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第一章 3話ー1

「シスター、魔法教えてー」


 サンサンと太陽が照りつき、快晴以外何物でもない天気の中。五人の子供がビンコニ・ツヴァイ、愛称シスターに向かって言った。その言葉に唇の端をひくひくさせながら、シスターは先ほど洗濯した子供たちのシャツを教会の裏の方で干している最中のことだった。


「後でにしな、全くあんたたちが毎日毎日泥んこになるまで遊ぶから。いっつも洗濯しているこっちの身にもなりな」

「シスター、教えてー」


 屈託のない笑顔で言い返してくる。このクソガキどもめ………。シスターが心の奥底で思った。

 洗い立てのシャツがシワにならないようにばったんばったんと伸ばし、物干しざおに掛ける。イライラを音で表現しているかのようだ。子供は好きだが、ガキは嫌いだね。心の中でシスターは邪険した。教会では、子供たちに勉強や魔術を教えている。子供の吸収力は驚くもので、日に日に物事を覚えていく。今まで知らなかった世界を知る、というのは子供の好奇心をくすぐるものであり、次の段階へと上がっていく。


 その中でもやはり、魔法という分野は子供たちにとって注目する内容だった。大人たちが当然とやっていることは自分たちが初めからできない。それが徐々に、鍛錬を通して出来るようになるのは目に見える努力だ。だが、それを止めようとする人間たちがいる。危ない、子供に教えてどうするんだ、死んだらどうするんだ。そんな言葉はもう耳がタコになるぐらい、聞いた。


 言い分はわかる。子供は残酷だ。生きものの命の尊さなどこれっぽちも考えていない。生を受け、赤子は生まれてきた環境に左右される。人を殺すことが当たり前ならそれを悪だとは思わない。彼らも10歳ぐらいだから命に対しては大なり小なり敏感ではあるだろう。無暗に人を殺そうとはしない。だが、喧嘩はする。この喧嘩が厄介で、つい最近、2人の男の子が喧嘩時に魔術を使っていたのを見て、シスターは肝を冷やした。魔術は使い方によっては人を殺める。感情論で使えば、後々困るのは火を見るよりも明らかだ。


 それを差し引いても、周囲の声に耳を貸さず、子供たちに魔法を教えるのは自己防衛のためだ。いつ死んでもおかしくない世界で、何もしないでも殺される世界。ならば、必要最低限の防衛はあってしかるべきだ。親が守るといっても、四六時中いるとは限らないし、いつアイギスが襲撃されるかも、シスターですらわからない。

 先生として教えているのは致死効果のある魔術は当然教えずに、身体強化がメインだ。


 うだうだ言われること六分。教え子たちの懇願についに心が折れた。奥歯をこれ以上噛み締めきれないと、シスターは舌打ち交じりに言った。


「分かったよ、教える。ただし、私の代わりに綺麗に洗濯物を干すことだね。さっさとおやり」

「はーい!」


 待ってました、と言わんばかりに子供たちは大きな洗濯かご内の服を掴んでいく。血肉を求めるゾンビの絵面とも見れる。


「ちゃんとはたくんだよっ!」


 そう叱咤しながら、近くにあるベンチに向かって歩き出す。

 教会は、アイギスの街を一望できる、大きな山を削って作られた。そのため、教会へ向かうゲート以外は崖に近い傾斜となっているため、落下防止用に教会の周囲は高さ5メートルの柵で覆われている。教会の裏とはいえ、一日中日光にさらされる。


日当たりの良い洗濯物を干す場所から少し離れたところにベンチがある。教会の広場に位置する一番太陽に近い場所。ここからだと、少し歩くが、けたたましく泣いている、いわば猿どもの声が遠く聞こえるところだ。よくアンダー・アーキソンがちっちゃくて可愛いへそをぴょっこり出して寝ている特等席である。そこの特等席に向かって小さな歩幅で進んでいく。建物の曲がり角を左に曲がり、時々フェンス越しにアイギスの街並みを眺める。ふむ、と何かを確認したのだろう。それっきり、街を見ずに目的の場所へ進むと、一人の黒人が立っていた。


「おや、ゴリアテじゃないか」


 ゴリアテと呼ばれた男がシスターの方を向き、ムキィと白い歯を見せながらスマイルした。

 灰色のTシャツと迷彩柄の長ズボン、脛の中腹ぐらいまであるデザートブーツを履いている。頭には後ろにツバ付きの帽子を被っている。Tシャツ越しからでも浮き出て見える筋肉。全身を日々欠かさず鍛えているようだ。


 ゴリアテ、一言で言うと高身長で、筋肉モリモリムキムキだ。シスターの腰よりも太い腕で殴られ、シスターの腰より太い足で蹴られたらひとたまりもなさそうだ。シスターと比べるとゾウと犬だ。そんな男はシスターが近づくと帽子を取り、軽く会釈をした。


「数日ぶりです、ミスツヴァイ」

「なんだい、用件はすんだのか? それに中央に帰ったんじゃなかったの?」

「はい、そこまで大変ではありませんでしたよ。この近くを通ったもので。それより子供たちは元気ですね」

「元気に押されて、そろそろ死ぬんじゃないかね。そのときはよろしく頼むよ」

「何を言っておられるですか、ミスツヴァイ。私以外にもこの街には、優秀な人材で溢れている。私の出る幕はないですよ」

「何を謙遜しているんだ、策士。あんたがこの街の空の警備システムを提案したんじゃないか。おかげさまで連絡が来ずとも侵入されても気付くことができるようになったよ」

「私はただ、提案しただけです。私の実力では、この街にいることだけでやっとです」


そうかい、とゴリアテが座っていたベンチに座る。座るのを確認してから、ゴリアテも座った。ズンッ、とベンチが二、三センチ沈んだのを錯覚したシスターは口を開いた。


「それより、虫が4匹、ゴミ大勢がこの街に入ってきたようだね」

「え!? そんな悠長で大丈夫なんですか?」

「もう手は打ってある」

「あぁ、アンダー姉妹がいないのもそれですか、なんでタクトが帰ってくるこの日に……」

「さぁね。とにかく、こんぐらいの虫、私が出る幕じゃないね。ガキ共に魔術を教えた方が老化防止になるってもんだ。それに」

「それに?」

「こんな程度の虫を倒せないもんじゃ、この先やっていけないね。タクトも姉妹も。なぁに、死んだら死んだらでまた新しい子でもあてがうさ」


シスターがからから笑った。

シスターを知らない人が聞けば、まるで自分が育てた人を人体実験にでも使っているのでは? と思われて仕方ない発言だ。ゴリアテも初めて会ったときは、関わらない方が身のためだ。と、でかい図体を引こうとした。


 しかし、付き合ってみるとタクト、姉妹に対しても、そしてこの街の住民に対しても溺愛しすぎている。過度な期待はしていないものの、それぞれに可能性を信じているように見て取れる。シスター本人から聞いた話ではないが、シスターの腕。肩から先がない。どうやら、姉妹が死にかけたらしく、自分の片腕と魔術を代償によって、失くしたという。


 殺しの街と噂が立っているのも、街のルールを破った人間だけを殺していて、必要以上には殺していない。街に死体が転がっているのは、再び戦争に起きたときに、パニックにならないため。そして、死体に慣れるためだ、と直接本人から聞いた。初めは背筋が凍ることを覚えたが、段々と理解していった。そうか、これが機械派を追い込んだ張本人なんだと。


「シスター、終わったー! あ、ゴリラだー!」

「こんにちわ、ゴリラじゃないぞ? ゴリアテだ」

「そんじゃ、始めるかね! 手伝え、ゴリラ!」

「いや、だから! というか、シスター本当に大丈夫なんですか。侵入者が」

「男がめそめそすんじゃないよ、ほら行くよ」


 教会内は建物の他に、ただただ広い広場がある。地面は緑で覆われているが、所々土で剥げている。天気がいい日には、外でご飯と取るのが子供たちは大好きだ。他にも魔術の発動や街の魔術師たちに演習、訓練などで使われている。その講師がシスターである。


 乾燥しているが、太陽が天の頂上にあるため止まっていても汗はかいてしまう。シスターも暑そうにしている。ゴリアテも暑いようで、筋肉好きにはたまらない太さの上腕二頭筋が汗でキラキラ輝き、滴り落ちる。

子供たちに水を配り終えた後、シスターとゴリアテは広場の中央に子供たちと向かった。


「ゴリアテー、なんでそんなムキムキなのー?」

「お、いい質問だ。これはな、守るための力だ。力は使うものではなく、守るためにあるんだぞ」

「えーきもーい!」

「キモッ……」

「でも、かっけーじゃん!」

「すげぇ、俺もマッチョになるー!」


 ちびっこに貶され褒められ、少し得意げな顔になる。そのやり取りを横目で見ていたシスターは少しだけゴリアテのスマイルにイラっとする。


「ただ、ほんの少しだけ魔術に対して適性がなかったからだよ」

「ちょ、シスターそれは言ってはなりません!」

「えー、そしたらゴリアテってただのゴリラじゃーん!」

「ゴリラ、ゴリラ!」

「そうだ、こいつはゴリラだ。でも、ただのゴリラだったらこの場にはいないさね」


その言葉に子供たちはきょとんとした顔をして、ゴリアテは少し恥ずかしそうな顔をした。


「この世界はね、ただ力があればいいってもんじゃないんだよ。魔術だとか機械だとか、教会所属だとか工場所属だとか。入ったから一人前の顔をしている馬鹿どもがいるがね? それだけで勝てるんだったら、私も苦労はしないさね」

「じゃ、なにが必要なの? シスター」

「聞いてちゃあ、答えは見つからないよ。考えな」


広場の中央に着いた一行。子供たちを座らせて、シスターとゴリアテの方に目を向ける。


「それじゃあ、魔術を教えていくよ。あーと、どこまで教えたんだっけ……、まぁ初めから教えるかね」


「分かりました」と、ゴリアテ。


「あんたら、魔術とは何か知ってるかね?」

「………えーと」

「なんだっけ?」

「ったく、こいつらは……。まぁいい……。ゴリアテ、頼む」

「そこで私ですか。じゃみんな魔術は使えるかい?」

「うん」「まだー」「あと少し!」

「そうか、使える子も使えない子もいるようだ。でも君たちの年齢だったら魔術の知識は知っていても使うことができるのはまだ少数なんだ。もし、魔術が使えるとしたらその人は将来立派な魔術師になれるかもしれない。それに今、友達が使えて自分が使えないとしても、使える日が来る。そのためには、魔術のことや魔術以外のことを勉強したり、魔術を見たりする。これにより、いつ魔術が使えても使い方を分かっていれば、いずれシスターのような魔術師になれるよ」


ゴリアテは続けた。


「そのためには毎日勉強したり、考えたり、日々の努力を続けなければならない。魔術以外のこともそうだよ? 勉強もそうだ。苦手なことを得意にするのは楽しいぞ」

「まぁ、話はそこら辺にしてみっちり準備運動しな。怪我すんじゃないよ」


はーい、と元気よく答え、立ち上がり周囲に散らばる。


「アンタは優しいね」

「シスター、まさか魔術のこと教えたんですか?」

「そうだ、そういうことを早く知った方がいいと思ったからだよ。魔術は教会にいれば、いずれ手に入る。などと、馬鹿げた理想論を語るのは私の教育の中に入っていないね」

「不幸中の幸いですよ、それ。彼らがまだ幼くて良かった」



 魔法は様々な説が流れている。神に認められた者が魔法を使える。神を超えた存在が魔術師になれる。といったことが現在まで語られている。しかし、魔術師であり年を老いて今なお現役であるシスター、ビンコニ・ツヴァイは長年の経験と感覚でその伝承は間違いだ、と確信している。


 まず、魔法とはなんなのか。何もないところから火を出したり、水を出したりすることはできないし、何も触らずに人間を転ばせることは普通はできない。魔術師はそれがさも当たり前のようにできてしまう。魔術を使うことは神に認知された、超越したことになる。実際、魔法を使うのは増えてきているものの、魔法を使えない人間の方を数えた方が早い。


 しかしそれは、元々から魔法を使えた人間が使う手段を知らなかった人間に教えたから増えた。魔法適性があっても、使い方が分からなかったら異常者だ。謎の力に目覚めた! と喜んでも周囲がそれに適応、対応していなかったら、異端の目で見られる。異端だと認識し始めたら、人間は排除、淘汰といった駆逐行動を行う。事実が事実ではない、大人数ができないことはできないこと。

 

 多くの人間はそれを無意識のうちに心のどこかで課せてしまっている。力ある魔術師や指導者が世界に多く存在していたのならば、世界の人口を考えれば、爆発的に増えてもおかしくはない。少なくとも、ここまで世界を巻き込んでまで機械派と戦争せずに済んだのだ。


 そして、ビンコニ・ツヴァイは、この世の不可能を可能にする力であり、本来現実ではありえないもの。と断定している。


 これも過去の文書と同じく仮定の話になってしまうが、戦争経験、人形遣い、そしてタクトの存在を実際目にしてきたビンコニ・ツヴァイはほかの意見を説かれても、自分の考えを曲げることはなかった。


 魔法の起源はどこからか分かっておらず、ビンコニ・ツヴァイが生まれたときからあった。その時代、主流は火力発電で電気を産み出し、市民の生活を養っていた。遠出するときは車や電車を使い、テレビを点ければ何かしらの番組がやっている。電子端末でどこにいても、通話もできるしゲームもできる。本も読める。いろいろなことができて、便利な世界だ。こんな不自由しない世界だ。


ここで大きな矛盾が生まれたことを、ビンコニ・ツヴァイは戦争が起きたとき知った。



「魔法の起源の方が昔なのに、機械になぜ人は頼ったんですか」

「知らないよ、私は学者じゃないしそれを求めても現状は変わらない。頭の良い人に聞くんだね。魔法なんてもんは必要なかったと思うよ」

「魔法が、ない世界」

「そうさ、私は魔法と機械の二つの世界を知って生まれたのさ。魔法が気付いたときはそれはそれはびっくりしたもんだね。他の奴には持っていなくて、私にはある。怖かったのさ。あのガキどもは魔術側で、最近生まれた。機械と魔法があって当たり前」

「しかし、同じことを言うようですが。ミスツヴァイの時代は機械だったと」

「歳を取るというのは怖いもんだねぇ………。もう過去の人間になっちまってる。戦争に勝ったからとはいえ、今じゃ魔術のほうがメインになっているんだから」


 シスターがため息交じりにそう答えた。今なお学者の中で魔術の起源と衰退について研究されている。


 文書の数々では、昔魔術のほうが栄えていたという。しかし、ある時を境に文書の中身はガラリと変わり、魔術と呼ばれる類の言葉はなくなった。代わりに出てきたのが、機械という言葉。人間の理から外れたため、文書を片っ端から燃やしたのか。はたまた、魔術が何かしらの形で衰退したのか。多くの文書を読み込んだ学者、研究者すらわかっていないのだ。気になって調べたゴリアテが分かるわけがない。どのような原理で、どんなことをすれば使えるさえ分かっていない。


 ただわかっているのは、魔法は誰にでも使えるものではない。誰でも不可能を可能に変えることはできないからだ。だから、シスターは直接魔法は限られた人間しか使えない、使えない人間は機械を使え、と言っている。


「ま、魔術があーだこーだ言ってても仕方ないさね。今を生きるには力がいる。力は制御できなきゃ私たちが教えるしかないね」


シスターが納得した口ぶりでゴリアテに言うと、この会話が終わりを告げるように一つせきをした。


「さ、クソガキども。魔術の時間だよ!」

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