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92 元悪役令嬢と元王子の取り巻き、見せつける

「ジェイル、まず最初に言っておくけど……私とユリシーズ様の婚約は仮初かりそめのものだったの。最初から、解消前提の婚約だったのよ」

「……何故そんなことを」

「それは、まぁ……色々事情があるのよ!」


 まさか、悪役令嬢につきものの婚約破棄イベントがやりたいという、ただそれだけの理由で婚約(仮)しました!……などとは恥ずかしくて口にできなかった。

 軽い気持ちで引き受けた期間限定婚約者だったが、思わぬところで誤解を受けてしまったのね……と、メリアローズは今更ながらに少しだけ後悔した。


「とにかく……まず一つ言っておくと、私はユリシーズ様に恋愛感情を持ったことは一度もないわ。これは強がりでも何でもなく、純粋な事実よ」


 自国の王太子相手に失礼な物言いだとは思ったが、どうせこの場にはメリアローズとジェイルとウィレムしかいないのだ。

 誰もべらべらと口外するような真似はしないだろう。


「ユリシーズ様のことは素晴らしい御方だと思ってるし、心から敬愛もしているわ。でも……私は彼に恋い焦がれたことはないし、彼だって同じよ」


 メリアローズはユリシーズの間にあるのは、間違っても恋物語の中のような甘い愛情ではない。

 だから、彼がジュリアと恋に落ちたと聞いた時も逆にわくわくしたし、彼がリネットを選んだときは驚きつつも祝福したものだ。


「私は、いつもユリシーズ様とリネットの幸せを心から願ってるわ」

「そんな……」


 静かにそう告げると、ジェイルは明らかに動揺していた。

 どうやら彼は、本当にメリアローズがユリシーズに恋い焦がれていると勘違いしていたらしい。


「……嘘じゃ、ないんですね」

「えぇ、誓って真実よ」

「じゃあ、ウィレム先輩のことは――」


 ジェイルがウィレムの方に視線をやり、メリアローズもつられてウィレムの方へ振り向くと、彼もこちらを見ていたので驚いてしまう。

 視線が交わった途端、メリアローズは恥ずかしくなって即座に俯いてしまった。

 ここではっきりと言葉にするのは非常に恥ずかしい。恥ずかしいのだが……


 ――ジェイルに、嘘は着けないわ。


 ここで躊躇したり嘘をつけば、またジェイルの誤解を招く事態となりかねない。

 それに、真剣に思いをぶつけてきた彼に、嘘はつきたくなかった。

 メリアローズは意を決して、顔を上げて真っ直ぐにジェイルを見つめる。



「私は……ウィレムのこと、好きよ。きっと、ずっと前から好きだったんだわ」



 いったいいつからだろう。きっかけは色々あったような気はするが、気がついたら彼に惹かれていた。

 思い返せば、彼に関することとなるとメリアローズは随分と動揺して、醜態を晒していたような気がする。

 自分でも気づいてなかった秘かな恋心が、周りに筒抜け状態だったのも納得だ。


「ずっと前……?」


 不審そうにそう呟いたジェイルに、メリアローズはくすりと微笑んだ。


「そうよ。私とウィレムが出会ったのは、私たちが学園に入学する半年ほど前だったかしら。その時から、私と彼はずっと一緒にいたの」


 ウィレムはいつもメリアローズを支え、励ましてくれていた。

 きっと彼がいなければ、王子の恋を応援する作戦もすぐさま座礁していただろう。


「ジェイル、ウィレムはとても素敵な人よ。誠実で、責任感があって、優しくて、強くて……ってなにニヤニヤしてるのよ!!」


 ちらりとウィレムの方に視線をやると、彼はメリアローズが真面目な話をしているというのに、口元を押さえてにやついていたのだ。

 その表情を見た途端に羞恥心が爆発して、メリアローズはウィレムの背中を思いっきり叩いてやった。


「痛っ! 痛いですって!!」

「馬鹿! 今は真剣な話をしている最中なのよ!?」

「いや……そういえば、メリアローズさんがはっきり俺のこと好きだって言ってくれたの、初めてだな……と思って」

「!!!?!?」


 ウィレムが指摘した事実に、メリアローズは顔だけでなく全身を真っ赤に染め上げた。


 ――そそそ、そういえばそうだった……!? どうせならもっと恋愛小説みたいなロマンチックな雰囲気で伝えたかった……じゃなくて! あぁもう! 今は真剣な話の最中で……でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのよおおぉぉぉ!!!


 遂に羞恥心のあまり、メリアローズは手で顔を覆ってずるずるとその場に座り込んだ。

 にやつくウィレムに、耳の先まで真っ赤に染めて悶えるメリアローズ。そんな二人を目にして、ジェイルは胸焼けしそうな表情をしていた。


「……もういいです。メリア姉様のお気持ちはよくわかりました」

「え? でも……」

「これ以上聞くと敗北感に打ちのめされそうなんで。この辺りで勘弁してください」


 何故かジェイルに低姿勢で謝られ、メリアローズは非常にいたたまれない気分を味わった。

 ジェイルは、自分を落ち着かせるように小さく息を吐き、今度はウィレムの方に視線をやる。


「ウィレム先輩、貴方はどうなんですか。メリア姉様を……本当の意味で、メリア姉様自身を愛していると言えますか」


 ジェイルの真摯な問いかけに、先ほどまでにやついていたウィレムも、真面目な表情で彼に向き合っている。

 ジェイルの問いかけの本当の意味を瞬時に悟ったのだろう。

 そして、ウィレムは躊躇することなく、はっきりと告げた。


「あぁ、そのことに関しては間違いなく言える」


 そう言うと、ウィレムは真剣な表情のままメリアローズの方へ向き直った。

 そして、優しくメリアローズの手を取り、そっと口を開く。



「誰よりも、あなたのことを愛しています。たとえあなたが村娘でも羊飼いでも針子でもパン屋でも、きっと俺はあなたに恋をした」



 それは、メリアローズの心の奥底に潜む、不安を払う言葉だったのかもしれない。

 いつものように憎まれ口を叩こうとして……メリアローズは何も言えなかった。

 胸がいっぱいで、言葉が出ない。

 何故だか泣きたい気分のまま、メリアローズは潤んだ瞳でウィレムを見つめ返す。

 すると、ウィレムが驚いたように息をのんだのがわかった。


「……そんな顔、俺以外には見せないでくださいよ」

「ぇ……?」


 どこか熱を帯びた美しい翡翠の瞳に捕らえられた途端、メリアローズは動けなくなってしまった。

 そのまま、ウィレムの顔がゆっくりと近づいてくる。

 メリアローズはただ、魅入られたようにじっと彼の瞳を見つめることしかできなかった。

 まるで吐息が触れ合うほど、二人の距離が近くなった時――


「あの……そろそろ僕の存在も思い出して欲しいんですが」


 聞こえてきた声に、二人ははっと我に返り、弾かれたように距離を取った。

 メリアローズがおそるおそる声の方へ振り向くと、そこには困ったように笑うジェイルがいたのだ。


「……試そうとした僕が馬鹿でした。ウィレム先輩がここに来た時点で、勝負はついていたのに。馬に蹴られるって、まさにこういうことなんですよね……」


 砂糖でも吐きそうな顔をしてそう呟いたジェイルに、メリアローズはまたしても顔を真っ赤に染めてその場に崩れ落ちた。

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