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97 後輩は諦めが悪い

 扉を閉めたウィレムが、まるで荷物のようにぽいっと廊下にジェイルを放り出すと、彼はすぐさま文句を言い始めた。


「まったく、もう少し丁重に扱ってくださいよ」

「やかましい!……それで、用はもう済んだのか」


 そう問いかけると、ジェイルはすっと目を細めた。


「……えぇ、メリア姉様の無事な様子を確認できましたから。……それにしても三分は短かったけど」

「十分な時間だ。それに、あそこまでべたべたするなんて俺は聞いてない……!」

「単なるスキンシップです。メリア姉様も昔はもっとぎゅっとしてくれたりしたんですけど……」

「今の年齢を考えろ!!」


 にやにやと優越感たっぷりの笑みを浮かべるジェイルに、ウィレムは苛立ちまぎれにそう言い放つ。

 メリアローズとジェイルは幼い頃からの知り合い、というよりも友人であるらしい。

 ウィレムの知らないメリアローズを、彼は知っている。幼い彼女は、いったいどれほど愛らしかったことか……。

 そう考えると、どうしても嫉妬の念が湧き上がってきてしまうのだ。


「まったく……メリア姉様もあなたのどこがいいんだか」


 呆れたようにそう呟くジェイルに、ウィレムは仕返しとばかりに言ってやった。


「彼女の気持ちはたっぷりと聞いただろう」

「えぇ、聞かせてもらいましたよ! 少なくとも今は、メリア姉様はあなたに夢中なようですね。今は!」


 これから先はどうなるかわからないが……と言外に言いたげなジェイルに、ウィレムは内心で舌打ちした。

 まったく、この後輩は随分とあきらめの悪いことだ。


 ジェイルは放り出された際に乱れた衣服を整えると、まっすぐにウィレムと視線を合わせた。


「本当にウィレム先輩って嫌な人ですね。一応言っておくと、僕はあなたが嫌いです。……今すぐ殺してやりたいくらいに」


 ひやりと冷たく低い声で、ジェイルがそう告げる。

 彼のこちらを睨みつける視線には、わずかに殺意が混じっていた。間違いなく、これもメリアローズには見せられない彼の一面なのだろう。

 だが、そんな視線に怯むウィレムではない。彼が本当に殺しにかかって来たのなら、相手をしてやるだけだ。


「そうか、くれぐれもメリアローズさんを悲しませるような真似はするなよ」

「……わかってますよ。メリア姉様に免じて、ここは退いておきます」


 それだけ言うと、ジェイルはじっとウィレムと視線を合わせ、口を開いた。


「それで……あなたは僕を取り押さえなくていいんですか」


 彼の言葉に、ウィレムはつい癖で眼鏡を掛けなおそうとして……今は眼鏡をかけていないことに気がついた。


「公爵令嬢の誘拐。それに、王族関係者への襲撃を事前に察知しておきながら、僕は何もしなかった。正直、今すぐ首が飛んでもおかしくはないと思うんですけど」


 へらへらと笑いながら、ジェイルは肩を竦めた。

 おそらく、彼は何らかの方法で今回の襲撃事件を企てた者たちと接触し、計画の内容を知ったのだろう。

 それでいてユリシーズやリネットへの襲撃を見過ごしていたのは、王家への背信行為に他ならない。貴族としては断罪されるべき行いだ。

 世が世なら爵位剥奪や、それこそ彼が言う通りその場で首をねられてもおかしくはないだろう。

 だが……


「君は、メリアローズさんを保護・・してくれていたんだろう」


 ウィレムがそう声を掛けると、ジェイルは驚いたように目を見張った。


「ユリシーズ王子はメリアローズさんを守ろうとした相手を罰することはない。あの御方はそういう人だ」


 その言葉を受けて、ジェイルは悔しそうに唇を噛んだ。

 ジェイルがメリアローズを誘拐したのは、メリアローズの言う通り王子周辺の警備網を弱めるという狙いもあったのかもしれない。

 だが、彼の本当の目的は……メリアローズを危険から遠ざけることだったのだろう。

 こうしてウィレムを挑発するような物言いを続けるのも……おそらくは罪の意識からだ。

 彼は心の奥底で、罰されることを望んでいるのかもしれない。


「王子は君を罰することはない。だが、それでも……君が罪を償いたいと言うのなら――」

「言ってませんけど」

「君は君のやり方で、守ってみせろ」


 真正面からジェイルを見据え、ウィレムはそう告げる。

 するとジェイルは、驚いたように目を見開いた。


「今回のようなことが起これば、メリアローズさんは何度でも危険に飛び込んでいく。あの人はそういう人だ。王子やリネットが危険に晒されているのに、自分だけ安全なところになんていられない、ってな」


 彼女はいつもそうだった。

 王子とジュリアの為に、悪役令嬢などという損回りな役目を引き受けた。

 ジュリアが危険が迫った際には、自らが盾となりジュリアを守ろうとしていた。

 彼女は、他者の幸福のためなら自分自身すら簡単に犠牲にしてしまうような人なのだ。

 きっと、これからもそうなのだろう。

 だからこそ……自分や目の前の青年のように、自然と人を惹きつけるのかもしれない。


「もちろん、俺が傍にいて、何があろうと彼女を護る。だが……できるだけ彼女に降りかかる火の粉は少ない方がいい。君もそう思うだろう?」


 どんな手を使ったのかは知らないが、ジェイルは王家を害そうとする不穏分子に接触するような伝手つてを持っていたのだ。

 今ここでひっ捕らえて尋問してもいいが……もう少し、彼には役に立ってもらいたい。

 ウィレムの言わんとすることを察したのだろう、ジェイルは舌打ちした。


「なるほど……僕にスパイをやれと」

「どう受け取るかは、君の自由だ」


 静かにそう告げると、ジェイルは苦々しげに表情を歪めた。


「……本当にウィレム先輩って性格悪いですよね!」

「誉め言葉として受け取っておこう」

「はぁ……メリア姉様は何で貴方みたいな人が好きなんだか」


 大きくため息をついたジェイルは、鋭い視線でウィレムの方を睨みつけてきた。


「いいですよ、やってやる。ただし、勘違いしないでください」


 ウィレムの胸ぐらをつかみ、射殺しそうな瞳でジェイルは告げる。


「僕は国の行く末なんてどうでもいい。だからこれは王家の為でも、ユリシーズ王子の為でも、ましてやあんたの為でもない。全てメリア姉様の為だ」


 彼の答えに、ウィレムはにやりと口角を上げる。

 彼は国を、王家を裏切ることを何とも思っていない。だが、メリアローズだけは裏切れない。

 ウィレムにとっては、それで十分だ。


「そうか、期待している」

「心にもないことを……。まぁいいですよ。いつまでその余裕が持つか見物ですね」


 ウィレムから一歩距離を置き、ジェイルは笑った。


「僕は全然……まったくメリア姉様のことを諦めたつもりはないので。ウィレム先輩が調子に乗ってる隙をついて、いつか裏からグサッとやってやるのもいいかもしれませんね!」


 そうならないように気を付けるか……と、ウィレムは微笑した。

 その態度に、ジェイルはむっと眉をしかめる。


「まぁでも……仕方がないので、今しばらくはあなたにメリア姉様の守護役を任せます。でも覚えておいてください。貴方の力不足でメリア姉様を危険に晒したり、またあんな風に泣かせたりしたら…………次は、退くつもりはありませんから」


 迷いのない声で、ジェイルはそう告げる。


 ……本当に、あきらめの悪いことだ。

 それでも、ウィレムには彼の気持ちが痛いほどにわかった。

 同じ女性ひとを、愛した者同士だからだろうか。


「わかった、肝に銘じておく」


 ウィレムがそれだけ答えると、ジェイルはさっさと歩きだし、夜の闇の中へと消えていく。

 その背中を……ウィレムは黙って見守った。


「まったく、気が抜けないな」


 小さくそう呟くと、無性にメリアローズの顔が見たくなり……ウィレムは彼女が待つ部屋へと足を進めた。

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