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 徹夜明けは眠い! ②

 近年稀に見る妹の反応。あれはガチ怒りに近い状態だった。

 あれでは明日から口も聞いてくれないかもしれない。目も合わせてくれないかもしれない。

 そんなことになったら、俺はもうダメかもしれない……。


「雛人形を飾るの手伝ってやれって言うし、今日の菓子も一愛(いちか)が取りにくるから、てっきり分かってると思ってたんだがな。零斗(れいと)は、昔からそういうところがダメなんだよな」


 グサッ──


「変なとこには気がつくくせに、無駄に行動力があるくせに、肝心なところにはこれだもんな。だから、妹からあんな扱いなんだよ……はぁ……」


 グサッ── グサッ──


「女心を理解しろと言っても無理だろうが、せめて約束は守れよ。妹との約束を破って兄貴面されてもな。慕われたいなら態度から改めろ。それに、今日は特別だったんだよ。って、お前聞いてんのか? 零斗?」


 グサッ── グサッ── ぐふっ──


「最初から虫の息よ! いくらレートがダメだからってあんまりよ。悪いヤツではないのよ。良いヤツでもないけど! 口は悪いし。ズカズカ言うし。これといって良いとこも特に思いつかないけど……それでもあんまりよ!」


 ぎゃああああああああ──


「ミカ、なんのフォローにもなってない。むしろダメージになってる。ぐふっ……」


 ルイの連打からのミカのトドメ。

 このコンボの精神的ダメージはかなりのものだよ。

 特に最後の方。何かしらはあるだろう。仮になくても、何かしら言おうよ!


「そんな。じゃあどうしたら……」


「黙っていてくれ。キミは言葉のチョイスが悪い」


 なぜ妹が激怒して、こんなふうに幼馴染に小言を言われているのかというとだな。

 昨日どうやら俺は、我が家でのひな祭りのお誘いを、妹より受けていたらしい。


 お姫様のことがあったり、ミカのことがあったり、徹夜作業になったりでイマイチ昨夜は記憶がない。

 頑張ったんだぜ? 遊んだ分は働いたんだ。気づいたら朝だったんだよ。


 そんでもって今朝も念を押されたらしいのだが覚えてない。寝たと思ったら山田くんたちが勝手に来てしまって、急いで学校にいく準備させられて、急いで出掛けさせられて、何よりちょう眠くて、よく覚えていない。


 だって俺は今日、財布しか持ってなかったよ?

 スマホは充電器に挿したまま。カバンは置きっぱ。

 電話もメールも、出ようも見ようもなかったんだよ?


「ひな祭りをすっぽかしたのは確かに悪かったが、そんなにか? 毎年やってんじゃん」


「特別だって言っただろ。ちょっと来い」


 ひな祭りに特別とかあるのか?

 今年は面子が違うことくらいしか思いつく違いはない。特別さなど皆無だ。


 茶の間に入っていくルイに続き茶の間に入る。

 そこには、すでに終わったひな祭りの残骸があるだけだった。俺の分があったであろう場所も皿だけが残っていて、天使ちゃんが全部食べてしまったことが分かる。


「一愛のやつ。せっかく作ってやったのに、お腹いっぱいと言ってこれには手をつけなかったんだ。けど、ちょうど良かったな。私から勝手には言えないから」


 テーブルの真ん中にはケーキの箱が置いてあり、ルイが箱を開け中からケーキを取り出す。

 そのケーキには『合格おめでとう』と書いてある。


「これは誰のおめでとうだ?」


「一愛のに決まってんだろ。事前に理由を言わなかったあいつも悪いが、それも今日発表するつもりだったんだろう。せめて誰かさんが携帯を持ってればな。まったく、ギリギリまで寝てるから忘れ物をするんだ!」


「全部分かりました。謝ってきます」


「──今ので分かったの!?」


 ミカは驚いているが、分かるだろう。

 たとえ事前に何も言われなくても、俺だけ知らなかったんだとしてもな。サプライズにしてはタチが悪いとか。幼馴染にではなく真っ先に俺に言えよとか思うけど。これは、間違いなく悪いのは俺だ。


「一愛ちゃん。ごめんなさい! 私が悪うございました! この通りヒラに謝りますのでどうかお許しをーー。そして、推薦での合格おめでとうございます」


『…………』


「流石です。お兄ちゃんとして鼻が高いです。美人で優秀な妹をもち私は幸せ者です。その妹様からのお誘いをすっぽかしてしまい、大変申し訳ありませんでした」


 妹の部屋の前までダッシュして、ドアの前で土下座する。こういう場合は土下座だよ。相手から見えてなくてもね。

 ドアに鍵は付いているから勝手に中へは入れない。まずは何とか顔を出させないといけない。


『──もう遅い! あれだけ帰ってくるようにと言っておいたのに! 自分は遊び呆けてやがってーー。死ね!』


「本当に申し訳ありませんでした。これは心ばかりのお詫びです。お納めください」


『──いらん!』


「そう仰らずに見るだけでも。出たばかりの最新の景品にございますので」


『!』


 もので釣るのはどうかと思うが、こうでもしないと一愛ちゃんは顔も出さないのよ。付き合いが長いから分かるのよ。


「ルイ。景品って何?」


「ゲーセンのだろ。あの袋、ゲーセンのやつだし」


 お前らついてくるなよ。とも言えない。

 俺がいなくてもパパンとママンはいただろう。

 だが、2人だけでは一愛の機嫌は手もつけられない状態だっただろう。


 それがこの程度で済んでいるのは、ルイとミカがいたからだ。その彼女たちには感謝しなくてはいけない。そう思います。


「ふーん。この……これは何かしら? この生き物は何?」


「猫だよ、猫。流行ってるんだ。というかこんなに取ったのか」


 別に欲しかったわけではないが、入れ食いだったんだ。アームが強かったせいもあるが、新商品なのにお一人様何個という制限もなかったし。

 なのであるだけ取った! 全3種。合計6個!


『み、見るだけ見てやろう。 ──貸せ!」


 勢いよくドアが開き、妹は身体を出さずに景品の入った袋だけを上手いこと奪い取る。ちょうど半分の3匹が入った袋をだ。


「3種とも新商品でございます! グレー、黄緑、ピンクの新しい猫です」


「おぉー、ふかふかやんけ。可愛いなぁ。 ──はっ! 違う。これは違う……が、いちおう貰っておいてはやろう」


「ははっ──! お納めくださいませ」


 現在、女の子の間で人気のこの猫。ゲーセンの景品であり、ぬいぐるみであり、クッションでもある。

 沢山種類がいて積み上げてもよし。並べてもよしの猫だ。当然、我が家の姫も欲しいはず。


 説明すると、一愛ちゃんはクレーンゲームの類は苦手なんだ。何故なら、1回で取れると思っているからだ。

 それじゃあ店が赤字だと何度も言ったんだが、機械がおかしいと言い張るしまつ。教えようにも言うこと聞かないから。


「しかし、3匹以上は飼えない。スペースをくう。だから、残りは当初の予定通りに持っていけ。喜ぶだろうからな」


「な、何を仰っているのか分かりかねます……」


「バカめ。私が気づかないと思うのか? まあ、残りは3匹。割り振るのが妥当だと思う。お姉ちゃんたちも1匹ずつもらいなさい」


「「??」」


 俺は猫動画が好きなやつのために取ってきたなどとは、一言も言ってないのに……──はっ!? 違う。違うからな!


「これからも新たな猫が出るたびに納めろ。それなら今日のことは許そう。お姉ちゃんとミカちゃんが一緒だったから実のところ、れーとなどいなくても差し支えなかった」


「……」


「ただ、言ったのに帰ってこなかったことと。なんか無性にムカついただけだ。変な勘違いはしないように。あと、もう遅いから2人を家まで送っていくように。私は猫をもふる」


 バタン──


「…………」


「よ、良かったじゃない。一愛が許してくれて!」


「そうだぞ。優しい妹で良かったな!」


 今のに優しさなんてあった? 俺にはどこに優しさがあったのか分からなかったんだけど?

 差し支えなかったと聞こえたんだけど。それと、これからも猫を回収しなくてはいけなくなったんだけど。


「ルイを送っていってくる。ミカは待ってろ」


 しかし、事なきを得たと納得しよう。

 でないと涙が出てきそうだから……。


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