表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/166

 ミッションインナントカ

 俺は現在、あるミッションを行なっている。

 脳内にはスパイ映画のBGMが流れている。気分もまさにスパイ映画。

 ハラハラとドキドキが止まりません! 自分の家の中でね……。


 自室から出て階段まではクリア。そのまま俺が先行し、階段下まで行って安全確認。

 問題がないことを確かめ、階段上で待っているように言ってあった、お姫様を手招きする。


(今のうちだ……)


(どうして小声なの?)


(そういう遊びだ。気にするな)


(そう)


 目的地を目指し家の中でキョロキョロし、何度も誰もいないことを確認する。俺の背後には、俺とは別の理由でキョロキョロしているお姫様。

 単純に初めて見るものや、城ではない普通の民家が珍しいのだろう。


(こっちだ。背後はカバーするから先に行け。真っ直ぐだから)


(通路が狭いんだけど……。引っかかる)


(我慢して! ってか、これが普通だからな!? どこでも城の中のように、姫ドレスに優しい作りにはなってないんだよ!)


 ミッションの目的地である妹の部屋は1階の奥なんだ。先ほどまでいた俺の部屋は2階なんだが、妹の部屋はその真下にあたる1階にある。

 その部屋まで家の廊下の幅と同じくらいある、本日の超・姫ドレスのスカート部分をあちこちにこすりながらも、無事に到着することに成功。


「ほら、コレを参考に着替えてこい。服はタンスだと思う。俺は何も手伝わない……いや、手伝えない。部屋に忍び込んだなんて知れたら、俺はお終いだ。ここで見張ってるから、時間をかけず早急に頼む」


「わかった」


 先ほど安全確認に行っていた時に、茶の間で拾っておいたファッション雑誌。それをお姫様に手渡す。

 文字は読めなくとも写真ならば関係ない。参考資料には十分だろう。


「俺は女の子のファッションなんて分からない。間違ってもさっきみたいに意見を聞こうと思うな? その雑誌を信じろ。では、健闘を祈ります」


「わかった」


「──あと、くれぐれも散らかすなよ! 服をベッドに並べるのもなしだ!」


 お姫様は頷き、部屋の中へ入っていく。

 それを見送った俺には、お着替え終了までの見張りしか仕事はないわけだが……妹の服を着せる。これはどうなんだろうか?


 法には触れないが、いろいろとなにかには引っかかる気がするな。だけど、他に手はない。

 日にちの変更はできれば避けたい。バレンタインまでの残りの日数は限りがある。これに割けるのは今日だけだ。


「まだかな?」


 5分が過ぎたが、このくらいは仕方ない。のか?

 お姫様にとっては初めて見るものだし、着替え1つするにしても時間も掛かるだろう。


「まだ、かな?」


 10分が過ぎたぞ。もうそろそろ、着替えは終わってるんじゃないのか?

 時間もないって言ってんのに……。


「──はっ!」


 思わず様子を確かめようと、ドアノブに手をかけ回そうとして、先ほどの光景を思い出した。

 だから、紳士な俺はノックすることにした。


「──まだか? 時間かかり過ぎだ」


 で、ノックして、声を掛け、反応を待つ。

 しかし返事がない。2回、3回とやっても返事はない。


 聞こえない、なんてことはない!

 この家の壁の薄さはよく知ってるからな……。

 上で騒ごうものなら、下から猛抗議を受けるからね?


「おい、ノックしたからな。開けるぞー」


 ギイっと音を立ててドアが開いていく。

 何割かは、先ほどのようにお着替え中のパターンがあると内心は思った。

 いやいや、いやらしい意味ではなく。いやらしい意味ではなくね! 見たいとかないし!


「なにっ……」


 しかし、そこにはワンピースに身を包んだお姫様がいた。ベッドに腰掛け、俺が渡したものではないファッション雑誌を読んでいる。な。


「──お前なにやってんだ! 着替えたなら言えよ! ずっと待たされる方のことも考えて!」


「……」


「おい、聞いてんのか? 聞こえてますかーー」


「…………」


 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

 おお、ひめよ。いつのまにか、しんでしまうとはなさけない。


「──スゴイわね! 驚いた……。服ひとつとっても、こんなに違うのね。これなんてすごく素敵!」


 ──などということはなく、お姫様はこれまでで最大の、とびきりの笑顔を見せた。


 ファンション誌1冊に、ただ夢中になっていただけだった。

 服にあれこれ言う辺りは女の子らしい。だが、雑誌くらいでこれでは先が思いやられる。


「同じ服でも合わせ方でこんなに見え方が違うのよ! ドレスでは出来ない芸当だわ」


 けど、こいつこんな顔もするんだ……──いやいや、そうじゃない! そんな場合ではないぞ、俺!

 着替えは終わったのだから、急ぎ撤退だ。


 部屋は荒らしてないし、ワンピースを選んだのもいい選択だ。持ち出す服が少なくて済む。

 そのチョイスはそこまで考えてか? だけど……少し寒そうだ。


「上着は? 外寒いぞ」


「これを参考にしたのよ。間違いないでしょ。ただ、首に巻くやつは見つからなかったわ」


 お姫様は参考にしたページを見せてくる。

 足りないものはマフラーか。妹はいないのだから、マフラーは持っていったのだろう。なら、脱いだドレスも隠さなきゃだし。ついでだ……ついで。


「マフラーなら俺のやつがある。それでいいか?」


「貸してくれるの?」


「2月の外を連れ回して、風邪を引かせるわけにはいかないからな。セバスとかに殺されてしまう」


「……そういうことにしておきましょう。貸してくれるなら借りるわ」


「マフラー取ってくるついでにドレスも置いてくるから、もう少しここにいろ。雑誌はあったところに戻して、すぐに出ていけるようにしとけよ」


 あとは靴か……。姫シューズは今の服装に合ってない。まあ、下駄箱に行けばなんとかなるだろう。

 下駄箱ではなくシューズボックス? ……意味一緒だろ。



 ※



 ドレスを隠し、マフラーを装備させ、ついでに靴も拝借し、無事に外まで出てこれた。

 お姫様の背格好は妹と一緒くらいらしい。

 服から靴まで問題ないとはな。発展途上ということにしておきましょう。


「あんた、ここが家なのよね?」


「あんな城と比べんなよ……。庶民はこんなもんだよ」


「これ、向こう側はどうなってるの? こっちって裏なんでしょ?」


 ちゃんと聞いていたらしい。俺が、『裏から出れば見つからない』と言ったのを。


「店だよ。本屋なんだ」


「お店が前で後ろは家なのね。へー」


「表側にはいかないぞ? 裏から出た意味がなくなるからな」


 ウチは大きくもない町の普通の本屋だ。

 隣は和菓子屋。間があって金物屋。そんなふうに続いていく、必要な店は一通りある商店街だ。

 寂れてはいるが一応どこも営業している。


 俺にとっては、『田舎だな』と思うくらいだが、お姫様には違うんだろう。全部が初めての場所。初めての物に溢れてる。

 それらにはしゃぐ気持ちも分かる。ここは、あの面白味のない世界ではないのだ。


 ついでに言うと、お姫様でもない。重責もない。

 ここでは、ただの女の子だ。ただな……。


「──勝手に動くな! どこいくんだ! 商店街なんてのは顔見知りしかいないんだよ! 表に出て行こうとするな!」


 本屋の息子が商店街を女の子と歩いてた。なんてのはいい話の種になる。

 誰だとなったら何て言うんだ? 『ああ、異世界のお姫様だ』何て絶対に言えないだろう?


 ──ああ、もう。子供か! 制止も聞かず勝手に歩いて行ってしまう。

 これでは本当に先が思いやられる……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ