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異世界ヒロイン、生首にされる

12月下旬。雪が降って寒い日だった。

学校も冬休みに入って、俺はコンビニに昼飯を買いに行くところだった。

途中、目の前に他校の女子生徒たちが現れた。

ジャージを着てるから部活動なんだろうな。

そんなことを考えながら、彼女たちとすれ違う。


「――Cカップ、86センチ」


聞こえないように小さくつぶやく。

大切なことだ。しかもさっきの女子、胸もさることながら顔面偏差値も高い。

黒髪ポニーテールも加点対象だ。


「あいつ、聖翼高校の石崎じゃ……」

「すれ違いざまに女子のカップ数やトップバストを計測して男子どもに共有してるっていうあの……?」


背後からそんな声が聞こえてくる。思いっきり聞かれてた。

彼女いない歴17年の石崎伸弥は、こういったことに興味津々ではあるのだが、

いまいちパッとしない外見のせいで女子からあまり人気がない。


「イケメンに生まれたかった……」


「いやイケメンだったとしてもダメでしょ」

「控えめに言って逮捕されてほしい」

「すいません。それ以上言われたらホント泣きかねないんで、もうしません」


一通り他校の女子生徒から罵声を浴びせられた後、俺は買い物を済ませ、帰路に就いた。

俺は先ほどの一件を振り返る。

結構顔もかわいかったし、そんな女の子に罵ってもらえたって、考えようによってはいい体験ができたのではないだろうか。


「…………」


今度は目の前に黒いコートの男が現れた。襟の高いコートに帽子とマフラー。顔はほとんど見えない。さすがに男のカップ数を計測する気にはなれなれず、淡々と通り過ぎようとする。


その瞬間。


「ん?」


最初は何が起こったのかわからなかった。

熱い感覚が、胸のあたりにじんわりと広がっていく。

痛みはさほどなかった。なぜなら。


「えっ」


俺は、自分の旨から刃物が飛び出しているのを見て、すぐに意識を失ったからだ。



「気が付いたか、少年」


声をかけられて、目が覚めた。

目の前に男が立っている。年齢は30代くらい。黒いスーツで、ネクタイも黒。

黒髪でオールバック。できる営業マンといった外見だった。


「どうだ、体に異常はないか。

私の問いかけに応じたということは耳は聞こえているようだが。

目は見えているか? 少し、周りを見回してみるといい」


どうやら自分は床に転がされていたらしい。室内は、床も壁も真っ白だった。

材質まではわからないが、ひんやりとした感覚が心地いい。

中央にテーブルと椅子が置かれているが、これも真っ白で、装飾の類もいっさい施されていなかった。


「……驚くべき程に素直だな。

あるいは、まだ状況に理解が追いついていないせいで、反射的に指示に従っている状況なのか」

「はぁ」


間の抜けた返事を返す。

そういや冷静に部屋の様子を観察していたが、他にもっと気にすべきことが、ついさっき起こっていたような気がする。


「自分のことがわかるか?」


自分に何が起こったか。

自分に……


「思い出したっ! 俺、いきなり胸を刺されて!」


……ってこは、まさか、ここは!?


「ここは死後の世界だ。君は通り魔に刺されて死んだのだよ」

「いやだっ!!」


即答だった。なんだそれ? 納得できるわけないだろ!


「いやだ……と言われてもな。気持ちはわかるが」

「当事者の気持ちになってくんない!? 理不尽過ぎんだろ! アホか!!」


なんでコンビニ行って買い物しただけで死ななきゃいけないんだよ!?

殺されるようなことなんて何もしてなのに!


「死とは往々にして理不尽なものだ。

善人だから長生きするわけでもなし。悪人だから早死にするわけでもなし」

「えっらそうに、お前何様だよ!?」


スーツの男性は、軽く咳払いした後、まっすぐにこちらを見据えた。

「神様だ」

「えぇ……」


目の前の男は最高のキメ顔でそんなこと言ってるけど、なんか一気に冷静になってしまった。


「本題に入ろう。さっさと生まれ変わるか、地獄に落ちるか選んでくれ」


……ちょっと待て。


「すみません、天国にはいけないんですか?」

「逆に聞きたいんだが、行けるような人生を送ってきたのかね」


俺は今までの人生を振り返ってみる……


「セクハラだけの17年間でした」

「理解が早くて助かるよ」


スーツ姿の神様は、部屋のテーブルを指さした。


「あそこに書類が一枚ある。目を通してほしい。そして、この先どうするかを決めてほしい」


仕方なく、言われた通りテーブルの上の書類に目を通す。


「なになに、コース選択について……地獄コース。地獄に落ちて、今までの人生を反省し、魂を浄化します。まず100年間全身を切り刻まれる拷問を100セット繰り返したのち、200年間溶岩の海に沈められる拷問を1000セット繰り返します……おい!」

「なにか問題でも?」

「地獄に落ちたらこれやるの!? 死後の世界でもう一回死ぬわこんなもん!」

「……だったら転生コースを選べばよかろう。文句を言う前に最後まで目を通してくれ」


他人事みたいに言いやがって……他人事か。


「えーっと転生コース……今の姿で異世界に転生し、魔王を倒すボランティアに従事します。魔王討伐の暁には前世での罪が帳消しになるだけでなく、好きな願いをなんでもいくらでも叶えてもらうことができます。しかも希望者には魔王討伐用にチート武器等も支給。さぁ、君も、異世界で新しい人生初めてみませんか……」

「そういうことだ。これもこれで困難な道ではある。好きな方を選ぶといい」


いやこんなん絶対こっちの方がマシでしょ。しかも魔王討伐の暁には……


「あの、確認なんですけど、ほんとになんでも好きなだけ願いを叶えてもらえるんですか?」

「限度はあるが。異世界の人類を滅ぼしてほしいとかは困るな」

「じゃあ巨乳の女の子100人を嫁にしたいとかは?」


沈黙が流れた。

俺は、書類から神様に視線を移す。


こいつ、やっぱ問答無用で地獄に落としてやろうかな。そんな顔をしていた。


「可能不可能で言えば、可能だ」

「じゃ、じゃあ、ケモ耳獣人族で年中発情期の女の子を彼女にとかは?」

「可能だ」

「なんか不老不死系の種族で、見た目ロリなんだけど年齢100歳で手を出しても逮捕されない合法ロリ系彼女は!?」

「……可能だ」

「新しくツンデレ気味の妹を人体錬成することは!?」

「…………可能だ」


なんて素敵な提案なんだ。


「やりますっ! 魔王討伐、ぜひこの石崎伸弥にお任せを!」

「もうなんでもいいから書類の一番下にサインしてくれ」


俺は言われたとおりに自分の名前を署名する。


「いいだろう、石崎伸弥。たった今、この瞬間から君は、魔王討伐の責務を負った。

これから君は異世界である【エウダイモニア】に降り立ち、そこで人々を虐げている魔王・【ユーリ】を討伐することが目的になる」

「はっ! お任せください!」


俺は元気よく請け負ったが、神様の目は死んでいる。


「で、なんか前もってチート武器その他をくれるんですよね?」

「ああ。チート武器をひとつ。それと、君の望む願いをひとつ、その一部だけを叶えよう」


チート武器くれるのはいいんだけど、後半がよくわからんな……


「要は、本当は魔王を倒すまで願いは叶えない条件になっているが、それだとやる気が出ないだろうから前払いで願いをひとつ叶えてやろうというわけだ」

「マジっすか!?」


ってことはいきなりハーレムパーティーでスタート……!


「ただしそのひとつだけの願いも、完全には叶えんぞ。そんなことしたら異世界に降ろした途端に魔王討伐を放棄しかねんからな。

例えば大金持ちになりたいという願いなら、ある程度の金は持たせてやるが、大金持ちというほどの額は渡さない」

「まぁ、それもそうっすね」


俺の場合、たぶんハーレムを願っても女の子ひとりだけとか、そういう制限になるんじゃないだろうか。


そんなことを少し悩んだ後……


「じゃあ、前払いの願いの方は、俺の理想の女の子を仲間にするってことでお願いします」

「いいだろう。どんな女だ?」


どんな女……そうだな……


「Dカップで……」

「他に優先すべき項目はないのか」

「髪は銀髪で目は金色、肌は雪のように透き通っていて……」

「そんな配色で大丈夫か」

「性格は超優しくて、最初から俺にデレMAX。あと他の女の子とケンカしない」

「…………」

「背丈は160くらいでいいかなぁ」

「つまり銀髪金目色白の天使のような性格のDカップでお前より背の低い女を冒険の仲間としてあてがってほしい、これでいいな?」


神様が俺の条件を復唱する。間違いない。完璧だ。パーフェクトだ。


「それが、俺が世界を救う理由です」

「もういい。もうわかったから」


どうも神様は一刻も早く俺との会話を打ち切りたいらしい。

しかし、これは俺にとって大変に重要な問題で、はっきりとした形でお願いする必要があったのだ。


「まずはお前の望んだ女を、報酬の前払いとして、“その一部”だけお前に与えよう」

「ありがとうございます! ……ん? 一部?」


てっきりひとりしかお願いしなかったから、問題なく全部叶えてくれるかなって思ってたんだけど。


「心配せずとも、魔王討伐の暁にはこの願いも完全な形で叶うだろう」

「はぁ」


いやでも、女の子が欲しいっていう願いを一部だけ叶えるってどういうこと?

貧乳にされるとか?

――そんな俺の疑問は、すぐに解けることになる。


神様が指を鳴らした。

瞬間、猛烈な光が神様から放たれ、耐えられず目を閉じる。


「……できたぞ。連れていくがいい」


神様のその声に、俺はゆっくりと目を開いた。

彼女は、神様に抱えられていた。

長い、流れるような銀髪。鈍く光る金色の目。透き通るような白い肌。


「君の、望み通りだ」


そう、俺の望み通りだった。

――ここまでは。


「神様」

「なんだ」



「首から下は?」



そう、彼女には、“首から下”がついてなかった。生首状態だった。

それについての神様の回答は、衝撃的なものだった。


「分割払いだ。残りは魔王を討伐できたら与えてやろう」

「マジっすか」


一部だけ叶えてあげるって、マジで一部だけなのかよ!? 

これじゃ単なる死体じゃねーか!


「……初めまして、シンヤさん。私はイーネス・エンケリ。

父なる神によって、あなたと共に天命を果たすために造られた存在です」

「……喋った。生きてるのか、コレ」

「当たり前だろう」


呆然としている俺に、彼女は俺に微笑みかける。


「こんな姿でごめんなさい。けれど、あなたの仲間として、必ずお役に立ってみせます。

いつか、あなたが魔王を討伐して、私に体を与えてくれる日を信じて」


ああ、でも、いい子だ。

俺の願いのせいでこんな形で生を受けてしまったというのに、咎めるどころかお役に立ってみせますと申し出てくれているのだ。


「……い、いや、俺も驚いたりして悪かった。よろしくな、イーネス」

「気にしてません。

私の方こそ、首だけだからご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」


うん。やっぱりいい子だ。

それに魔王を倒したら普通の女の子になるんだし。サクッと魔王を殺せばいい話だよな。


「……思ったより、肝は据わっているようだ」


神様がイーネスをテーブルの上に置く。

酷い絵面だ。殺人現場にしか見えない。

というかイーネスがニコニコしながらこっちに目線を合わせてくるせいで、よりホラー度が上がっている。やっぱり慣れるのには時間がかかりそうだ。


「それと、武器の方も渡しておこう。……聖銃【パニヒダ】だ。

この銃は、命中した相手のあらゆる性質を無視して致命傷を与え、死に至らしめる。

しかも、当たりさえすればそれがたとえ指先であろうとも死亡確定だ」


マジかめっちゃ強いじゃん!

これなら魔王も楽勝で討伐できそうだな!


「ただし弾は一発しかないから魔王以外には撃つなよ」

「え゛っ」


ちょっと待った。一発だけ?


「あの、魔王までの道中って安全なんですか?」

「そんなわけないだろう。むしろ、モンスターがうじゃうじゃいたり、魔王軍の配下が暴れまわっていたりと、危険に満ち溢れている」

「では、道中の敵はどうするのですか?」

「知恵とか勇気とかで対応してほしい」

「なめてんのか!」


アホか! 意味ねーだろ! 魔王にたどり着く前に死ぬわ!


「シンヤさん、私も一緒ですから。道中の危険は二人で協力して乗り越えていきましょう!」

「イーネス……」


そうだ、イーネスもいるんだ。彼女は確か光魔法が使えたはず……


「私が使えるのは基本的に回復魔法だけなので、敵の撃退はシンヤさんにお願いするしかないのですが。

あと光魔法でも蘇生は無理なので【命大事に】の精神でお願いします」

「やっぱこれムリだよ!」


つまり何のとりえもない高校生のまんま、化け物だらけの世界に放り出されるってことじゃねーか!!


「もう気は済んだか? そろそろ異世界に転生させるぞ」


そう言って神様は、俺の手にイーネスを握らせ、腰にパニヒダを差した。


「待って! もう少しこう、冒険が有利になるような――」

「さらばだ石崎伸弥。魔王討伐、期待しているぞ」


神様が再び指を鳴らす。今度は何か白い渦のようなものが目の前に現れた。

……しかもこっちの体を引きずり込もうとしている!


「行きましょう、シンヤさん。私たちなら、世界をきっと救えます!」

「きっとじゃダメだろ! 神様――」


――せめて銅の剣くらい持たせてくれ。そんな俺の叫びは。

異世界へと誘う強烈な光と轟音によってかき消されてしまったのだった。


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