【コミカライズ配信記念】悪役令嬢の優雅なる采配③
呆気にとられるメリアローズたちをよそに、ジュリアの暴走はとどまることを知らないかのように、ヒートアップしていく。
「よく近所でカエルとって、スープの具にして食べてたんですけど……お茶に入ってるのは初めてです! わー、どんな味がするのかなー?」
にこにこと嬉しそうに笑うジュリア。そんな彼女の口から飛び出る言葉に、メリアローズは完全に固まってしまう。
ジュリアの背後では、バートラムが「やっちまった……」とでも言いたげに手で顔を覆っている。
カ、カエルをスープの具にして食べていただと……?
そんな習慣、間違いなくこの王都にはない。カエルを食すなど、野蛮な行いだとメリアローズは考えていた。
……そう、メリアローズは、ジュリアの田舎娘っぷりを侮っていたのだ。
だが、気づいても後の祭りだ。
まさか、嫌がらせのつもりで渡したカエル料理に食いついてくるなんて……。
固まるメリアローズの前で、ジュリアは嬉しそうにタピオカミルクティーを眺め、グラスを持ち上げた。
「それでは、いただきますね」
愛らしくジュリアはごきゅごきゅ、と豪快に腰に手を当てて、ミルクティーを一気飲みした。
グラスの底にたまったタピオカが、ジュリアの口内へと吸い込まれていく。
メリアローズは戦々恐々と、その様子を見守ることしかできなかった。
「ふーん、カエルの卵ってこういう食感なんですね……」
もぐもぐとタピオカを咀嚼するジュリアに、メリアローズは気が遠くなりそうになってしまう。
カエルの卵だと思い込ませたはずなのに、彼女は少しもタピオカミルクティーを飲むのを躊躇しなかった。
メリアローズは、作戦の失敗を悟った。
更には、ジュリアのとんでもない一面を発見してしまったことに、目の前が真っ暗になりそうだった。
だが、そんなメリアローズの気を知ってか知らずか、ジュリアはきらきらと瞳を輝かせて、さらに追撃を加えてくる。
「すごくおいしかったです! ありがとうございます、メリアローズ様。カエルの卵をお茶に入れるなんて、都の方々は本当におしゃれなんですね!」
一体全体、どのあたりを見て「おしゃれ」などと称したのか、メリアローズにはさっぱりわからなかった。
ジュリアのセンスは独特すぎるのだ。メリアローズには到底理解が及ばないほどに。
メリアローズはいっそ、走ってこの場から逃げたしたいような気分だった。
――くっ、でもここで私が逃亡するわけにはいかないわ……! 悪役令嬢の矜持にかけてっ!!
ヒロインたるジュリアの前で、みっともない姿は見せられない。
くるくると巻かれた髪を優雅に払い、メリアローズは動揺など欠片も表に出さずに笑ってみせる。
「ふふ、喜んでもらえたようね」
「はいっ! とってもおいしかったです!! メリアローズ様は、他にはどんなカエル料理がお好きなんですか? 私はスープもいいけど、やっぱり丸ごと唐揚げが一番好きなんです!!」
丸ごと唐揚げ……一瞬その絵面を想像し、メリアローズは即座に思考をシャットアウトした。
ダメだ、想像してはいけない。
一瞬イメージしてしまっただけでも、足が震えて冷や汗が出てくる。
メリアローズの傍らに控えたリネットと、ジュリアの背後のバートラムも青い顔をしている。
たった一人、ジュリアだけがまるで場違いのように、にこにこと嬉しそうな笑みを絶やさなかった。
――こ、ここはなんて答えればいいの……!!?
ジュリアの無邪気な質問に、メリアローズは窮地に陥っていた。
カエルのスープとカエルの唐揚げのどちらが好きか、だと?
そんなの、どっちも勘弁である……!
しかし、タピオカミルクティーを差し入れてしまった以上、「カエル料理なんて食べたことがありません」などと言えなくなってしまった。
答えに窮し、メリアローズはだらだらと冷や汗をかく。
いつもはすかさずフォローを入れてくれるリネットも、カエルの唐揚げに相当ダメージを負ったのか、青い顔をして震えていた。
だが、そんな時……意外なところから助けはやってきた。
「やぁ、みんな揃って楽しそうだね」
この場の緊迫した空気に気づかないのか、のんきに声をかけてきたのは……王子の(以下略)隊のターゲットの一人、ユリシーズ王子だった。
傍らには、王子をここまで誘導したと思われる、ウィレムの姿もあった。
――おっっっそーーーーい!! でも助かったわ!!
できればジュリアがタピオカミルクティーを口にする前にやってきてほしかったが、今は文句を言ってられる状況ではない。
メリアローズは天の助けとばかりに、やってきたユリシーズの腕にしがみついた。
「まぁ、ユリシーズ様! こんなところでお会いできるなんて!!」
ジュリアに見せつけるように、メリアローズはぴったりと王子に密着してみせる。
「ジュリアさんはバートラム様とお勉強中だそうです。邪魔をしては悪いので、そろそろお暇しませんこと? わたくし、今日はゆっくりユリシーズ様とお話ししたい気分ですの」
とにかくこの場から逃げたい一心で、メリアローズは甘えるようにそう口にした。
ここでユリシーズがジュリアを優先するならそれでよし。
仕方なくメリアローズの要望を聞いても……まぁ、この場から脱出できるならそれでよしとしよう。
いまだかつてないほど真剣に、王子に縋り付きながら、メリアローズは彼の返答を待った。
「あぁ、いいんじゃないかな。どうせなら、ウィレムと……リネットも一緒にどうだい?」
この場の緊迫した空気に気づかないのか、ユリシーズはいつも通りのロイヤルスマイルでそう告げた。
あえてウィレムとリネットを誘ったのは、鬱陶しい婚約者であるメリアローズと二人きりになりたくなかったのだろう。
ここは「二人っきりの放課後デート♡」をジュリアに見せつけて、嫉妬を煽りたかったが……とにかくこの場から離脱できるのなら何でもいい。
「それでは参りましょう? バートラム様、ジュリアさん、せいぜい落第しないように頑張ってくださいな」
嫌味っぽくそう言い放ち、「あとは任せた!」とバートラムにアイコンタクトを送ると、メリアローズはユリシーズを引きずるようにしてその場から逃げ出した。
そのあとを、必死にウィレムとリネットが追いかけていく。
放課後の学園内に高笑いを響かせながら、メリアローズは自分自身に言い聞かせる。
――……まあいいわ。これで、ジュリアは私に嫉妬するはずだし、王子は私に愛想をつかすだろうし、逃げ出した生徒たちは悪役令嬢の恐ろしさを思い知ったはずだし……結果的には勝利よ! 大勝利なのよ!! あぁ、敗北を知りたい!!
いつか訪れるはずの断罪イベント&婚約破棄に向けて、今日も一歩前進したのだ。
置いてきたバートラムのことなどはすでに頭から消え、メリアローズはつかの間の勝利に酔いしれた。
「ふふ、うふふふふふ……!」
「随分と楽しそうだね、メリアローズ」
「えぇ、最高の気分ですわ!!」
楽しそうに笑うメリアローズに、いつも通り何を考えているのかわからない、穏やかな笑みを浮かべる王子。
そんな二人を見て、ウィレムとリネットは今後の苦労を思って嘆息したのだった。
この話を書くにあたってカエル料理を調べたのですが、クック〇ッドに普通にレシピがあって驚きました……。
次回はおまけを更新予定です!