二話:色々あって、独立した
独り立ち一日目、オイラは貯めに貯めた資金が大きく減っていることに気づいた。
ゲス?
もしやあの親が盗っていったのか?ヤツらの笑い声が聞こえるぞ。なんたるウザさ!もしそうだったら親不孝者になってやる!
ゲス〜〜!
まぁ、あの親達が居たからオイラのゲスさが生まれた訳だし、仕方ないか。
報復は親でもきちんとする。偉くなってから惨い経済制裁をかけてやるのだ。
ゲスい親達だから報復にも色を付けておきましょうかねぇ…
ゲス、ゲス、ゲス…
「あの…ゲスパウネ様?」
「ゲス?何かあったのか?」
オイラと同年齢の女が話し掛けてくる。名は知らん。皇帝からの金目的で被災地救済をしたとき、オイラと一緒に行きたいと言った物好きだ。それでも、馬車と馬と資金以外持たずに独り立ちしたオイラの、唯一の配下である。
だが、何故オイラについて来るのか、根拠が分からなくて恐い。
「いえ、ゲスド商会の商隊から抜けたことで景色が良く見えるようになったと思ったので、それを言おうと…」
景色?別に見なくても迷うことはないだろう?
ああ、そういえばこいつは生っ粋の旅好きだったな。
「あの山を越えたら綺麗な滝がある。でかいぞ」
「滝、ですか。ゲスパウネ様は物知りですね」
「大したことじゃぁない…ゲスゲスゲス」
あの滝を知らないなんて、この世界の人間とは思えないな。嘲笑を浮かべてしまう。
ゲスゲスゲス
その滝、大ジェスディーク滝は、地球のナイアガラ程もある滝だ。ナイアガラの大きさを知っている訳ではないが、高さは知っている。それが大体一致していた。
尚、この滝壺の向こうには「ダンジョン」というモンスターの巣窟がある。だがこれは放置でいい。勇者召喚の五年後に溢れることになるけどな。あれは大がつくほどのスタンピートだった。
だが、面倒臭いことに召喚前に転生してしまったこの身。はっきり言っていらぬ歴史改変はしたくないのである。もし俺が召喚されなくなったら、オイラが転生したという事実も消えてしまいかねないからだ。
だが、俺の仲間の死を阻止したい。歴史改変だとしても、これは決定事項だ。転生前とはいえ、オイラの仲間ということにもなるからな。二度目の死なんて見たくない。
話が逸れたが、その滝付近にある村の一つがある仲間の故郷なのである。
だから交易品を、格安で提供してあげようと思う。
その前に交易品を購入しないと、スマイルしか売るものが無いのだが。
δ
『ノワール村』
少し新しめの看板が突き刺さっている。案内用の看板はボロボロになるまで放置されるのが基本なので、新しくなっているということはおそらく変え時だったのだろう。
まあ勇者召喚の五年後にダンジョンモンスターが溢れることになるから十中八九壊れるんだが。
どうせモンスターに破壊されるんだから、モンスターに反応して大爆発する魔道具を設置してやろうか…
ここにはスタンピート時以外は魔物を完璧に寄せ付けない結界石が配備されている筈だし、問題無いはずだ。
ゲス…ゲスゲス!
δ
「あ!よそ者だ!」
失礼なことをほざきながら、見知らぬ少年は村のほうへ駆けて行った。事実だし、気にするのも煩わしいな。
ゲッス〜
「アハハ、旅商人がよそ者でない訳がありませんよね、ゲスパウネ様」
排他的な村なのだろう。ま、俺がエルフって呼んでた種族だからな。面倒臭そうだし、来なかったことにしよう。拒まれるとか、救済処置やる気無くす。
「あ!ちょっと、来たんならよってけよ!」
まさに方向転換しているときに、さっきの少年が呼び止めてきた。
排他的なのかそうでないのか、はっきりしてくれ…
「どうした?オイラ達は滝を見に来たついでにこの村に寄ろうとしたんだが、さっきの言葉だ。失念していたが、よそ者は追い払うっていう掟があるんじゃないのか?ゲスゲス?」
言葉につまった少年を、じーっと見詰めてみた。
早く返答しろ、そこな少年。
「いや、今は村の一大事だからよそ者でも来てくれないと困るんだ」
時々思う。こんな一日中泥だらけになりながら遊んでいそうな少年が状況を把握しているのはおかしいんじゃないのかってな。
今は置いとくとするが、村側の意図を感じるのは気のせいだろうか。幼い奴相手だと油断するだろうっていう打算が透け透けだ。
そもそも門番には大人を置けっつうの。
俺の元仲間が心配になるじゃないか。
「ここはノワール村で合っているか?」
「ああ、合ってるぜ」
「じゃあ早速露店を出そうと思う。広場に案内してくれ」
よそ者をも必要としている事態だ。高圧的に接したところで問題あるまい。
村長に会いに行くとかの面倒ごともなさそうだ。
ゲスゲスゲス
「その前に村長に会ってくれないか?」
ゲス?!
δ
「わしらがよそ者を招き入れるなど、一昔前までは考えることも出来なかった」
村長の世間話を椅子に座りながら聞く。眠気が襲ってくるほどゆっくりとした口調で話す老人だ。
早く本題に入ってほしい。
「まあ、かくかくしかじかで宜しく頼む」
「ゲス!?それで分かったら天才だな」
まあそれから色々あって、村長との会話は無事終了した。魔物の絶対数がこの頃妙に増えているから、攻撃用の魔道具を売ってほしいらしい。こちらは狩りで手に入れた魔物の毛皮やらなんやらを買い取ると言った。
商売の結果は良好。仕入値の三倍で魔道具は売れ、相場の十分の一ほどで魔物の部位を買い取れた。
これでも良心的な取引だ。オイラは戦争で難民と化した金持ち相手にこの十倍の比率で取引したことだってあるのだ。
そういえば、買い取るときに「もっと高く買え」と、殴り掛かってきたヤツがいたが、軽くあしらった。元《 ・ 》とはいえ勇者だったオイラに一般人が勝てるなんて、思わないことだ。
ゲスゲスゲス…
「感謝しよう、旅の商人。これで、今年の冬は誰も出稼ぎに行かなくて良くなるだろう」
「ゲスゲス、感謝は要らない。こちらも随分と儲けさせてもらった」
せいぜい俺の仲間、リファイの故郷を守ってくれ。
ちなみに、リファイはこの時期にはもう王都で凄腕魔法師として活躍している。オイラも実際に、この目で彼女の魔法を見ている。俺の仲間時代には多少劣るものの、「迅焔のスペルキャスター」の二つ名に恥じぬ炎魔法だった。
だが、ほんのわずかな隙にリファイは殺された。
ギリッ
思わず歯軋りをしてしまう。
あくまでも、リファイは「俺」の仲間であって、「オイラ」とは何の関係も無い、他人同士の筈だ。助ける義理も、義務も無い。その筈だ。
しかし、オイラの行動は何時も俺の仲間をいかにして死なせないようにするかで決まる。俺の記憶にオイラの存在が呑まれているのかもしれない。
だがそんなこと知ったことか。
「ゲスパウネ様、顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「問題無い。さあ、目下必要な資金も集まったことだ。次は戦乱の予兆のあるリーリア高原に行くぞ。うまくいけば資金が十倍にはなるな。ゲス、ゲス、ゲス…」
俺の記憶によって楽しい商売が出来るのならば、存在が呑まれたところで本望だ。
第一、生まれてこのかたオイラには仲間がいないからな。俺という他者の記憶の中で仲間として生きる彼等を、優先的に考えて何が悪い。
俺の仲間と、オイラの商売。その二つの目的を叶えられるなんて、一石二鳥だ。
はっきり言って、難民共など、金がなければ関わりたくもない。
ゲスゲスゲスゲス…
エタりましたとさ。めでたしめでたし