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そらいろのおひめさまのおはなし

作者: 高嶺の悪魔

 

 これはだれでもしっているおはなしです。


 ずっと、ずっととおいむかしの、ここであったおはなしです。


 そして、それはいまもあるおはなしです。



 そのころのせかいはあおいそらと、


 あおいうみとみどりのだいちがどこまでもひろがっていて、


 かぜがふいたり、あめがふったりしていました。


 いまとかわらないせかいです。


 そして、いまとかわらず、せかいはきれいでした。



 でも、そのころのひとはときどきやってくるせかいのりふじんにふりまわされていました。


 りふじんというのは、だれもわるくないのにおこるわるいことです。



 たいようがですぎれば、みずがなくなり。


 あめがふりすぎればかわがあふれて、


 かぜがつよすぎればとばされて。


 やまがひをふいて、じめんがゆれる。



 いまとおんなじせかいです。


 でも、ひとはいまよりずっとよわかったのです。



 たまにやってくるりふじんに、ひとはみんな「しかたがない」といいました。


 どうにかしたくても、どうにもできなかったのです。



 でも、ひとりだけそのりふじんにおこったひとがいました。


 そらとおんなじいろのかみのけをした、おんなのこでした。



 おんなのこは、「りふじんとたたかおう」といいだしました。


 そしてたたかうために、はしりだしました。


 おんなのこといつもいっしょにいるおとこのこが、「あぶないよ」といっておんなのこをとめました。


 おんなのこのとなりには、いつも、このおとこのこがいました。


 おとこのこがとめても、おんなのこがきいてくれることはなかったけれど、

 

  いつもあぶないことをしようとするたびに、おとこのこはおんなのこをとめるのでした。



 そのたびにおとこのこはおんなのこにつきあわされて、


 かわにおとされてびしょびしょになったり、


 つちだらけになったり、


 さむいゆきのひにそとでねたりと、たいへんなめにあっているのですが、


 それでもおとこのこはおんなのこのとなりにいようとしました。


 そんなきもちをなんていうのか、おとこのこはまだしりませんでした。



 おとこのこがとめても、やっぱりおんなのこはいうことをきいてくれません。


「あぶないからだめだよ」と、もういちどおとこのこがいいました。


「じゃあ、あぶないことからわたしをまもって」とおんなのこがいいました。



「あなたはきしになりなさい」


 おとこのこは、おんなのこにそういわれました。


 それで、おとこのこはきしになっておんなのこをまもるときめました。



 おんなのこにいわれたからではありません。


 おとこのこが、じぶんでそうきめたのでした。


 おとこのこは、おんなのこをまもるためのきしになりました。


 きしとは、たいせつなものをまもるひとのことです。



 きしになったおとこのこをつれて、おんなのこははしりだしました。


 りふじんとたたかうためにはしりだしたのです。


 みんなはしかたがないといっているけれど、


 おんなのこはしかたがないといいたくなかったのです。



 おんなのこは、みんながないているのがいやなのでした。


 おんなのこは、みんながおおきなこえでなかないように、


 りふじんとたたかうときめたのです。


 だから、ないているひとのところへはしっていったのです。


「だいじょうぶ、なかないで」というために。



 はしっているうちに、おんなのこはみんなからそらいろのおひめさまとよばれるようになりました。


 かみのけが、そらとおなじいろをしていたからです。



 おとこのこは、あおぞらのきしとよばれるようになりました。


 あおぞらとおなじいろのかみをしたおんなのこをまもる、りっぱなきしになったからです。



 そしてふたりは、ないているひとにまえとはちがうことをいえるようになりました。


「だいじょうぶ、まかせておいて」と。



 そして、ふたりはもう、ふたりではなかったのです。


 かわにおうちがながされてしまったひとのために、あたらしいおうちをつくってあげたり、


 まいごのおうじさまといっしょにまいごになってあげたり、


 わるいことをするりゅうをしかったりして、


 たくさんのひとをたすけているあいだに、たくさんのともだちができたのでした。


 それはひとだったり、いぬだったりねこだったり、うまだったりあひるだったりしました。



 そらいろのおひめさまになったおんなのこは、はたをつくりました。


 ないているような、おこっているようなかおをした、たいようがかかれたはたでした。


 そして、やくそくをしました。


「このはたを、たかく、たかくたててくれれば、ぜったいにわたしたちはそこにいく」というやくそくです。



 そのはたはいろいろなばしょでたてられました。


 そのたびにそらいろのおひめさまとあおぞらのきしは、はしってそこへいくのです。


 ふたりのうしろからは、たくさんのともだちがいっしょにはしっていきました。




 ふたりとたくさんのともだちは、ないているひとがいればどんなりふじんででもたたかいました。


 うみがかべになってやってきたときはみんなでうけとめて、


 やまのようなひをふくきょじんをころばして、みんながえがおになるように。



 いつもいちばんまえをはしっているのは、そらいろのおひめさまでした。


 となりにはいつも、あおぞらのきしがいます。


 おとこのこだったあおぞらのきしは、やっぱりいつもおんなのこだったそらいろのおひめさまをとめるのです。


「あぶないからだめだよ」と。



 そらいろのおひめさまになったおんなのこは、


 あおぞらのきしになったおとこのこのいうことをやっぱりきいてくれません。


 それでも、あおぞらのきしはそらいろのおひめさまのとなりにいるのです。


 どんなりふじんにあっても、どんなにあぶなくても。


 きしになったおとこのこは、そんなきもちをなんてよぶのかしっていました。



 そうやって、いまもそらいろのおひめさまはあおぞらのきしにまもられて、


 たくさんのともだちといっしょに、はたのたっているばしょへとはしっています。



 はたのなまえは、なみだとひめいのはたとよばれました。


 それはかなしかったり、こわかったり、くるしかったりするときに、


 それでもそらをみあげようとするひとのこころでした。


 そらいろのおひめさまとあおぞらのきしは、


 そんなひとのこころをみつけてはしってくるのです。



 だから、ほんとうは はたなんていらなかったのでした。



 あなたがかなしかったり、こわかったり、くるしかったりするときに、


 それでもそらをみあげれば、


 そらいろのおひめさまとあおぞらのきしが、かならずはしってきてくれます。


 たくさんのともだちといっしょに。



 なみだとひめいのはたのもと。それはどこでも、だれにでも。


 めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そらいろというのが 純粋さや爽やかさをイメージさせるので 良いポイントになっていると思います。 [気になる点] あえてすべて平仮名なのだとは思いますが やっぱり漢語は読みにくかったので き…
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