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竜の翼ははためかない6 〜飛翔するは悠久の空〜  作者: 藤原水希
第三章 たいせつなかぞく、あるいはそうではないかぞく
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チャプター9

〜竜王族の住み処〜



 細い通路を抜けると、そこが玉座の間だ。細い通路と言っても、それは竜族の中でも体の大きい竜王族から見ての話であり、人間の目線だと大回廊に見える。そして、玉座の間も、人間の王様が住まうお城みたいな玉座や装飾があるわけではなく、大広間の奥が一段高くなっているだけの、簡素なものだ。一応、もっともらしくそこだけ一段高くなるように土や岩を積んだものだが、あくまでそれだけのものだ。そこに、父である王と、生前の王妃、母が鎮座していた。

 じゃりじゃりと濁った足音を響かせ、玉座の間へと入る。ここは天井に大きな風穴が空いており、昼間であれば陽の光が差し込む。ここもまた、竜の墓場と同じく、数少ないこの土地でお日様の光を浴びられる場所なのだ。

 と言っても、それはちょうど玉座代わりのひな壇であり、竜王以外の者が立ち入ることは許されない。

「……ここも、久しぶりだな」

 恐る恐る、物陰に隠れるようにして足を進めていく。遠くに見える壇上に視線を向けると、そこにはひときわ大きなドラゴンがいた。陽の光を受けて神々しく輝く白銀の鱗は、まさしく父王だ。エルリッヒが出会ってきた中で、唯一自分よりも大きな体をしたドラゴンが、まさしくこの父なのだ。

『……いつまでそうして隠れているつもりだ?』

「なっ!」

 こそこそしたところで、バレバレだったらしい。久しぶりに聴くその声は、兄や姉のものとは違い、どこか温かかった。見つかっていたのでは仕方ない。覚悟を決め、王の御前へと向かった。

 とりあえず人間の真似をして、恭しく傅いてみせる。

『竜王陛下。この度は拝謁の機会をいただきまして、光栄の至りです。竜王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう』

 人の真似をしていても、口から出るのは竜言語。人の言葉ではない。

『何の真似だ。人の真似などしおって。その様子だと息災のようだが、どういう風の吹き回しだ? 家を出て三百年、音沙汰一つ寄越さぬと思えば突如帰ってきおって。それに、そのような姿で』

『どのような姿で帰ってこようと、私の自由です。それに、どちらの姿であろうと、私は私です。可愛い娘が帰ってきたのですから、もう少し嬉しそうにしてくれても良いではありませんか』

 傅いた格好のまま顔だけを上げ、険しい表情のまま会話を続ける。父の機嫌が読み切れないうちは、緊張の面持ちが崩せない。偉大にして最強、竜社会全てを統治する王というのは、伊達ではないのだ。機嫌が悪かったら、機嫌を損ねたら、命すら落としかねない。

 エルリッヒが自分の命を心配をする相手は、後にも先にもこの父だけだ。亡き母はともかく、姉はもちろんのこと、次期竜王の兄ですら、エルリッヒには敵わない。だから、エルリッヒが唯一自分より強い力を持っている父との全面衝突だけは、避けなければならない。

『可愛い娘、だと?』

『ええ。これでも、人間社会では結構な人気なんですよ? それは、誇りに思ってください。見た目も人柄も、周囲の人たちに認められている証拠ですから』

 父もまた、姉ほどではないが人間のことは脆弱な生き物としてみている。どこまで下等な生き物としてみているかはわからないが、自分ほどには評価していないことだけは事実だ。少しでも、人間の魅力を伝えられればいいのだが。

『少なくとも、人間はお父様が思っているほど下等な生き物ではありません。確かに、私たちが少し触れれば壊れてしまうほどか弱く、たかだか百年にも満たない命しか持たない存在です。でも、小さくか弱いからこそ精一杯生きて、色々と工夫しています。それに、その精神性は、私たちとなんら変わりありません。そんな人間社会で、私はなんとかやっています。安心してください』

『お前が出て行ったあの日、散々止めたのにもかかわらず出ていきおって。その後の生活も、たまたま上手くいっているだけで、いつどうなるかはわからぬではないか』

 竜族の王として異種族の一員として暮らすことには賛同できず、父としては不安定な社会で一人立ちしようというのだから心配でならない。その、二つの立場がエルリッヒのことを竜社会に戻そうとしていた。言えば言っただけ反発するような娘ではあったが、それでも、言うべきことだけは言わねばならない。

『人間などに肩入れして、それでどうなるというのだ。どれだけ親しくしていたところで、我らよりも先に行ってしまうのだぞ。情が移れば移るほど……』

『言われなくてもわかっています。このまま人間社会にいたら、彼らの死を見届けて、見送らなければならないということくらい。そんなこともわからないほど、子供じゃないです。でも、それでも、明るいお陽さまの下で一生懸命暮らす人間たちのことが大好きなんです』

 その瞳には、一点の曇りもなかった。王は、かつて王妃が亡くなった時のエルリッヒの悲しみようをよく覚えている。あの時は、人の姿にしてもまだ幼い姿の頃だったが、気が狂わんばかりに泣き叫んでいた。寿命ではなく病による死は、竜王族という盤石な種族にすら恐怖をもたらすもので、大人たちは悲しみ以上に”そういうこと”への恐れが芽生えていたが、まだまだ子供だったエルリッヒにはわからないことだ。ただひたすらに悲しんでいたその姿もまた、一族に痛烈な思いを残した。親として、あのような気持ちにはさせたくない。

『きっと、今親しくしている人間たちが年老いて天寿を全うしても、私はまだこの姿のままなんでしょうね。それに、人ならざるものだとばれてしまったら、迫害されてしまうかもしれない。だから、今までは住み処を転々としてきました。でも、今の生活は、ようやく落ち着いてきたんです。だから、疑われようと、迫害されようと、行けるところまで行ってみたい、そう思っています』

『それがお前の決意か』

 兄には反論した「お前」呼ばわりも、名づけてくれた父には何も言わない。それが、兄と妹よりも大きな、親と子の立場の差だ。

『はい。でも、それだけではありません。魔王が復活した今、彼らに危機が迫った時、人知を超えた私の力が、必要になるかもしれません。おせっかいと言われようとも、正体がばれようとも、人々や街、生活を守れる力があるのなら、その力で守りたいのです』

『確かに、我らの力は人知を超えたものだ。かつて千人の同胞を屠ってきた龍殺しの勇者を退治したのも、我らの先祖。お前が出て行った後、魔王の台頭によりこの地に魔族が襲ってきた際も、それを退けるのは容易いことだった。その力があれば、人間どもを助けることなど造作もないだろう。だが、それで人の心が離れてしまっても良いというのか』

 「大切な異種族」という存在を知らない王にとって、それはやはり理解しがたい感情だった。ここで王として竜社会を統治している限りは、触れ合うのは同じ竜族の者たちと、時折訪れる竜人族だけだからである。異種族と言っても差支えがないほどにはかけ離れている竜人族も、やはり遠い祖先では繋がっており、異種族とは呼び難いし、思えない。だからこそ、娘が人間社会にこれほど強い思いを抱いていることが、王として、親としての苦悩につながっていた。

『今さら何を言うとも思わぬし、覚悟のほどを知った以上、その思いを無碍にもせん。だが、その命、粗末にはしないでくれ。我らとて永遠ではない。魔王軍といえど、どのような驚異的な魔族がいるかはわからぬのだ。竜の王女としてはもちろん、曲がりなりにも、大切な娘なのだからな。その……人間社会で言う所の、可愛い娘というのは、よくわからぬが』

『お父様……』

 兄の言った「内心では嬉しい」という言葉が、ようやく沁み渡ってくる。久しぶりに会えて嬉しいのは、自分だけではなかった。

『安心してください。せっかくの楽しい命、無駄に散らせたりはしませんから。いざという時も、きっちり大切な人間たちを守って、笑顔で彼らの元に戻ります。お忘れですか? お兄様よりも強い力を受け継いだ竜の王女は、伊達ではありませんから』

 人の姿での感覚は通じないかもしれないが、父を安心させるようににっこりと笑った。そして、本来であれば許されないかもしれないほど近くに歩み寄り、そっとその足に抱き寄る。

『娘のことを、信じてくださいませ』

 まだまだ大人とは言い難かったが、それでももう分別のわからない幼な子ではないのだと思い知る。嬉しいような、寂しいような。三百年振りに会った娘は、相応に成長していた。




〜つづく〜

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