バトルのけつまつ
現在、目の前で女子2人のハイスピードな肉弾戦が繰り広げられている。そんな女子たちが一回打ち合うたびに、何か衝撃波みたいなのが出て、周囲を破壊していく。
こうね。地面がボコボコ、漫画かよってくらいに凹んでいくんだ。何このバトル。こわい。とてもこわいよ。
「ささ、審判殿。こちらに」
天使と悪魔らしい女子たちのバトルに見入っているうちに、いつのまにか辺りは謎の装いをしている。
いつのまにか審判の俺には席が用意されていて、右側にセバス。左側にニューイケメンが座っている。
他の野次馬たちは働きもせずに、女子たちを囲うように見物していて、ひじょーーうに盛り上がっている。
もうバトルは勝手に、ある種のイベントと化しているようだ。審判に席が用意されてるし。
「ああ、やりたくはないが任命されてしまったらしいから、俺が審判に間違いはないけど……キミは誰なんだい?」
「これは申し遅れました。私、ナナシと申します。セバス殿を見習い執事的なことをしてます。以後、お見知りおきを」
「はぁ……それはご丁寧にどうも。ところでアレは止めないの? もう庭がメチャクチャだし、一向に終わる気配がないんだけど?」
バトルに巻き込まれたくないというのは多分にあるが、正直に言うと見ていられないとも思っている。女子たちが大怪我する前に、やめさせたいというのが俺の本音だ。
しかし、俺があのバトルに割り込むのは無謀だ。なので、できそうなやつに言うしかない。
「まあまあ」
「小僧が審判だ。貴様が、どちらかを勝ちと宣言すれば終わる」
言うしかないのだが、返ってきたのはやる気のない返事。というか、その絶対に損な役回りが俺なの?
それ、負けた方からやられない? あのパンチもキックもビームも無理だよ?
やはり何とかさせるなら、こいつらにやらせるしかない。
「セバス。審判代わって」
「──与えられた役割を投げるな。自分でやれ」
「ナナシくん。審判代わって」
「──ハハハ、後が怖いのでお断りします」
……マジか。こいつらの反応って、負けた方からやられんの決定じゃん。
パンチかキックかビームかは知らないが、やられんじゃん。つまり死ぬじゃん。
「──上手く収めろよ! あの女子たちは、お前らの管轄だろ! こんな時こそ執事の出番だろ。俺にはあのバトルに割り込むのは無理だ!」
「だから勝ちを宣言すればいいと……」
「──選ばなかった方からやられんじゃん! お前ら、その展開がわかってんだろ!」
俺の考えは間違いないらしく、執事2人は揃ってそっぽを向く。ニューイケメンは白々しく口笛まで吹くしまつ。
こいつらーーーーーーっ! 執事がそういう態度をとるなら、俺にも考えがある。俺が審判らしいからな!
「分かった。お前らがそうするなら、俺にも考えがあるぞ。俺は勝敗を宣言しない。何故なら、痛い思いをしたくないし、死にたくないからだ! だから、彼女たちが納得するまで放置します」
これがベスト。むしろこれしかない!
よくあるパターンだと、最終的には引き分けとかになると思う。見たところ……言うほどあまり見えないけど、実力は大差ないみたいだし。長引いてるのはそれが原因だろうし。
「──なので、ここからは試合の様子を実況していきます。解説は悪魔のお二方にお願いします。俺には、やんわりとしか女子たちの動きが見えないので」
「……何故、私が悪魔だと?」
ここまでヘラヘラしていた、より胡散臭いほうの執事の顔が急に真面目になった。
だが、今更そんなふうに真面目な顔をしたところで、俺の中でのこいつの位置付けは変わらないけどね!
「貴様がイケメンだからだ。それに、天使というよりキミは悪魔顔だよ。ナナシくん」
「確かに私は悪魔。しかし、ただの人間に見破られるとは思いませんでした。審判殿はなかなかの人物のようですね」
「そんな当たり前のことに、今になって気づいても遅い! それより解説しろや。審判の言う通りにせいや!」
こんなことをやらされ、プロデューサーという地位さえ得ている俺が、並の人間でないことくらい常識だろう。
そんなことも瞬時に理解できないとは見所ないわー、この執事。イケメンの無駄遣いだわー。
「小僧はこれでも王の使い。プロデューサーという役職のな」
「それはまたずいぶんと、身もふたもない役職ですね……。もしや、バレンタインなど行われましたか?」
「やりました。大成功しました。 ──って、今そんな話はいい! 目の前のバトルに集中しろよ!」
※
とてもではないが目で追えないくらいの、ハイスピードなバトルが続いてる。ジャンルが違う。そんな感じがする闘いが、終わることなく行われている。
おそらくキミたちが思ってる以上に、ガチな闘いを彼女たちはしている。◯◯キュアくらいには闘ってる。
「えー、肉弾戦は五分のように見えていますが、若干お姫様有利に思えます。解説の方、そのへんどうなんでしょう?」
「「……」」
お姫様のワンツーからの強烈なフックが、天使に炸裂する。思わず天使はぐらりとよろめくが、それは誘い。
お姫様が決めにいった大振りのパンチを、天使が素早いカウンターで返す。今度はお姫様がよろめく。
この物理な女子たちはなんなんだろう……。
パンチもあればキックもある。だが、ルールはない。
KOしか、決着がつく方法がないというのか? そう思うくらいに本気でやっている。
「おい、解説しろや」
「技術は五分だが、力では優っている」
「しかし、天使も負けてはいませんね。天使ビームは強力ですし、範囲が長いし広い。それに彼女は下手すると、全身光るんじゃないでしょうか? どうなんでしょう?」
天使さん。殴り合いにビームは使っちゃダメだと思う。ズルイよ、それ。ビームって。
そしてお姫様。そのビームを素手で殴り、破壊するのもどうかと思う。ビームってなんなのよ。
「審判殿の仰る通りです。それは最後の必殺技ですね。全身で天使の光を使い、全方位に避けようのない攻撃を繰り出します!」
「──なるほど! ……えっ、それ本当にここなくなんじゃん。なんだそれ……」
そんな物騒な攻撃、少年マンガでもやんないぞ。なんだ全方位攻撃って。そんなことすんのは、敵味方問わずやっちゃうヤツだけだよ。
アホの子が天使って肩書きなら、やってはダメなやつだよ。
「んーーっ、しかし流石にそこまではしないんじゃないかなーーっ。と、ワタシハオモイマス」
「……お前、正直に言えよ。今のにあんまり自信ないだろ?」
「はい、ありません! あそこまで追い込まれると、ちょっとしたことで全方位攻撃が発生すると思います。むしろ使うしかない的な」
「そんな簡単に最後の必殺技を発動するだと!?」
必殺技には必ず死ぬパターンと、別にくらっても死なないパターンがあるよね。
あのビームは死なないかもしれないけど、死ぬかもしれないよね。可能性としてはどっちもあるよね。
けど、この庭の有様を見ると、だいぶ死にそうな雰囲気がするのは気のせいだよね?
仮に全身天使ビームによって死ななくても、城が破壊され地上に落ちるってパターンもあるよね。むしろ可能性大だよね?
「セバス。お姫様は考えてバトってるよね?」
「いや、相手が相手だ。こちらもさして変わらない。怒られるのか明らかなのに、庭が滅茶苦茶なのがその証拠だ。一切加減のない一撃が足元に当たりでもすれば、足場が真っ二つということもあるだろう」
「えー、まじかー…………。しかし、バトルは終わらない! 行きつくところまで行くしかない!」
もう誰にも止めらんない! 必殺技が発動する前に、なんとか引き分けになってと願うしかない!
※
お姫様の繰り出すパンチはマジで重いのだろう。それを避けられずもらった天使は、フリではなく本当にフラつく。
それでも、倒れず踏み止まるのは意地だ……。
対して天使は、絶対当たる攻撃を確実にお姫様に当てにいっていた。一見すると勝っているように思えるお姫様にも、ジワジワと効いてきている。
明らかに最初より動きが鈍い。俺にもそれが見えるのが証拠だ。
そして力では負けていても天使には必殺技。『天使ビーム』がある。これは卑怯と言えば卑怯。
道具を使っているわけではないがビームだし、最初以降使ってないが羽もあるわけだし、見てる側からすると天使がズルいね。素手でやり合うお姫様がすごいよね。
「はぁ……はぁ……こんなにしつこいなんて……」
「ふん……遠慮しないで飛んだら。その羽は飾りなの?」
「飛べないヤツ相手に、飛んで有利をとるなんてこと、アタシはしないわ」
「……なら、勝つのはあたしよ」
「それはどうかしらね? 奥の手。切り札は隠しておくものよ!」
はっ──、天使は超必殺技をやる気だ!
もう城門も、庭も、城の外壁もメチャクチャなのに……。これ以上は流石にヤバいぞ。
仕方ない。どちらにも勝ちを宣言はしないが、バトルは止めよう。レフリーストップだ。
だって、このまま最後まで放置して、城もろとも大破したとする。すると多方面から怒られる。限りなく死ぬかもしれないし。それは避けたい。
「そこまでだ。物理な女子たち! これ以上、ここではしゃぐと城が地上に落下する! 復興どころじゃなくなるから、もう止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ──」
女子2人に俺の声が聞こえているのかは分からないが、天使に向かってお姫様と俺が走る。
その天使は、全身が光に包まれていく。だが、すぐには光れない。超必には数秒のタメが必要なんだろう。
お姫様はその隙を見逃さず前に出た。天使はそれを迎え打つ構えをする。タメ中も動けるらしい。
「──ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ──」
この時、俺は失念していた。今日は会議の日なので自分が正装だったことを。
プロデューサーとして。いや、ニクス始め王の使いが着ているこの服はなんというか、足元がダボっとしている。そして用途はわからないが……なんかこう下を擦っている部分があるんだ。
これは普段はない感じであり、これまでも何度かこれで同じ失敗を俺を繰り返している。だが、今日に限っては俺のせいじゃない。
いつもは庭は平面なんだから。足もとられないし、つまずくものもないんだから。
「──ぉぉお! 終わりだ! おわ、──へぶっ!」
飛び出した石か何かに足を取られ、擦っている部分が引っかかり、俺は勢いよく前のめりに倒れた。
「何が奥の手よ! ただ隙だらけなだけじゃない!」
「違うし、切り札だし! というか寄らないで!」
タメの間も撃てるらしい弱天使ビームを、お姫様は防ぎながら前進していて、未だ天使にはたどり着いてない。本来なら、お姫様はすでに天使の懐まで到達していただろう。
しかし、妨害と蓄積されたダメージが、お姫様の動きを阻んでいた。
それで、俺はどういうわけか宙を舞ってる。ツルッといったところまでは分かる。
何故、現在飛んでいるのかは自分でもわからない。どうしてこうなったのか?
「「──ちょっと?!」」
急速に迫る俺に女子2人が気づいた。もう、どうしようもないけど……。
形としては俺が2人に覆い被さる形。フラフラだった女子たちには、俺を受けとめることはできずに3人して倒れた。
「──なに!? 急に何!?」
「……重い。レイト、どきなさい!」
まあ、上出来だろう。どうしてかはわからないけど、全方位攻撃は回避したんだから!
……ただ、この感触はなんだろう? はじめての感触だ。左手は大きく。右手は小さく。
それにひじょーーに柔らかい。フニフニ。プニプニ。フワフワ。なんかマシュマロみたいな感じ?
あと女子たちが、何故だか口をパクパクしている?
「「きゃーーっ!! どこ触ってんのよ!!」」
「────ぐはっ!!」
2人ともから一撃ずつもらい、審判がノックアウトされた。
分かったことが1つ。『この服は防御力が高い!』。でなければ、意識が無くなるくらいでは済まなかっただろうからな。がくっ……。




