第一章 2話
「ここにいても仕方ない、行こう。ただ、俺の合図がなくてもいつでも戦闘できる態勢でいてくれ」
関所に向かう前、タクトは冷ややかに言った。
お調子者の坊主頭、アルデムと驚くほど声が低いレックスの間に緊張が走る。タクトと付き合い始めて、数年がたつ。日常において、タクトの行動に振り回されっぱなしだった。
あるときは残り数キロ歩けば宿に着くという距離で、めんどくさい、という理由で野宿をしたり、あるときは昼飯を一週間抜きにしようと言ったりと、2人はこめかみに痛みを感じるときすらあった。しかし、アルデムとレックスは野垂れ死にそうなところを助けてくれた、タクトを信頼して言うことを聞いているわけではない。
数キロで宿に着くのに野宿するときは、深夜その宿が強盗により全焼。昼飯一週間抜きにしたのは、そこら周辺の食べ物が口にすると体に異常を来した。
危機管理、危機察知能力がずば抜けて高いせいか、道に平然と転がっている小石にすら気が回ってしまう。そのおかげか、今までの旅で大怪我をしたことがない。
この人についていけば安心だ。そう思わざるを得ない。
今回もそれに従うのだが、流石に理由は知りたい。アルデムは小声でタクトに聞いた。
「すみません、タクトさん。なんでそんなことがわかるんですか?」
「………、歩きながら話そう」
目の前のことに集中したいのか、タクトはアルデムたちに目を合わせずに口だけ動かした。
「これを言うと混乱すると思うけど。今から関所で話すことは全部嘘だ」
「え、なんで嘘なんてつくんですか?」
「安全に入る方法がそれなんだ。他の街で通行書が必要だったこと、覚えてる?」
4日前に輸送した街、ノーデンバーグの関所でボディチャックと共に輸送業者認定書、及び入場許可書が記録されてる電子デバイスを提出したのを、レックスは思い出した。
「そうでしたね、ここでもそうなんですよね」
「いいや、そんなものは必要ない」
「えぇ!?」
アルデムが叫んだ。
ノーデンバーグ以外の街に行ったが、全ての街では治安維持を最優先するために、電子デバイスは必要だった。タクトたちが使っている電子デバイスの中身は個人情報以上(むしろ個人情報を大事に扱っているのは賞金首ぐらい)の代物であり、セキュリティロックは必ずしなくてはならない。仮に紛失したり盗まれたりしたとしても、時間経過で暗証番号が変わる仕組みになっている。また、ハッキング防止策に、全ての電子デバイスにはスパイクベルトと呼ばれるシステムが発動される。これは、外部情報に対して、異変を察知した瞬間、ハッキング対象の電子デバイスの情報を全て消去する。漏洩してしまえば、濡れ衣を着せられるのはおろか、街や村に入ることができなくなる上、事によれば賞金首にされてしまい、命を追われる可能性が出てくる。
それほどまでにこの世界では、電子デバイスが必要不可欠なのである。
しかし、そんな命よりも大切なモノを用いらない。おろか、嘘をつくことが通行手段とは。どういった仕組みなのか。アルデムがうんうん唸りながら考えていると
「なるほど、内部情報の嘘ですか」
とレックスがあっさり答えてしまった。
「おぉ、よく分かったね」
「自分でも驚いてます」
答えが出てこないだろうと確信してであろう、タクトの口元が緩んだ。
タクトに褒められて、照れくさそうに鼻下を人差し指でこするレックス。
「え、え、ちょっと待ってくれ。俺ぜぇんぜん分からねぇんだけどよ? だって、デバイスは必要なくて、街に入るには嘘が必要? すまん分からん」
「先ほどタクトさんが言っていたこと、覚えているか?」
「あ? あーと、おぉよく分かったね。だったけか?」
「そこではない、お前の記憶力は鳥か。アイギスに入る方法のところだ」
「だから、嘘をつかなきゃ」
アルデムが段々イラついてきていたので、レックスの代わりにタクトが割って入った。
「アルデム、質問だ。人はなぜ嘘をつく?」
「えっと、いたずらだとか赤っ恥をかかせたいとかですかね?」
だからお前はだめなんだよ、と寸でのところで口を押えるレックス。
「まぁそれもあるね、じゃそれ系統はなしで考えてくれ」
「そうすっと………、知られたくないとか知っているけど知ってほしくないとか?」
「そうだね、それがほぼ答えだ」
「え?」
「噂で殺しの街アイギス、それで有名なのは、アルデムは言っていたよね。しかも、かの有名な名軍師、ビンコニ・ツヴァイが統括している街だ。
ビンコニ・ツヴァイ、魔術を使わずに機械派を追い込んだ、女軍人。流石の鳥、アルデムも知っている。
タクトは続けた。
「そんな物騒な街においそれと攻める馬鹿はそこまでいないし、侵入に成功しても、クーデターをしようもんなら死んでも地獄まで追ってくる連中だ。敵にはしたくないし、街は厳重だ。俺がアイギス出身者ではなく、アイギスに入ったら二度と来たくないぐらいだ」
「それに、ビンコニ・ツヴァイは外に情報を漏らすようなことは絶対にしない。情報漏えいの滑稽さは戦争で身に染みたそうだ。それでなぜ嘘をつくかと言うと、中のことを知っているのはアイギスの人間だけだ。外部の人間を中に入れることは絶対にしない」
あ、とアルデムが思いついたように声を上げた。
「そう、外部の人間がアイギスの情報を知っているわけがない。知っていても限定的なモノで、関所にいる奴らだったらすぐにわかってしまうぐらいの情報でしかない」
「だったら、アイギスの中の情報を言えばいいんじゃないんですか? 例えば、あそこの飯屋の飯は旨いし安い! とか」
「それだけでも情報漏えいに繋がるんだよ。今言った、飯屋も他の奴に聞かれて、しかもそいつが手練れだったら、飯屋の場所を特定することだって可能だ。ちなみに関所では定期連絡以外の会話、まぁ外部者以外だけど、一切禁止されている。ジェスチャーもだめ。アイコンタクトもだめだ」
「うそでしょそれ?」
「嘘言ってどうするのさ。そこで内部情報の嘘と通し、二重のセキュリティの登場」
「うん? 嘘は分かりましたが、通しがなぜ必要なんですか?」
「通し? なんだそりゃ?」
アルデムが言った。レックスがめんどくさそうに答える。
「通しというのは、カードゲームやボードゲームで使われる反則行為の一つだ。例えば、手札に9の数字が欲しいとする。その場合、苦しいなぁや悔しいよなぁなどの言葉を言うんだ。普通だったら、言っている人間の手持ちは良いモノがないんだなと思うだろ?」
「あぁ」
「だが、通しの場合。そのゲームに味方を一人付け、事前に準備するんだ。くるしいなぁ、くやしいなぁと言ったら9が欲しいとな」
「言葉の最初が、く、だから、9、ってわけだな」
「そうだ。分かってなかったり、気付かれなかったら偶然だと思うのがオチだ。あとは勘繰られないように回数とタイミングを計ればいい」
レックスは会話の矛先をタクトに変え、続けた。
「ですが、ここの関所では情報漏えい防止のため、内部情報の嘘を使うのは分かりましたが、通しを使うのは意味が分かりません」
「まぁ、通しっていうかなんていうか。ちょっとこれだけは言えないから勘弁してね」
まぁ、俺らにも言えないことがあって当然か。レックスがそう解釈した。
生まれも故郷も知らないアルデムとレックス。同業者で、世界を飛び回っているが言えないことだって沢山あるのだろう。今回のアイギスへ行くことだって詳細は聞いていないし、女性関係で立ち寄るのも嘘なのだろう。それにレックスだって、言えないことは2,3つある。どうせ、アルデムにもあるのだろう。
だが、それを聞き出したところでどうなるというわけでもない。これまで生きてきた人生の教訓がある。他者に必要以上に踏み込むことは危険を招くことだ。巻き込まれることだってあるし、何より面倒なことになることが多々だ。今まで付き合ってきた女性の大半がそれで、かなり苦しまされていた。
「ちなみに顔パスはないんですか?」
アルデムの質問にタクトは首を横に振った。
「偽装も考えられるからね、されたら見破るのは時間の問題だけど。見破る前に何かをされたら、大変なことが起こるからその前に関所で叩く」
「それじゃあ」
「君たちは偽装ではないことを証明するために、俺の話に合わせるだけでいいよ」
ここはでしゃばらねぇほうがいいな。アルデムは腰に装着している短刀2本がスムーズに抜刀できるか確認した。日々のメンテナンスは欠かしたことはないが、タクトが戦闘になるかもと言っていたので、念のため出したり入れたりを繰り返す。それに倣い、レックスも両手にメリケンサックのようなものを装着する。
でもタクトさん、アルデムが最後の質問をした。
「さっきおかしいとか言ってましたけど、あれはなんでですか?」
「あぁ、あれ? 関所の人数は非常事態以外は常に地上にいると決まっている」
「つまり、見張り台は使われてないと。つか、そんなこと言っちゃっていいんすか? 情報漏えいですよ?」
「君らを信用してるからだ。俺は信用しているから言っている。よし、少し頑張るか」
そんな一件があった後の関所前。タクトは、男に対して言い放った。
「空にある魔術が少ないんですが、どうしたんですか?」
タクトと話していた男は、空を見上げ、渋い顔をしながら言った。
「最近魔術師が9人ほど少なくなってきていてなぁ………」
「なるほど、じゃ」
「この場にいる9人を殺せばいいんですね」
そう言った瞬間、3人は得物を手にした。
「タクト・ジュリアはいつ戻ってくるのだ」
「……………」
「そんなことあたしに聞かれても知らないにゃあ」
「いいか、作戦の確認をするぞ。目標はタクト・ジュリアの呪符」
「これ、あれば、せかい、おれたち、のもの」
「……………」
「針金と俺、猫と無言、ジャミング担当に博士。それでは散」