生首と墓地~ポロリもあるよ!~
メヒティに連れられて、城壁の外にある墓地へとやってきた。
周りは鬱蒼とした森に囲まれており、確かに何か出てきそうな雰囲気は醸している。
「管理人に話を聞きにいこう。
今回の依頼人でもある」
そう言ってメヒティは小屋を指さした。
木造の小屋で、かなり年季が入っている。
とはいえ2階建てだし、それなりに大きさもある。
「……墓守の小屋ってあんな大きいもんなのか?」
「墓地はモンスターが出没しやすい。
2階建てになっているのは見張り台も兼ねているからだ。
屋根の上に上がれるようになっている」
「なるほど」
そんな会話をしながら、管理小屋の扉をくぐる。
強烈な悪臭が室内に充満していた。
なんというか、理科の実験で嗅いだ腐乱臭ってやつを思い出す。
中には50代くらいのおっさんがいて、エディンの住人と比べてもやはり粗末な服をまとっていた。
「いつぞや依頼を出したアデプトじゃないか。
さっさとアンデッドを片付けてくれ、じゃないと俺も市長に報酬が請求できん」
「わかっているさ。
やっと光魔法を使える魔術師を捕まえたのでな。紹介に来た」
メヒティに促され、俺はとりあず頭を下げ、自己紹介を済ませる。
管理人は相当胡散臭げに俺とイーネスを凝視していたが……
「……仕事ができればなんでもいい」
と、最後は納得してくれた。
「ところで、お前らが油を売っている間にまた犠牲者が出たぞ」
「なんだと?」
メヒティの顔つきが一気に険しくなる。
……まぁ、自分の仕事が遅れたせいで死人が出りゃそうなるか。
「つっても、市から警告が出たのをいいことに盗掘へやってきたバカだから気に病む必要はない。
俺の掘る墓穴が予定外にひとつ増えたくらいだ」
そう言って管理人は部屋の奥を指さす。
「うっ……」
そこには、だいぶグロテスクなことになっている死体が転がっていた。
臭いの原因はこいつか……これ絶対あとで夢に見るわ。
「随分損傷の激しい死体だな。
いくつか“足りない部分”があるようだが」
「一応集められるだけ集めたつもりだ。
盗掘者とはいえ、死人は弔ってやらにゃな」
メヒティは淡々と管理人と会話を続けているが、正直俺は1秒でも早くここを出たい。
というか、もしこれがアンデッドの仕業なら、俺って相当危ない依頼を引き受けてしまったんじゃ……
「シンヤさん、もう少し死体に近づいてもらっていいですか?」
「はぁ!? 何お前、そういう趣味があったの!?」
イーネスからの突拍子もない申し出に悲鳴をあげる。
神様にはちゃんと“天使のように心優しい”ってお願いしたのに性癖がネクロフィリアとか闇が深すぎるだろ!?
「違います!
……あの死体、気になることがあって。確認しておきたいんです」
「あぁ、そういうこと……」
気は進まないが、イーネスは自分じゃ動けないんだから俺が近寄るしかない。
彼女を抱えて死体のそばへ寄っていく。
ムリ。まじ吐きそう。
「……これ、アンデッドがやったにしては死体の損壊が激しすぎませんか?」
「どういうことだ?」
イーネスの指摘に、メヒティが首をかしげる。
「アンデッドは自身の体を維持するために生きた人間を捕食します。
しかし彼らは元々人間であるため、腕力自体はそこまであるわけじゃありません。
見てください」
イーネスの視線の先を追う……ダメだ、何がおかしいのかわからん。
俺にしてみればそもそも死体が転がってるのが異常事態だ。
「……頭蓋骨が粉砕されているな」
代わりに答えたのはメヒティだった。
そのままさらに死体の頭部をのぞき込む。
「頭蓋骨はかち割られてるのに、脳は残されたままか。妙だな」
「はい。アンデッドに武器や道具を扱えるだけの知能はありません。
なので骨で覆われている部分は避けて、複数で獲物を取り押さえて柔らかい部分から食い荒らしていきます。
だから大抵、四肢や腹部を食い荒らされた死体が残るんです」
「それに、もしこれが例外的に強力なアンデッドだったとしても脳が残ったままというのが解せない。せっかく頭蓋骨をこじ開けたのなら、中身を食べるはずだ」
よくそんな会話を眉ひとつ動かさずにできるなこいつら……
「しかし、それ以外の状態についてはおおむねアンデッドの犠牲者の特徴に合致している。
管理人、ここでアンデッド以外のモンスターの目撃情報は?」
「今のところ聞いてないし、俺自身アンデッドどもがうろついているのは見たが、それ以外のモンスターは見かけてない」
メヒティの質問に、管理人は淡々とそう答える。
となると、結局アンデッドの仕業ってことか?
「……イーネスの懸念も頭の片隅には置いておこう。
管理人、今日からここでアンデッドを張り込む。部屋を借りるぞ」
「ああ、客室がひとつ開いてる。そこを使ってくれ。
ただし提供するのは部屋だけだ。飯は自分でなんとかしてくれ」
「承知した」
……よかった、どうやら野宿はせずに済みそうだ。
つってもアンデッドが動くのは夜らしいから、ベッドでぐっすり休むとはいかないんだろうが。
「日が暮れるまでには時間がある。
部屋で簡単に食事にしよう」
「ああ。実は昨日からなんにも食べてなくてな。
そろそろ限界っぽいかも……」
「わ、私もです……」
そこで全員がイーネスに注目した。
お前、飯食うんだ、と。
そういうわけで管理人に案内されて、メヒティと共に部屋へ入る。
正直あまり上等とは言えない部屋だったが、このクソ寒い中路上で過ごすよりはるかにマシだ。
暖炉もついてるしな。
ついでに口の中がゲロで酸っぱくなっているであろうイーネスのために歯ブラシを借りられないか尋ねたが、そんな上等なものは置いてないという回答だった。
「せめて、水で口が漱げればいいんだろうが……」
「えーっと、できればブランデーかビールの方がありがたいかなって」
「……お前、酒飲みだったのか」
そんな個性を要望した覚えはないんだが。
「いえ、そうじゃなくて――へっくち!」
イーネスを抱えながらベッドに腰かけたのだが、座った瞬間ホコリが舞い上がった。
一体どれだけほったらかしにしてたんだ……
「シンヤさん、お恥ずかしながら、鼻を拭っていただけると……」
「はいはい」
見ると、イーネスの鼻からまた鼻水が垂れていた。
首から上しかないってのはこういう時に不便だなぁ。
「しかし、すごい魔道具だな。
まるで本当に生きているかのようだ」
「ははは、ドーモ」
メヒティは感心しているが、実際イーネスを作ったのは俺じゃないので乾いた笑いしか出てこない。
とはいえ、こうしてイーネスを受け入れてくれてるのはありがたかった。
ギルドの連中の反応を見る限り、こいつは異世界であっても異端らしいからなぁ。
「それといい、着ている服といい、君は随分と個性的だ。
だからこそ、目の敵にされないか心配だな。
この世界の住人は異質なものを嫌う」
メヒティはそう言いながらテーブルの上に食事の準備をしていく。
干した果物とパンだった。その横に大きめのコップを置いて、何か飲み物を注いでいる。
「あまり大したものじゃないが、腹の足しにはなる。
君は異国の人だろうから、口に合わなければ申し訳ないが」
「いやいや、頂けるだけで十分ありがたいことですんで。
というわけでいただきます」
さっそく一口食べてみる……干した果物の方は結構うまいのだが、パンの方はガチガチに固い。
歯ぐきから血がでないか心配になるレベルだ。
「……余計なお世話かもしれないが、黒パンはふやかしてから食べた方がいいと思う」
メヒティはパンをコップの中の飲み物に浸してから口に入れていた。
なるほど、そう食べるのか。
同じようにして食べてみると多少食べやすくなった。
「黒パンを食べたことがないとはな。
君はどこの国から来たんだ?」
「説明すると長いんだけど……」
どう言えばいいものかと悩みながら、俺はふやかしたパンをイーネスの口元に運んでやる。
彼女はそれを一口で食べると、満足そうに咀嚼しはじめた。
メヒティは微笑みながらその様子を眺めている。
「話しにくければ無理に言う必要はない。
仕事のために集まってるんだ、余計なことを尋ねた」
「そう言ってもらえると助かるよ」
俺は飲み物に口をつける。
苦いけど……なんかお茶とはまた違うような……
「シンヤさん、それ、ビールなんで。
ほどほどにお願いしますね」
「ぶふっ!?」
イーネスの説明に思わず吹き出す。
おいおい俺未成年なんですけど!?
……そういや異世界って飲酒喫煙の法律はどうなってんだろ?
「シンヤさんの心配事についてお答えするなら、別に飲酒しようが喫煙しようがここでは罪には問われません。
ビールもあなたの“国”と比べればずっと度数の低いものです。
がぶ飲みしなければ大丈夫ですよ」
「あ、そうなの?」
だからって昼間から飲酒はどうかと思うけどな。
「……なるほど、君の祖国ではビールを飲む習慣があまり一般的ではないと」
メヒティの方へ向き直ると、俺が噴き出したビールはメヒティに直撃していた。
ものの見事に上半身がビールまみれになっている。
当然ながら、その目は据わっている。
「あー……いや、その、申し訳ない。
俺のいた国だと、お酒って20歳過ぎないと違法だったもんでびっくりして」
「そういうことか。
しかし、そうなると君の国は衛生環境については恵まれた場所なんだろうな。
ここでは普通の水を飲むのは自殺志願者がマゾヒストだ」
メヒティの言っている意味がよくわからず、イーネスを見た。
イーネスが軽く咳ばらいをする。
「エウダイモニアは基本的に水質がよくありません。
工場の排水や住居の汚水、その他諸々の理由から病原菌の巣窟になってます。
シンヤさんも前の世界のことは忘れて、ここではアルコール類で喉を潤すことをお勧めします」
「なるほどねー」
酒を昼間から飲むのも、ここの世界の人たちにとっては生きるための知恵なわけだ。
イーネスが水で口を漱ぐのを嫌がったのも頷ける。
俺もそれに倣うとしよう。別にまずいわけじゃないしな。
「濡れた上着を変えてくる。
ここで少し待っていてくれないか」
そう言いながらメヒティが席を立つ。
ポタポタと、毛先から俺が吹きかけたビールが垂れていた。
「ああ、その……本当にごめん!」
「気にするな、そちらの事情を知らないまま酒を振舞ったのは私だ。
隣の部屋で着替えてくるから」
メヒティは自分の荷物を抱えると部屋から出ていった。
俺とイーネスだけがその場に残される。
「なんていうか、親切な方ですね。
ちょっと影がある感じですけど」
「やっぱイーネスもそう思う?」
メヒティは悪い人には見えない。
社交的だし、こちらの無礼極まりない振る舞いにも怒ったりしない程度にはやさしい。
(もちろん、事故だったというのもあるだろうが)
しかし、どこか彼女の表情や喋り方、仕草というものは……陰鬱さを感じさせるものだった。
「えっ……わっ……きゃっ!?」
隣の部屋から悲鳴が聞こえたと思ったら、何かが倒れる音がした。
かなり大きな音だったが……
「……何やってんだ?」
「覗くわけにはいきませんが、ひと声かけた方がいいのではないでしょうか?」
メヒティの提案に頷くと、俺は廊下へ出てメヒティがいると思われる部屋の前に立った。
「メヒティ? どうした、大丈夫か?」
声をかけるが、返事がない。
……おいおい、まさか結構大事になってたりしないよな?
「待ってくれ!
大丈夫だ、なんとかする」
心配は杞憂に終わったらしく、部屋の中からメヒティの返事が聞こえてきた。
ただ、若干慌てている感じなのが気になるが。
しかも、さっきから床の上を何かがのたうち回るような音がしているような……
「おい、本当に大丈夫なのか?」
「何かあったんですか?」
心配になって、イーネスと二人でもう一度声をかける。
「……すまん、やはり私だけでは難しそうだ。
その、気は進まないんだが、部屋に入ってきてくれないか?」
マジか。確かメヒティって着替えるってこの部屋に入ったんだよな?
つまり、もしかするとこのドアの向こうでその最中な可能性もあるわけで……
というか、言葉だけ聞いてたらそうとしか受け取れない!
「……シンヤさん、何考えてるか顔に出てますよ」
イーネスから非難の声があがる。若干視線が冷たい。
「いやいやイーネス、仲間が困ってるんだ。
助け合いの精神ってやつだよ」
「目つきが人助けしようって人のそれじゃないですよ!
完全に覗きや痴漢の顔になってます!」
「……ドアの外で騒いでないで、早く手を貸してくれないか?」
っと、その通りだ。
仮に部屋の中でどんな姿になってようが、本人の許可はもらってるんだ。
怒られるってことはないだろう。
「入るぞ」
そう言って扉を開けて、俺もイーネスも、言葉を失った。
そこには、上半身裸のメヒティが、扉に背を向ける形で立っていた。
彼女の白い背中が視界に飛び込んでくる。
もし他に気になるところがなければ、きっとそこに視線が釘付けになっていただろう。
でも、そうはならなかった。
「…………」
メヒティは、黙り込んでいた。
気恥ずかしいからそうしていたのではないとすぐに分かった。
「見苦しいところを見せてすまない。
……ひとりでは、どうしようもなくてな」
俺とイーネスが何も言えなくなったのは、彼女が裸だったからではない。
彼女が、“背中だけだった”からだ。
彼女の両腕は、床に転がっていた。
服を着ていたときはわからなかったが、それは機械仕掛けで、鈍く黒く、輝いていた。
「蒸気義肢……」
イーネスが、小さくつぶやいた。