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101 シスコンVSブラコン

「いやあ、噂の聖騎士殿にわざわざご足労頂けるとは、誠に喜ばしい」


 明らかに敵意が透けて見える棒読みで、そんなことをのたまう公爵家の次期当主に、聖騎士――アンセルムは苦笑した。

 王国祭の最中に起こった、マクスウェル公爵令嬢誘拐、そしてユリシーズ王子への襲撃事件。

 その顛末の報告……というのは建前で、実際はもっと私情が入り混じる話をしようと、アンセルムはここマクスウェル公爵邸に足を運んだ。その甲斐あって、こうして次期当主――アーネストにお目通りがかなった状況である。

 今回の事件の顛末は公にはされていないが、マクスウェル公爵家はメリアローズの誘拐の件もあって、裏で随分と動いていた。

 捜査の進展具合、今後の対策等あらかたの報告を済ませると、アーネストは不満を隠さない表情で呟く。


「それにしても……あんなに簡単に王太子への接近を許すとは、周りにいたはずの警備の者はマネキンか何かだったのか?」

「誠に耳が痛い限りです」


 アンセルムとて、今回の事件については完全に警備隊の不手際だったと認識している。

 長く平和が続いているこの王国で、騎士や兵士たちも少し腑抜けてきているのかもしれない。

 これは一から鍛えなおしだな……と頭の片隅に書き留めて、アンセルムはアーネストに視線を戻す。

 彼は、訝し気な視線をじっとアンセルムの方に注いでいる。


「さて……そろそろ本題に入ったらどうだ?」


 不機嫌さを露わにしてそう告げたアーネストに、アンセルムは苦笑した。

 ウィレムから想い人の兄である、彼のシスコンっぷりについては聞き及んでいたが、まったく噂に違わぬ溺愛っぷりのようだ。


「失礼いたしました。……うちの弟と、閣下の妹君のことですが――」

「ウィレム・ハーシェルには最低限、大会で結果を出して見せろと伝えた。その結果、彼は途中で大会を棄権し優勝を逃した」


 ぴしゃりとそう告げたアーネストに、これは取り付く島もないな、とアンセルムは頭を悩ませた。

 なんとかもう一度チャンスをくれと頼みに来たのだが、彼の態度は頑なだ。


「一体君はどういう教育をしているんだ。あの状況なら、わざわざ彼自身がメリアローズの救出に向かわなくても、いくらでも他の者がいただろう。目先のことにとらわれて、大局を見失ったな。稚拙な判断能力だ」


 馬鹿にしたようにそう口にするアーネストに、アンセルムはくすりと笑う。

 彼の言うことはわかる。彼や自分のように多くの者の上に立つ者ならば、時に情より利を優先しなければならないこともある。

 そう言った観点から見れば、先日のウィレムの行動は失格と捕られても仕方ないだろう。

 だが……



「……騎士という生き物は、愛を捧げる乙女の窮地に駆け付けずにはいられないものなんですよ」



 たとえ勝つ見込みのない大軍が相手でも、叶うはずのない愛でも、それでも進まずにはいられない。

 アンセルムがどこかに置き忘れてしまったような情熱を、伝説に残る騎士のような生き方を、ウィレムは持っている。

 その姿をアンセルムはどこか誇らしく、羨ましくも思っていた。

 だからこそ、こうしてアーネストにもう一度機会をくれと請願に来たのだ。


「結果的に、ウィレムによってメリアローズ嬢は無事に救出されました。そのあたりは少しくらい評価していただきたいものです」


 アンセルムに少しも退く気がないと悟ったのだろう。アーネストは氷のように冷たい視線をこちらへとよこした。

 しばらく、二人とも何も言わず、その場は沈黙に包まれる。

 その沈黙を破ったのは……アーネストのため息だ。


「まったく……ハーシェル家の人間の頑固さは筋金入りだな」


 呆れたような表情で足を組みなおし、アーネストは苦笑した。


「……もう察しているかとは思うが、完全に彼を失格とみなしたのなら、今もメリアローズの周りをうろちょろさせたりはしていない。とっくに排除しているさ」


 やはりそうか、とアンセルムは表情には出さずに納得した。

 あの事件以来、ウィレムは暇さえあれば自主的にメリアローズの護衛という名目で彼女の傍にいた。

 マクスウェル家が完全にウィレムを排除するつもりなら、ぬけぬけと大事な姫君に近づけさせたりはしないだろう。

 ウィレムが今もメリアローズの傍にいられるのは、その状況をマクスウェル家が黙認しているということに他ならない。


「少なくとも、君の部下の木偶の坊共よりは役に立ちそうだからな。もっとも……あそこでメリアローズよりも大会を選ぶようなら、二度とメリアローズには近づけさせなかったけど」


 視線を落としそう呟いたアーネストに、アンセルムは心の中で弟に称賛を送った。

 どうやら、ウィレムの選択は間違っていなかったようだ。


「それでは、二人の交際を認めていただけるということでよろしいですか?」


 にっこりと笑ってそう口にすると、アーネストは明らかに不快そうに表情を歪めた。


「は? 誰がそんなことを言った? ただ、門前払いは勘弁してやると言ったまでだ。君の弟が不相応にメリアローズに近づく身の程知らずだという事実は何も変わっていない」


 さすがは鉄壁のシスコン。諦めが悪い。

 早口でまくし立てるアーネストに、アンセルムは心の中で苦笑した。


「メリアローズは我がマクスウェル公爵家の、たった一人の娘だ。望めば大陸中の王族貴族に嫁ぐことができるだろう。それこそ、何も持たない騎士崩れにくれてやるような存在ではない。ただ……」


 アーネストはそこで言葉を切ると、何かを思い出すかのように窓の外に視線を向ける。


「ただ、それ以上に…………メリアローズは私たちの大事な家族なんだ。私たちだってできることなら、少しでもあの子が望む相手に、あの子のことを任せたいと思っている」


 窓の外には、美しい薔薇が咲き誇っていた。愛おし気にその花々を眺め、アーネストは優雅に足を組みなおす。

 そして、今度はむすっとした表情でアンセルムの方を振り返る。


「現時点で、君の弟はスタート地点に立ったに過ぎない。そのことを忘れるな。今後、メリアローズにふさわしくないと我らがみなせば、その時点で即刻引き離すのでそのつもりで!」

「えぇ、肝に銘じておきましょう」

「いいか、まだ交際は認めていない! 慎ましく文通もしくは交換日記から始めろと、君の弟に伝えろ!!」

「仰せのままに、閣下」


 笑いだしたくなるのを必死に堪えて、アンセルムは素早く部屋を辞した。

 二人ともあれだけ傍にいるのだから、交換日記はまだしも文通の必要性はまったくないような気はするのだが……あれはあれでアーネストなりに譲歩した結果なのだろう。

 ……意外と可能性はありそうだ、とアンセルムは一人笑いをかみ殺した。


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