1年が経ちました
「もう、一年が経つのね」
かつての「王子の恋を応援したい隊」の作戦会議室にて。
メリアローズがしみじみとそう呟くと、真向いの席に座っていたウィレムが顔を上げた。
「一年って、何がです?」
「私が悪役令嬢に選ばれてからよ」
「へぇ、そうなんですか」
適当に相槌を打つと、ウィレムは再び手元の本に視線を落としてしまう。
そのどうでもよさそうな反応に、メリアローズはむっと口を尖らせた。
「ちょっと、もう少し興味持ちなさいよ!」
「すみません、あと少しで犯人が分かりそうなところで」
「もう、後でいいじゃない!」
ウィレムの興味が自分よりも推理小説にあるのが悔しくて、メリアローズは「えいやっ!」と本を取り上げた。
メリアローズはウィレムが怒るのを予想していたが、意外にも彼は苦笑しながらメリアローズの方へ視線を向けた。
「はいはい、女王様の仰せのままに」
「……誰が女王様よ」
何はともあれ、ウィレムの興味は自分に戻ってきた。
にやつきそうになるのを抑え、メリアローズはコホンと咳ばらいをする。
「この一年、いろいろなことがあったわ」
「皆で釣りに行ったりしましたね」
「あなた、意外と釣りも上手かったわね。ジュリアには及ばなかったけど」
「あれは反則じゃないですか……」
少し悔しそうなウィレムに、メリアローズはくすりと笑う。
「でも、まさか王子の好きな相手がジュリアじゃなくリネットだったとは思わなかったわ。今までの苦労を返してって感じよね」
「まぁまぁ、丸く収まったからよかったじゃないですか」
「よくないわよ! 散々振り回されてそのオチ!? ってずっこけなかったのを褒めてほしいくらいだわ!……って、あなたは何でそんなに嬉しそうなのよ」
「いや、俺が心配してたのは……王子の好きな相手が、もしかしたら――」
「…………?」
ウィレムは何やら言いかけていたが、ちらりとメリアローズの顔を見ると、言葉の途中で口をつぐんでしまった。
メリアローズは問い詰めようかと思ったが、やめておいた。
こう見えてウィレムは中々頑固な性格なのだ。一度黙ったら、無理やり聞き出せる気はしなかった。
「……まぁいいわ。結果的に私の華麗な悪役令嬢っぷりのおかげで、王子の恋を叶えることができたんだもの。ふふ、自分の才能が恐ろしいわ……!」
「自分でそう言っちゃうところが、いかにもメリアローズさんって感じですよね」
「何よ、馬鹿にしてるの!?」
「いいえ、褒めてるんですよ。あなたのその類い稀な才のおかげで、俺たちはやってこれたんですから」
「それならいいけど……」
うまく丸め込まれた気がしないでもないが、まぁいい。
メリアローズは上機嫌で用意しておいたマカロンを口に運んだ。
ふと視線をウィレムに向けると、彼は再び先ほどの本に夢中になっていた。
読み終わったら感想を聞いて、面白そうだったら貸してもらおう。
メリアローズは頭の片隅にそう書き留める。
彼はひどく真剣に、推理小説を読み込んでいるようだ。
――……読書だったら、別にここじゃなくてもいいのに。
自分で言うのもなんだが、メリアローズに邪魔される可能性があるこの部屋よりも、読書に集中できる場所はいくらでもあるだろう。
それなのに、どうして彼はここに来たのだろう。
そう尋ねようとして、メリアローズは喉まで出かけた言葉を、マカロンとともに飲み込んだ。
――言わない方が、いいこともあるのよね。
「他の場所の方が読書に向いてるんじゃない?」とメリアローズが口にすれば、彼はその言葉通りにどこかへ行ってしまうかもしれない。
それは……なんとなく嫌だった。
だから、教えてなんてやらないのだ。
「一年、経ったのよね……」
メリアローズは再びぽつりとそう口にする。
するとウィレムは、小さく笑う。
「そんなに感慨深いですか」
「まあね。私が悪役令嬢になってから一年。それに――」
――あなたと出会ってから、一年でもあるのよ……。
そう口にしようとしたが、何となく恥ずかしくなってしまう。
メリアローズは喉まで出かかった言葉を、紅茶とともに飲み込んだ。