-解放の王子-①
クレシオス戦記
今作は現在頭の中で出来上がっているクレシオス戦記本編の外伝的要素の
一作品です。
広大な歴史を積み重ね過去、現在、未来までできあがっている世界観を
外伝というかたちで紹介し、本編を始めたいと思います。
ここはクレシオス暦1062年のロビス南部大陸の南方に位置する小国 レディアン。周囲にはリスカーン王国、ノーザン王国といった中規模の王国があり、常にその支配を恐れている現状であった。
このときこの南部大陸に後に「南部連合」とよばれるものは存在していない。クレシオス歴1070年、ロビス北部大陸を統一するジェスター帝国も当時小さな王国の1つであり、ロビス北部大陸では、いまも群雄割拠の戦いの最中で危機感というものが無かったからである。
後に滅びさるこの小さな王国 レディアンもまた周囲の国々との国交を大事にこなし戦争を回避してきた。
海に面したこの王国は国中の港の整備を確実にこなしていき、港の収穫は南部大陸において一番で安く、たくさんの魚介類を周囲の国々や他大陸の国々に輸出し、収入を得ていた。
だがこの国に今厄介な状況が舞い込んできたのだった。このレディアンと隣国リスカーンの国境周辺に盗賊が現れたのである。
このレディアンからすれば辺境の地とも言える小さな村からの突然の助けを求める声が文書となり王宮にて国王 ルーク・ロードレンの目に入ったのだ。
金色の髪を短く切りまとめ、その瞳は碧の鋭い眼光。金色の口髭を生やし、その口から声が出る。
「どう思う?」
国王ルークは重臣たちの声に耳を向ける。
「罠に決まっています。国王を狙ったリスカーンの計略です」
一人の重臣が即座に答える。
「いやいや、その確率もありますが、もし真実の手紙ならば我が国としては動かない訳にはいきませぬ。国民との信頼関係が失われてしまいます」
別の重臣が反論する。
「では第二王子のエルネスト様に国王の代行を頼んではいかがです?エルネスト様は母君の地位も低く王位継承はありえませぬ。ですが第二王子と国王の代理としてはうってつけに違いませぬか?」
一人の初老の男が意見を述べる。
このレディアンの大将軍であるフォード卿である。
「エルネストを?だがあれも我が子だ。危険な目にはあわせたくはない」
国王が重々しく首を振る。
「いえ、私はエルネスト様ならば最悪の状況になっても見事に打ち破ってくれるでしょう。私の目から見てもエルネスト様の剣武の才はまさに達人の域に達しています。我が国においてエルネスト様と対等に闘える者は決していません。あの王子ならば必ずややり遂げてくれます」
フォード卿は王族たちの剣術の先生であるが王太子のルディ王子は武よりも政(政治)に長けており、第三王子 サラスは智(軍略)を重視し、武には向いていない。
その三人の王族の中で剣技を次々と吸収していったのが第二王子のエルネストであった。
「そうか、ならばエルネストに任せるか?兵はいくら連れて行くのか?」
「歩兵百では?」・・・
「いや騎兵百がよかろう」・・・
「馬鹿な歩兵五百だ!」
軍部のトップであるフォード卿は周りの意見を下らなそうに眺め周囲が
静まるのを待たず口を開いた。
「我が国の総兵力は二千の騎兵と五千の歩兵、海軍が千。ここはやはり騎兵ニ百が妥当でしょう。ニ百いれば盗賊退治に失敗は無く、
もしリスカーン王国の待ち伏せに遭っても撤退することは可能だと思われます。王子が無事に戻られたなら私が軍を率い、リスカーン王国軍を蹴散らしてみせましょう」
銀の鎧を叩き、胸を張り、意気込みを国王に見せると国王も頷いた。
「よかろう、第二王子のエルネスト・ロードレンに騎兵ニ百の兵を預け、
国境の村ラディアへの遠征を命ずる。
フォードよ、エルネストをここに呼ぶのだ」
威厳ある口調で高々とまるで劇を演じているかのように言うと国王は満足げに笑みをこぼした。フォード卿は深々と頭を下げ部屋を後にする。
周囲を緑に囲まれ、かすかに耳に届く波の音が心を和やかにする。
この庭園に一人の女性が地面に座り込み日傘の下で草木を相手に戯れていた。さわやかな風が女性を包みそして過ぎ去っていく。
女性の名はティリー・ロードレン。
国王ルークの第三夫人で家柄は貧しい庶民の出であった。
だがこの国の国民は言う「ティリー様こそ最高の王妃にふさわしい。
その美貌は天使の如く、常に他人を思いやり、天が我らの王に与えてくれた女神だと」・・・。
その女神の背後から金髪の少年が現れた。
少年は女神に歩み寄り話しかける。
「お母様、あまり陽に当たらないように医師に言われたのでしょう。
もうそろそろ屋敷にお戻り下さい」
悲しそうに母と呼んだ女性に手を差し延べると少年は母を両手に抱え、
抱き上げる。
「ごめんね・・・エルネスト」
ティリーはいま難病に侵されていた。
あと数年しか生きられないだろうと医師に宣告された。
彼女の身体は痩せこけてすでに自分の体重すら支えられなくなっていた。
ティリーは自分という重荷を息子に背負わせている現状に毎夜、
自分を責め一度、自ら手首を切った事さえあった。
だが息子の言葉に諭され、生きる事を決意した。
母を屋敷へと運ぶと屋敷の中では母の食事が用意されていた。
母を椅子に座らせるとエルネストはその隣に座り母の口に料理を運ぶ。
静かにそしてゆったりと時間は過ぎ去っていく。
食事を終えるとエルネストは母の手に薬を置き母のグラスを手に取った。
ティリーは薬を口に含み空いた手にグラスを置く。
「ありがとうエルネスト」
薬を飲み終えティリーはエルネストに笑顔と共に礼を言う。
ティリーは今年で32歳になる。
17歳で国王に見初められ両親に言われ仕方なく国王の夫人になった。
最初の数年は国王も彼女の屋敷に毎日、訪れていたがエルネストを産み、
二年後、体調の不良を訴え医師に不治の病と診断され、それから国王の足はピタッと止まり数ヶ月に一度現れる位にまで減少していた。
ティリーはつらい身体を押し退け国王に身を委ねる。翌朝、体中が悲鳴を上げ嘔吐を繰り返していた。そんな母を見て育ったエルネストは何度も父を呪った。
殺意を持って父に近付いた事さえあった。
だがティリーはエルネストを抱きしめ部屋へとエルネストを帰し、
また身を委ねるのであった。
だがエルネストが11歳になったこの頃、国王は顔を見せにも来ていない。
「いいんですよ、お母様。礼なんて言わないで下さい。僕が・・・僕がお母様を護ります。これから先・・・ずっと・・・」
エルネストの目から涙が落ちる。
「ごめんね。あなたに私の代わりに弟か妹を産みたかったのに・・・ごめんね」
ティリーはエルネストの頬に口づけし眠りに入った。体力の限界が来ると身体がティリーを眠らせるのだ。
エルネストは寝室へと母を運び庭に出た。そして腰に挿した長剣を抜き、一閃させ長剣を振り続けた。
そこへ国王の命を受けたフォードがやって来た。一度、エルネストと目を合わせると軽く頭を下げ用件を述べる。
「第二王子 エルネスト様。国王陛下がお呼びです。
私と共に王宮へお急ぎ下さい」
フォードはエルネストの腕を掴むと即座に歩き出そうとしたがエルネストはそれを振り払った。そしてフォードを睨む。
「国王が何をしようとしているかは知りませんが今は何も出来ません。
国王にそうお伝え下さい」
きっぱりと言ったエルネストの言葉にフォードは驚きを隠せないでいた。
「何を言われるのか?国王の命ですぞ。いくら王子とて許される訳がないでしょう。馬鹿な事は言わず来なさい」
さらに腕を掴むとフォードは力任せに引っ張った。
「いやだ!」渾身の力でエルネストも振り払う。
「ヤツの為に働く事はしない!決してヤツを許したりしない。母上を苦しめたヤツを絶対に許さない!」
いままでのエルネストは常に自分を押し殺し決して取り乱したりせず相手の核心を軽く突き話を終わらせるという振る舞いをしていたが今日は違った。
「お母様は国王を愛して身を委ねたのではなく僕の為に苦しい身体を押し殺し耐えてきた。
もうヤツにお母様を苦しめさせはしない!僕が絶対にお母様を護りきる」
過去の自分との違いはそれだけであった。母が国王を愛していればこそ国王の為に働いても耐えられた。
苦しい剣技の修行も母の愛する国王の為ならばと耐えてきた。だが今日、すべては変わった。お母様の為だけに生きる・・・と。
「な・・なんという事を!正気ですか!」
フォードはあまりもの変化にまるで夢を見ているかのように眼前が暗くなるのを感じた。
だが一つの声がエルネストへ届かれた。
「いけません!エルネスト。国王の命は絶対です。
それに背く事は母が許しません!」
そこには立つ事もままならなかったティリーが二本の足で立ちエルネストへ進んでいった。
「国王陛下の命は何ですか?」
毅然とティリーはフォードに聞く。
「はっ!国王は騎兵二百と共に北の国境沿いにある村を盗賊か、またはリスカーン王国の手から救えと言われました」
「エルネスト、行きなさい!陛下の名の下に国境の住民を救いなさい。出来ますね」
ティリーはエルネストに問いかける。
「分かりました。お母様の為に行きます。ですが私が戻るまで待っていてくれますね」
語尾を弱々しくエルネストは聞く。
「もちろん、待っていますよ」
優しく笑いかけてくれる。
「フォード卿、先程の事は・・・」
振り向きフォードを見た。
「ンッ、ゴホン!何の事ですか?」
大げさに咳をすると首を傾げた。
「では・・エルネスト王子。行きましょう!」
二人は王宮へと急いだ。王宮では国王 ルークが何も知らずに待っている。王座にドンと座りその脇には兄である王太子 ルディが従えている。
「遅かったなエルネスト。わしが呼んでいるのだ、これからはもっと早く来るんだ!」
次いでルディが言う。
「卑しい貴様が陛下の為に働ける事を光栄に思うのだ!陛下には常に敬意を持ってどんな事があろうと陛下の命を優先するのだ」
「分かりました兄上」
ルディの怒鳴りを小鳥の囀りかのように平然にエルネストは本心と反対の事を言う。
「ではエルネストよ、お前に命ずる。騎兵二百とともに国境の村 ラディアへ遠征し、ラティアの住民を助け原因を突き止めそして解消するのだ。よいな!」
相変わらずまるで劇をするかのように言うとルークは王座を離れ王宮の奥へと消えていった。残されたエルネストは立ち上がると遠征の準備をするべく兵舎へと向かった。
兵舎ではすでに大将軍であるフォード卿の命で二百の騎兵が大将であるエルネストが来るのを待っていた。騎兵たちはそれぞれ馬の点検や装備の確認を黙々とこなしている。
「エルネスト王子!」
一人の騎兵がエルネストの姿を捉える。
「やあ、レイノルド」
エルネストは騎士に対し笑顔で応える。この騎士は百人隊長でエルネストと同じくフォードに武術を習ってきたいわゆる同門なのだ。
二人は固く握手を交わすと他の騎兵たちから歓声が沸き立つ。
このエルネストはフォードと軍部を二分するほどの人気を持っているのだ。
「ありがとう、みんな。今回の戦いは僕にとって初陣になる。僕を助けて下さい」
二百の騎兵に頭を下げる。
「百人隊長である私とリクームが王子のお手伝いをさせて頂きます。王子は何も心配せずに私たちを信頼して下さい。必ずや期待に副いましょう」
レイノルドそしてリクームと呼ばれた二人の百人隊長がエルネストに礼をとる。
「ありがとう」
ここでエルネストの顔は瞬時に引き締まった。
「出立!国境の村 ラディアへ向かう!」
騎兵たちは一斉に自分の馬に乗ると高々と雄叫びを上げた。
それからの一行の速度は迅速であった。三日間、馬上で食事を取り途中途中にある砦に寄っては馬を替え進撃速度はまったく衰える事を知らなかった。
そして出陣から三日目の深夜、ラディア近辺へとたどり着いたのだった。その夜は皆、身体を癒し、翌朝、二百の騎兵はラディアへと入っていった。
今作は三部作にて考えています。
物語は出来上がっていますが文章とし書くに至らない現状ですが
過去に書いてきたものを修正しつつ投稿していきます。
感想などお待ちしてます。
どのような意見も真摯に受け止めたいと思います。