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93 元悪役令嬢、大変なことに気がつく

「それで、君は何故こんなことをしでかしたんだ」


 真っ赤になったメリアローズの手を取り、支えるようにして立ちあがらせてくれたウィレムが、真剣な口調でジェイルに問いかける。

 その途端、一気にその場に緊張した空気が漂い始め、メリアローズも慌てて背筋を伸ばした。


「……さぁ、何故だと思います?」

「ふざけるのはやめろ。さっさと答えろ、ジェイル・リード」


 段々とイラついた態度を隠そうとしないウィレムにも、ジェイルは動じた様子はない。

 ジェイルは頑なにメリアローズをここに拉致した理由を語ろうとはしない。

 その態度にどこか引っ掛かりを覚え、メリアローズは形の良い眉をひそめた。


 ――ジェイルのこの態度……まるで時間稼ぎでもしているみたい……。


 そう感じた瞬間、メリアローズの意識が一気に覚醒する。


 ――ちょっと待って、ジェイルはさっき、何か気になることを――


『もし、ここにたどり着いたのがウィレム先輩ではなく、別の人間であり、彼が貴女より大会の続行を選んだ場合……その時、彼は破滅を迎えるでしょう』

『まぁ、愚か者にはふさわしい末路ですよね』


 大会の続行を選んだ場合、ウィレムは破滅する。

 愚か者にはふさわしい末路……。


「……まさか」


 今のジェイルは、メリアローズ達をここに引き留めようとしているかのようにも思える。

 ウィレムが大会の続行――すなわち大会会場に残ることを選んだ場合、彼は破滅の運命をたどっていた。……とジェイルは示唆していたのでは?

 それが意味することは……


「大会の会場で、何かが……?」


 そう呟いた途端、ジェイルは顔を上げてメリアローズの方に視線を向ける。

 そして、観念したように笑った。


「メリア姉様。先ほど貴方のおっしゃったことが事実だったとしても、やっぱり僕は許せません。婚約を破棄し、貴方に汚名を着せたユリシーズ王子も、図々しく貴方の後釜に座ろうとしたリネット先輩も」

「……やめて」

「…………もう、遅い」

「っ……!!」


 ジェイルがくすりと笑ってそう告げる。

 その言葉に思わず血の気が引き、眩暈めまいを覚えふらついたメリアローズの体を、慌てたようにウィレムが抱き留めた。


「メリアローズさん!?」

「駄目、行かなきゃ……!」

「行くってどこに――」

「大会の会場よ! このままだと、ユリシーズ様とリネットが――!!」


 ジェイルははっきりと口にしたわけではない。

 だが、メリアローズの懸念を否定はしなかった。それどころか、遠回しに肯定したのだ。


「私の誘拐は……陽動に過ぎないわ! 本当の狙いはあの二人よ!!」


 ジェイル一人でこの屋敷を、外の大量の兵士たちを用意できたとは思えない。

 おそらく、ジェイルの背後にそれなりの者がいるのだろう。

 だが、今は犯人探しをしている時間はない。

 おそらく、彼らの真の狙いはユリシーズかリネット。もしくはその両方だろう。

 メリアローズの誘拐は、単に人手を分散させ、王子の周囲の警備を薄くさせるため囮でしかなかったのかもしれない。


「そんな馬鹿な……」

「いいから! 私の思い過ごしならそれでいいのよ!! だから早く!!」


 これが単にメリアローズの思い違いならそれでいい。

 訝し気に眉をひそめるウィレムを急かし、メリアローズは部屋を出ようと足を踏み出す。

 だが、その途端背後のジェイルが口を開いた。


「行かないでください」


 その声に、メリアローズは思わず足を止め振り返ってしまった。

 ジェイルは真剣な、それでいてどこか縋るような瞳で、一心にメリアローズの方を見つめていたのだ。

 その視線の強さに、メリアローズはどきりとしてしまう。


「危険です、ここにいてください。ここにいれば、僕が必ず貴女をお護りします」


 胸に手を当てジェイルは真摯にそう告げた。

 ……きっと、その言葉は嘘ではないのだろう。

 大会の会場で何かが起こる。もしかしたらこの誘拐自体も、メリアローズを危険から遠ざけようとしたものだったかもしれない。

 だが、それでも……


「私は行くわ」


 真っ直ぐにジェイルの目を見つめ、メリアローズははっきりと告げた。

 その途端、ジェイルが驚いたように目を見開く。


「ユリシーズ様とリネットに危険が迫っているのに、私だけ安全なところでじっとしているわけにはいかないわ。王家に仕える貴族の一人としても……二人の友人としても、ね」


 ユリシーズもリネットも、メリアローズにとっては大切な存在だ。

 このままここでジェイルの傍にいれば、ある意味安全なのかもしれない。

 だが、メリアローズにその選択肢はなかった。


 メリアローズの言葉を聞いて、ジェイルは俯いた。

 そんな彼に向かって、メリアローズは続けて声をかける。


「ジェイル、あなたに言いたいことも聞きたいこともたくさんあるけど……今はそうしてる時間も惜しいの。だから、私は行くわ」


 それだけ言うと、メリアローズはくるりと踵を返し、ウィレムと共に再び部屋の扉の元へ向かう。

 そんな二人の背中に、ぽつりと声が届く。


「……お気をつけて、メリア姉様。ウィレム先輩、メリア姉様のことをお願いします」


 その沈痛な声に、メリアローズは思わず足を止めかけてしまった。

 だが、ウィレムが肩を抱くようにしてメリアローズを制し、振り返らずに告げた。


「あぁ……心配しなくていい。メリアローズさんは何があっても俺が守る」


 その言葉に、メリアローズは止めかけた足を再び踏み出した。


 ――そうよ、立ち止まってる時間はないわ……!


 今は一刻も早く、ユリシーズとリネットの元へ向かい二人を守らなければいけない。

 決意を新たにし、メリアローズは部屋の扉に手を掛ける。

 だが次の瞬間、ウィレムが慌てたようにメリアローズを抱き寄せ背後に跳んだ。


「危ないっ!」

「はひぃっ!!!?」


 そして間一髪……今しがたメリアローズが開こうとしていた扉が、反対側から勢いよく蹴破られたのだ。


「メリアローズ様! ご無事ですかぁ!!!?」

「あなたのせいで危うく吹き飛ばされるとこだったわ!!」


 勇ましく飛び込んできたジュリアに反射的にそう言い返してから、メリアローズははっとした。


「ジュリア!? どうして!!」

「お前が心配で試合を放り出してきたんだよ、ジュリアもウィレムもな」


 ジュリアの背後からやれやれと肩を竦めてやってきたバートラムに、メリアローズはきゅっと唇を噛んだ。

 こんな状況なのに、感極まって涙が出そうになってしまう。


 ――ほんとに馬鹿よ、みんな……!


 だが、お説教は後でもいいだろう。

 今は、とにかくユリシーズとリネットの無事を確認しなくては。


「ジェイル・リード……そいつが犯人か」

「そうだけど、今はそんなことどうでもいいのよ!」

「は?」

「とにかく、私についてきて!!」


 きょとんとするバートラムとジュリアに威勢よくそう告げて、メリアローズは今度こそ部屋を飛び出した。


 ――ユリシーズ様、リネット……どうか無事でいて……!


 戸惑いながらもバートラムとジュリアがついてきているのを確認して、メリアローズはウィレムに手を引かれるようにして屋敷の中を走り抜けた。


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