ひな祭りの用意 ③
──こ、ここか?
それとも、もう少しこっちだろうか?
分からない。もう一周回って分からない。
どう違うのかも分からない。
何が違うのかも分からない。
だけど、いつまでもこうしていても埒が明かない。
ならば…………──ここだ!!
「ちがーーーーう! そうじゃない! おまえは何年やってんだ! 毎年毎年、同じことを言われるな!」
「──申し訳ありません。姫殿下!」
今のはリアルお姫様に言ったわけではなく、我が家のお姫様に言ったものだ。
この時期だけは我が家にも姫がいるんだ。口うるさいお雛様の姫様がな。
「「一愛がこわい」」
ダブルお姫様の感想は最もだ。しかし、俺にとっては毎年の出来事だから……。
この妹はお姫様を飾るのに全力なんだ。1ミリも妥協したりしないのだ。この作業は姫が気にいるまで永遠と続くんだ……。
「もうちょっと。もうちょっと……──はいそこ! そのまま手を離して」
お雛様を箱から全部出し、飾り台も組み立てた。
ちなみに組み立てる作業。これは俺が全部行いました。やつらは何も手伝いませんでした!
「ルシア、どうしよう。一愛がこわいわ」
「し、刺激しなければ大丈夫よ。あっ──」
何故なら、女子たちはお雛様に夢中だったからね。1人として俺を手伝おうとはしなかったよ?
まぁ、お雛様を出す作業をやってくれただけいいと思ってる。本来なら、あれも手伝わせられてたからさ。
「……話しかけてこないで」
「うん……」
それで並べる作業へと移行したわけだが。人形だけで17体もあるんだ。人形だけでね!?
他にも付属品がもう無数にあるんだ。無数に。こんなのおわんねーよ。ぜんぜんおわんねー。
「ルシアちゃん、次のやつ! れーとに渡して。早く!」
「──はい!」
あとな、お姫様たちに会話がある。さっきもお雛様を可愛いと2人で言っていた。
策士の策により何となく会話している時がある。
それを俺たちは何も言わず見守っている。というか、そんな場合ではないんだ! お姫様たちに構ってなどいられない!
「ミカちゃんもボサっとしない。次は二段目だから。そっちのやつ持ってきておいて!」
「──はい!」
お雛様を飾る作業は、『まだ!』一段目が終わったばかりだからだ。
どっから見ても真っ直ぐ向いてると思うのだが、妹は1回では納得せず、角度を微妙に変えながら調整しなくてはいけないんだ。
これが永遠と続く。お姫様たちのところにある人形と付属品がなくなるまでな。
「一愛ちゃんや、少しペースアップしないかい。このままだと、お昼を過ぎても終わらないと思うんだ」
「だったら1回でバシッときめろや!」
絶対に違うと思うのだが、まるで俺のせいで作業が進まないかのように言われた。
俺のせいなの? これって俺が悪いの? 言われた通りにやっている俺が悪いのかい?
「あんたがしっかりすれば早く進むのよ! しっかりすれば!」
妹に乗っかりお姫様もこんなことを言う。
だが、一愛がムダに細かいだけだと思う。自分でやればいいじゃんって思う。
「もう貸しなさい! アタシがやるから!」
天使はそんな無茶なことを言……いや、それはアリかな?
絵心は皆無だったが掃除は出来る。空気は読めないが行動力はある。そんな天使にやらせてみるのはアリだと思う。
「一番上は終わったからな。お姫様たちにも、もう手が届くだろう。見てるだけだとツマラナイだろうし。キミたちも是非とも並べ方に参加したまえ」
「なっ──、あたしを巻き込まないでよ!」
もう俺だけガミガミ言われるのも辛くなってきたんだ。くくく、だから道連れじゃーー! 自分もやってみろや!
「いいでしょう。キミたち2人も参加したまえ。れーとは、お菓子でも持ってきたまえ。飲み物も忘れずにね」
「かしこまりました。では、失礼します」
やった! お姫様たちが俺に代わりガミガミ言われてくれるらしい。ようやく俺は解放される。
せっかくだし、うんと時間をかけてお菓子を持ってこよう。
「レイト、自分だけ逃げるなんて卑怯よ!」
「そうよ、卑怯よ!」
「2人とも。れーとはいいからお雛様持って。並べて、──早く!」
……最低だと思うって? そんなことはないヨ。
※
馬鹿な、お菓子がない。何もない。
そんなはずはないのだが、──ない!
戸棚を開けようとない。ないものは何度見てもない。お菓子の類いが家に何もない。
これはもしかすると『やられた』のではないだろうか?
あの妹の事だ。これを知っていた可能性は十分にある! それを最初から知っていて、俺を利用してお菓子を手に入れようとしたのではないだろうか。
かなりあると思う。なんて恐ろしい子!
しまった、『かしこまりました』って言ってしまっている。執事ふうに。うっかり真似して言ってしまってる。
マズイぞ、『何もなかったよー』って言って手ぶらで戻った場合、妹と姫たちから小言を頂戴するだろう。それだけならいいが、それ以上もあるかも。
「くそー、買いに行かなくてはいけないか?」
近いのはコンビニか? あまり近くはないが、比較的コンビニが近いか?
他に近所でお菓子など売っているところは……。
「あるよね。お隣は和菓子屋さんだった」
財布だけ持てばいい。移動など1分くらいだ。
こんな事を説明している間に到着する。
「いらっしゃいませ〜」
ほらね。もう到着したよ。
いや、まさかこの展開まで予想して? なんて、おそろしい子。
「なんだ。れいちゃんか」
自動ドアから和菓子屋の店内に入るとすぐに声をかけられた。今日はおっちゃんではなく、おばちゃんが店にいる。
これが珍しいのかは分からないが、おっちゃんはどうしたのだろう? 死んだんだろうか?
「おばちゃん。ずいぶんな挨拶だね。一応客だよ?」
まぁ、おっちゃんなど別にどうでもいいか。
そして、俺だと分かった途端に雑な反応だね。概ね予想通りなやつだけどね。
「そうね。一応、お客様ね。いちおう」
「その部分だけ強調しないでくれますか? 本当に買いに来たんだから」
さて、何がいいのか。ここは高いがケーキか?
全く必要性は感じないが、オヤツが豪華なら姫たちの機嫌は良くなるだろう。
あわよくば話に花が咲いてくれるかもしれない。
「何にするの?」
饅頭とかは一愛は喜ぶかもしれないが、お姫様たちはアンコは食べるのだろうか?
ここは実験がてらアンコのヤツにしようかな。しかしケーキも捨てがたい。
「ちょっと考え中」
「ねぇ、騒がしかったけど今日は何かやってるの?」
まあ、あれだけギャーギャーやっていれば分かるか。家が真横だし、おばちゃんだってずっと店にいるわけじゃないだろうし。
「一愛のお雛様を飾っているんだ。ヒメちゃんが手伝いに来ているんだが、出すお菓子が何もなくてさ。コンビニまでは遠いし。近場で済ませたかったんだ」
「お雛様ってあのスゴいやつね。あれは高いわよね。ところで、最後失礼よね。とっても」
そうじゃなければわざわざ来ないよ? とは言えない。きっと酷い目にあう。
軽くぶっ殺されるかもしれない。何せおばちゃんは、あの凶暴な幼馴染様の母上様なんだから。
「まあまあ、ちゃんと買うから。そうだ。ひな祭りといえば何?」
「菱餅。桜餅。ひなあられじゃない」
菱餅? あの三色のやつか。
ひなあられも同じカラーリングだよね。
桜餅はピンクの葉っぱが付いてるやつ。
ひな祭りって言ってるしこれだな。
「桜餅を4つと……ひなあられはないの?」
「うちで作ったやつじゃないけどあるわよ。そっちそっち」
ひな祭りが近いからか、ひな祭りコーナーが小さいながらあって、そこにひなあられを発見した。菱餅もあるな。
「じゃあ、ひなあられも4つ」
「んっ、人数おかしくない?」
「おかしくない。俺と一愛。ヒメちゃんと……あー、ヒメちゃんの友達のミカちゃんもいるんだ」
「また女の子を増やしているだと……」
やっぱり悪意のある言い方をするな。が、わざとだから特にコメントしない。
おばちゃんはだいたいこんなんだし。
「そういうのいいんで会計してください」
「つまんないわね」
「つまんないって何? どう反応したら面白いの? 別にお笑いの道を志してはいないから、面白い返しとかしないよ」
お菓子はこうして入手したのだが、飲み物もなかったことを思い出した。
コンビニは遠いので飲み物は自販機でいいよね。コップに注げば文句も言われまい。




