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90 田舎娘、暴走する

 そのまま歩き出そうとしたウィレムの肩を、バートラムは慌てて掴んで引き留めた。


「ちょ……待てって! マジで正面突破する気かよ!?」

「放せ。今は一秒でも早くメリアローズさんの安全を確保するのが先だ」

「だからって……情報が間違ってたらどうするんだよ! 無関係の屋敷の門番をぶちのめしたなんて、後でばれたら大変なことになるんだぞ!?」

「今日は王国祭だ。酔っぱらったとでも言っておけばいい」

「相手はメリアローズ様を誘拐した悪党なんです! 遠慮はいりません!」

「だからって――」

「よし、私が先陣切って行きますね!」

「え?」


 止める間もなく「いってきまーすっ!」と威勢よく言い放つと、ジュリアは屋敷を守る門番の前へと走って行ってしまった。

 ショックで一瞬固まるバートラムの視線の先で、ジュリアはびしっと敬礼しながら門番二人へと声をかけてしまう。


「こんにちはー、お届け物でーす!」

「届け物……? 聞いてないぞ」

「というより貴様、何も持っていないではないか」


 ――やばい、明らかに怪しまれてる……!


 届け物らしきものは何も持っていない上に、今のジュリアは「自称:さすらいの剣士」という怪しすぎる格好なのだ。

 どう考えても不審者扱いだろう。

 あいつは馬鹿か。そうだ馬鹿だった。俺は良く知っていたはずじゃないか……!

 頭を抱えるバートラムの横で、ウィレムはじっとジュリアと門番の動向を見守っているようだった。


「あっれー、おかしいな~?」


 ジュリアは狼狽することもなく、堂々と「あれれ~?」などと言いながらあちこちのポケットを探っている。

 門番たちが訝しげに眉を潜める。次の瞬間――


「あっ、あそこ!!」


 ジュリアは急に大声でそう叫んだかと思うと、上空を指差した。


「なんだ!?……ぐふっ」


 そして門番の一人がつられて上を向いた瞬間――ジュリアは彼の腹部に素早く拳を叩き込んだ。

 可憐な少女の無慈悲な腹パンに、門番は短い呻き声をあげて、その場に崩れ落ち動かなくなる。

 ……いったいなぜ、あの細腕からあんなに重い一撃が繰り出されるのか。

 これは世界の七不思議のひとつに数えられるかもしれない。

 バートラムは迂闊にジュリアを怒らせてはいけないと肝に銘じた。


「な、なんだきさま――ぐはぁ!」


 残ったもう一人がジュリアを拘束しようと動いたが、その途端音もなく倒れ伏す。

 一瞬で背後に忍び寄ったウィレムが、彼の首の側面に手刀を叩き込んだのだ。

 哀れ真面目に職務を全うしていただけの門番は、侵入者によって失神させられてしまったのだった。

 失神させられた……はず、だ。


 ――……あいつら、まさか殺してないよな?


 バートラムは慌てて倒れた門番二人に近づいてみたが、なんとか息はあるようだ。

 最悪の事態は避けられたので、バートラムは小さく安堵のため息をつく。


「おいおい、うっかり人殺しになるところだったじゃねぇか……」

「他に見張りはいないな。よし、行こう」

「はいっ!!」

「聞けよ!」


 バートラムの心配をよそに、ウィレムとジュリアは殺る気満々に屋敷の入り口目指して走り出した。

 どうやら、メリアローズのことで気が気でないようだ。

 今の二人にまともな判断力を期待してはいけないだろう。

 ここは、自分だけでもがしっかりせねば。


「まったく……お前らと一緒にいたら命がいくつあっても足りねぇよ!」


 仕方ない。ここまで来たら乗り掛かった舟だ。

 メリアローズを奪還した暁には、マクスウェル家の力で今回の件をもみ消してもらうしかない。

 そう自分に言い聞かせ、バートラムも慌てて二人の後を追った。



 ◇◇◇



 屋敷の中に入り込めば多少楽にはなるかと思ったが、その考えは甘かった。

 内部には、何故か武装した者が多数、配置されていたのだ。

 ……逆に考えれば、それだけ厳重な守りを敷く必要がある「何か」がこの屋敷にはあるのだろう。


「これは……ビンゴっぽいな!」


 バートラムがにやりと笑うと、三人が進む廊下の向こうから何人かの警備兵が駆けてきた。


「いたぞ、侵入者だ!」

「悪党の巣からお姫様を救出する……くぅ~、かっこいいですね!!」


 多数の兵士を相手にしているというのに、ジュリアはまったく怯むことはない。

 何故かやたらと嬉しそうな彼女は、目を輝かせてその場でぴょんぴょんと跳ねている。

 そしてその勢いのまま……接近してきた兵士の脳天に、見惚れそうなほど鮮やかな踵落としをお見舞いしたのだ。


「メリアローズ様のかたきィー!!」

「まだ死んでない! 殺すな殺すな!!」


 怒りに燃えるジュリアに、バートラムは突っ込みつつも己の無力さをひしひしと感じていた。


「なっ……!」


 細身の少女が、一瞬で兵士を無力化するさまを見て、他の兵士たちは固まっている。

 その隙に、ウィレムが彼らの間を縫うようにして、的確に一人一人打ち倒していった。

 なるほど……派手に視線を惹きつけるジュリアと、その隙に確実に相手を仕留めるウィレム。

 案外、いいコンビなのかもしれない。


「……って何考えてんだ俺は!!」


 引きずられかけていた思考を正気に戻そうと、バートラムは慌ててぐしゃぐしゃと髪をかき上げた。

 いくら二人が見事なコンビネーションを発揮しようとも……いや、そもそも発揮しなければならない事態に陥ることがあってはいけないのだ。

 二人はどんどん暴走し始めている。早くメリアローズの無事が確認できなければ、この屋敷の主はヤバイ。

 おそらくこの奥にいるであろう犯人が、馬鹿な抵抗などせずに大人しくしてくれるといいのだが。


「メリアローズ様ー! 今行きますからねー!!」

「馬鹿! 静かにしろ!! 俺たちの居場所がばれるだろ!!」

「しゅいましぇん……」


 慌ててジュリアの口を塞いだが時すでに遅し。

 ジュリアの声を聞きつけたのか、また警備兵が集まり始めてしまった。


「ちっ……ウィレム。お前は先に行け!」

「だが……」

「いいから! ここは俺とジュリアで何とかする!!」


 俺とジュリア……というよりもほぼジュリアに頼ることになりそうだが。

 ……などと心の中で付け足して、バートラムは言葉と目線でウィレムを促した。


「……メリアローズが待ってるのは、お前だ」


 囚われのお姫様を助け出すのは、勇敢な騎士と相場は決まっているのだ。

 騎士のお供は大人しく、雑魚掃除に精を出すとしようじゃないか。

 ウィレムは一瞬逡巡した様子を見せたが、やがては大きく頷いた。


「……わかった、恩に着る」

「礼は一年間学食のコーヒーの奢りでいいぜ」

「私はプリンがいいです!」

「図々しい!!」


 バートラムとジュリアのふてぶてしい要求に若干怒りを覚えながらも、ウィレムはどこか吹っ切れた様子で背を向け、走り出した。

 彼の後姿が廊下の向こうに消えていったのを確認して、バートラムとジュリアは集まってきた兵士たちに向き直る。


「さて、やるか」

「はい!」


 そう声を掛けると、ジュリアは威勢のいい返事をしてバートラムの方へ振り返る。

 そして、勇ましく告げた。


「安心してください。バートラム様は私が守ります!」


 その男気溢れる言葉と気迫に、不覚にもバートラムの中の乙女心がキュンキュン疼いてしまう。


「……やばい、道踏み外しそう」

「え? 今何か言いました?」

「難聴系ハーレム主人公みたいなことを言うのはやめろ! 俺がときめくから!!」


 勇ましく兵士たちをしばき倒すジュリアを前にして、バートラムは胸のときめきを感じずにはいられなかった。



 ◇◇◇



 バートラムとジュリアに後を任せ、ウィレムはひたすら屋敷の奥へと進む。

 途中立ちふさがる者は、問答無用で切り伏せた。

 気がつけば服の裾から血が滴り落ちていた。

 傷を負った自覚はないので、おそらくは返り血だろう。

 きっと今の自分は、ひどい格好になっているに違いない。


 ……おそらくこの先に、メリアローズがいる。


 今の自分を彼女が見たらどう思うか、と脳裏をよぎったが、躊躇している暇はなかった。

 メリアローズは暴力などとは無縁で生きてきた、深窓の令嬢だ。こんな姿を見られれば、怯えられるかもしれない。もう二度と、以前のように接してはくれなくなるかもしれない。

 だが、それが何だというのだろう。

 今は何よりも、メリアローズを無事に取り戻すことが最優先なのだ。

 彼女さえ無事なら、自分などどうなっても構わない。

 神経を研ぎ澄ませ、躊躇なく剣を振るい、ひたすらにウィレムは走る。


 やがて、屋敷の最奥――豪奢な扉に閉ざされた部屋の前にたどり着いた。

 扉を守る兵士は既にウィレムの足元に倒れ伏している。

 声は聞こえないが、中からは微かに人の気配がする。

 扉に手を掛け、ウィレムは一気に推し開く。意外にも鍵はかかっておらず、重い音を立てて扉は開いた。


 真っ先に目に入ったのは、いつもウィレムの視線を惹きつけてやまない、美しい紅の髪だった。


 探し求めていた相手の姿を認めて、ウィレムは自分でも驚くほど安堵した。

 見たところ、怪我を負っている様子はない。

 ウィレムの姿を見つめるメリアローズの澄んだ瞳が、驚いたように見開かれる。

 無意識にその表情が恐怖に歪むさまを想像してしまい、ウィレムの体は凍り付いた。

 だが、メリアローズは泣きそうに表情を歪めたかと思うと……ウィレムの名を呼びながらまっすぐにこちらへ駆け寄ってきたのだ。

 勢いよく飛び込んできたメリアローズを、ウィレムは強く抱きしめた。


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