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竜の翼ははためかない6 〜飛翔するは悠久の空〜  作者: 藤原水希
第二章 おおうなばらをすべり、おおぞらをとぶ
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チャプター5

〜北方大陸 上空〜



 エルリッヒは相手の飛んでいる方角に大体の当たりをつけ、火球を吐き出した。並の魔物なら、簡単に消し炭になるような威力のものだ。当たるかどうかは分からないが、気付かれている可能性を考えると、先手を打つことは悪いことではない。

『当たるといいけど……』

 空を飛ぶ生き物の平均的な速度はゆうに凌駕する速度で飛んでいる自身を、さらに上回る速度で飛んでいく火球。それは、相応の速度で飛んでいるであろう相手にとってはものすごい速度で近づいてくる物体になっているはずだ。火球の大きさもさることながら、威力、速度、それら全てが規格外なのだ。自ずと警戒するだろう。牽制の一手としては、十分すぎるものだった。


 それから数分ほど北上したところで、ようやく視界の先に小さく問題の魔物が見えてきた。やはり、ガーゴイルの類のようだ。いかにも魔物然とした紫色の体に、そこらの村人と変わらないような衣服を身にまとい、頭には左右に伸びた二本の角、そして、背中には翼が生えており、手には剣が握られている。見えている数は二匹なので、いくらなんでも剣の腕だけで町や村を制圧することは難しいだろう。とすると、自分と同じように口から炎を吐くような芸当ができるか、あるいは魔法の力を有しているか、またはその両方か、ということになる。

 自分の能力だって魔法と大差のないものだが、手のひらから突如氷の刃や稲妻を出すのとはわけが違う。警戒するに、越したことはないだろう。

『さて、そろそろか』

ひときわ大きく羽ばたくと、一気に距離を詰めていく。まだ、向こうが攻撃を放つ気配は見えない。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ギギ、こいつだ!」

 それは、ようやく目の前まで近づいたガーゴイルが発した第一声だった。あまり耳障りのいい声色ではない。それだけでも、一刻も早く退治せねばと思ってしまった。もちろん、それは独りよがりな意見ではあるのだが。

(こいつだ? あぁ、火球のことか……)

 互いに上空で静止したまま対峙する。翼は忙しく羽ばたいているが、空中でその場に留まり続けるのは、なかなかに高度なことだった。ドラゴンもガーゴイルも、もれなく空を飛ぶ上位の生物である証と言ってもよかった。幸い、ガーゴイルは先の魔族と同じく、人間と共通の言葉を使う。理由は知らないが、この世界の知的生命体の言語というのは数限られているらしい。人の言葉と、竜の言葉と。エルリッヒが知り得るのは、その二つだけだった。

「どうする? あいつの仇を討つか? それとも、無視して行くか?」

「こいつは俺たちを前に止まってる。野生のドラゴンじゃないかもしれん。だとしたら、さっきのは意図的に放たれた一撃だったってことだ。そんな奴が、見逃すとは思えない。とはいえ、魔族が獣風情に負けると思うか? あいつは不意打ちを食らったから黒焦げになっただけだ。さっさと片付けて先に進むぞ!」

 二匹の会話で、大体の事情は掴めた。先ほどの火球は、「大体の当たりをつけて」放ったものだったが、どうやら見事に命中したらしい。三匹を二匹に減らすことに成功していたわけだ。自らの勘の良さには少しばかり嬉しくなったが、今はそれどころではない。

(女の感が当たったのは良かったけど、獣風情なんて、言わせておけますかっての!)

 目の前の敵を排除するということ以上に、「獣風情」などと言われたことが癇に障った。少なくとも、魔族よりは上位の生命体だという自負がある。その自負心に、ささやかながらナイフのようなものを突きつけられた格好になった。

『絶対後悔させてやる!』

 咆哮にしか聞こえないその叫びが、辺りに響き渡る。ガーゴイルたちは、ツノの内側にある犬のような耳を塞いでいた。威嚇にはちょうどいい。

(まずは小手調べだ。火球を喰らえ!)

 斜め後ろに飛び退ると、そこから火球を吐き出す。先ほどの、超長距離を想定したものではないため、より大きく、その代わりに若干速度の遅い火球だ。それでも、それなりの速度をもって吐き出されたそれは、眼下のガーゴイルを目指して飛んでいく。

「おっと!」

「あぶねーあぶねー。なんて攻撃だ。かっこよく剣でぶった切ってやりたかったのに、避けるのが精一杯だったぜ」

(ちっ、避けられたか。意外と機敏な連中だ。なら!)

 次の手とばかりに足の爪を突き立てて急襲をかける。爪には強力な毒があるため、並の生き物ならば無事では済まない。いくら魔族といえど、毒による影響は必ずあるはずだ。

「くそ! なんて攻撃だ!」

 それを、ガーゴイルの一匹が剣で受け止める。やはり、当初の見立て以上には強い。しかし、これほどの質量を受け止めたのだから、武器の方が無事ではない。わずかに亀裂が入っているのを、見逃さなかった。

「なっ!」

 力一杯、剣を握り潰した。多少鋭利な刃物であっても、強固な鱗を超えることはままならない。剣はものの見事に砕けてしまった。簡素な見た目通りに、何の変哲もないただの剣だったようだ。

 これが、魔族の間に伝わる宝剣や、人間界から遠ざけるために保管されていたかつての勇者一行が使っていた名剣などであれば、こう易々とは砕けまい。予想以上の動きを見せているとはいえ、所詮は下級戦士といったところか。とはいえ、まだ向こうも手の内の全てを見せていない。油断は禁物だ。

「剣を折っちまった! いくら野生のドラゴンったって、これは許せねえ! ギギギ、司令官から賜った武器なんだぞ! 人間どもの街を滅ぼすための大事な武器なんだぞ!」

「おい、落ち着けって。どうせ俺たちの言葉なんて理解できっこないだろう。それに、俺たちの攻撃手段はこの剣だけじゃない。どうにでもなる。それよりも、今は目の前のこいつだろう。完全に、獲物だと思ってやがる」

 どうやら、一匹は冷静なようだ。全く同じ見た目をしてても個性はある、ということか。それとも、種族が違うから個体を見分けられないだけなのか。いずれにせよ、冷静な相手がいるというのは、危険だった。

「いいか。俺たちだって翼を持つものだ。素早さなら負けていない。俺が正面、お前が後ろで挟み撃ちだ。お前は剣を失ったから、魔法で攻撃しろ。俺は剣で撹乱する。いいか?」

「ああ。あいつの仇もあるしな、目にもの見せてくれるぜ」

 言うが早いか、ガーゴイルたちはエルリッヒの周囲を素早く飛び始めた。おそらく、こうしてこちらを混乱させ、その隙に攻撃する腹なのだろう。いくら強固な鱗と甲殻に包まれているからといって、魔法での攻撃などという得体の知れないものには、無傷ではいられまい。なんとしても、食い止めねば。

(手の内を見せるのは嫌だけど、仕方ないか)

 旋回しながら垂直に上昇し、力を使う。全身を、炎熱で包む能力だ。消し炭にする、とまではいかないが、周囲にいるものが火傷を負うくらいのエネルギーはある。

「なんだ、これは!」

「なんだかわからん攻撃なんぞ、構うもんか! 俺の魔法を喰らえ! はぁっ!」

 剣を失ったガーゴイルは、右の手の平から炎のようなものを放った。やはり、何度見ても魔法は不思議な力だ。のんきに感心していられるのは、それがエルリッヒにとって何の脅威でもないからである。炎熱で身を包んでいるのに炎の魔法とは片腹痛い。ただ、そこにいるだけでガーゴイルの魔法はかき消されてしまった。

「バカか! 相手の力と同じ系統の攻撃をする奴がいるか。少しは冷静になれ。こういう時は、こっちの魔法だ!」

『!』

 今度は炎ではない。そして、気づくと鈍い痛みを感じる。これは、空気の流れを操った攻撃か。やはり、冷静な方はなかなかにやるようだ。

(これは、ちょっとだけ気合を入れようかな)

 眼光鋭く相手を睨みつけると同時に、頭部の角が淡い光を発し始めていた。




〜つづく〜

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