悪役令嬢の華麗なる浮気調査⑤
「すっ、すみません取り乱してしまいまして……」
ソファごとひっくり返ったシャルロットをウィレムとメリアローズで何とか救出する。
するとシャルロットは、わたわたとメリアローズに何度も頭を下げていた。
「ままま、まさか公爵家のお嬢様だとは露知らず……失礼な真似をしてしまったことをお許しください……!」
哀れなほど低姿勢で謝られ、メリアローズの方が慌ててしまう。
「失礼な真似だなんてとんでもない! ウィレムのご家族なら、私にとっても他人ではないのだから。仲良くしてくださると嬉しいわ」
にこりと笑ってそう告げると、シャルロットはぱっと嬉しそうに頬を朱に染めた。
「い、いいんですか……?」
「えぇ、私ももっとあなたとお話ししてみたいの、シャルロットさん。よろしければこの後、うちでお茶でもいかが? せっかくのティータイムが台無しになってしまったことだし」
「はいっ! 是非!!」
その場で小躍りしそうなほど喜色を露わにするシャルロットに、メリアローズは頬を緩ませる。
――見た目はリネットに似てるけど……中身はジュリア系ね。いろんな意味で。
ウィレムと妹だと言うだけでなく、どこか彼女に親しみを覚えるのもそのせいかもしれない。
そんなことを考えていると、ふとシャルロットがメリアローズに問いかけた。
「そういえば、ウィレムとメリアローズ様はどういう関係なんですか?」
ち、直球すぎる……!
ド直球にそんな質問を投げつけられ、メリアローズはぴしりと固まった。
シャルロットの方はただの純粋な興味だったらしく、キラキラとした瞳でメリアローズの方を見つめている。
――なな、なんて答えればいいの!? こういう時は!!
穏やかに微笑みながらも、メリアローズの心の中は大パニックに陥っていた。
今までだって、まったく何の思い入れもない令息との噂を立てられたことがないわけではない。
そんな時は、優雅に笑って「あら、無粋な質問はよしてくださいな。秘すれば花、でしょう?」と適当にはぐらかすことは簡単だった。
だが、今回はそうはいかないのである。
彼女はウィレムの妹だ。ここで答えた内容は、そのままウィレムの家族へと伝わると考えてよいだろう。
そう考えると、ますますメリアローズは緊張してしまう。
――私とウィレムの関係……そもそも、今の私とウィレムって、どういう関係なの……?
ウィレムはメリアローズのことを好きだと言った。メリアローズも、同じ思いを抱いている。
友人の域を超えてはいるが……恋人というには、一歩足りないのだ。
――ウィレムだったら、なんて答えるのかしら……。
ちらりとウィレムの方へ視線をやると、彼もこちらを見ていたのでメリアローズは驚いてしまう。
ウィレムは「任せてください」とでもいうようにメリアローズに向かって頷くと、シャルロットの方へと向き直り、口を開いた。
「シャルロット。メリアローズさんは、俺の……友人だ。ロージエ学園の同級生でもある」
――友人
その響きに安心したのと同時に、メリアローズはどこか落胆を覚えている自分に気がついていた。
「メリアローズ様、本当ですか?」
無邪気に問いかけてきたシャルロットに、メリアローズは表面上は穏やかに頷いてみせる。
「えぇ、あなたのお兄様とは仲良くさせていただいているわ」
「よかったぁ。メリアローズ様ってすっごく綺麗だから、てっきりウィレムが一方的に付きまとってるんじゃないかと思っちゃいました!」
てへへ、と笑うシャルロットに、ウィレムが呆れたように呟く。
「人をストーカーみたいに言うんじゃない。万が一そんな関係だったら、俺はとっくにマクスウェル家に消されてる」
「もぅ、大げさよ!」
くすくすと笑っていると、コンコン、と部屋の戸をノックする音が聞こえた。
ウィレムが立ち上がり応対する。どうやら店の者が、馬車の準備が整ったと伝えに来てくれたようだ。
すると、慌てたようにシャルロットが立ち上がった。
「あっ、その前にお手洗いお借りしてもいいですか?」
はーい、と手を上げてそう言いだしたシャルロットに、ウィレムは額を押さえて大きくため息をついた。
「まったくお前は……一応貴族令嬢なんだからもう少し恥じらいを持てよ。いい機会だからメリアローズさんを見て勉強しておけ」
「むー! 生理現象なんだからしょうがないでしょ! ウィレムのバーカ!!」
口喧嘩を繰り広げる兄弟を尻目に、メリアローズはこそりと店の者へと問いかける。
「私たちはここで待っているから、案内してもらえるかしら?」
「はいっ、こちらへどうぞ」
シャルロットはぷりぷりと怒りながら、店の者と一緒に部屋を出て行った。
その様子を見送って、メリアローズはふぅ、と一息つく。
すると、ウィレムが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「……すみません、躾のなっていない妹で」
「そんなことを言うものじゃないわ。いいじゃない、可愛らしくて」
「あれでもうすぐ社交界デビュー! なんてはしゃいでるんだから、心配になるんですよ……」
「ふふ、ジュリアでもなんとかなるんだもの。そう心配しなくても大丈夫よ」
きっと彼女にきつく言うのも、ウィレムなりの兄心なのだろう。
そう思うと微笑ましく感じられて、メリアローズはくすくすと笑う。
「私もあの子の手本になれるように頑張らないとね。……お兄様の、友人として」
「…………気にしてるんですか、さっき言ったこと」
ずばり心の内を言い当てられ、メリアローズは息が止まりそうになってしまう。
すると、膝の上に置かれたメリアローズの手に、ウィレムの手がそっと重ねられる。
それだけで、メリアローズの鼓動が大きく音を立てた。
「俺だって、堂々と言いたかったんですよ。お前が憧れてるこの女性は、俺の恋人だって」
「……言ってもよかったのに」
「シャルロットは口が軽い。あいつはすぐ人にぺらぺら話すから、うっかりあなたの兄君の耳に入ったら……俺は最悪消される。運よく消されなくても、あなたから遠ざけられるのは確実です」
「そうかしら……」
メリアローズは、自身の兄はそんなに過激派だっただろうか……と反芻した。
彼は自分に甘々だとメリアローズは自負している。その愛情を、たまに重いと思うことがないとも言えない。
そう考えため息をついたメリアローズに、ウィレムはそっと囁いた。
「でもいいんです。いつか必ず、あなたとの仲を認めさせますから」
はっきりとそう告げたウィレムに、メリアローズの胸は熱くなった。
彼は、ちゃんとメリアローズのことを考えてくれていたのだ。
甘えるようにもたれ掛かり、メリアローズはそっと告げる。
「そうしたら……もう一度、シャルロットに私のことを紹介してくれる?」
「えぇ、必ず」
力強く頷いたウィレムに、メリアローズは一気に頬が熱くなるのを感じた。
その途端なんとなく恥ずかしくなって、メリアローズはそっぽを向いて、なんとかウィレムをからかってやろうと口を開く。
「でも、あなた結構シスコンの気があったのね」
「え?」
「妹の為にカフェの新作のケーキまで把握してるなんて、中々でしょう?」
ウィレムなら慌てて否定してくるだろうとあたりをつけ、メリアローズはにやにや笑ってそう告げる。
すると、メリアローズの予想とは裏腹に、ウィレムはどこか気まずそうにぽそりと呟いた。
「あれは、その……あいつの為とかじゃなくて――」
「別に照れなくてもいいじゃない。優しいお兄様」
「いえ、あれは…………あなたが、ああいうの好きそうだと思って」
照れたように、ぼそぼそとウィレムはそう口にした。
その意味を理解した途端、メリアローズは首まで真っ赤になってしまう。
――私の為に、私が好きそうなものをチェックしてくれてたってこと……!?
別に、デートの約束をしていたわけではない。それでも、ウィレムがメリアローズの好みそうなものをチェックしてくれていた。
メリアローズのことを、考えていてくれたのだ。
たったそれだけのことで、体中がじんわりと熱くなってしまう。
今までだって、メリアローズに求愛する者たちから、庶民でも口にできるようなケーキとは比べ物にならないくらいの贈り物を受け取ることはあった。
花束、菓子、ドレス、宝石……。
だが、そのどれもが、今ほど心を揺さぶったことはなかっただろう。
「私のこと、考えてくれてたの……」
ぽつりとそう呟くと、俯いていたウィレムが顔を上げ、まっすぐにメリアローズの方を見据えた。
そっと手を握られ、それだけでメリアローズは心臓が口から飛び出してしまいそうになる。
「俺はいつだって、あなたのことを――」
言葉の途中で、廊下からぱたぱたと足音が聞こえてきて、二人は弾かれたように距離を取った。
「お待たせしましたー!」
勢いよく飛び込んでくるシャルロットを注意するウィレムを眺めながら、メリアローズはいつかの未来を思い描く。
――いつか、シャルロットに本当のことを告げて……他のご家族にもきちんとご挨拶をしたいわ。
そんな未来が訪れることを願いながら、メリアローズはそっと立ち上がる。
◇◇◇
「はぁ~、すごかった、マクスウェル家……」
無事にマクスウェル家でのティータイムを終え、これ以上シャルロットが醜態を晒さないうちに……と、ウィレムは妹を引っ張って帰路に就いていた。
シャルロットはメリアローズとティータイムを供にしたことがよほど嬉しかったのか、ふらふらと酔っぱらいのような足取りで、しょっちゅう何かにぶつかっていた。
今も、酒場の前に置かれていた樽に引っかかって転んだシャルロットを助け起こしながら、ウィレムは嘆息した。
シャルロットはよほどハイになっているのか、未だに夢見心地な顔をして、うわごとのようにぶつぶつ呟いている。
「メリアローズ様って、本当に素敵な御方ね……。とっても冷たくて意地悪な悪女……なんて噂もあったけど、所詮噂ね!」
どうやら領地に引っ込んでいた妹の元にも、国一番の公爵令嬢の噂は届いていたらしい。
悪役令嬢時代の名残か、王都から離れた地では、未だに悪女メリアローズの噂が幅を利かせているようだ。
本人が知ったらどう思うだろうか、と考え、ウィレムはくすりと笑う。
「でも、ウィレムとメリアローズ様が仲の良い友人だなんてまだ信じられない! ねぇねぇ、ほんとにメリアローズ様に失礼なこととかしてない?」
メリアローズ本人に確認したというのに、シャルロットはいまだにウィレムのことを「メリアローズファンクラブの会員」くらいにしか思っていないようだ。
ウィレムはあえて、領地の家族にはメリアローズとの関係を黙っていた。
多少の噂は届いているだろうが、どうせウィレムの片思いで、いいようにあしらわれているだけだと、向こうでは笑われていることだろう。
いつかきちんと報告できる時が来たら、それこそ皆驚きでひっくり返るかもしれない。
「してないと何度言えば……。なぁ、ロッティ」
静かに呼びかけると、妹はくるりとウィレムの方を振り返る。
「……メリアローズさんのこと、好きか?」
ゆっくりとそう問いかけると、シャルロットはすぐに満面の笑みで答えてくれた。
「うん、大好き! 私も学園に通うようになったら、もっとメリアローズ様に近づけるかなぁ……」
うっとりとそう語るシャルロットに、ウィレムはどこか安堵していた。
メリアローズとシャルロット。
正反対の二人だが、どうやらうまくやれそうだ。
「残念、お前が入学する年には俺たちは卒業してる。でも……王都に住んでれば、会える機会は増えるんじゃないのか」
「だよね! はぁ……私、あのメリアローズ様とお茶をしたなんて、今も信じられない……」
再びふらふらと夢遊病患者のように歩き出した妹を眺めながら、ウィレムは苦笑した。
今でさえこんな状態なのに、本当のことを告げたらいったいどうなってしまうのだろう。
――その日までに、ちゃんと貴族令嬢として恥ずかしくない作法を身につけさせねば。
ウィレムはそう一人意気込み、シャルロットの後を追って歩き出した。
浮気調査編はこれで一段落です。
来週は1章の頃の小話を更新予定です!