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99 王子と王子と悪役令嬢

 やっと迎えた王国祭最終日の夜。

 盛り上がりの冷めやらない楽しげな音楽を遠くに聞きながら、メリアローズは目の前のユリシーズに問いかけた。


「それで、話とは?」


 つい数時間前、国民の前で溢れんばかりのロイヤルオーラをまき散らしながら挨拶し「王子のあまりの神々しさに失神した者の数」の記録を更新したばかりのユリシーズは、その時とは打って変わって深刻な表情をしていた。

 彼の傍らには、同じく難しい顔つきのロベルト王子もいる。

 至近距離にダブル王子揃い踏みという、世の乙女たちなら鼻血噴出ものの状況にも、メリアローズは素直に喜べなかった。


「わざわざわたくしを呼び出して、何かお話があるのでしょう?」


 剣術大会の日以来、メリアローズはずっと王宮に留まる生活を続けていたのだ。

 久しぶりにマクスウェル家の屋敷に戻りゆっくりできる……と思ったところでの呼び出しである。

 しかも、今この部屋にいるのは三人のみ。

 これでただの世間話がしたかったなどと言い出すのなら、メリアローズは相手が王子であろうと扇ですっぱたきたい気分だった。

 メリアローズが若干イラついているのを感じ取ったのか、ユリシーズは小さくため息を吐いて口を開く。


「剣術大会での襲撃の件だが……主導人物がわかった。王都を根城にする豪商の一人だ」

「っ!?」


 ユリシーズが告げた名は、メリアローズにも聞き覚えのあるものだった。

 一代での成り上がりの商人で、都の貴族たちにもコネクションを持っていたはずだ。


「それで、その方は……」

「残念ながら国外逃亡済みのようだ。実行グループのメンバーは何人か捕縛に成功したと報告が上がっているが……これ以上の有益な情報が得られるかどうかは、正直わからないけどね」


 自嘲するように笑ったユリシーズに、メリアローズはきゅっと唇を噛む。

 ここクロディール王国はおおむね平和な国だ。

 だが、中には今の国の在り方に――王家に不満を持つ者もいないわけではない。

 今回の襲撃を企てた豪商も、何か王家に不満があったのか、それとも……


「大方、後ろからそそのかした奴がいるんだろう。成り上がりの商人が、いきなり王座を狙ったとは考えにくい」


 意地の悪い笑みを浮かべたロベルトが告げた言葉に、ユリシーズとメリアローズは黙り込む。

 ……その可能性は、メリアローズも考えていた。

 いくら王家に不満があったとしても、いきなり王太子への襲撃を企てるなど、いくらか飛躍しすぎている気がするのだ。

 きっとロベルト言う通り、さらなる黒幕がいるのだろう。


「ユリシーズ様、何か恨みを買うような心当たりは?」

「王族に生まれた時点で、僕のことを気に入らないと思う人はたくさんいるんじゃないかな」

「ですわよね……」


 メリアローズからすれば何がいいのかわからないが、自らが玉座に着きたいと願う者は絶えないのだ。

 たとえユリシーズが欠点のつけようのない完璧な王子だったとしても、気に入らないものは気に入らないのだろう。


「それに……真の狙いはお前ではなかった可能性もある。あの時、真っ先に傷つけられそうになったのは誰だ?」


 ロベルトの言葉に、メリアローズはきゅっとこぶしを握った。

 あの時襲撃者が真っ先に斬りかかったのは……リネットだ。

 ユリシーズがリネットを狙う者を返り討ちにしたので難を逃れたが、もし少しでも遅ければ彼女は大怪我を負い……最悪死に至る可能性もあったのだ。


 ――王妃の座に近いという理由で、危険に晒される。


 メリアローズも、それは王子の婚約者(仮)時代に身に持って体験していた。

 王子の婚約者の排除なら、王家の人間を排除するよりもよほど簡単だ。

 あの場でリネットが後に残るような傷を負えば、それだけで文句をつけ彼女を引きずり落とそうとする者は後を絶たなかっただろう。


 ――王子の婚約者という立場は、一見盤石のようでいて……その実、薄氷はくひょうのようにもろく危うい。


 メリアローズはあらためて、そう意識せざるを得なかった。

 一気に重くなったこの場の空気を払拭するように、ロベルトがいたずらっぽく笑う。


「ところでメリアローズ嬢、俺が剣術大会で優勝した件についてだが」


 シリアスなムードから急にまったく関係ない話題を振られ、メリアローズは不覚にも動揺してしまう。


 ――なに? いきなり何なの!? それ今言わなきゃいけないことなの!?


 まったくロベルトの考えが読めず慌てるメリアローズに、ロベルトは一気に距離を詰めてきた。


「確か優勝者は……君に求婚する権利が得られるんだったかな?」

「それは事実無根の大嘘で――」


 メリアローズは慌てて否定しようとしたが、その前にロベルトに手を取られ、言葉に詰まってしまう。

 ロベルトはメリアローズの前に跪くと、すっと顔を上げる。

 彼の意志の強さを秘めた視線に射抜かれて、メリアローズは動けなくなってしまう。


「……やはり、君はおもしろいな。恐慌状態に陥りかけた観客を見事に鎮めてみせたのには感心したよ。俺が帰国する折には、一緒に来ないか?」


 思わぬ言葉に驚くメリアローズをまっすぐに見据え、彼は告げる。


「俺の、妃として」


 妃――という単語が聞こえた途端、メリアローズは固まってしまった。


 ――もしかして私、とんでもない事言われてる……!?


 さっきまですごく深刻な話をしていたというのに、いきなり求婚するのはやめて欲しい。

 こんなの、思考が切り替えられるわけがない……!


「わ、わたしは……」


 とにかく何か言わなくては……という意識が働いたのか、メリアローズは自分でも何を言おうとしているのかわからないまま口を開いていた。


 ――でも何を……なんて言えばいいの?


 冗談なのか本気なのかはわからないが、ロベルトはメリアローズに求婚した。

 ここでメリアローズが承諾すれば、おそらく……メリアローズは彼の妃として隣国へ嫁ぐことになる。

 ロベルトの祖国はこの国の同盟国であり、メリアローズが彼に嫁げばその関係も今以上に盤石になり、マクスウェル家はますます栄えることとなるだろう。

 利益だけを重視すれば、ロベルトに嫁ぐのは決して悪くない――それどころかほぼ最良に近い選択肢なのだ。

 だが、それでも……


『あなたが……公爵令嬢でも悪役令嬢でもない、メリアローズのことが』

『誰よりも、好きだから』


 脳裏に浮かぶのは、目の前の王子ではない、別の面影だ。

 彼はロベルト王子に比べれば、地位も権力も何も持っていないに等しい。

 彼のことを思い出すと、心がひどくざわめいた。


「私、わたし…………」


 模範的な公爵令嬢としてのメリアローズは、彼の求婚を受けるのが最善だとわかっている。

 友好国の王子に求婚されるなど、この上なく名誉なことだ。

 だが、心の奥深くにいる、一人の少女としてのメリアローズは……ロベルトではない、別の相手の名を呼び続けている。

 相対する思いが絡まり、心の中がぐちゃぐちゃになってしまう。

 何度か口を開いては閉じて、メリアローズは何とか言葉を紡ぎだそうとした。

 だが、自分でも自分がコントロールできない。


 ――私……なんて答えようとしているの……?


 自分でもわからないまま、言葉を乗せようとした瞬間――


「いや、それは駄目だ」


 突如、メリアローズとロベルトとの間にユリシーズが割って入って来たのだ。

 彼がロベルトを睨みつけると、ロベルトは若干不服そうにメリアローズの手を離した。


「わざと複雑な話の後に求婚して、メリアローズが混乱して承諾することを狙ったな?」

「なんだ、そこまでばれてたのか」

「王族という立場を振りかざして、強引に迫るのはよくない。……そうだろう?」


 同意を求めるようにユリシーズがメリアローズの方を振り返る。

 その視線を受けて、メリアローズは思い出した。

 ユリシーズがリネットへ求愛した際に、メリアローズは「王子という立場を利用して強引に迫るな」と釘を刺したのだった。

 どうやらユリシーズは、そのことを覚えていたらしい。


「……本気で求婚するつもりがあるなら、もっと時と場所を選んだ方がいい」

「日をあらためればいいのか」

「いや、それでも駄目だ。やっぱり、メリアローズには……僕の傍にいてもらわないと困る」


 ユリシーズがそんなことを言いだしたので、メリアローズは驚いてしまった。

 いろいろなことが起こって、この完璧王子の思考回路もついに狂ってしまったのかもしれない……!


「だから、君に連れていかれると困るんだ」

「なんだ、リネット嬢に加えてメリアローズ嬢まで手にしようとするつもりか?」

「え…………?」


 ロベルト言葉に、ユリシーズは不思議そうに目を瞬かせた。

 そして数秒後、得心がいったかのように手を叩いた。


「いや、違う違う。メリアローズには僕とリネットの傍にいてもらわないと困るんだ。頼れる友人として」


 朗らかな笑みでそう告げたユリシーズに、メリアローズは脱力しそうになってしまった。


 ――ちょっと焦ったじゃない……! この天然魔性男が!!


「まったく……そういうところですわ!」

「えっ、何が?」

「そうやって老若男女問わず誘惑するから……皆がバタバタと倒れるのです!」

「何を言っているんだメリアローズ」


 ……どうやら自覚はないらしい。

 ユリシーズの放つロイヤルオーラが眩しすぎるせいというのもあるだろうが、彼が次々と周囲の人間を狂わせるのは、彼のこういった無自覚に相手をその気にさせるような態度にも原因があるのだろう。

 よくわかっていなさそうなユリシーズにがみがみと小言を言っていると、その様子を見たロベルトがけらけらと笑いだす。


「はは、やはり君たちは面白いな!」


 おかしそうに笑う隣国の王子を見て、メリアローズは無性に怒りが湧いてきてしまう。


 ――なによ……やっぱりロベルト様のさっきのあれも冗談だったんじゃない……!


 メリアローズだって色々なことがあって疲れてるというのに、二人してメリアローズをからかっておもしろいのだろうか。

 なんだか馬鹿馬鹿しくなり、メリアローズはふぅ、と大きくため息をつく。


「夜も更けてきましたし、わたくしはこの辺りで失礼させていただきますわ! 夜更かしはお肌の大敵なので!!」

「そうか、おやすみ。お腹を冷やさないようにね」

「あなたは私の侍女ですか!! おやすみなさいませ!!」


 侍女のシンシアによく注意されることをユリシーズにも言われ、メリアローズは若干恥ずかしくなって逃げるようにその場を後にした。


 ――まったく……やっぱり王子って人種は苦手だわ!! 


 多くの乙女が「何を贅沢な!」と憤慨するようなことを考えながら、メリアローズはぷりぷりと怒りながらあてがわれた部屋へ戻るのだった。



 ◇◇◇



 メリアローズが出て行った扉が閉まるのを確かめ、ユリシーズはロベルトの方へ視線を戻す。


「それで……どこまで本気だったんだい?」


 そう問いかけると、ロベルトはやれやれと肩を竦めた。


「すべて本気だが?」

「そうか、残念だったね」

「おい、まだフラれてないぞ」

「メリアローズは君の所には行かないよ。たっぷりと考える時間をあげれば、彼女はそう結論を出すはずだ」


 自信たっぷりにそう告げたユリシーズを見て、ロベルトはため息をついた。


「あと一年……いや、半年でも早く来ていれば口説き落とす自信はあったんだがな」

「機を逃したね。いやー残念残念」

「……ユリシーズ、一応言っておくと俺は完全に諦めたわけではないからな。情勢は常に変化するものだ。女心もな」

「それはどうかな?」


 ユリシーズはにやりと笑って、口を開く。



「うちの騎士は手ごわいからね」


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