ミッションインナントカ
俺は現在、あるミッションを行なっている。
脳内にはスパイ映画のBGMが流れている。気分もまさにスパイ映画。
ハラハラとドキドキが止まりません! 自分の家の中でね……。
自室から出て階段まではクリア。そのまま俺が先行し、階段下まで行って安全確認。
問題がないことを確かめ、階段上で待っているように言ってあった、お姫様を手招きする。
(今のうちだ……)
(どうして小声なの?)
(そういう遊びだ。気にするな)
(そう)
目的地を目指し家の中でキョロキョロし、何度も誰もいないことを確認する。俺の背後には、俺とは別の理由でキョロキョロしているお姫様。
単純に初めて見るものや、城ではない普通の民家が珍しいのだろう。
(こっちだ。背後はカバーするから先に行け。真っ直ぐだから)
(通路が狭いんだけど……。引っかかる)
(我慢して! ってか、これが普通だからな!? どこでも城の中のように、姫ドレスに優しい作りにはなってないんだよ!)
ミッションの目的地である妹の部屋は1階の奥なんだ。先ほどまでいた俺の部屋は2階なんだが、妹の部屋はその真下にあたる1階にある。
その部屋まで家の廊下の幅と同じくらいある、本日の超・姫ドレスのスカート部分をあちこちにこすりながらも、無事に到着することに成功。
「ほら、コレを参考に着替えてこい。服はタンスだと思う。俺は何も手伝わない……いや、手伝えない。部屋に忍び込んだなんて知れたら、俺はお終いだ。ここで見張ってるから、時間をかけず早急に頼む」
「わかった」
先ほど安全確認に行っていた時に、茶の間で拾っておいたファッション雑誌。それをお姫様に手渡す。
文字は読めなくとも写真ならば関係ない。参考資料には十分だろう。
「俺は女の子のファッションなんて分からない。間違ってもさっきみたいに意見を聞こうと思うな? その雑誌を信じろ。では、健闘を祈ります」
「わかった」
「──あと、くれぐれも散らかすなよ! 服をベッドに並べるのもなしだ!」
お姫様は頷き、部屋の中へ入っていく。
それを見送った俺には、お着替え終了までの見張りしか仕事はないわけだが……妹の服を着せる。これはどうなんだろうか?
法には触れないが、いろいろとなにかには引っかかる気がするな。だけど、他に手はない。
日にちの変更はできれば避けたい。バレンタインまでの残りの日数は限りがある。これに割けるのは今日だけだ。
「まだかな?」
5分が過ぎたが、このくらいは仕方ない。のか?
お姫様にとっては初めて見るものだし、着替え1つするにしても時間も掛かるだろう。
「まだ、かな?」
10分が過ぎたぞ。もうそろそろ、着替えは終わってるんじゃないのか?
時間もないって言ってんのに……。
「──はっ!」
思わず様子を確かめようと、ドアノブに手をかけ回そうとして、先ほどの光景を思い出した。
だから、紳士な俺はノックすることにした。
「──まだか? 時間かかり過ぎだ」
で、ノックして、声を掛け、反応を待つ。
しかし返事がない。2回、3回とやっても返事はない。
聞こえない、なんてことはない!
この家の壁の薄さはよく知ってるからな……。
上で騒ごうものなら、下から猛抗議を受けるからね?
「おい、ノックしたからな。開けるぞー」
ギイっと音を立ててドアが開いていく。
何割かは、先ほどのようにお着替え中のパターンがあると内心は思った。
いやいや、いやらしい意味ではなく。いやらしい意味ではなくね! 見たいとかないし!
「なにっ……」
しかし、そこにはワンピースに身を包んだお姫様がいた。ベッドに腰掛け、俺が渡したものではないファッション雑誌を読んでいる。な。
「──お前なにやってんだ! 着替えたなら言えよ! ずっと待たされる方のことも考えて!」
「……」
「おい、聞いてんのか? 聞こえてますかーー」
「…………」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
おお、ひめよ。いつのまにか、しんでしまうとはなさけない。
「──スゴイわね! 驚いた……。服ひとつとっても、こんなに違うのね。これなんてすごく素敵!」
──などということはなく、お姫様はこれまでで最大の、とびきりの笑顔を見せた。
ファンション誌1冊に、ただ夢中になっていただけだった。
服にあれこれ言う辺りは女の子らしい。だが、雑誌くらいでこれでは先が思いやられる。
「同じ服でも合わせ方でこんなに見え方が違うのよ! ドレスでは出来ない芸当だわ」
けど、こいつこんな顔もするんだ……──いやいや、そうじゃない! そんな場合ではないぞ、俺!
着替えは終わったのだから、急ぎ撤退だ。
部屋は荒らしてないし、ワンピースを選んだのもいい選択だ。持ち出す服が少なくて済む。
そのチョイスはそこまで考えてか? だけど……少し寒そうだ。
「上着は? 外寒いぞ」
「これを参考にしたのよ。間違いないでしょ。ただ、首に巻くやつは見つからなかったわ」
お姫様は参考にしたページを見せてくる。
足りないものはマフラーか。妹はいないのだから、マフラーは持っていったのだろう。なら、脱いだドレスも隠さなきゃだし。ついでだ……ついで。
「マフラーなら俺のやつがある。それでいいか?」
「貸してくれるの?」
「2月の外を連れ回して、風邪を引かせるわけにはいかないからな。セバスとかに殺されてしまう」
「……そういうことにしておきましょう。貸してくれるなら借りるわ」
「マフラー取ってくるついでにドレスも置いてくるから、もう少しここにいろ。雑誌はあったところに戻して、すぐに出ていけるようにしとけよ」
あとは靴か……。姫シューズは今の服装に合ってない。まあ、下駄箱に行けばなんとかなるだろう。
下駄箱ではなくシューズボックス? ……意味一緒だろ。
※
ドレスを隠し、マフラーを装備させ、ついでに靴も拝借し、無事に外まで出てこれた。
お姫様の背格好は妹と一緒くらいらしい。
服から靴まで問題ないとはな。発展途上ということにしておきましょう。
「あんた、ここが家なのよね?」
「あんな城と比べんなよ……。庶民はこんなもんだよ」
「これ、向こう側はどうなってるの? こっちって裏なんでしょ?」
ちゃんと聞いていたらしい。俺が、『裏から出れば見つからない』と言ったのを。
「店だよ。本屋なんだ」
「お店が前で後ろは家なのね。へー」
「表側にはいかないぞ? 裏から出た意味がなくなるからな」
ウチは大きくもない町の普通の本屋だ。
隣は和菓子屋。間があって金物屋。そんなふうに続いていく、必要な店は一通りある商店街だ。
寂れてはいるが一応どこも営業している。
俺にとっては、『田舎だな』と思うくらいだが、お姫様には違うんだろう。全部が初めての場所。初めての物に溢れてる。
それらにはしゃぐ気持ちも分かる。ここは、あの面白味のない世界ではないのだ。
ついでに言うと、お姫様でもない。重責もない。
ここでは、ただの女の子だ。ただな……。
「──勝手に動くな! どこいくんだ! 商店街なんてのは顔見知りしかいないんだよ! 表に出て行こうとするな!」
本屋の息子が商店街を女の子と歩いてた。なんてのはいい話の種になる。
誰だとなったら何て言うんだ? 『ああ、異世界のお姫様だ』何て絶対に言えないだろう?
──ああ、もう。子供か! 制止も聞かず勝手に歩いて行ってしまう。
これでは本当に先が思いやられる……。