

 学園を卒業し、いよいよ王太子として本格的に国政に関わることとなったユリシーズだが、完璧王子の名は伊達じゃなかった。

 彼は慣れない政務にも少しも疲れを見せることはなく、持ち前の優秀さが高官たちの度肝を抜いているのだとか。

 まったく、この王子に弱点というものはないのかしら……? と、メリアローズは乾いた笑いが出そうになってしまう。


「バートラム、メリアローズさんを困らせるのはやめろ。公務執行妨害でしょっ引くぞ」

「酷っ! 今日に限っては俺は被害者だからな!?」


 ぎゃんぎゃんと喚くバートラムに対し、ウィレムは不機嫌そうな様子を隠そうともしていない。

 そんなウィレムが身に纏うのは、白を基調とした騎士の装束――王立騎士団近衛隊の正装だ。


 彼は学園を卒業後、兄の後を追うようにして王立騎士団へと入団を果たした。

 所属はなんと……主に王族の護衛の任を担う、花形の近衛隊だ。

 ユリシーズの推薦もあったと聞いているが、彼自身の実力なら当然だと、メリアローズはまるで自分のことのように誇らしく思ったものだ。

 王立騎士団は所属ごとに色の違う騎士服を身に纏っており、ウィレムの所属する近衛騎士隊は白が正装となっている。

 白の騎士服を身に纏い、腰に剣を佩いたその姿は、まさにおとぎ話の騎士そのものだった。

 初めてその姿を見たときはあまりにも眩しすぎて、メリアローズは直視できずに逃げ出してしまったものだ。


 ――はぁ、メガネの癖に、メガネの癖に……! かっこいいんだもの……!!


 そんなことを考えながら、バートラムと口喧嘩を続けるウィレムをぽぉっと眺めていると、傍らから視線を感じた。

 見れば、ユリシーズが生暖かい視線をこちらに注いでいるではないか。

 きっとこの完璧王子には、メリアローズがウィレムに見惚れていたことなどお見通しなのだろう。

 その途端に恥ずかしくなり、メリアローズは慌てて咳払いをして足元の本を拾う。

 ……もちろん「クールな騎士のイケナイ♡誘惑」は真面目な本の間に挟んで、傍からは見えないようにしておくのを忘れずに。


「失礼、そろそろリネットの授業が終わる頃合いなので、戻らせていただきますわ」

「あぁ、頼むよ、メリアローズ」

「リネットとジュリアによろしくな」

「気を付けてくださいね」


 見送る三人に軽くお辞儀をして、メリアローズは颯爽と歩き出した。

 メリアローズはリネットの教師の一人として王宮に上がっているのだ。本来の役目をおろそかにするわけにはいかないだろう。


 ――さて、今日の授業の内容は……。


 メリアローズはリネットの妃教育において、「作法の教師」の一人となっている。

 リネットはユリシーズの婚約者。順当にいけば、未来の王妃だ。

 王妃とは国のトップたる国王を支える重要なポジションであり、国母とも呼ばれる存在である。

 それゆえに、中途半端な覚悟では務まらないのだ。

 リネットも伯爵令嬢。基本的なマナーは押さえているだろうが、王太子妃となれば更なるハイレベルな水準が求められる。

 作法に教養に外国語に……学ぶことは山ほどあるのだ。

 メリアローズはリネットの苦労を思って嘆息した。


 ――敵も多いでしょうし、気は抜けないわね……。


 淑女にとっての美しい所作は、それだけで大きな武器になる。

 ウィレムは剣を手に戦うが、メリアローズたちはそうではない。

 淑女には淑女なりの、武装や戦い方があるのだ。


 メリアローズは曲がりなりにも、幼い頃からユリシーズの妃候補として育てられてきた。

 今までは何故こんな面倒なことをしなければならないのか、と密かに舌打ちしていたが、やっと長年の努力が実を結ぶ時が来たのだ。

 メリアローズが会得したものをリネットに伝授し、彼女を完璧な王太子妃に鍛え上げなければ。

 一見涼しげな顔をしながらも、メリアローズは内心メラメラと闘志を燃やしていた。


 ――ジュリアの方もなんとかしないといけないわね。あの子、まるで基本がなってないんだもの。


 在学中に何度もメリアローズの度肝を抜いてくれたあの田舎娘も、今やリネットの侍女見習いとして王宮を闊歩(かっぽ)するレディの一人となっている。

 今朝も螺旋階段の手すりを猿のように滑り降りたところを、しこたま叱りつけたばかりなのだ。

 あの野生児にどう作法を叩きこむか……と思案しながら、メリアローズはゆっくりと大理石の回廊を進んでいく。


 ――あ、そういえば……。


 ふとあることを思い出し、回廊の角に差し掛かったところで、メリアローズは唐突に足を止めた。


「貸出期限も近いし、書庫に寄って行こうかしら」


 何気なくそう呟いた、次の瞬間――。


「きゃああぁぁぁぁ!!」


 急に絹を裂くような甲高い女性の悲鳴が聞こえたかと思うと、メリアローズの目の前を箒やバケツが飛んで行った。

 更に王宮の侍女のお仕着せを身に纏う少女が一人、掃除道具の後を追うようにしてメリアローズの目の前で転倒した。


 ――あらあらあら……新しく入った子かしら。


 今のはかなりスピード感のある転び方だった。

 大方仕事に遅れまいと走っていたところを、バランスを崩して転倒したというところだろう。

 メリアローズはそれとなく周囲を見回す。

 幸いなことに、彼女の失態を目にしたのはメリアローズただ一人のようだった。


「いたたたた……あ、すみません!」


 少女はやっと今の状況に気が付いたようだ。

 おろおろしながらも慌てたように立ち上がり、飛び散った掃除用具を拾っていく。

 見る限り、やっと15になるかならないかといった年頃だろうか。

 鮮やかなストロベリーブロンドが特徴的な、初々しさを残した可愛らしい少女だ。

 上位貴族の子女であれば、彼女くらいの年齢になれば大抵はロージエ学園に入学することになる。

 だが、下位貴族の……特に女子であれば、高位貴族の屋敷や王宮に行儀見習いに出るという選択肢もある。

 この少女も、おそらく王宮で働きだしたばかりなのだろう。

 メリアローズはそう推測した。


 ――でもこの慌てっぷり……ジュリアだけじゃないのね。


 何かにつけて騒がしい友人を思い出し、メリアローズはくすりと笑う。

 この少女自身のためにも、一応注意はしておいた方がいいだろう。

 ここにいたのがメリアローズだけだったからよかったものの、プライドの高い貴族であればそうはいかない。

 今の失態だけで気分を害し、彼女をクビにすることだってあり得るのだから。


「いくら急いでいても、廊下を走っては駄目よ。高貴な方々への失礼にあたるわ」

「も、申し訳ございませんっ……!」


 メリアローズがやんわりと注意を入れると、少女は地面につきそうな勢いで頭を下げた。

 この様子だと、きっともう同じ過ちは犯さないだろう。

 そう判断し、メリアローズはそっと彼女に声をかける。


「わかってくれたのならそれでいいわ。これからは気を付けてね」

「はっ、はい……」


 頭を下げたままの彼女を微笑ましく思いながら、メリアローズは書庫を目指して再び歩き出す。

 その背中を、頭を上げた少女がじっと見ていたとは知らずに。


「メリアローズ・マクスウェル……」


 彼女の小さな呟きは、既に次はどの本を借りようかと思案するメリアローズには届かなかった。


「絶対に、絶対に許さないんだから……!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 新キャラ登場!! とても、意味深な登場の仕方! とうとうメリアローズのライバル登場!? 正体はウィレムの幼馴染? 自称婚約者!? ドキドキ… [気になる点] 落ち着きのないキャラ、増え…
2020/07/11 05:07 あさちゃん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ