二人の少女
――――鈴が鳴っている。
「有彩?どうしたの?」
「……いんや。詩菜は今日も天然ものだなと」
「何それ」
ケラケラと大口を開けて笑う美少女。黙っていれば清楚で可憐な深窓の令嬢で通るだろう、無垢を型に流しいれて固めたような無垢な白い肌。艶のある黒檀を連想させる緩くウェーブがかった黒髪が、目前で揺れたかと思えば、人形のごとく形の良いパーツが絶妙に配置された顔が、あと数ミリで鼻と鼻がくっつきかねない距離にずいっと押し出されてきた。化粧っ気のない天然もの。透き通る黒の虹彩のグロテスクさに、少女の生を確信する。無機質を疑う程の美貌が、きゅっと整った柳眉を寄せた。
「有彩、どこか痛いの?」
「そう見える?」
有彩は努めて平坦に紡ぐ。動揺を悟られぬように。
詩菜はしかめっ面のまま、白い指で頬をつついてきた。
「なんとなく。強いて言うなら女の勘」
この世で一番の説得力である。怖い。
思わずひきつった口元をするりと撫でて、詩菜はいたずらっぽく笑った。
――――白い頬が橙に染まる。
窓の外では日が沈み始めていた。鮮やかオレンジが空を染め、窓を抜けて、少女たちを染めていく。
人の気配のない教室は異なる世界に居るようで落ち着かない。けれど有彩はいつも、退屈な授業を終えても机に縋りつき、この時間を迎える。校庭に散らばっていた生徒たちがゆっくりと帰路につきはじめる。透明なガラスは賑やかな空気を冷たく冷やしてから彼女に伝えてくれた。
「かえろっか」
詩菜が言った。わざとらしいほど、明るい声で。
「へいへい」
有彩が答えた。わざとらしいほど、むくれた声で。
夕暮れを受けて、どこか泣きそうな詩菜の横顔は、それでも美しかった。
あまりの美しさに口を噤む。
――――どこかで鈴が鳴っている。
有彩はそれを、誰にも打ち明けていない。
――――どこかで冷たい音がした。
口の中で泥がじゃりっと音を立てた。ついでに鉄じみた味も広がってうっかり泣きそうになる。
ついさっき全力で転倒した石畳をにじむ視界で睨み、ゆっくりと立ち上がる。足は挫いていない。打ち付けた膝から血が流れていても、当座は走れればいい。町を抜けよう。森に逃げよう。幸い食料と水は手に入った。本当は新しい靴も欲しかったけれど、今の襤褸でも次の町にたどり着くまでは保たせられる。ツバキはぐっと唇をかみしめた。
夜の路地を走る。足音を殺すながら走るだけの猶予はある。追手は今頃彼女がとった宿を襲撃している筈。彼らがもぬけの殻の部屋に混乱している隙に、町を出なければならない。
夜の森は彼女の味方だが、人は彼女の敵だ。
「――――!―――――」
「―――、――――――」
ひゅっと息を呑む。
どこからか流れてくる怒号、焦声、そして悲鳴。
そうなるんじゃないかと思った。そうならなければいいとも。性質の悪い賞金稼ぎがいくつもいくつも町を超えて、こんな小娘一人追い回して、更にあと一歩のところで撒かれ通しである。いつまでも苛立ちを抑えられるはずがない。
悲鳴は十中八九、八つ当たり先の誰か。殺されはしないだろうか。怪我の重さに命を落とさないだろうか。そんな心配に思考を裂く余裕も資格もなくて、彼女は何もかもを振り払うように全力で森を目指す。
――――どこかで冷たい音がした。
ツバキはそれを、打ち明ける人がいない。