お姫様。あぁ、その響きは素晴らしい!
♢3♢
本当は昨日も来たかったんだが、どうやって異世界に行ったらいいのか分からなくて、昨日は来れなかった。さっそく1日無駄にしてしまった……。
今日も帰り道にセバスが現れなかったら、きっと本日も無駄になっていたことでしょう。
異世界への移動くらいなんとかして欲しいものです。
しかし、俺はバカではないので、それならそれでバレンタインに関する情報を収集したので、『完全に1日無駄とは言えない』ってことにします。『今日やろうとしているところは昨日できたんじゃね?』っても思うけど、済んだことなので切り替えて行きましょう!
今日は、さっそく向かいたいところがあるので移動します。もう1秒も無駄にできないからな!
「宣伝ですか? 確かに。やると宣言しても内容もろくに分からずでは、成果も得られないでしょうから、宣伝は必須ですね」
まずは広報を頼みにきた。強面の中にあって、強面ではない唯一の男に。
今日も今日とてイケメンで、部屋の様子から察するに、仕事も出来る男らしい二クスくんに。
「話が早くて助かる。で、二クスくんには広報を受け持ってほしいんだけど? ほら、俺は情報収集とかいろいろあるじゃん?」
バレンタインをやるにあたって、必要になるであろうバレンタイン関連の情報や歴史等は、暇だった昨日すでにひと通り調べた。近年の風潮なんかもだ。
二クスくんが優秀なのが分かったから、ただ頼むだけだ。イケメンだからだ。
あと、近年の風潮に関して1つ。どーしても聞いてほしいことがある。
友チョコとかやってるから……。
友達同士でチョコを渡しあったりするから、俺の分がないんじゃないのか?
なに? 女友達がいるなら義理チョコくらい貰えるだろ? ──喧嘩売ってんのか、買うぞ!
……今、それはいい。これまでで察しろ。
「うーん、手伝いたくはあるのですが……」
「机の上の紙の山は俺には見えない。それが脳筋が多いからなんだとしても知ったこっちゃない。そこにプラスしてなんとか!」
「結構キツいんですよ、この量」
「じゃあぶっちゃけるけど、宣伝に関しては俺じゃ無理だろ? 知り合いなんて、あのおっさんたちしかいないんだぜ。それに、あのおっさんたちに頼んでみろ。新しい戦の名前とかと勘違いされるのが関の山だ」
筋肉が目立つ身内に対して率直な意見を言ってみる。あのおっさんたちには、筋肉が必要になる事柄以外はなんの期待もできない。
「……耳が痛いですね。あながち間違いではないのが辛いところです。分かりました。宣伝に関しては、私が責任をもって対応いたします」
これにはニクスも同じような意見を持っているらしく、紙山を見ながらだが承諾してくれた。
手伝ってほしそうだが、ボクに異世界文字は読めません。ただの人間だから。
「さっすがニクスさん。おっさんたちとは違うぜ! では、広報担当よろしく。で、もう1つ聞きたいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「宣伝には広告塔が必要だ。誰か心当たりはあるか? ビックリするくらいの有名人がいいな」
俺の台詞にニクスは即答した。そんなヤツは1人しかいないとばかりに紹介された。
バレンタインまで日にちがないと二クスに伝えると、すぐに会えることになり、案内役としてセバスが呼ばれ、あっという間にその人物の部屋を訪れることになった。
実はその人物を俺は知っている。何故なら、その人物は城の中にいる人だからだ。
一昨日の帰りに見かけ、少しだが会話もした。今日も実はすれ違った。
目が合うと会釈してくれる。挨拶すればその綺麗な声で返してくれる。立ち振る舞いも気品に溢れ、その笑顔は見るものを魅了する。
そう、この世界のお姫様だ! その方がこの度、広告塔にと推薦された!
どうやったらあんな強面の王様から、あんなに美しい姫が生まれるのか分からないほどだ。母親がよほど綺麗なんだろう。でなければ、ああはなるまい。
お姫様は超美人なんだぜ! そして俺は、そのお姫様に広告塔を頼みにきたのだ!
ヤバい、お姫様の部屋の前まで来たら緊張してきた。身だしなみとか大丈夫だよな?
なんて話そう。ストレートに『好きです』か?
えっ──、違う!?
「姫、少しよろしいですかな? 何やら小僧が話があるそうでして」
セバスがお姫様の部屋の扉をノックして、扉越しに伺いを立てる。ところで、小僧というのは俺のことか? どうもこの悪魔は俺を舐めているようだな。
「分かりました。扉は開いていますから、どうぞ中に入ってきてください」
少し間を空けて、お姫様から入室のお許しが出た。
その優しい声色に、セバスの小僧発言も気にならなくなる。
俺は言われた通りに扉を開け、お姫様の部屋の中へと足を踏み入れる。
「──失礼します!」
もう、扉を開けたところから空気が違った。
具体的に言うと、すごくいい匂いがした。
どうして女の子の部屋とは、いい匂いがするんだろな?
姫ドレスに身を包んだお姫様は、入ってきた俺を見てニコリと微笑む。
彼女は読書中だったようで、部屋の真ん中に位置するテーブルにおられたが、わざわざ立ち上がり出迎えてくれた。これだけでもスゴく絵になっている。というか、絵にしてくれ!
「こんにちは!」「こんにちは」
お姫様は金髪に碧眼。ツヤのある髪に、その瞳がよく映える。ザ・姫感がハンパない。
身長は……俺が168センチだったと思う。最後に測った時から変わらなければね。もう、半年以上は前のことだけどね。
それを参考にすると、お姫様は俺より10センチは低い。160あるかないかくらいだと思われる。
身体つきは、どこがとは言わないが控え目に見える。ないわけではない。そこそこはある。
なんのことかは自分で考えてね?
最後に──、これは個人の感想です。実際は異なる場合があります。これでよし!
「実はお頼み申したいことがありまして、お伺いさせていただきました!」
「……セバス。音が漏れないようにしてくださる?」
お姫様はいつもの様に優しく言う。だが、俺の言ったことに対する返答ではない。
そして、お姫様からよく分からないことを言われたセバスは、何故だがパチンと指を弾く。
……んっ、なんだ? 今のパチンはなんなの?
セバスの謎の行動を合図にしたかの様に、お姫様は再び椅子に座り、盛大にため息をついて、ものすごく嫌そうに俺に視線を向ける。
「なに、あたし忙しいんだけど?」
……んっ、おかしい。
「なんでだんまり。なんか話があるんでしょ? 早く言いなさいよ」
あれーっ、おっかしいぞー。
いつもと様子がまるで違うではないか。
俺の知るお姫様はこんな子ではない。
あれかな。本人じゃなくて影武者とか?
「……お、お姫様ですか?」
「他の誰に見えるって言うの」
本人らしい。まさかそんな……。
バカな。しかし。それでは……。
「もしかして、それが素なのか?」
「ああ、あなたも……。そうよ、悪い? 表向きはいい顔していなくちゃいけないのよ。何せ、お姫様だからね」
「うわぁ……」
嫌なものを見た。こんなの正直見たくなかった。知りたくなかった。
最初から、お姫様然としたお姫様はいなかったのだ。俺の中の理想のお姫様像が粉々に砕け散った。
「ふん。幻滅した? でもね、──こんな場所に閉じ込められてろくに自由すらない! 部屋にいる時くらい取り繕うのは嫌なのよ!」
代わりに、その言葉が追加されていく。
「ここだけが素の自分でいていいところ。部屋から一歩外に出れば、あたしはお姫様。私はそうやって生きてきたのよ!」
お姫様という立場がそうさせるのか。
そう振る舞うことを強いられている。
それゆえ人気がある。そういうことか。
「──なら、嫌だと言えよ! 私はこうじゃないと。こうしたいんだと!」
「ずいぶんと知ったふうなことを言うのね。そんなこと出来ると思う? 弱みを見せず振る舞うことが必要なのよ。隙を見せず、存在自体が支えとなるようなね!」
「それは戦いがあったころの話だろ。今は平和な世の中だ。それなのに上の奴らがちゃんとしないから、この世界はつまらないんだよ!」
俺たちは互いにヒートアップし、1つ言葉を交わすたびに近づき、最後には顔を近づけ睨み合いの格好になる。
「姫様、相手はたかが人間。そこまで相手にしなくてもいいのですよ。 ……お前もだ、小僧。相手は姫様だぞ? 口を慎め!」
「「──黙って(て!)ろ!」」
横槍を一蹴され流石のセバスもおし黙る。だが、俺たちはお互いに一歩も引くことなく睨み合いは続く。
「「…………」」
女の子に優しい俺だが、引かないところは引かない。違うと思うことは違うと言う。
お姫様がお姫様でなかったのは残念だが、演じられた偽物より、素の本物の方が俺はいい。
「あんた。つまらないって言ってたわよね?」
「ああ、言った」
「あたしもそう思う。ここは城の中だけじゃなく外もつまらないんでしょう? あんたに何ができるの? それが本題でもあるんでしょう」
──そうだった!
俺は別に言い争いをしに来たわけではないのだ。
このお姫様に頼みがあってきたのだ。
しかし、今となっては無理じゃね? どうしよう……。