悪役令嬢の華麗なる浮気調査④
こそこそと隠れるように三人がやって来たのは……マクスウェル家が出資している商店の一つだ。
店長はいきなりマクスウェル家のお嬢様であるメリアローズがやって来たことに驚いていたが、少し部屋を貸して欲しいと告げると、快く応じてくれた。
「少し落ち着いたら屋敷に戻ろうと思うの。迎えの馬車を呼んでおいてもらえるかしら」
「はいっ! メリアローズお嬢様の仰せのままに!!」
マクスウェル家の名前って、こういう時は役に立つのよね……と、メリアローズはほっと息を吐いた。
少なくとも、これで少しは落ち着いて話ができそうである。
案内された応接間には、上質なマホガニーのテーブルを挟むようにして、対面する形で両側にソファが置かれている。
まずメリアローズがその片方に腰を下ろし、対面側に少女が腰かける。
さて、この状況でウィレムはどちらに座るのかしら……? とメリアローズは一瞬考えてしまったが、ウィレムは特に迷うそぶりも見せずメリアローズの隣に腰を下ろした。
「……えっ?」
「どうかしたんですか、メリアローズさん」
思わず驚嘆の声を漏らしてしまったメリアローズに、ウィレムは不思議そうに首を傾げた。
「べ、別に何でもないわ……」
そんなんじゃあの子に愛想つかされるわよ……と、メリアローズはそっと正面の彼女の様子を伺う。
だがウィレムの恋人(仮)であるはずの少女は、落ち込んだり嫉妬する様子はどこにもなかった。
それどころか、目を輝かせて興味深げにウィレムとメリアローズの方を眺めていたのだ。
……修羅場の前触れにしては、何かおかしい。
いぶかしむメリアローズと視線が合った途端、少女は慌てたように、ぺこりと大きく頭を下げた。
「あのっ……! さっきは助けていただいて、本当にありがとうございます!!」
「ウィレムは私の恋人なのよっ! この泥棒猫!!」と、恋愛小説さながらのバトルが始まるかと思いきや、いきなり深々と頭を下げられてしまった。
想定外の展開にメリアローズの方が慌ててしまう。
「いえ……むしろ、余計な首を突っ込んでしまったようだけど……」
この少女は正拳突き一つでチンピラを撃退してみせたのだ。
あの場でメリアローズがしゃしゃり出なくても、彼女なら簡単に彼らをあしらえただろうに。
だがメリアローズがそう言うと、少女はぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことないです! 私、びっくりして……どうしていいかわからなくて……だから、あなたが来てくださったときは本当に心強かったんです!」
熱っぽくそう告げた少女に、メリアローズはほっと胸をなでおろす。
どうやらメリアローズのお節介も、無駄ではなかったようだ。
「でも、まさかウィレムの知り合いの方だったなんて!」
無邪気にそう口にする少女に、メリアローズはびくりと体を跳ねさせてしまった。
――知り合い、か……。まぁ、自分が恋人だと思っていたらそう考えるわよね……。
まさか彼氏の浮気相手が、自分を助けにしゃしゃり出てくるなどとは思わないだろう。
彼女にとって今のメリアローズは、自分の恋人を奪った悪女ではなく、危ない所に助けに入ってくれた親切な人だと思われているようだ。
さあ、ここでどっちを選ぶか白黒はっきりつけようじゃないの!……と今まさに修羅場を始めようとしていたメリアローズは、思わずごくりと息をのんだ。
少女のあどけない笑顔を見ていると、メリアローズはここでウィレムを問い詰めるのをためらってしまう。
――どんな結果になっても、きっと彼女は傷つくでしょうね……。だったら私は……大人の対応をするべきよ。
間違ってもここで「オホホ、あなたの恋人は私に愛の告白をしてきましたけど、どう思うかしら!?」などと喧嘩を吹っ掛けてはいけない。
純朴な少女を傷つけないように、ここは穏便にあたり障りないように済ませ、後でウィレムとメリアローズだけでしっかりと話し合うべきだろう。
そう考えちらりとウィレムの方へ視線をやると、彼もそっと頷いた。
――よかった、ウィレムもちゃんとわかって……
「おいロッティ、はしゃいでないでちゃんと挨拶しろ。この人を誰だと思ってる」
ちっがーう!! メリアローズは思わずソファからずり落ちそうになってしまった。
これではまるで、「あら、ここはきちんと下々の者から敬意を払うべきではなくって? だって私は公爵令嬢なのよ!?」メリアローズがと脅したようではないか!
ウィレムのバカ!……とメリアローズが怒る間もなく、少女は慌てたように再び頭を下げ始めた。
「そうですね、すみません! 私、調子に乗っちゃって……」
別に気にすることはないわ、とメリアローズは声を掛けようとしたが、次に彼女が口にした言葉に、そんなことはすっかり頭から吹っ飛んでしまうのであった。
「初めまして、私……ウィレムの妹のシャルロット・ハーシェルと申します!」
…………え?
妹?
妹……?
……妹ですって!!?
「に、似てないっ……!!」
思わず心の声が出てしまったメリアローズに、ウィレムは何でもないように告げる。
「あぁ、ロッティ……シャルロットは余所から嫁いできた祖母によく似てますからね。見た目は兎で中身は大熊、なんてよく領地ではよく馬鹿にされてて」
「やだっ! 余計なこと言わないでよ! ウィレムのバカ!!」
恥ずかしそうに顔を赤くした少女はとても愛らしく繊細で、ウィレムには全くと言っていいほど似ていなかった。
――そういえば……妹がいるとか前に言ってたわね……。
だがウィレムと少女は、髪の色にも目の色にも顔立ちにも共通点がなく、一見して兄妹にはとても見えない。
前に会ったアンセルムはウィレムによく似ていたので、メリアローズは無意識にウィレムの家族は皆ウィレムに似ているのだと思い込んでいた。
だから、ウィレムと一緒にいる少女を見ても、「あら、あの子が妹さんかしら?」などという考えは欠片も思い浮かばなかったのである。
――なんで、なんでその可能性に思い至らなかったのかしらっ……!
ウィレムが妹と一緒にいるところを見つけて、「あいつは浮気しているに違いない!」と決めつけ尾行するなど、今考えると顔から火が出そうになるほどの失態だ。
――でも、彼女が妹さんだってことは、ウィレムは浮気なんてしてなかったんじゃない……!
メリアローズは心の中で、疑ってしまったことをウィレムに謝罪した。
それと同時に、落ち込んでいた気分がどんどん上向きになっていく。
――あの子はウィレムの妹……。だったら、私も情けない姿は見せられないわ……!!
ウィレムの身内に悪印象は与えたくはない。
さすが公爵令嬢! と言われるような、そんな女性に見せなくてはないのだ。
そう考え1秒で復活したメリアローズは、未だ口喧嘩を続ける兄妹に視線を戻し、優雅に口を開く。
「ウィレム、いくら身内とはいえ、レディが傷つくようなことを口にするのはどうかと思うわ」
「そうです! ウィレムのバカ! 芋男!!」
「メリアローズさん、あなたのような生粋のお嬢様とこいつを一緒にしてはダメです。こいつはただの田舎の悪ガキですから」
「まったく……随分と失礼なお兄様ですこと。ねぇシャルロットさん、そうは思わない?」
「は、はいっ!」
メリアローズに同意を求められ、シャルロットは頬を染めて嬉しそうに頷いた。
――よしっ、好感触!
メリアローズは確かな手ごたえに内心でガッツポーズを取ると、にこりと優しい笑みを浮かべ、正面に座るシャルロットに告げる。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありませんわ、シャルロットさん。わたくし、メリアローズ・マクスウェルと申します。どうぞ、お見知りおきを」
メリアローズがそう名乗った途端、シャルロットはぴしりと凍り付いたように固まってしまった。
あれ、何かまずいこと言ったかしら……? と内心で慌てるメリアローズの前で、シャルロットはぎぎぎ……とぎこちない動きでウィレムの方を向き、そっと問いかける。
「マクスウェルって、まさか……マクスウェル公爵家? お城の宰相様の……?」
「……あぁ、そうだ。宰相閣下はメリアローズさんの父君にあたる」
ウィレムが重々しく告げた途端、シャルロットはひっくり返った。
ソファに腰かけたまま、ソファごと文字通りひっくり返ったのだ。
そして、彼女は素っ頓狂な叫びをあげた。
「ええええぇぇぇぇぇ!!!??」
ちなみにウィレムの妹への言及は、1章の39話に1回だけ出てきます。
覚えててくださった方がいらしゃったらすごいです!