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出来損ないの悪魔と聖女サマ

作者: ししおどし


 どうにも私は、悪魔には向かない性分らしい。

 こそこそっと人の弱味につけこんで、甘い言葉をさらさらと流し込んで、堕落させるだけのお仕事。

 言葉にすればとっても簡単に思えるけれど、これがなかなかどうして難しい。


 ある時は手酷く振られて落ち込んでる男にくっついて、よっしゃここはひとつあの女に復讐してやろうぜと唆したはずが、いつの間にか酒場で盛り上って当初の目的をすっかり見失い、男の財布に多少の痛手を負わせるに留まったりだとか。その勢いで憂さ晴らしにどっかに強盗にでも入ってくれれば悪魔的には万々歳だったんだけども、しこたま酔ったせいで恨みつらみ諸々綺麗さっぱり吹き飛んでしまったらしく、普通にお家に帰ってしまった。解せぬ。


 ある時はぎらぎらした目の奴隷に下克上を唆してみたものの、悪魔のお仕事があまりうまく行ってない私には使える力なんて殆ど無いから、出来ることといったらやれやれいけいけーと傍でしつこく繰り返すくらい。結局奴隷は自力で奴隷から這い上がったものの、主人に復讐したり下克上を果たす事無く、ごくごく普通の家庭を持って恙無く人生を終えてしまった。万が一復讐なんぞしたらほぼ何もしてない私に魂が渡る事になると気づき、馬鹿馬鹿しくなったらしい。契約まではこぎつけられなかったけど、一応頑張って応援したのに。解せぬ。


 ある時はとある国の偉い人の、寵愛の薄れた愛人をその気にさせてなんかとりあえず悪いことをさせてみようとしたけど、何の計画性も無かったのが良くなかったのか、気づいたらそれなりに寵愛を取り戻して、たまに愚痴を吐きつつ浮気もしつつ、それなりにうまくいくようになってた。浮気なんて悪魔にとっちゃつけいるもってこいの隙だった筈なのに、あんまりに割り切りすぎてて入る隙間が無かった。勿論契約する隙も与えてもらえず、気づけばうまいこと諜報に利用されて終わってしまった。解せぬ。


 そんな風にいろいろと頑張っているものの、どうしてかちっともうまくいかず、うまくいかないから悪魔らしい力を奮えず、悪魔らしいことが出来ないからますます悪魔としての役割をこなせず、の悪循環で、小動物の魂をちみちみ食い散らかしながらどうにか生き長らえていた。


 小動物、特に鼠なんかはとてもいい。

 さほど知恵がないから、契約の云々なんて分かってないので強引に持ちかけられるし、悪魔の力を使わなくてもここに餌があるぞーと教えるだけで、満足してくれるので簡単に契約が完了する上、すぐに他の生き物にやられるし天寿を真っ当しても長くて数年。手当たり次第に契約すれば、定期的に餌は手に入る。

 どうにか生き長らえている、とは言ったものの、人間を相手にするより面倒がないし、すぐに増えるから私としてはそれほど不満はない。

 ちまっこい魂じゃ悪魔の力はほぼ増えないけど、とりあえずお腹は膨れるし。

 消えたくは無いけれど、成り上がってやろうって気概もないから、現状でとても満足していた。



 ところが、だ。

 悪魔の世界にもいろいろあって、上が変わると下も色々変化を要求される。

 人間で言うとこの王様が代替わりしたせいで、鼠の魂を主食としていた私の生活は大幅な変更を余儀なくされてしまった。

 前の王様は、良くも悪くもざっくばらんな個人主義。一応悪魔の中で一番えらくって一番強い存在だったけど、明確な規則なんて一つも作んなくって、みんな好きなように生きたらいいんじゃね、敵対したらぶっ殺すけど、程度のゆるーいお方だったので、私みたいな下っ端もゆるーく好き勝手に生きてこられたんだけどさ。

 新しい王様が、すげーめんどくさい。ちょー細かい。

 君臨したその日にずらずらずらーって沢山のお触れ出して、歯向かうのは片っ端から叩き潰してく有言実行っぷり。

 悪魔にも規律は必要だーとかなんとか。なんでも元天使らしい。堕天したらなら適当にやればいいのに、堕ちてもくそ真面目に悪魔するつもりみたいだ。そんなくそ真面目なのになんで堕天したんだろ。不思議だわ。


 まあくそ真面目天使がくそ真面目堕天使になった理由なんてのは、興味ないしどうでもいい。

 どうでもよくないのは、おふれの内容だった。

 事細かに大量にあるので、全部は覚えてない。大半は上級悪魔に対するもんだから、私関係ないし。

 私に関係あるのは、二つ。

 日々の活動報告と、階級によるノルマ制度。

 うん、最初知らされたときはアホかと思ったわ。

 活動報告って、あんた。

 個人主義万歳、享楽主義の塊、自分さえよければ他はどうでもいいわーな悪魔のみなさんに、活動報告義務付けるって。

 アホか。

 いや、アホだ。

 頭いいらしいけどアホだと思う、くそ真面目堕天使。


 だけど厄介なことに、それを強引に実現させるだけの力があったのよ、くそ真面目のやつ。

 んなもんやってられっかーと、私なんぞ視界に入るのも恐ろしい力をお持ちの上級悪魔のみなさんが挙って反抗したものの、一瞬で鎮圧。見せしめに数体綺麗さっぱり消し去られて、ようやく本気具合が伝わって怖いもの知らずの筈の悪魔がみんな震え上がったとか。

 私? ええ勿論、恐ろしくてしばらく鼠たちの住処にお邪魔して引きこもってましたけど?

 鼠のみなさん、ちょくちょく魂頂いてるのに優しくって、チーズやら木の実やら差し入れてくれました。鼠さんやさしい。いつも餌にしててごめんね。これからもよろしく。


 それでもまだ、私、ちょっと舐めてた。くそ堕天使のこと、舐め腐ってました。

 活動報告とかー? ノルマとかー? 関係あるのは目立つ悪魔だけでしょー?

 ってな感じで、私関係ないしーって無関係装ってたのに。

 ある日目覚めたら、くそ堕天使からの通知、という名の逃げられると思うなって脅迫状がおでこにぺとりと貼り付けられておりまして。

 悪魔に生まれて、あの時ほどぞっとした事は無かったと思う、たぶん。


 私に義務付けられたのは、月一度の悪魔的活動の報告と、三年のうちに一定の知的レベルを有した魂と契約して、死後に天界に渡さないようにすること。

 鼠さんじゃ駄目でしょうか、と活動報告にお伺いを沿えて送ったら、尻尾の先がじゅわっと焦げました。

 絶対に近くにいるはずないのにどこから狙ったのこわい。こんな下っ端にまで容赦ないくそ堕天使こわい。

 それでも往生際悪く、小動物じゃだめ? 賢い鳥とかだめ? ゴブリンとか賢くね? オークは? とかとか。

 活動報告と共に送り続けてたら、とうとう人間以上の、それも成人の平均並の知能のある魂じゃなきゃ駄目ってお達しを頂きまして。

 ちょっとしつこく粘りすぎた気もするの。うん、反省してる。

 だってだって、ゴブリンでも賢い子と契約して進化させて人里襲わせて魂ゲットしたお仲間も居るし。

 私もしつこく聞く前に適当にそこらへんのゴブリン捕まえときゃ良かったなーと思ったけど時既に遅し。

 ゴブリンの中に人間並に知能あるの居ないかなーって探してみたけど、その辺はすでにお仲間のお手つき済み。

 かといって竜なんて賢すぎて無理すぎるし、精霊や妖精は天界の加護が強いからこれもまた私レベルじゃ無理。


 結局人間を唆すしか手段は残されてなかった。

 ちなみに三年以内に契約出来なかった場合は、消されます。文字通り跡形もなく、消されます。

 隠れても多分無駄。だってどうやってるかわかんないけど、活動報告に質問添えると答えがぴとっとおでこに貼り付けられてるんだもの。どこに居たって貼りついてくるんだもの。逃げられる気がしないよね。こわい。


 最低限お腹膨れて、あとは適当に生きてればいいやーな私だったけど、さすがに消滅がかかれば頑張るしかない。別に特にやりたいことがある訳じゃないけど、消えるのも嫌だもん。適当に生きてたって、案外楽しいもんだし。くそ堕天使に決められた規則で消されるのも癪に障るし。

 どうも悪魔には向いてないみたいだけど。

 やれば出来る子なんだよ、きっと、たぶん、おそらくは!




「やれば出来る子、ねえ……」

「えー、なになにその目! ほら! だって三年経っても生き延びてるし! 私すごいじゃん!」

「ほぼ、いいえ、全て私のおかげでしょうが……」

「むー、私の見る目があったからだもーん」


 さてさて。

 くそ堕天使からの通知から、とうに三年も過ぎ。

 実はまだ契約は完了してないけれど、消滅もせずに生き延びております。うふふん。

 ほら私って悪魔に向いてない性格だし?

 正攻法で頑張っても無理だろうなーってなんとなく自覚もあったし?

 だったら駄目もとで、くそ堕天使から一番遠い場所で獲物を探そうと思い立ったのだ。

 くそ堕天使、つまり悪魔の頂点。

 悪魔と対極にあるのは、天使。

 つまり天使を信奉する教会は、くそ堕天使の影響力もかなり弱くなる。

 ってことで、教会近辺を狙い撃ちにすることにした。

 私って悪魔の中でも下の下、最底辺だから、さすがに教会の中はきっついんだけども。

 その周辺の加護って、ある程度の力以上の悪魔の進入は防ぐ仕組みになってるけど、弱い悪魔は弾かないようになってたんだよね、私も知らなかったけど。

 低級の悪魔なら、教会に勤める聖職者なら簡単に払えるからってのがその理由で、定期的に発生させては悪魔祓いの練習台にしてるらしい。うん、人間も十分怖いわー。

 その辺りの仕組みを知ったのは、何の知識もないままうっかり教会に突入して、ばったりと出くわした女の子に保護? 捕獲? されて教えられてようやく、だった。

 なんとびっくりなことに、その女の子、ただの聖職者じゃなく聖女サマなんて大層な肩書きを持った女の子で。

 さすがの私も、やっべこれ終わったわって逃げることすら諦めてたんだけど。


 この聖女サマ、なかなかいいタマの御仁で、素知らぬ顔で私を飼うことにしたらしい。

 聖女サマってのは、生まれてから死ぬまで、教会から出られない存在で、神のために捧げられた乙女として、教会に都合の良いことだけを教え込まれてそれだけを信じて生きるもの、らしいけれど。

 その聖女の在り方を教えてくれたのが、他ならぬ聖女サマであって、当然その在り方に疑問と飽きを抱いているからこそ、そんな客観的な見方が出来る訳であって。


「暇つぶしに付き合ってくれるなら、魂くらいあげてもいいわよ?」


 なあんて剛毅なことをおっしゃるもんだから、飛びつくしかないってもんでしょ。



 聖女サマはとっても聖女らしからぬお方だけど、その力はすさまじい、らしい。

 人間界では一番天に近い場所に居ながら、完璧に私の存在を隠し通してるんだから、そういう力を感じる能力がさっぱりな私でもすげーなってことは分かるくらいすごい。くそ堕天使からの通知も届かなくなったから、やっぱり聖女サマはすごい。

 すごいのに聖女サマは、その力を祈ること使うことしか許されてなくって、教会に都合の良いものしか見ることを許されていない。なのに自力で置かれた環境に疑問を抱いて、私という存在を使って外の世界を知ろうとした。

 適当に、その日暮らしで楽しく生きてければそれでいいやー、な私とは、全然違う。


 だけどどうしてか、私と聖女サマは、思いの外気が合った。

 知りたがりの聖女サマは、知るためには手段を選ばないとこもあって、私は鼠さんたちの協力をあおいで結構危ない橋も渡らされた。お願いした本人はしれーっと涼しい顔して結果待ちだから、ほんと肝が据わってる。たぶん、そういうとこが波長が合ったんだと思う。なにせ聖女サマ曰く、「敵の総本陣に何の考えも無しに入ってくるような間抜けなんだか肝が据わってんだかわかんない悪魔」らしいから、私。


「こういう時って、すっごく男前で、力があって、この教会から私を連れ出してくれるような悪魔さんが来てくれるのが物語の定番なんじゃなあい?」

「うーん、一人心当たりはいるけど、くそ真面目でちょう細かいし神経質だよ。私好きじゃなーい」

「あら、それは私も嫌ね」


 外の物語で聖女サマが気に入ったのは、囚われのお姫様を助けに来る騎士の話で、たまに遠い目をして窓の外を見て騎士サマの姿を見る。

 私には聖女サマを連れ出すほどの力もなくって、むしろ私が聖女サマの力で守られてるばっかで、何にも出来ないけどせめて外の世界のことを教えることは出来るし、それに。


「あのね、契約した魂はね、食べて力にすることも出来るけどね、力ある魂なら悪魔になることも出来るんだよ。そしたらさ、一緒にいろんなとこ行こうよ。私は弱いけど、聖女サマならすっごく強い悪魔になれるよ」

「あら、それも素敵ね。うふふ、行きたいとこ、いっぱいあるの。あなたのせいよ」

「まずは鼠さんたちの秘密基地案内したげるね!」

「……ふふ、楽しみだわ」


 私の中で、聖女サマが悪魔になることは既に決定事項で、聖女サマを悪魔にしたら、くそ堕天使のノルマだって達成したことになるからびくびくして過ごす必要もなくなるし、どこへだって自由に行ける。聖女サマほどの力を持ってたら、人間の一人や二人堕とすなんて簡単だろうし、そしたら私たち二人で、いっぱい、いろんなもの観にいこうって約束した。

 私だってまだ見たことの無い、広い広い海の向こうに行って、雲の上の山から下を見下ろして、怖くって近寄れなかった魔界観光も聖女サマの力を借りて足を伸ばして。

 いっぱい、いっぱい、約束をして。

 約束をするたび、聖女サマは本当に楽しそうに、笑ってたのに。





 なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで!


『王国を守護する礎に、聖女が奉じられる』


 そんなの、そんなのそんなのそんなの、聞いてない!


 魔物除けの結界が、この国に張り巡らされてるのは知ってたけど。

 だけどそれが、歴代聖女の魂を使って張られたものなんて、そんなの。

 知らない、知らない、知らない!

 だって約束したのに。

 魂くらいあげてもいいわよって言ったくせに。

 悪魔になったら、いろんなとこ行こうねって約束したのに。


『騙してごめんなさいね?』


 ふふふって、いつもみたいに笑ったって、指先は震えてるくせに。

 だって魂を使って結界を張るって事は。

 天に昇ることも、地に落ちる事も出来ない。

 二度と巡ることなく、消耗してやがて消えてしまうってことでしょう?

 私、頭はよくないけど、それくらいのことは分かるんだから。


――契約したら、あなたの存在を隠し切れないわ。


 ああ、ほんとに私って、悪魔に向いてない。

 聖女サマの言うこと鵜呑みにして、契約は最後の最後でいいやって後回しにして。

 全部分かってたんだ。聖女サマ、分かってて、出来もしない約束したんだ。

 うそつき、うそつき、うそつき!


『本当に外の世界を見られたみたいで、楽しかったわ』


 そんなの、うそ!

 ほんとは、自分の目で見たかったくせに。

 いろんなとこ、自分の足で歩きたかったくせに。

 物語みたいな恋をして、助けにきてくれる騎士サマをずっとずっと待ってたくせに。


 結界の基点には、祈りを捧げる聖女サマ。

 周りに誰も居ないのは、巻き込まれたら困るからか。くそっ。

 人間ってほんと、悪魔より性質が悪い。

 だけど今は、ほんの少しだけ、都合がいい。

 だって誰にも、邪魔されないってことだから。


 聖女サマの周りに充ち充ちた聖なる空気は、私とは相性が悪くって、踏み入れるだけでじゅわりと身体の表面が融けてゆく。

 それでもかまわない。もう少しだけ、少しだけ、保ってくれれば。


 ごめんね、聖女サマ。

 私、すっごく男前で、かっこよく聖女サマを助ける騎士サマにはなれないみたい。

 あのくそ堕天使なら聖女サマを助けられたかもしれないけど、私、悪魔に向いてない出来損ないの悪魔だから。


 ああ、もうほとんど、私、残ってない。

 もうすぐ消えちゃうって、自分がよく分かってる。

 でもあと少し、あとちょっと。

 私のなにかが、聖女サマに、触れる。


――……!


 薄く目を開けた聖女サマは、すぐに驚いたように目を見開いた。


 してやったり。

 もうあるかないか、分からない顔で笑ってやる。


 約束、したじゃん。

 一緒にいろんなとこ、行くって。

 聖女サマは嘘つきだから、約束破ろうとしたみたいだけどさ。

 私、出来損ないの悪魔だから、悪魔に向いてないみたいなの。

 だから今から聖女サマを騙くらかして、攫うなんて出来ないからさあ。


 せめて、せめて。

 一緒に行こうよ。

 それくらいの約束は、守ってよ。



 最期に見た、聖女サマは。

 泣いてるくせに、嬉しそうに笑ってた。


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