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竜の翼ははためかない6 〜飛翔するは悠久の空〜  作者: 藤原水希
第三章 たいせつなかぞく、あるいはそうではないかぞく
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チャプター12

〜港町 グリュックリンク・ポルトゼー〜



 故郷を後にして数日、エルリッヒは再びこの街に戻ってきた。空を飛ぶ巨大な竜、それも桜色の竜などという存在は、さすがに目立ち過ぎてしまい、そのまま海を渡る気にはなれなかった。それに、船で海を渡ってこその帰路だ。旅の醍醐味は、土地の情緒や乗り物にあると言っても過言ではない。

 地上に降り立ち、人間のサイズで潮風を感じると、言いようのない解放感に包まれる。ここまでの空路が順調だったことも影響しているのかもしれない。

「んー、気持ちいい〜!」

 今日はここで一泊し、翌日の船で戻る手配をした。急ぐ旅でもなし、お土産を買うのも悪くはない。普段なかなか手に入らない食材や香辛料、それにお酒など、お店で使ったり出したりするようなものにも目移りしてしまう。とにかく、この街は「異国」なのだ。

「さーて、今日の宿はどこにしようかなー」

 定期便のチケットをかばんにしまい、通りを物色する。この間泊まった宿も良かったが、できれば別の宿がいい。色々な宿に泊まった方が楽しいし、自分のお店にも活かせそうな気がしていた。

 何しろ大きな貿易船が何艘も停泊しているような港がある。こじんまりとした船宿から王侯貴族が使うようなホテルまで、大小いろいろな宿屋が軒を連ねていた。

「う〜む、悩んでても時間の無駄だし、部屋代と空室状況で決めるか」

 まずはお土産を確保する方が先かもしれない。立ち並ぶ商店を眺め、客層を観察する。旅行者や外から来た船員が多いお店は”そういう”品揃えと価格の商品を扱っていることが多い。できれば、土地の人が日常的に使うお店に行きたいのだ。あれこれ考えているうちに、お腹がすいてきた。そういえば、今日は何も食べていない。というか、ここ数日本来の姿で過ごしていたので、いわゆる”料理”というものを口にしていない。

 不思議なもので、本来の姿でいる時は地上を行く獣や翼竜のような存在を直接襲ってそのまま食べていて、そのことに一切の違和感を覚えないのだが、いざ人の姿で思い返してみると、それは野趣あふれるなどというレベルのものではない。皮を剥いだり火を通したりといった原始的な調理すら一切行わないのだから、およそ人間の食事としては原始的なものになる。

「改めて考えると、人間の料理ってやつには関心させられるわ……」

 本来の自分と今の自分とのギャップに押し潰されそうになりながら、食堂を探すことにした。こういう街では、宿にレストランが併設されていることも多いのだが、やはり出来ることなら土地の人が通うようなお店に入りたい。

 そこで、素知らぬ顔をして郷土料理を味わい、この舌に覚えこませて帰りたいのだ。

「とりあえず、住宅街に行くか!」

 適当な通りに入って歩いていれば、食堂に向かう人を見つけられるかもしれないし、どこかのお店からいい匂いがしてくるかもしれない。そうでなくとも食堂にはしかるべき看板がかかっているはずなので、匂いを頼りにそれを探せたら一番いい。もっとも、立ち並ぶ民家からも食事時のいい匂いがしている可能性は高いのだが。

「さて、行くか!」

 市場に背を向け、一路住宅街へと歩き始めた。目指すは土地の人が行く食堂である。




–−二時間後––



「ありがとうございました〜!」

 狙い通り細い通りの片隅で営業している食堂を見つけたエルリッヒは、そこでオススメのメニューをいくつか頼み、研究しながらの昼食をとった。頭の中もお腹も、すっかりいっぱいになった。

「やっぱり、海産物が多かったな。あれを王都で調達するとなると、ちょっと難儀だぞ。塩もちょっと味が違ったし、香辛料も結構入ってたし。やっぱり、港からいろんなものが入るから、使う材料が全然違うのかな。うーむ、王都は内陸だからな〜」

 出てきた料理はどれも美味しく、そして新鮮な味わいだったので、味の分析のためにゆっくり味わうのがもどかしいほどだった。行きに宿のレストランで食べた料理も、同じように海産物中心だったので、半ば予想はしていたが、やはりここでも海産物中心だった。普段、川魚くらいしか食べる機会のない王都民にとっては、本当に新鮮な、経験の浅い味だったのである。

 それだけに、自分の店で再現しようと思うと、そう容易いことではない。そもそも仕入れるのが困難なものから、価格が高くて手の出せない調味料まである。

「う〜む……」

 悩みながら通りを歩いていると、不意の眩しさに意識が覚めた。いつの間にか、湊まで戻ってきていたらしい。通りは細く薄暗かったので、光のコントラストが目に突き刺さる。

「まぶしっ! そっか、もうこんなとこまで歩いてきてしまったか。それじゃ、切り替えてお土産探しでもするか!」

 希望としては、地元の人が行くお店で買う品々。しかし、いかにもお土産然としたものを買ってみんなに配るのも悪くない。とりあえず、港のお店を回ってみることにした。そうして自分やみんなへのお土産を調達したら、今度は宿探しだ。大変だけどわくわくする時間の始まりである。




––翌日––



「んん〜〜!」

 窓から差し込む朝日、そして潮騒、うみねこの鳴き声に起こされる。旅立ちの朝としては申し分ない。

「よっと!」

 上半身だけ起きて、大きく伸びをする。そして、ベッドから降りるともう一度全身で伸びをして、窓を開け放つ。

「おお〜、今日も快晴だ〜!」

 窓際に立ち、深呼吸をして胸いっぱいに潮風を吸い込む。王都では、絶対に味わえない感覚だ。そうしてひとしきり港町の朝を堪能したのち、ようやく着替える。

 適当に、と言っては失礼だが、安すぎず高すぎないこの『帆船の上で歌ううみねこ亭』なる宿屋を見つけ、空室があったのは本当に幸いだった。高級な宿に泊まるのは分不相応で手持ちのお金にも限りがあるし、治安はもちろんベッドの質も考えて、女の子の旅であまり安宿を利用するのも避けたい。だから、程よい価格帯の宿を優先的に探していた。

「よしっ!」

 気合い十分に着替え終わると荷物をまとめ、改めて港を眺めた。何艘も停泊している船のうち、どれが自分の乗る定期船だろうか。こんなに朝早いというのに、荷物を積み込む船員の姿が小さく見える。

 幸い船酔いするタチでもないので、船旅もまた楽しみなのだった。

「衣類は詰めたしお土産も詰めたし、行こうかな」

 荷物を持って朝食を食べに降りる。夕食はこの宿のレストランを利用したが、やはり海産物をメインにした料理はとても美味しかった。ならば朝食も期待できる。

 食事を終えたらそのままチェックアウトをして、港に向かう。そして、昨日買っておいたチケットで帰りの船に乗るのだ。伊達に三百年の旅暮らしをしていない。

 もう少しで、この街ともお別れ。往復合わせてたった二泊だったが、いざ離れるとなると、寂しいものである。そう思わせるだけの活気が、この街にはあった。




––数日後––



 エルリッヒを乗せた定期船は、北の玄関口として知られる港町、ノルドハーフェンに到着した。船旅は嵐に会うこともなく、海が荒れることもなく、順調そのものだった。

 荷物を手に港に足を下ろすと、なんとなく帰ってきた感じがするから不思議である。

「さて、今度は馬車便だ!」

 ここから王都までは一週間とちょっと。船の中で過ごしていたから、ここで一泊するような疲れもない。一刻も早く帰りたかった。

 何度か来ていて勝手は知っている。脇目も振らずに乗り合い馬車の停留所に向かった。

「ん?」

 なにやら数人の人が御者らしいおじさんに詰め寄っている。なんとなく、騒がしい。何かあったのだろうか。エルリッヒは他の御者を探し、話をしてみることにした。

「あのー、王都まで行きたいんですけど、一番早く出る馬車はどれですか?」

「あぁ、王都? 王都はダメだ! 今王都への便は出てないよ!」

 怒気を含んだ声で告げられたのは、意外な話だった。なぜ、王都便が出ていないのだ。乗り合い馬車でも一番の路線ではないか。嫌な予感がする。

「あの、王都で、いいえ、王都に何かあったんですか?」

「お嬢ちゃん、知らないのか!? 何日か前に早馬が知らせてくれたんだけどな、王都に魔物が攻め込んだらしい。それで、今は馬車便どころじゃないのさ。まだ戦ってんのか、追い払ったのか、それとも陥落しちまったのか、その辺もわからないってんで、一部じゃ大混乱さ」

 何ということだ。自分がのんびり帰省している間にそんなことが起こっていただなんて。守りたいものを守れない中でも一番嫌な理由ではないか。愕然とするあまり、全身の力が抜けそうになる。

「そんな……」

 しかし、それもつかの間、すぐに気持ちを切り替える。こんな時だからこそ、王都へ駆けつけて状況を把握しなければならない。まだ、できることはあるはずだ!

「出して!」

「えっ? お嬢ちゃん、何言ってんだ?」

 唐突な叫びに、御者は戸惑う。エルリッヒの声は停留所中にこだましていた。

「いいから出して! 今すぐ王都に行かなきゃどうするの! お金ならあるだけ払うから! 魔物が襲ってきたら追いはらうから! お願い!」

「ったってなぁ。俺たちだって命は惜しいし……」

 渋るのは当然だ。だが、こうしている時間がもったいない。早いところ説得せねば。

「状況がわからないっていうけど、王都はまだ落ちてない! もし落ちてたら、この街だってとっくに襲われてるんだから。追い払ったか、まだ戦ってるか、それはわからないけど、とにかく、行けるとこまで行って!」

 こうまで言われては、御者もなんとなく断りづらい。命は惜しいが、王都の状況を知ることが大事なことのように思えてきた。いや、実際大事なのだが、それができるのは自分たちだけだという思いが湧いてきた。

「わかった、馬車をだそう。その代わり、まだ戦いが続いてるようなら、それがわかった時点でお嬢ちゃんを下ろして引き返すからな。他にも乗りたい人がいたら乗ってくれ。行けるとこまでしか行けないけど、それでもいいなら」

 こんな状況で、どこまで行けるも分からないのに一週間以上移動に費やすというのは危険極まりない。さすがに乗りたいと名乗り出る者は他にはいなかった。

「結局お嬢ちゃん一人か。ま、その方が早くていいかもな。それじゃ、乗ってくれ。できる限り急ぐからよ」

「ありがとう。それと、よろしくお願いします」

 馬車は見慣れた簡素なものだったが、今は十分だ。本来の姿で飛んでいくような危険も犯せないので、馬の脚が頼みの綱なのだ。

(みんな、無事でいて!)

 エルリッヒを乗せた馬車は、王都に向けて走り出した。




〜つづく〜

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