チャプター13
〜王都付近の街道〜
馬車は駆けた。早馬のようにひたすら街道を駆け、途中立ち寄った町や村では元気な馬に交換し、ただひたすらに街道を駆け抜けた。そのおかげで、通常よりも幾日か早く、王都の付近まで戻ってくることができた。当然、乗り心地は最悪だったが、街の様子が心配で、それどころではなかった。
火事場泥棒のような野盗に襲われることも、獣や魔物に襲われることもなく、路程が順調だったのも大きかった。これが、王都が襲われたことの影響ではなく、単純に治安がいいだけなら良いのだが。
「見えた!」
いてもたってもいられずに御者席の半分を陣取っていたエルリッヒは、視界の奥にうっすら見える城壁を確認した。それは紛れもなく王都のもので、陥落している様子はない。ただ、街のあちこちから煙が上がっており、ただ事ではないことだけはここからでも十分に伝わってきた。
「お嬢ちゃん!」
「うん、どこかで火の手が上がったみたい。もう消し止められてるようだけど……急いで!」
ここまで来たらあと一息。逸る気持ちが胸の中を支配する。果たして、みんなは無事だろうか。それ以上に、この非常時に、街に入ることが許されるのか。幸い、この距離から感じ取れる範囲に、魔物の気配はない。もしかしたら、すでに追い払った後なのかもしれないし、あるいは追い払うことができずに……
「っ!」
縁起でもないことを考えてはダメだ。大きく首を振り、自らの思考を振り払う。振り乱した髪が御者の顔に当たってしまったが、この非常時、嫌そうな顔をされなくてよかった。
「おじさん、ごめんなさい」
「んなことは気にしなくていいって。それより、みんなの無事を祈ってやんな。ここが落ちたら、俺たちその他の国民もおしまいだからな」
そうだ。ここは王都、国の中心だ。ここが落ちるということは、この国の存在がなくなると言っても過言ではない。各地の街が都市国家を形成して、その中からまた新たな国が出来るのか、地方領主を務める王族やその他の有力貴族が王位を継ぐのか、その辺りの行く末はわからないが、いずれも混乱は必至だ。いや、そんな最悪の事態の後を考えるより、まずは無事に撃退できた可能性を考えよう。
この街には、お城の精鋭がいる。そして、ギルドの名うての冒険者や戦士たちがいる。何より、ゲートムントとツァイネがいる。あれだけの戦力があって、追い払えないはずはないのだ。
「うん、大丈夫だよね。大丈夫!」
前を見据え、少しずつ近づいてゆく王都の様子をその目に焼き付ける。ただひたすらに、無事を祈りながら。
〜王都 外門〜
ようやく帰り着いた王都の城壁は、やはりところどころに攻撃の跡が見えた。出発した時には、こんなものはなかった。噂は真実だったのだと、残酷な現実を突きつけられる。
詳しい事情はわからないが、外門も破壊されているらしく、二人の衛兵が立っている以外は、何も遮るものはなかった。このまま馬車で突っ込めば、どうにでも入り込めるだろう。もちろんそれは最後の手段なのだが。
まずは正攻法で街に帰り着くことを考えねばならない。馬車でゆっくりと近づいていく。すると、
「待て!」
当然のように、衛兵たちに止められてしまった。二人は、手にした槍を交差させるようにして、馬車の行く手を遮った。お城の門で行われるものと同じだが、二人の距離が離れている分、非常に心もとない。
「今王都は非常事態ゆえ、不審な者の出入りは禁じている。魔物が襲来したという話は、聞いておらぬか? 悪いが、最寄りの町や村まで引き返してもらいたい」
「ちゃんと、国が発行した乗り合い馬車の許可証を持ってる! これじゃあダメか?」
「ダメだ。外部の者を入れるなというのは、国王陛下の厳命である」
「なら、私は? 私はコッペパン通りの食堂『竜の紅玉亭』のエルリッヒです。ちゃんと、ここを出る時に旅の許可証をもらいました。それでも、ダメですか?」
エルリッヒは紛れもなくこの街の住人だ。こうして国が発行した正式な手形もある以上、身分は保証されているはずだ。王の命令が「外の人間」の立ち入りを拒むものなら、その対象にはならないはずだ。
「その身分証が偽造されたものでないという証拠はどこにある? それに、もし本当にこの街の住人だったとしたら悪いが、非常時故確認している余裕もないのだ。諦められよ」
職務に忠実なのはいいことなのだが、こうも頭が固くてはどうしようもない。表情一つ変えずに拒んでいる二人の様子は、交渉の余地すら感じない。これは、中にいるであろう人々を頼るしかなさそうだ。
「あの、それじゃあ、元親衛隊のツァイネか、錬金術士のフォルクローレという名前は知りませんか? 友達なんですけど……」
「そのように名前を出されても、我々にはどうすることもできぬぞ?」
「そうだ。悪いが、ここを動くことはできぬのでな。確認に走ることもできなければ、真偽を確かめることも認められてはおらぬのだ。人に化けた魔物が友人知人を騙るやもしれぬという話でな」
そうか、妙に融通が利かないはそのせいか。人ならば、後でどうにでもなるが、人に化けた魔物なら、中に入れてしまえばそれでおしまいと考えるのも無理はない。
人の姿をした竜の自分がそれと何が違うんだという思いはあったが、敵ではないし何よりこの街の住人だ、明らかに違う。こうしている間にも、大切な誰かが怪我で苦しんでいるかもしれないし、命の灯火が消えようとしているかもしれないのだ、こんなところでまごついている暇はない。
「どうしても通せないというのなら、力づくで通ります。この馬車なら十分に突破できますから。王様にでも誰にでも報告すればいいですし、もし、本当に私たちが危害を加えるような存在だったら、その時は改めて捕縛でも討伐でもしてください。危ないから、離れていてくださいね? それじゃあおじさん、お願いします」
「お願いしますったって、いいのか? 俺はどうなっても知らねぇぞ! ていうか、つかまりたかねぇぞ!」
戸惑う御者に小さく「何かあったら責任は取ります」と呟くと、再び馬車に乗り込んだ。確かに、ここから引き返せと言われても困るので、中に入るよりほかはない。衛兵二人も観念したのか、ぶつからないように離れてくれている。後で誰にどんな報告が飛ぶかも分かったものではないが、そんなものはどうにでもなる。
「よっしゃー、いけー!」
エルリッヒを乗せた馬車は、遮るもののない外門を勢いよく通り抜けた。
〜王都・乗り合い馬車の停留所〜
「おじさん、ありがとうございました。それじゃあ、これお代です」
「おう、確かに。それじゃ、元気でな。あと、本当に捕まっちまったら、ちゃんと責任とってくれよな? じゃあな」
確かに重罪を犯したはずなのに、不思議と清々しい。御者はエルリッヒが見えなくなるまで見送ると、馬たちを厩につ繋ぎ、受け取った代金を手に酒場へと繰り出した。馴染みの店があるのだ。
〜コッペパン通り〜
「まずは、お店の様子とみんなの様子を確認しないと」
王都の中はあちこち破壊されたような痕跡があり、家々からは黒煙が立ち上っていた。果たして魔物の攻撃によるものか、こちらの反撃によるものか。だが、幸い街の南部にあるコッペパン通りは比較的被害は小さいようだった。やはり、国の中枢は「お城」であり、狙われるのも、お城のある北側が中心だったのだろう。
そうはいっても、焼け出された人たちがあちこちにおり、中には知り合いとまでは言わずとも、見覚えのある顔もある。自然と、急ぎ足になる。
「エルちゃん!」
不意に呼び止められた、この声は、おばさんだ。
「おばさん! 無事だったんですね!」
「ああ、なんとかね。それよりエルちゃんこそどうやって。街には誰も入れないってお達しが出てたろう」
詳しい話は後、とばかりに二人は「竜の紅玉亭」に向かった。こちらも幸いなことに被害は免れていた。目抜通りからも、お城や貴族のお屋敷があるエリアからも離れている立地が功を奏したようだ。
「た、ただいま……」
出発した時のまま、まるで魔物の襲撃などなかったかのような自宅に帰り着くと、どっと疲れが襲ってきた。
「それじゃあおばさん、二階で話を……」
視界が揺れ、意識が遠のいていった。
「ちょっと、エルちゃん!」
おばさんの叫び声も、遠のいていく。
〜つづく〜