やっちまったもんはしょうがない。
お姫様の服を買い終え、本日の最大の目的地である、デパートに向けて現在歩いている。
道が分からないお姫様は、俺の後ろを黙ってついてくる。黙ってだ。2人いるのになんの会話もなく。ずっと黙ってなんだ……。
「「……」」
ああ、我ながらなんたる不用意な発言。嫌味なんて言うんじゃなかった。嫌味なんて言うもんじゃない。
女の子と出かけてきて、何があろうと絶対に嫌味なんて言ってはいけない。
俺を見習うな。反面教師にしろ。
俺の心無い言葉により、お姫様のテンションはダダ下がり。これまでで一番テンションが低い。
謝ろうと効果はなく、話しかけても返事は『うん……』しか返ってこない。
「なあ……」「……」
やっちまったーー! こんな時どうしたらいいの!
えらい人おしえて!? 解決策を教えてください!
えっ、切腹とかは無理だよ? ──死なないやつで考えて!
「ここ渡るぞ。横断中も車に気をつけて」
「うん……」
デパートまでの道のりも残すところ、道路を渡り橋を越えるだけ。会話もなく黙々と歩くだけのこのペースだと、10分も歩けば到着する距離だ。
この間では、どーーにもならない。デパートで機嫌を直してくれることを信じるしかない。
「「…………」」
俺のせいだけど、何度も話しかけるのも辛くて、お互いに無言のまま歩いていく。
早く着けとひたすら思いながら黙って歩き、デパートまでもう少しというところで、デパート近くの公園で遊ぶ子供たちが目に入った。
デパートから見ると裏手にあたる、住宅の密集するところの真ん中にある公園。
それなりに大きく遊具に砂場と、まさに遊ぶにはもってこいだ。
俺も子供だったら間違いなく遊びに来ている。
それにしても、子供は寒いのに元気だな……。
俺なんて心まで冷たいというのにな。羨ましい。
そんなことを考えながら、通りがかりに子供たちを眺めていると、『──危ない!』そう思った瞬間、子供たちの内の1人が派手に転ぶ。
転んだ男の子は足を擦りむいたのか、泣きだしてしまう。他の子供たちは、どうしたらいいか分からない様子だ。
親は……見える範囲にはいない。
近寄って『大丈夫か?』と声をかけるべきなんだろうが……。
目の前には高いフェンス。それが公園の周囲を囲っている。一本向こうの通りは車が多いから、安全対策としてはあるべきだが、いざとなると邪魔だ。
公園の中に入るには、左右どちらかの入り口まで行かないといけない。
俺がどうしようかと考えてる間に、お姫様はフェンスを乗り越えた。
フェンスの高さは2メートル以上はあっただろう。それなのに手をかけたのは一度だけ。
そして、あっという間にフェンスの向こうにたどり着く。
「──大丈夫?」
お姫様は一目散に子供たちに駆け寄っていって、そう声を掛ける。なんて迷いのない行動。
お姫様の行動を見て後を追う俺は、普通に入り口まで行って中へと入る。
荷物のある俺がフェンスを乗り越えるくらいなら、入り口まで行った方が普通に早いからな。
「血でてるわね……。ねぇ、なんか縛るものない?」
「ほら、ハンカチでいいだろ」
「傷は洗った方がいいのよね? ……水場は」
「水ならあそこに水道がある。あれだ」
俺はハンカチを渡し、お姫様は男の子を抱え上げて水道へと連れて行く。やはり行動が早い。
後を追う俺を、転んだ子が心配なのか友達たちもついてくる。
「冷たいけど我慢するのよ?」
お姫様は簡易的だが男の子に手当てをしてやった。水道で傷を洗い、ハンカチで縛り。
俺はお姫様を世間知らずだとばかり思っていたが、それも違ったらしい。
「なぁ、親はいないのか? 近所なのか?」
俺の問いに子供たちの1人が指をさす。
木の陰になっていて向こうからは見えなかったが、そこにはベンチがあり、母親たちはベンチに座り、話し込んでいるようだった。
あれでは子供たちのことなど見えていないだろう。
「あの子のお母さんを呼んできてくれるか?」
親がいるなら任せたほうがいい。今日はこの時期にしては暖かいほうだ。
公園で遊びたい子供たちに付き合ってきてるんだろうが、ちゃんと見てろよ……。通りがかりの俺たちだって気づいたのに、気がつきもしないとはな。
「──男の子でしょ! いつまでも泣かない。お母さんに笑われるわよ」
親に文句の1つも言おうと思ったがやめた。
俺はハンカチを出し、水道の場所を教えただけ。手当をしたのも、慰めたのもお姫様だ。
「大丈夫みたいだな。良かった」
呼ばれてきた母親の顔を見た男の子は走っていく。母親は抱きついてきた子供と俺たちを交互に見て、おおよそを察したのだろう。
こちらに頭を下げ、男の子はお姫様に手を振る。お姫様もそれに手を振り答えてやる。
「良かったな」
「世間知らずって言わないのね」
──言えるか! ……ちゃんとしてたよ。
普通は迷うのに、即行動したお姫様は褒めたいくらいだ。恥ずかしいから言わないけどね。
「目的地はすぐそこだ。行こうぜ」
「──うん!」
少しは立ち直った……のか?
良かったー、本当によかったー。
※
デパートの入り口で確認したところ、目的のバレンタインの売り場は3階らしい。催事場のところが丸々、バレンタインの売り場になっているらしい。
今はそこへと向かうエレベーターの中だ。
人が多くて、お姫様が嫌だというので1回見送りました。
そして1階からのこのエレベーターに他には誰も乗っていません。今、上へ行くのは俺たちだけのようです。
「ところで……チョコレートってなに?」
「──そこから! 説明したよな!?」
「バレンタインにはチョコレートを贈るんでしょ? それは聞いたわよ。だけど、チョコレートがなんなのかは、勿体つけて言わなかった」
言われるとそうだったかもしれない。かもしれないというだけで絶対ではないが、そうだったような気もする。
「そ、そうだっけ?」
「──そうよ! で、なんなのチョコレートって?」
この会話の間にエレベーターは3階へと到達したようだ。エレベーターの扉が開き、すでに甘い匂いがしている……。
「ここまで来てしまったんだ。なら、自分で見たほうが早い」
「──なによそれ!」
「こっちから甘い匂いがする。こっちだ!」
「待ちなさいよ。1人で行くな!」




