机の中も異世界だったんだよ!
♢18♢
急で悪いが、俺はいまひじょーーーーに切羽詰まっているんだ。だけど、どうしたのか説明するから聞いてくれよ。
違うな。切羽詰まっているからこそ説明するんだ。現実から逃避するためにね。暇なら付き合って。
妹は自分で俺を謎空間に突き落としたくせに、『心配したんだからね!』とツンデレを発揮し、『何か……他の女の匂いがする……』とヤンデレを発揮し、愛憎の果てに俺を殺そうとしているんだ。
──というのはもちろん嘘だ。騙された? はっはっはーー……なんて場合じゃない!
誰か俺を助けて! 本当にお願いします。アレは無理だからーー。何度も何度もーー。
「助けてミカ! 理不尽な理由で怒っている一愛を止めて! ──うわっ、暗っ」
暗い。謎空間から変化した謎通路を、理不尽に怒っている一愛に追われながら走ってきたんだ(3メートルくらいだけど)。
その通路の先のミカの部屋であると思われる場所に飛び出たんだが、部屋の中が暗い。これでは蛍光シールのある謎通路の方が明るいぞ。
「まてや! どこで何をしていたのか吐けや! ──うわっ、暗っ」
例の木刀片手に俺の後を追ってきた妹も、同じ感想を口にする。俺たちは共に明るい部屋から来たんだが、それにしたって暗い。
部屋の中の様子がほとんど何も分からない。
「げほっ、げほっ……誰?」
そんな真っ暗な部屋の中から声がする。
暗さに目が慣れないのではっきりとは分からないが、声の出どころはベッドらしい。
それも天蓋付きの姫ご用達のやつだと思われる。
「その声。ミカか?」
「えっ、ミカちゃん?」
今の聞いたことがある声だった。
ほぼ間違いなく天使の声だと思う。『げほげほ』してたのが気になるけど。
「零……レートに一愛。何か用? アタシは見ての通り……ごほっごほっ……調子が良くないの。あーー、頭も痛いーー……」
「いや、暗くて何も見えない。けど、そうだったのか。天使の具合が悪いとも知らずに、俺は毎日押しかけていたのか……。一愛、それで俺を殴ってくれ!」
咳き込んでいたということは風邪だろう。そうとも知らずに連日押しかけていたなんて。
誰もそんな話はしてくれなかったけど、知らなかったとはいえ『ないわー』と言われてしまう。
「えっ、そんな反応されるのは予想外なんだけど!? 一愛。それを振り回すのは、暗いからやめたほうがいいと思うわ!」
ミカは俺をどう思っているのか……。急に押しかけて具合が悪いと言われたら、申し訳ない気持ちになるよ?
まして寝込んでいるとなってはさ。
知らなかったとはいえ、やっちまったと思うんだよ。
「こう見えなくてはしょうがない。うっかり頭をかち割ってしまってもだしな。れーと、命びろいしたな!」
しかし、ミカのおかげで木刀の脅威は去った。
あのままでは、いわれのない理由でしばかれるところだった。
「ふう、良かった。ごほっ……ところで何か用?」
「用はあったんだけど具合が悪いならしょうがない。ひな祭りのお誘いは諦めるよ。お姫様にも伝えとくわ。きっとガッカリすると思うけど、具合が悪いんじゃしょうがない。しっかり寝てちゃんと治せよ。一愛、迷惑になるから帰るぞ」
サプライズは失敗。ひな祭りに天使を呼べないとなってしまうと、いろいろ予定が狂ってしまうな。
まず、ダブルお雛様作戦が駄目になってしまう。
いや、ミカの代わりに一愛でも置いておこうかな?
ミルクちゃんでもいいかも。もう女子なら誰でもいい気もするな。
「──待って。行かないとは言ってないわ!」
「……ミカちゃん具合悪いのに? 」
「げほっ、げほっ──。あ、明日には良くなる予定だから?! そう言われてるし。だから大丈夫!」
「「…………」」
怪我のこともそうだが、ミカは無理をするところがある。大丈夫を口にする時は気を付けなくては。
大丈夫を信用し無理させて、風邪を悪化させては各所から怒られるだろう。
今度は裁かれて死ぬかもしれないし、慎重に……。
「手は大丈夫なのか? ミカエルさんは1日2日あれば治ると言ってたけど?」
「──もう万全よ! ほら!」
「見えない。何度も言いますが何も見えません。電気付けてくれよ」
ガサガサ音がしているので動いているのだろうが、まだ見えない。
最初よりかは目も慣れてきて、輪郭くらいなら分かるのだが。真っ暗で真っ黒だ。
「電気なんてないわよ。夜は暗い。あ、当たり前でしょ?」
それもそうだよ……。
ついあるような気がしてしまうが、異世界に普通は電気はないよな。あのコンビニがおかしいだけだ。
「そうだよな。お姫様はもう寝る時間だしな」
布団をかぶって寝ていたみたいだし、明かりも必要なかったのだろう。
この事から、ミカは真っ暗にして寝る派だと思われる。ちなみに俺も真っ暗にして寝る派です。
いつのまにか俺の服を掴んでいる妹は、真っ暗はダメだ。怖いと絶対に認めはしないけどな。
あと、服を掴んでいることにも触れません。去った脅威が復活してしまうからです。
「れーと、ミカちゃんもひな祭り参加で。そうなると、おまえ忙しいだろ? 一愛はミカちゃんと少し話がある。先帰ってやる事やれや」
「何を勝手に……。暗いとこ怖いくせ、──い!?」
「いらん事言うなや」
い、たい!? 痛い! ダブルで痛い。
つねるのか足を踏むのか、どっちかにしようよ。
素足を踏まれたダメージは大きいし、つねられたところは取れるかと思った。
「一愛の言う通りよ! ひな祭りには参加します! あっ……ごほっ……ごほっ。それでお願いします」
「ミカちゃんは大丈夫だ。早く帰れ。ガールズトークに参加する権利は貴様にはない!」
「?」
分からない。唐突なガールズトークも分からないし、一愛の考えていることも分からない。だが、何もできてないのも本当だ。
練習が必要なところはないが、事前に確認できるならしたい。セバスに電話して、お姫様のところのクローゼットを開けてもらおう。
※
「なにか甘い匂いがする……」
「き、気のせいじゃないんすか?」
またっすか。来るなりこれだよ。
妹に続きお姫様までなんなのよ。
まだ、「こんばんは」しか俺は言ってないよ?
「この匂いはミカの部屋で嗅いだことがある」
「き、気のせいじゃないんすかね?」
マズい。このお姫様は名探偵でもあらせられる。
何がなんでもボロを出さないようにしなくては! そして女子は匂いに敏感!
「ふーん、そう……」
逃げてはボロが出るどころではない。上手く会話を誘導し、関係ないところに脱線させなくては。
ここは忙しいフリがいいか? ひな祭りの用意が終わってないー。でいくか。
「甘いお菓子よね。あれは何で出来てるのかしら?」
「あぁ、飴的なやつだよな。何から出来ているのかは俺も……──はっ!?」
やられたーー! 俺が誘導されたーー!
名探偵でもある、お姫様の方が上手だったーー!
「この数日間、どこで何をしていたのか喋りなさい。味見を頼もうにもずっといないし! あんた以外だと、美味しいしか感想が返ってこなくて大変だったんだからね!」
「愛されているんだよ。みんなお姫様の信者だから」
「ひな祭りは明後日よね? 責任者が仕事を放り出して何をしていたのかを聞く義務が、あたしにはあると思う。聞いてるうちに答えなさい」
「──すいませんでした! 最初から説明されていただきますので!」
サプライズより、命の方が大事。
作戦は『こっそりやろうぜ』から、『いのちはだいじ』にへんこうされました。




