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竜の翼ははためかない6 〜飛翔するは悠久の空〜  作者: 藤原水希
第三章 たいせつなかぞく、あるいはそうではないかぞく
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チャプター8

〜竜の墓場〜



 竜の墓場。ここはこの地に住まう竜族が死期を悟った時に集う場所。ここでその長い生涯を閉じる。そして、その「墓場」の一番奥、一番高い場所にあるのが、竜王族が最期を迎える場所だった。母もまた、竜王族の出であり、ただ竜の王妃だからというだけではなく、その出自によってここで最期を迎えていた。

「お母様、来たよ」

 竜王族の墓所に立ち、亡き母に挨拶をする。ここは竜王族、つまりは親戚筋の竜達も眠っているため、足元に散らばっている竜骨からはそれが誰のものかは判別できない。しかし、間違いなく母の骨も混じっていることだろう。竜骨、それも竜王族の骨は千年は朽ちずに残る。

「人間社会に肩入れして勝手に出て行った変な娘だけど、なんとかやってるよ。お母様は、こんな娘にも優しくしてくれたよね。わざわざ姿も変えてくれて……」

 思い出されるのは優しい記憶ばかり。中には美化している部分や忘れてる厳しかった一面もあるのだろうが、そんなものはわざわざ思い出す必要などない。綺麗な記憶だけで十分だ。

「今の私を見たら、お母様どう思うかな。異端すぎて怒られるかな、それとも、理解を示してくれるかな。どっちでも、きっとお母様のことは好きなままだよ」

 生き物は死んだらどうなるのか。ここにいた時は考えもしなかったが、それは竜族には生死感というものがなく、死んだら「そこで終わり」だからである。死んだら生前の行いに応じて「天国」か「地獄」に行くという生死感は、人間社会の「宗教観」を知ることによって得た知識だ。それが事実だとしたら、きっと天国で穏やかに暮らしているのに違いない。そういう概念を知った時、とても暖かい気持ちになったのをよく覚えている。

「世の中は物騒になってきてるし、正体がバレたらっていう不安はあるけど、ま、私はこれからも何とかやっていくので、向こうで見ててね。それじゃ、行くから」

 「向こう」から見ていると信じて、小さく微笑みながら手を振り竜の墓場を後にする。次に来られるのは、何百年後だろうか、それとも、これが最初で最後になるのだろうか。先のことは、わからない。だが、今こうして墓参りができたことは、何よりも大きな達成感があった。

「さて、と」

 竜の墓場から「自宅」に戻り、細い通路を進んで行く。帰るまでには、父と兄には挨拶しなくてはと考えると気が重い。無理に義理立てする必要はないはずなのに、最低限の身内の情が邪魔をする。まずは玉座の間か、そう思った次の瞬間、

『エルリッヒ』

 聞き覚えのある、冷たい声が自分のことを呼んだ。

『……お兄様。ご無沙汰しています』

 晴天のような深い青色をした竜、兄である。兄もまた、姉によく似た考えを持っているため、苦手な相手だった。瞬時に、顔がこわばる。

『お前が帰っていると聞いてな』

『何ですか? 挨拶くらいはしますけど、それ以上、話すことはないはずです』

 負けてはいけない。姉に対してそうであったように、この兄に対してもまた、付け入る隙を与えてはならないのだ。こちらを見下ろすその瞳は、どこまでも冷たい。それが全てを物語っているようだった。

『理由は何であれ、三百年ぶりに帰ってきた妹の顔を見たいと思って、何が悪い』

『心にもないことを言わないでください。お姉様から聞いたのでしたら、私がこの姿でいることも、知っていたのでしょう? お兄様にとっても、この姿は私の姿だとは思っていないはず。だったら……』

 「顔を見たい」などという言葉は、上辺だけのものに違いない。冗談でも「かわいい妹に会いたかった」などと言ってくれればまだ話も膨らむのだが、そのようなことはない。そもそも、この兄は冗談を言うような性格ではないのだが。

『私をあいつと一緒にするな。人の姿もまた、我らにとっては己の姿だ。お前のように人の世に交わろうと思わないが、生まれ持った能力まで否定はせん』

『お兄様……』

 決して歩み寄るというようなことではないが、それでも姉よりかは幾分近いような気がした。このわずかな思想の違いが大きい。

『……父上には会ったか?』

『いいえ、まだです。でも、気配がしますから、お元気なのは会わずとも』

 昔からのことだが、この兄とはあまり会話が続かない。口げんかになるよりはいいが、価値観が合わずに分かり合えないのは姉と同じだ。だから、昔から何かの話題で盛り上がった記憶がない。一体この兄はどんな話題を持っているのだろう。気にするだけ無駄かもしれないが、少しだけ、知りたくなった。

『……お兄様は、お変わりないですか?』

『ああ。我々にとって、三百年など瞬きする間にも等しい。お前の暮らす、人間社会とは違ってな』

 涼やかな、というよりは冷たい兄の瞳。しかし、少しだけ、和らいでいるような気がする。油断はできないが、仮にも身内なのだからと、心を開いてくれているのだろうか。そうであれば、遠い距離を帰ってきた甲斐もあるのだが。

 一瞬と形容したこの時間についても、少し確認してみたくなった。

『百年前、魔王が倒され、今また、復活しています。その影響も、ありませんか?』

『愚問だ。むろん、ここにも魔物どもは攻めてきたがな。かような者共、我らの敵ではない。お前たち人の世では、そうはいくまいがな』

 口ぶりだけは自慢しているかのようなのに、淡々と語られると、嫌味に感じる暇すらない。ただただ事実を述べられているようで、不思議な気分だ。しかし、兄の語る通り、竜族であれば蹴ちらすのは造作もない魔物でも、人間にとっては脅威となる。街に戻ったら、そういう話もしなければなるまい。

『それはそうと、目的は母上の墓参であろう。用を済ませたのなら、父上に挨拶をして早々に帰るがいい。お前の帰宅を快く思わないものが、約一名いるのでな』

『お姉様、ですか。そうですね。あまり、お姉様の勘気を被りたくはありません。すぐにお父様にご挨拶をして、ここから去るといたします。人の世に』

 そうして、玉座に向かって歩き始めてすぐ、くるりと振り返り、兄に告げた。

『お兄様、最後に一つだけ。いくらお兄様といえど、私のことをお前と呼ぶのはやめてください。恐れ多くも竜王陛下と女王陛下がつけてくれた名前があります。それをお前呼ばわりは、冒涜になります。お姉様にも、そうお伝えください』

『っ!』

 凛とした瞳、強い言葉。人と竜、姿は違っても、妹は紛れもなく同じ親から生まれた竜王族の者なのだと思い知らされる。次期竜王でありながら、つい圧倒されてしまう。普段誰も触れないが、竜王族として最も強い力を受け継いだのは、末のエルリッヒなのだ。兄姉がそれぞれに妹に対して冷たい態度を取るのは、理解できない価値観を持って育ったことだけではなく、最も強い力を受け継いでいながらもそれを棒に振るような生き方を選んだことへの、憤りもあった。

 本来なら、自らが女王の座に立つもよし、末娘ゆえに王を支える存在になるもより、竜社会をより磐石にするための重要な存在になるはずだったのだ。

『エルリッヒ!』

 つい、呼び止めてしまう。

『なんですか? まだ何か……って、お兄様! その姿!』

 立ち止まり、振り返った先にいたのは、人の姿になった兄だった。ゲートムントにも匹敵する長身に腰まで伸びた青い髪と、相変わらずの冷たい光を宿した瞳。人間社会のどこに出しても恥ずかしくない、聡明な青年の姿をしている。しかも、わずかな瞬間に衣服まで身につけている。純白のローブは、どこで手に入れたものなのだろう。衣類を見に纏うという価値観は、どこで身につけたのか。

『息災で、いることだ』

「きゃっ!」

 思わず、人の言葉が出た。どういう風の吹きまわしか、むしろ気でも違ったか、人の姿をした兄に抱きすくめられた。卵から孵って百年ほどの間、このような経験は一度もないというのに。

『お、お兄様?』

『急に、こうせねばならぬような気がしたのだ。なぜだかは、わからぬがな。もしかしたら、母上の差し金かもしれぬ』

 あの兄が幽霊の存在を理由にするとは、やはりおかしい。だが、嫌な気はしない。本当は、幼い頃にこうして欲しかったが、一生に一度くらい、こんな経験があっても悪くはない。

『驚かせてしまったな。さあ、行け。帰ってきていることは、とうに父上も察知しておられる。何を言われるかはわからぬが、内心では喜んでいる』

『そ、そんな!』

 優しく突き放されると、兄は背を向けすぐさま元の姿に戻った。そして、大広間へと消えていく。今のは、一体何だったのだろう。急に抱きしめられ、優しい言葉をかけられ、あまつさえ、父がこの帰省を喜んでいる?

『お兄様……』

 去りゆく背中を見送りながら、混乱を抑えられないでいた。まだ、心臓が早鐘のように鼓動を打ち鳴らしている。この胸の高鳴りこそ、母としか経験したことのない、家族の触れ合いなのだろうか。

 混乱した気持ちを抱えながら、玉座の間へと向かった。そこには、偉大なる竜族の王が鎮座ましましているはずである。




〜つづく〜

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