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生首とアデプト~のちにアンデッド~

森を抜けた後は、比較的楽に進むことができた。

まともな道路があったからだ。

てっきり中世くらいのイメージだったが、イーネスの説明のとおり、それなりに発展した

文明があるらしい。


「……あれが、エディンです」


やがて目の前にそれが現れた時、イーネスが教えてくれた。

延々と続く城壁に守られた都市――それがエディンだった。


「高さ10m、厚さ3mの城壁が、都市全体を囲むように建造されています。

エディン周辺のモンスターでこの城壁を破れる種はいませんし、戦争になったときもこの城壁は有効に機能するでしょう」

「はー……」


遠くからでも、その都市の威容が伝わってくる。

……まるで要塞みたいだけど、近寄った途端殺されたりしないか心配になってきたな。


「さぁ、都市の入り口に向かいましょう。

基本的に都市に入る際は持ち物検査と入場目的の確認が入ります。

シンヤさんは検査に引っかかりそうな持ち物はないし、出稼ぎに来たとでも言っておけば問題なく入れるはずです」

「……いや、どうだろう」


俺は脇に抱えたイーネスをじっと見つめる。

イーネスはしばらく不思議そうにきょとんとしていたが、やがて俺が何を言いたいか察したらしい。


「……腹話術の人形ということで、やっぱり大道芸人として入場しましょう」

「そんな言い分、通るわけないだろ!」



「ようこそエディンへ、歓迎します、大道芸人シンヤ」


……通っちゃったよ。それでいいのか入場審査。

まぁ気にしても仕方ないので、さっさと街へ入って中を見回してみる。

建物はなんというか、それこそファンタジーRPGに出てきそうな感じのモノが建ち並んでいる。ここが異世界でなく単なる外国だったとしても、わくわくするような風景だ。

ただ、なんとうか……


「ちょっと、雰囲気が荒んでないかここ?」


小声でイーネスに話しかける。

パッと見の街並みは素晴らしいんだけど、道行く人々の顔に活気がない。

酒瓶片手に路上に座り込んでいるおっさんもいれば、物乞いをしている子供もいる。

イーネスは悲し気に目を伏せた。


「……産業革命で人々は経済的に豊かになりましたが、デメリットがなかったわけではありません。とにかく物を作って売るということだけを追求した結果、過労で自殺者が出たり、心身を壊して路上生活者になってしまったり、工場から出る廃棄物で公害が起こったりと今までなかったような社会問題が一気に噴出しているんです。

少し路地の奥へ行けば、冷たくなった路上生活者の死体をネズミがかじっている光景も珍しくないはずです」

「うぇぇ……」


思ったより夢も希望もない世界だった。

しかも話を聞く限り、これについては魔王を倒せばOKって感じでもなさそうだし。

どんな世界も、普段からそれなりに問題抱えてるってことか。


「ここから先の話ですが……

冒険者ギルドへ行って、適当な仕事を斡旋してもらって、当面の資金を稼ぎましょう。このままでは、魔王討伐どころか生活すらままならないですから」

「冒険者ギルド?」


ギルドっていうと、ネトゲとかだとユーザー同士で作るグループみたいな感じだった気がするけど……


「ギルドというのは、平たく言えば同じ技能を持った人たちが作る組合のようなものです。

組合を作ることで同業の構成員が競合しないように調整したり、生産物の品質の維持や、後継者の教育をしたりなどが主な目的になります」

「へー。冒険者ギルドだと、どんなことをしてるんだ?」

「冒険者と言えば聞こえはいいですが、実態は雑多な依頼を取りまとめて日雇い労働者に振り分けているような感じですね。報酬も受ける依頼によりけりです。

ただ、難易度の高い依頼をこなせるだけの実力があれば普通に働くよりはるかに稼げる仕事でもあります」


実際今の手持ちはゼロなわけだし、このままじゃ魔王にたどり着く前に飢え死にしかねない。高額報酬が得られるような依頼は無理でも、最低限生きていけるだけの金は稼ぐ必要がある。


「それに、冒険者ギルドではパーティーを組んで依頼にあたることがほとんどです。

上手くいけば、人脈を築くことができるかもしれません」

「そうだな……正直俺たちだけで魔王討伐って全然ピンとこないし。

さっそく冒険者ギルドへ行ってみよう」

「ええ!

きっといいお仕事も、新しい仲間も見つかります!」



「まさか……俺が受けられる仕事がそもそもギルドに存在しないとは」


俺に振れる仕事はない。それが俺の経歴を確認した後の、冒険者ギルドの担当者からの回答だった。

大体、俺の世界での経歴ではこっちの世界の住人に意味が伝わっていたかさえ怪しい。

高額報酬を期待していたわけではないが、何一つ受けられる仕事がないとはなぁ……


「ごめんなさい……シンヤさんがここまでなにもできないとは思ってなかったので……」


イーネスちゃん、それ謝ってるの? 煽ってるの?

まぁ本気で申し訳なさそうな顔してるんで悪気はないんだろうけど。


「しかし参ったな。このままじゃ飯も食えない宿も取れないで散々だぞ……」

「せめて他のパーティーに参加させてもらえればいいんですが、今のシンヤさんだと

仲間に入れたいというパーティーがあるかどうか……

他人から見たら生首に話しかけてる面白い恰好をしたヤバい人ですから」


イーネスの正論が俺の心を的確に抉りにきているが、事実そうなのだ。

実はさっきから他の冒険者に声をかけようとチラッと視線を送ってみたりはしているのだが、速攻で視線を外されるということを繰り返している。


「イーネスの光魔法の方に需要はないだろうか……」

「そうですね……シンヤさんは魔術師ということにして、私は魔道具だということにしましょう。それで光魔法が使える魔術師という体裁で行けば、もう少しなんとかなるかもしれません」


とはいえ、もうギルドの受付には馬鹿正直に経歴を喋っちゃったしなぁ。

今更「光魔法、実は使えるんです!」と言っても胡散臭がられる可能性が高い。

となると、あとは他の冒険者に営業をかけてパーティーに入れてもらうくらいだろうか。

俺はもう一度、ギルドのテーブルを囲んでいる冒険者たちに視線を送る。


一斉に、視線を外されて終わった。


「ダメですね……完全にヤバい人扱いされています」

「あんまりこういうこと言いたくないんだけど、イーネスにも責任あるよね?」


二人して唸るが、それで状況が改善するわけでもなし。

時間を改めて、ここにいる冒険者が入れ替わってからやり直した方が早いだろうか……


「そこの君、随分面白いものを抱えているね」


いきなり後ろから声をかけられた。

俺は慌てて振り返る。


「失礼、驚かせてしまったようだ。

さっきから生首と話しているから、気になってね」


声の主は、女性だった。

肩まである黒髪のくせっ毛に眠たそうな両目。年齢は俺より少し上くらいだろうか。服装は……基本は西洋風のドレスなんだけれど、とにかくポーチや金具がゴチャゴチャとついており、どちらかと言えば機能性重視といった感じの恰好をしている。

そして何より……巨乳であった。Eは固い。


「ご丁寧にありがとうございます、ところで、お名前をお伺いしても? あとメアドも」

「メアドとやらは知らないが、名前はメヒティルト・テヒニクという。

クラスはアデプト、なかなかレアな職業だぞ」


そう言って彼女は、恭しくスカートをたくし上げてお辞儀をしてみせた。


「俺は、石崎伸弥です。でこっちが……」


と言いかけたところで、イーネスが目で何かを訴えかけてくる。

ここで馬鹿正直にイーネスのことを説明すると、話がこじれると言いたいんだろう。


「俺の魔道具【生首だけど撃てるんです】です。光魔法を撃つときに使います。あとゲロも撃てます」

「そうか。ところでその生首、なぜか泣いているがそれも機能の一つなのか?」

「傷つくようなことを言われたり、ゲロを吐きすぎると泣きます」


いやもう面倒すぎるだろコレ!? やっぱ正直に話した方がこじれなかったんじゃ……


「それで、その、メヒティルト?」

「メヒティでいい。メヒティルトは言いにくいだろう?」


メヒティも大概だと思う。


「……メヒティ、何か用があって俺たちに声をかけてきたのか?

それとも本当に生首が気になっただけ?」


俺のぞんざいな物言いが気に障ったのか、イーネスがプルプルと腕の中で震えているが、気にしてはいられない。


「……最初は忠告をするつもりだった。君はここで目立ちすぎている。

妙なのに絡まれる前に立ち去った方がいいと」

「あ、そうですか。どうも」


やっぱり他の人からはそう見えてるのね……


「ただ、さっき君はその生首が光魔法を撃てると言ったな?」

「えぇ、まぁ」


厳密には、扱えるのは俺じゃなくてイーネスだけど。


「もしよければなんだが、私と組んで仕事をする気はないだろうか」

「へっ!?」


思わず俺とイーネス、両方が声をあげる。


「……今この生首、喋ったような」


あーもーめんどくさい!


「実はですね、この生首魔法で自我を与えてるんですよー!!

すごいでしょー!!」

「はーい実はそうなんですー! 私は【生首だけど撃てるんです】のイーネスです!

もうヒールとかセイントとかバンバン使えますよー!

以後よろしくお願いしますー!」


イーネスもこれ以上だんまりで通すのは無理があると判断したのか、俺の設定に乗ることにしたようだ。

メヒティは怪訝そうな顔をするが……


「……まぁ、光魔法が撃てるならなんでもいい」


と、無事納得(?)してくれた。


「実は、今私はアンデッド退治の依頼を引き受けているんだが、光魔法の使えるプリーストが捕まらなくてな。こんなご時世だから魔法使いは魔王の手下になるか、都市から離れた場所で静かに暮らしていてギルドに顔なんて出さないし、困っていたところだったんだ」

「……あれ? 光魔法が使えないのにアンデッド退治を受けたんですか?

アンデッドにトドメを刺すには光魔法が必須なのに」


問題なく喋れる建前を得たからか、イーネスがメヒティに突っ込む。

確かに、俺もそれはちょっと気になった。

質問されたメヒティは渋い顔になる。


「元々一緒に仕事をやるはずだったプリーストがいたんだが、色々あって物別れしてしまってな。仕方なくここで新しいメンバーを探そうと思ったんだが、見つからずに途方に暮れていたところだ」

「そういうことだったのか。

……で、話の腰折って悪いんだけどアデプトってなに?」


メヒティは自分のことをアデプトだと称していた。

プリーストとかウィザードくらいならわかるけど、アデプトなんて聞いたことないな。

一緒に仕事をするなら、このあたりも確認しておきたい。


「平たく言えば、魔法使い兼技術者のようなものだ。

この世界では産業革命以降、主に石炭を燃料として機械を動かしているが、我々アデプトは昔ながらのマナを使って機械を動かすことに長けた職業だ」

「じゃあ、魔法も使えるし、機械の扱いもオッケーってこと?」

「もちろん、なんでもというわけにはいかないが。

冒険者としての観点から言うのなら、魔法と機械仕掛けの武器の両方が使える。

大抵のモンスターには攻撃が通るし、火力も十分だ。

アンデッドのような、私が扱えない属性しか攻撃が通らない相手だと厳しいが」


おお、説明だけ聞いていると結構頼もしいぞ!


「本題に戻るが、この仕事には1万ゴールドの褒賞金がかけられている。

もし仕事がうまくいけば、君が6割持っていっていい」

「半分こじゃなくていいのか?」

「光魔法ありきの仕事だ。多めに受け取る資格はある」


俺はイーネスの方を見た。


「……6000ゴールドというのは、それなりに大金です。

労働者の一般的な月収が2000ゴールドくらいだと言えば、その価値がわかると思います」

「じゃあ、これがうまく行ったら3か月はなんとかなるってことか」

「はい。ここは引き受けた方がいいと思います。普通のアンデッドくらいなら、私の光魔法でなんとかなると思いますし」


イーネスの方にも懸念はなし、とくれば返事は決まりだな。


「わかったよメヒティ、そういうことならぜひ仲間に加えてくれ。

よろしく頼む」

「ほ、本当か!?」


メヒティは急に明るい声になったと思ったら、顔をこちらに思いっきり寄せた後、俺の手を取ってぎゅっと握りしめた。皮手袋をしているせいか、感触はゴツゴツしていたが、メヒティ自身が美人なのもあってかなり心臓に悪い状況になった。

……いやね、いざ迫られると弱いんですよ!


「ありがとう……本当に困っていたとこでな。

このまま光魔法の使い手が見つからなくて仕事ができなければ違約金を取られるところだったんだ」

「そ、それはよかった……」


さっきまで無愛想な感じだったが、本当は素直で明るい感じの人なのかもしれない。

パーティーが成立した途端、ものすっごくニコニコしている。

……あるいは、それだけ違約金払うのが嫌だったという可能性もあるが。


「とにかく本当に助かった。さっそくだが、依頼の場所へ向かうとしよう。なにせ、今週中に片が付かなければ依頼を失敗したことになってしまうのでな」

「わかった。イーネスも、構わないな?」


イーネスの方を見ると、ちょっぴり頬が膨らんでいた。


「教会での約束、忘れないでくださいよ?」


そういうことか。

俺は軽く、イーネスの頭を撫でてやった。


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