遅刻なんてありえない。徒歩0分。一瞬なんだよ?
♢4♢
お姫様に上手いこと乗せられて、こちらの世界を案内することになった。なってしまった……。
だがそれで、こちらの世界が面白いと認められれば、お姫様から公認をもらえ、彼女も協力してくれるようになるという、まさしく負けられない戦いが始まろうとしている!
そして、今日がその約束の日。日曜日。外は晴れていてお出かけ日和です。
俺は早起きしてとうに準備を終えているのだが、現在ある問題が発生している。
「遅い……」
先ほどから俺は立ち上がってはまた座る。歩き回る。時計を見る。落ち着きなく、それをくり返している。
傍目から見られたらヤベェやつに思われるだろうが、ジッとしていられる時間はとっくに終わっているからしょうがないのだ。
お姫様とした約束の時間は、とーーーーっくに過ぎてる。すでに1時間以上はこうして、お姫様が現れるのを待っているのだ。
お姫様にはセバスという悪魔執事がいるんだから、世界間に時差があるとはいえ、約束してる時間は分かっているはずなんだ。
まぁ、俺はただ自分の部屋にいるだけなんだけどね? ほら、ビフォーアフターされたから。
俺の部屋のクローゼットが、異世界への扉になっているから。
しかし、そろそろ限界なのも本当なのだ。
お姫様を部屋から、そして家から、外に連れていかなければならないのだ。
不測の事態に備え、時間は余裕を持って行動したい。帰りが遅くなるのもしかり。それもよろしくない。
今なら問題ない。日曜だが両親は仕事。妹も出掛けた。だが、これ以上時間が過ぎれば家族とバッタリもありえる。
例えば、『女の子を連れ込んでナニをしていたのか?』ってなると困る。『彼女? 彼女、彼女なの!?』ってなるのは困りは……しないな。
異世界とか、クローゼットのビフォーアフターとかがバレる方が困る。
「……」
ふと、クローゼットではなくなってしまったクローゼットを見て思う。
こちらから呼びに行くべきか? ……そもそも何処に通じてるんだこれ? それは知っておかないとマズいよな。と。
確かめよう。そう自分に言い聞かせて、恐る恐るクローゼットを開く。そこには(言われて片付けさせられたからだが)あったはずの中身は無く、奥に続く暗い闇が広がっていた。
その暗闇に意を決して一歩踏み出す。わずか数歩進むと、何かにぶつかった。
「痛っ、鼻ぶつけた……」
何やら硬いものが目の前にあるようだが、明るいところから来たから目が慣れない。
それに布だろうか。顔の高さくらいにたくさん触れる。その布をかき分けると、前方に微かに光が見える。
「──出口か!」
光を目指し数歩進むと、壁のようなもので行き止まる。が、光は行き止まりの真ん中から漏れていると気づいた。
どうやらこれは両開きの扉らしい。その中側に俺はいるのだ。少し押すと扉はバンと開き、見覚えのある部屋に出た。
「「……」」
そこは、お姫様の部屋だった。そこのクローゼット。
クローゼットはクローゼットに繋がっていたのだ。どこに繋がっているのかが判明し「良かった」と思ったわけだが、問題はここからだ。
目的のお姫様はお着替え中だった。ベッドにずらーっと服が並び、本人は下着姿。
これは不可抗力とはいえ、マズいよね?
「「…………」」
あっ、お姫様と目が合った……。
今のところ彼女に変化はないが、まだ現状に理解が追いついてないだけだと思われる。
さて、この後の展開を考えてみよう。
キャーーーーッ?! ドカッ! バキッ! グシャ!
イヤーーーーッ!! ドカッ! バキッ! グシャ!!
の◯太さんのエッチ。ドカッ! バキッ! グシャ!!!
このくらいだろうか? どれが選ばれても無事では済まない!
ほら、プルプルと震え出した! ヤバい、止まんないわ……。
始めのプルプルからガタガタに変わり震えだす。 ……俺がね。
避けようのない暴力に。見てしまったからには甘んじて受けるべき制裁に。それらから、せめて命だけは守るべくその場に丸まる。急所は全ガードさせてください。
「……ねぇ、何してるの? 何かの遊び?」
お姫様が口を開くが、どう聞いても冷たさのあるトーン。しかし、待てども暴力はない。
もしかして……怒ってないのか? 事故だと理解を示してくださる?
「──悪い! 覗くつもりなんてなかったんだ! 知らなかったんだ。ここに通じてるなんて!」
丸まったまま。頭を下げたままで謝罪を試みる。
見ようによっては土下座のように見えただろう。
「ああ、あたしがそう頼んだのよ。その方が便利そうだし……。そんなことより頭を上げなさい」
お姫様は本当に怒っていないらしい。
俺の知る女たちだったら、『──覗き魔と!』とされ、命はなかっただろうに。彼女は何と優しいのか。
「これと、これ。どっちがいいと思う?」
カサカサ音がしたから、お姫様は服を手に取ったのだろう。俺にそれを選べと言うわけだ。
そのくらいはお安い御用と顔を上げたが、すぐさままた下を向くことになった。
「──何で服着てないんだよ!? 持ってんの着ろよ!」
「何に怒ってんの? あのね。あたしは着る服を迷ってるの。見て分かんないの?」
目のやり場に困るから言ったのに、どうにも伝わらない。嬉し恥ずかしハプニングなど、今は求めていない! ……のだよ。本当だよ。
「お、お前は、男に下着姿を見られて恥ずかしくないのか? お姫様ってのは、もっと恥じらう生き物でないのか!」
「そうね。殿方に見られたら、そりゃあ恥ずかしわよ。うっかり殴り倒すかもしれない。でも、あんたに見られても、あたしはどうとも思わない」
──だってさ! こいつは俺を男として見てない!
俺だって、腹黒二枚舌の見た目だけいい女なんて、女として見て……なくもない。
──正直に言うと見てました! なんとか理性で視線を逸らすので精一杯です! お願いだから、なんか着てください!
この状態で『ヒャッホー!』とか言えるようなメンタルは俺にはないのだ……。
「早く選んでよ。2つまでは絞ったんだけど、決められなくて。どっちがいいかしら?」
俺が服を選ばないと話が先に進まないらしいので、見ないで適当に選んだ。したがって、お姫様はいつものような服装になった。だけどな……。
「どう! これなら、どこに行っても恥ずかしくないでしょ!」
「その服装は、お姫様としては満点だ」
「そうでしょ、そうでしょ! 少しは分かるみたいね。2択だったけどセンスも悪くないわ」
「でもな。俺たちの世界じゃ、──そんな格好してたら浮くわ! もっと抑えろよ! なんだそのドレス!? パーティに行くんじゃねーんだよ! せめて町娘くらいの格好にしろよ!」
俺からの指摘に、お姫様は驚愕といった顔をする。何で、これでいいと思ってるのかが理解できない。
流石はお姫様。感覚が庶民とはずれてるようだ。
「もっと普通の服はないのか?」
「そんなのないわよ……」
ないらしい。お姫様のクローゼットにもドレスばっかだもんね。今から服を用意するのは、お姫様でも難しいだろう。
それに時間もない。なら、仕方がない。これしか手はないだろう。どうかバレませんように。