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 バレンタインの憂鬱

 始まりはバレンタインだった。

 俺はチョコレートが欲しかったんだ……。

 そのために俺は頑張った。


 理不尽な暴力に晒されても。

 ゴミを見るような目で見られても。

 やらかしたり、やらかした過去を知ったり。

 異世界で材料を調達したり。


 すごくすごく頑張ったんだ!

 だけど、最後には……。


 あとはここでは言えない。自分で見てくれ。


♢1♢


 今日は2月1日。また今年も、あの日(、、、)が近づいてきている。

 この時期になると考えないようにしても、それに関わるあれこれを見るたび、どーーしても考えてしまう。男にとって気にするなというのが無理なイベント。


 そう──、バレンタインである。


 俺のようなモテない男にとっては、地獄のような日だろう。当日を思うと戦々恐々としてしまう。

 だが、しかし! 今年のバレンタイン当日は自宅学習。ちょうど世間は受験シーズンだからな。


 と、いうことはだ。最初から学校が休みということは、元からチョコなど貰えないと考えればいいんじゃないか?

 ……いや、それは誤魔化しだ。チョコを貰う予定のない野郎の生み出した、都合のいい誤魔化しだ。貰えるやつは休みだろうと関係なく貰えるのだから……。


 だって考えてみろ。学校がないということはだよ?


 野郎の方の家で彼女からパターン。甘い甘いバレンタインが……──ふざけやがって!

 当日、2人で遊びに行って女の子から。デートからいい雰囲気になって……──ふざけやがって!


 そんな、野郎の方を生かしておけないような想像だけが膨らんでいく。あぁー、気が滅入る。

 驚くほど当てはないがチョコが欲しい。義理ではなく本命の……──嘘です。義理でも可! ないよりマシ! これも嘘です。本当にお願いします!


「はぁ……今年もどうせ貰えないんだろうな……」


 思っただけのつもりだったのに、口に出てしまった。そんな独り言は白い息と共に消えていく。


 今の誰にも聞かれてないよな?


 念のためキョロキョロと周囲を見回すが誰もいない。辺りはすでに真っ暗で、この寒さ。

 そんな中を、自転車を押しながら1人で帰っているのだから当たり前か。


 何を踏んだのか、パンクなんてしやがってー。

 修理するのも出すのもめんどい。

 だいたい自転車屋ってそもそもどこよ?

 あーあ、これでは明日からは歩きかバスか。

 バスじゃ寄り道できないじゃん……。


「はぁ……」


 まあなんだ。結局のところ、バレンタインだのチョコレートだの言っているが、それは建前だ。


「──モテたい。彼女が欲しい。そしてチョコが欲しい! ……何がいけない? なんで人に好かれない?」


 本音はこれに尽きる。しかし、その自分の発言の最後に誤りがあることに気づく。

 俺は女子に好かれたいのだ。別に人間全般に好かれたい訳ではないし、野郎に好かれたいとかそんな趣味はない。


「確かに。それが解らぬのだ。何故こうも好かれるとは難しいのか。人間とは、理解の及ばぬことが多すぎる」


 思わず口から出た独り言に誰かが答えた。

 1人だったはずなのに、なんか近くから声がしたんだが!?


 俺の生み出した幻聴などでない限りは、確かに声が聞こえた。いやいや、明らかに男の声だった。

 女子に好かれたいと切に願う俺だ。幻聴だとしても男の声などありえない。

 推しの女の子の声だったんだとすれば納得しようもあるが。


 ──だとすると。何なんだ?


 実は誰かいたのかと、もう1回辺りを見回すが、やはり人影はない。


「気のせい。いや、確かに声が……」


「オマエは随分と抱えている闇が深いな。どれ、今回はコイツにするかな」


 また声が聞こえたが、声の出どころが分からない。

 だけど、やっぱり誰かはいるらしい。どこだ?

 はっ──、これはまさか、お化けというやつ!?


「あー、見えんのか。どれ」


 スネら辺に何かが触れる感触があり、驚いて視線をそこまで下げる。すると、そこには小さいおじさんがいた。 ……いや、おじいさんか?


「うぉーーっ、何だオマエ! サイズ的に考えても人間じゃないよな!?」


 おじいさん(仮)は、俺の膝までくらいの大きさ。

 どことなく執事のような格好をしていて、鼻が長い。手には杖のような物を持っている。

 ぱっと見、何かのキャラクターのようだった。


 足元にいたおじいさん(仮)は、俺の正面に移動してくる。その動作は人間のそれと変わらない。


「確かに人間ではない。人間の概念で説明すると、いわゆる悪魔と言ったところか」


 悪魔。その定義は分からないが、目の前の生き物を説明できる言葉は他に思いつかない。

 本人がそうだと言っているのだ。悪魔としよう。


「「……」」


 その悪魔なおじいさんは、ジッと俺を見ている。

 その視線に耐えられなくなり、俺は自分から口を開いた。


「ナンデオレニ?」


「話しかけたのか、か。特にこれと言った理由はないが、なんとなく……これまで見てきた人間とは違うから? かな」


「なにそれこわい。ボクは普通の高校生ですが?」


「普通の人間はそこまで1つのことに執着しない。オマエは明らかに異常だ」


 執着か……。


 その言葉には確かに思い当たる節がある。自分はハマると抜け出せないタイプだと思う。

 現に今も、推しのアイドルグループのイベントに参加する資金を稼ぐ為にバイトした帰り道なのだから。


 最初は友達が好きだったから。誘われてイベントに行って、そのあともなんやかんやあり、現在もライブイベントに参加している。

 でね、チケットが……チケットがね。まぁ、おかげで小遣いでは足りずに働いているのだ。


 こうして自己分析すると、前が見えなくなるというか一直線というのか、これと決めたら突き進む傾向にあると思う。

 ──アレッ!? もしかして、これが原因か?


「何か思い当たるか? 度のすぎる執着は気持ち悪いぞ。おそらくな」


 やっぱりかー。今まで気がつかなかった。


「チョコが貰えないのもそのせいかな?」


「チョコ? あの甘いやつか。バレンタインというやつだな」


「そうそう、悪魔なのに詳しいんだな」


「それなりに長く居るからな。好意というのは分からないが、ギラギラしてるヤツは貰えんだろうな」


 ──つうこんの一撃。999のダメージ──


「ぐふっ……今からそれを直せば?」


「短期間では無理だろう」


 ──つうこんの一撃。999のダメージ──


「もうダメだ。今年も終わりだ……」


 悪魔に異常だと言われ、自己の欠点を突きつけられ、改善も短期間では無理だと言われた。


「人間には諦めも必要だぞ? さて、小僧。話は変わるが悪魔とは対価を求めるものだ。相談料。きちんと貰うぞ」


「──相談料だと。ふざけんなよ! こっちはなー、もうグロッキーなんだよ! 逆に俺が慰謝料とか貰いたいくらいですー」


「なに、少し付き合ってくれればいい。手を出せ」


「嫌だ。何で悪魔なんかに……」


 そこまで言って思ったね。『普通に会話してたけど、これ大丈夫なんだろうか?』って。

 もし目の前のやつが本物の悪魔だった場合。

 契約の不履行には、何かしらのペナルティがあるのではないだろうかと。


 ──悪魔ってそんなんだよね?


「そうか仕方ないな。なら、寿命でも貰っておくか」


 その俺の考えはずばり当たったらしく、悪魔から悪魔らしい発言が飛び出した。

 ほらきた! 何だよ寿命って。物騒だな。


「──待て。分かった。手を出せばいいんだな?」


 チキンな俺は悪魔に従う事にした。『それはそれでマズくない?』と思わなくもないが、悪魔をやり過ごす方法を他に何も思いつかない。


「……こうか?」


 俺は悪魔の方に手を突き出した。


「殊勝な心がけだ。悪いようにはせん。少し話を聞くだけだ」


 そう言って、悪魔も同じように手を出す。

 すると俺たちは握手したような形になる。

 ──そして世界が暗転した。


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