表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の翼ははためかない6 〜飛翔するは悠久の空〜  作者: 藤原水希
第三章 たいせつなかぞく、あるいはそうではないかぞく
10/16

チャプター10

〜竜王族の住み処 玉座の間〜



 竜王とエルリッヒの再会。それは人の世で生きる覚悟を問うものでもあった。だが、当然何を言われようと揺らぐものではない。王としても父としても、諦め、受け入れるしかなかった。

『それはそうと、あー、なんだ、その、人間の暮らしというのは、どうだ?』

『どう、というのはどういう意味ですか? 人として暮らすのは面白いですよ。私たちより弱くて小さいですけど、それだけに、数が集まって、知恵を絞って工夫して生きています。そういう姿を見ていると、とても温かい気持ちになるんです。100年にも満たない寿命の中で、精一杯生きているっていうのを、実感します』

 これまで過ごしてきた時間、出会ってきた人たち、歩んできた土地のことを思い返しながら、優しく語る。理解してくれれば嬉しいが、そうでなくともこの気持ちを聞かせることができただけで、帰ってきた甲斐があったというものだ。

 娘の話を聞いていた父の姿は、理解不能な言葉を咀嚼しているような表情はしていなかった。少なくとも、納得でないまでもその感情は事実であり、受け入れる以外の選択肢を持たないことに、ふと気付かされていた。

『そうか……まあ、今の生活に不自由がないのであれば、それで良い』

『??? お父様、心配してくださっているんですか? 珍しいこともあるものですね。まったく、私を誰だと思っているんですか? 仮にも竜の王女ですよ? 純粋に人間としてではなく、人ではない力に助けられたことも多かったですし、何より一つ所には長居できなかったので、それなりの気苦労はありましたけど』

 言いながら、少し寂しそうにはにかむ。その姿は、300年前ここを出た時から少しも変わっていない。わずかには成長しているのかもしれないが、内面とは違い、外見における変化は父親の目をもってしてもほとんど感じられなかった。それだけに、人間社会で生きる上ではあまり同じ人間と長く付き合っていると怪しまれてしまうのだろう。みなまで言わずとも、それは十分に伝わってきた。

 せっかくできた友と別れねばならないのは、どれほど辛いことだろうか。そして、人ではないと気付かれることの恐怖はいかほどだろうか。竜社会”以外”を知らない竜王には、不十分に察することしかできなかった。

『……そうか。それは、辛いことだな』

『覚悟の上です。私が誕生を見届けた赤子が、いえ、その子や孫でさえ、すでにこの世にはいないのですから。それでも、そうして小さく短い命だからこそ、その輝きをより強く感じられるんです』

 すでに1000年は生きていようかという父に向かい、竜王族にあっては未だ「小娘」に過ぎないエルリッヒが命を語る。大切なのは、寿命の長さではなく、どう生き、どう死んでいったか、生き様なのだ。そして、父は伊達に竜社会を束ねる王ではない。娘の言いたいことは十分に伝わっていた。それは、尊重すべき生死観だ。

『人間社会で、相応に学んでいるようだな。しかし、魔王が復活し、侵攻を再開させておる。脆弱な人間とともにあっては危険もあるのではないか? 戻ってきてはどうだ』

『愚問です。確かに魔王は復活し、根城に近い土地では被害も出ているようですが、かつて魔王を倒した勇者は人間です。それに、それから100年、人の世も進化しています。きっと、今度も乗り切るに違いありません。それに、いざとなったらこの力で守ります。たとえ私が人ではないとバレたとしても……』

 決意。そんな言葉で片付けることが果たして適切なのかどうか。もし本当の姿を知られてしまえば、住んでいる街は追われることになるだろう。迫害される可能性や、魔物として討伐対象にされてしまう可能性すらある。それでも守りたいというのか。娘の意志と決断は尊重したかったが、さすがに理解の範疇を超えていた。

『そうまでして守りたいというのか。人の世を』

『はい。……いいえ、そうではありません。人の世なんていう大きな単位はどうでもいいのかもしれません。ただ、そこには生活があって、親しい人たちがいます。その人たちの笑顔があります。それを守りたいんです。それに、所詮私は外の世界の住人です。もしいなくなったとしても、多少は悲しんでくれるでしょうが、それが本来のありようですから』

 大げさなことは何一つ考えていない。自分の周りの小さな世界を守りたいだけで、そのための力は持ち合わせている。だから、いつかその日が来た時に、守りたいものを守ることができれば、それでよかった。

 偉大な父を前にしても、臆することなく己の意思を告げる。魔王復活の噂を聞いていた時から、漠然と抱いていた思いだったが、噂が事実だったと知った時、それははっきりと固まった。

『それが危険な道だと知っていても、守りたいというのか。……強くなったな』

『どうでしょう。それだけ今の生活が満ち足りているというだけなんです。人間社会に飛び込んでみて、本当に良かったって、そう思っているだけですから』

 強いというよりは優しい眼差しで見つめられると、一瞬亡き王妃を思い出す。数度しか見たことはなかったが、人の姿をした時の面差しがよく似ていた。娘二人(二頭)のうち、似ているのはエルリッヒの方。良くも悪くも、全く似ていない姉妹に育ってしまった。

『あの時は理解の及ばぬ行動にただただ反対していたが、今にして思えば、これで良かったのかもしれぬな。成長すべきは、我らのものの考えだったということか』

『そんな。相容れない考えは変わりませんが、成長なんて誰かが測れるものじゃないんですから。それに、人間の生涯を見ていて思うんです。死ぬまで成長できるんだって。肉体が衰えても、心や考えは、いくらでも成長できます。きっかけと意志さえあれば。もっとも、ここにいては、なかなかきっかけもないかもしれませんが』

 そっと、父の元に寄り添う。日の光を受けて輝く白銀の鱗は、本当に美しい。どこまで分かり合えるはわからないが、こうして話をしているだけでも、十分な成果だ。そして、こんなに穏やかな気持ちで話をしたのは、何百年ぶりだろうか。とても懐かしい。

『お父様。私は、あの時どれだけ反対されても、自分の行動に後悔はありませんでしたし、今もその気持ちは変わりません。それだけは、強く伝えたいんです』

『どうしたのだ、おもむろに。さっきから、それは十分伝わっているし、今更引き止めようとも思わぬ。もちろん、火の粉が降りかかって来ぬ限りは、人と敵対もせぬ。だから、安心して日常に戻るが良い。少なくとも、私はこうしてその姿が見られたことを、嬉しく思っておる』

 本音を言えば本来の姿で再会したかったが、今この時も人の姿でい続けることが、娘なりの矜持なのだろう。そう考え、それを尊重すればこそ、口にすることはなかった。

『ありがとうございます。家出同然に出て行ったのに、そんな風に言ってもらえるなんて、幸せ者ですね、私は』

 口げんかすら辞さない覚悟で帰省し、事実姉とは言い合いになってしまったのだから、ここでも親子喧嘩をする覚悟で来たというのに、なんと恵まれているのだろうと実感する。それはもちろん、子供達の中で最も強い力を受け継いだからでもなく、まして末娘だからでもない。ただ単に、親と子の関係があるだけなのだ。人の世となんら変わらないその情こそ、とても大事なものなのだ。

 考えれば考えるほど湧き上がる嬉しさとありがたさに、ついつい笑みがこぼれた。

『っ! いい、表情をするようになったな』

 父が思わず面食らってしまうほど、その笑顔は優しかった。




〜つづく〜

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ