11 悪役令嬢、過去の自分に恐怖する
王子とジュリアは少しずつ交友を深め、当て馬バートラムもやりすぎない程度にジュリアにアプローチを繰り返している。
だが、今の状況は膠着状態に陥ってると言ってもよかったのである。
「なーんか、いい方法はないのかねー」
いつものように授業後に学園の一室で報告会を開き、四人は頭を突き合わせ知恵を絞っていた。
「メガネ、あなたの方からなんとか王子を誘導できないの?」
「ウィレムです。それとなく王子がジュリアに近づくようにはしていますが、中々進展しませんね……」
王子とジュリアはメリアローズの目を盗むようにして接触している。
だが、王子もジュリアもなかなか決定的な進展がないのだ。
二人は顔を合わせるたびに楽しそうに笑い、話し、そして「また会いましょう」と手を振って別れるのである。
二人の仲を見守っているメリアローズ達からすれば、もどかしいことこの上ない状況なのである。
メリアローズもなんとか二人の恋を燃えあがらせようと、悪役令嬢っぷりを惜しみなく発揮しているのだが、いかんせんそれだけでは足りないようだ。
ユリシーズはいつも通り何を考えているのかわからない王子スマイルを浮かべているだけであり、ジュリアときたら会うたび会うたび嬉しそうに、にこにことメリアローズに話しかけてくるのだ。
最近では生徒たちの間でも「当て馬バートラムの方が優勢ではないか?」という空気が漂い始める始末である。
あのヘタレ王子め、さっさとジュリアに愛を囁かんか!……と王子の婚約者であるメリアローズは、日々やきもきしながら学園生活を送っていた。
「私の悪役令嬢っぷりが足りないのかしら……」
「確かに、作戦指示書に比べれば少々手ぬるい感じはしますね」
分厚い紙束に目を通していたウィレムに、メリアローズは首をかしげる。
「作戦指示書?」
一体何のことだろう、と思案したメリアローズに、ウィレムは苦笑しながら紙束を差し出した。
「ほら、最初の顔合わせの時に朝方まで長々と会議やったじゃないですか。メリアローズさんもノリノリで」
「あぁ、そんなこともあったわね」
ぱらぱらと作戦指示書をめくると、確かに悪役令嬢の出てくる物語の中の出来事のような、とうてい実現できるとは思えない過激な内容がつらつらと綴られていたのである。
あの時は夜中のテンションでとんでもないことを口に出していた気がする。
まさか作戦指示書などという偉そうな名前でまとめられていたとは、メリアローズは露ほども知らなかったのだ。
「まぁでも、さすがにこれはやりすぎでしょ」
いくら悪役令嬢と言っても、越えられないラインがあるのだ。
優雅に紙束をめくるメリアローズを、リネットは心配そうな目つきで眺めているようだった。
「あの……それって大臣もご覧になっていらっしゃるんですよね?」
「あぁ、確かこれは写したものだから、原本は王宮にあるはずだけど」
リネットの問いかけに、ウィレムは何でもないことのようにそう答える。
だが、その途端リネットの顔色がさっと青くなった。
「おいどうした、大丈夫か」
「体調が悪いの? だったら無理しない方が……」
「い、いえっ! そうではないんです!!」
バートラムとメリアローズの心配をよそに、リネットはがばりとその場から立ち上がった。
そして、ぽかんとする三人の顔を順番に見回し、震える声で口を開いたのである。
「作戦指示書ってことは、大臣はその中に書いてある内容を実行していると思ってるんですよね? もし王子とジュリアがうまくいかなくて、大臣たちが私たちが作戦指示書の内容を、忠実に実行しなかったことを知ったら……」
リネットがそう言った途端、室内の空気がぴしりと固まった。
そのまま四人は、おそるおそるお互いの顔を見合わせる。
簡単にいくかと思っていた王子とジュリアをくっつける作戦は、どうも雲行きが怪しくなりつつある。
万が一失敗して、作戦内容が守られていないと大臣に露見した場合は……
「追放、断頭台……」
「いやいやいやいくらなんでもそれはないって! ない、よな……?」
ぼそりとメリアローズが零した言葉に、バートラムが慌てながらウィレムとリネットを振り返る。
だが、二人ともあり得ないとは断定ができなかった。
常識の範囲で考えればありえないと言えるだろう。だが、相手は王子を溺愛するあまりこんなバカげた作戦を立案実行する者たちなのである。
……勢いでメリアローズ達が作戦失敗の責任を押し付けられるということも、考えられなくはないのではないか。
彼らが勢いあまって四人を処刑すれば、すぐさまマクスウェル公爵家を始めとした貴族が反旗を翻し、この平和ボケした王国は内戦状態へと突入することになるだろう。
この国の未来は、メリアローズ達にかかっているのだ。
四人は一斉に青くなった。
「……どうするよ。今から逃亡計画でも練るか」
「いえ、まだ早いわ。無事に王子とジュリアが結ばれればそれでいいのよ」
「万が一の保身を考えるなら、この作戦の中身をある程度実行しておいたほうがいいかもしれませんね」
むむむ……とメリアローズは眉を寄せて作戦指示書を眺めた。
確かに、手ぬるい悪役令嬢っぷりで失敗しましたというよりも、作戦を忠実に実行したがうまくいかなかった、という方が大臣たちの心証はよくなるだろう。
こうなったら、この中に記された作戦を実行するしかメリアローズ達に残された道はない。
その中の一つが……
「ジュリアに、池の鯉を食べさせる……」
メリアローズがそう呟くと、見守っていた三人がごくりとつばを飲み込んだ。
「一体誰よ! こんな気が狂ったような内容を提案したのは!」
「お前だよお前!!」
悪役令嬢メリアローズはジュリアを学園内の池に連れて行き、「田舎娘にはお似合いの餌ではなくって?」と取り巻きに釣らせた鯉を無理矢理ジュリアに食べさせようとするのだ。
……どう考えても、実現できるとは思えない。
「いや危ないでしょ。野生の鯉って……どんな病気を持ってるかわからないじゃない。不衛生よ」
「その常識を、この作戦指示書が出来上がった日に発揮してほしかったですね」
ウィレムにちくりとそう言われ、メリアローズの胸は痛んだ。
だが今更後悔しても後の祭りである。
メリアローズは何とか穏便に作戦を実行する術を考えた。
「作戦と言ってもアドリブが求められるわ。つまり、多少改変してやっても問題ないはずよ」
考えろ、いかにジュリアに池の鯉を食べさせるかを……!
「いえ、別に鯉でなくてもいいはずよ。ここは別の魚にも変更可能」
「だったら学園内の池じゃなくてもいいんじゃね?」
「釣り上げるのが取り巻きでなくてもいい気がしますね」
四人は知恵を振り絞り、いかにジュリアに魚を食べさせるかを考えた。
そして、出た結論は……!
「ジュリアと一緒に王都郊外の川に釣りに行って、釣った魚をその場で調理して食べるのよ!!」
もうそれ普通のピクニックでは、という言葉をなんとかリネットは飲み込んだ。
重要なのは、いかに作戦指示書に記された内容を、スマートに実行するかなのである。
「どうせなら王子も呼べばよくないか? そこでジュリアと接近するかもしれないし」
「いいですね、それとなく王子に提案してみます」
メリアローズはほっと胸をなでおろした。
何はともあれ、これでメリアローズ達の首の皮はつながりそうだ。
あとは何としてでも王子とジュリアをくっつけなければならないが、とりあえずはこんなところでいいだろう。
そして数日後、メリアローズの元にやって来たウィレムからもたらされたのは、うまく王子とジュリアを誘うのに成功したという知らせだったのである。
「やるじゃないメガネ。あなた優秀なスパイになれるわよ」
「ウィレムです、メリアローズさん。いい加減に覚えてくれませんかね」
メリアローズの心は浮足立っていた。
王子とジュリアを呼び寄せることに成功したからには、うまく悪役令嬢っぷりを発揮し、二人の愛に火をつけなくては。
「オーホッホッホ!」
メリアローズは勝利を確信した。
「驕れるものは久しからず」というウィレムの言葉も、頭を右から左へと通り抜けていっただけであったのだ。