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ショート三題噺〜愛と勇気とアンパンマン〜

作者: 稲葉 蕩文

子ども達は既に多くが帰り、所内も

昼の騒々しさはなりを潜めている。

すっかり夕暮れだ。


秋も近付き日も短くなってきたせいか

辺りもすでに薄暗い。


保育所に残っているのは

数人の子どもと数人の先生。

そろそろ残りの子どもにも

迎えが来る頃だ。


紫色の混ざり始めた茜空を

一瞥してから子ども達に

玩具の片付けを促す。


先生の中でも一番年齢の

低いわたしは子ども達と一緒に

片付けをしなければならない。


他の先生はというと

戸締りや書類等の

重要なものをしている。


いつかわたしもあれらを

やらないといけないと思うと

自然と子ども達との片付けも

大切な時間になってくる。





そう考えながら足元に

落ちているぬいぐるみを

拾った瞬間に何故だか

とても懐かしい気分になった。


わたしが懐かしいなんて

思うものなんてあっただろうか?


拾った物を見てみると

それは古びた

アンパンマンのぬいぐるみだった。




懐かしい…?




いつも見ている何の変哲もない

アンパンマンのぬいぐるみが?


そう思っていると

残っていた女の子が歌う

舌っ足らずなアンパンマンの

歌が耳に届く。


「ああ、懐かしいな…」

なぜかそう呟いたわたしは

再度アンパンマンの

ぬいぐるみを見つめた。








あの日…

上手くは思い出せないけれど

まだ小学校に上がる前だったか。

その時もアンパンマンのぬいぐるみを

手に持っていた。


いたく気に入られていた

そのぬいぐるみは片時も

わたしの手から離れられなかった。


何処に行くにも連れ回された

そのぬいぐるみは

パッと見ただけでは

なにか判別が出来ないほどに

痛んでいた。


そしてそんな痛んだぬいぐるみを

母はついに捨ててしまった。


それにすぐに気付いたわたしは

ぼろぼろと涙を零しながらも

声を上げずにぬいぐるみを

探しに家を出たのだ。


母はわたしが家を出たことを

知らなかった。

母が洗濯物を

取り込んでいた時ではなかったか。

よく覚えていない。


ただ母が二階に上がる

足音だけは覚えていた。


そして独り、家を出たわたしは

あてもなく町を彷徨った。


彷徨ったなんて大仰に

表現はしてみたけれど、

たかだが子どもの足である。


そんなに遠くはなかったはずで。


それでも夕暮れの空に淡く紫が

入り始めた頃にふと不安になり、

押し殺していた声を我慢出来ずに

道端で大声で泣いた。


自分でも驚くくらいの勢いで

涙は零れ、視界はぼやけた。

喉は泣きすぎたせいか

ヒューヒューと鳴った。


寂しさや恐怖、暗さに怯え

ひたすら歩き続けた

足も止まってしまった。







どれくらい経っただろうか。

ふと誰かがわたしの横に

しゃがみこんだ。


「迷子…なのかな?」


突然かけられたその温かい声に

わたしは大粒の涙を流しながら

大きく何度も頷いた。


相手が誰かと確認する余裕もなく

ひたすら泣いていると

その子は困ってしまったのだろうか、

数秒の沈黙が訪れた。


それでもわたしからすれば

誰かが側にいるということは

とても心強く、徐々に涙は

おさまり始めていた。


ぼやけていた視界が

少しずつ鮮明さを取り戻すと

改めてわたしは隣に

しゃがみこんだ子を見つめた。


6つ上の兄と同じくらいだろうか。

あどけなさの抜け切らない

男の子がそこにはいて、

わたしを心配そうに見ていた。


その時のわたしは名前を

聞くのも忘れ




−泣いている人の所に来るなんて

アンパンマンみたいだ。−




そんなとんちんかんなことを

考えていた。



そうこうしているうちに男の子は

おもむろに口を開き再度

迷子なのかと聞いてきた。


「うん…。」


泣きすぎたわたしには

そう答えるだけで精いっぱいで。



男の子は少し考え込むと

「お母さんとはぐれたのかな…」

と、呟いた。



違う、違うの。探し物を…


と、言いかけようとした時に

男の子はまたも口を開き


「もしかして、大切なものを

失くしちゃったのかな?」と。




わたしは少し驚きつつも

一生懸命に首を縦に振ると

男の子は微笑みながら

わたしの頭をゆっくりと撫で


「じゃあ俺と一緒に探そうか。」

と言ったのだった。









その後、薄暗くなった町を

二人、手を繋ぎぬいぐるみを探した。



町中のありとあらゆる

ゴミ捨て場を巡った。


探しても探してもぬいぐるみは

見つからず気付けば

家の近くまで戻ってきていた。


家の近くの

あのゴミ捨て場になければ、

もうどこにもない。


そう思った瞬間、

また目の前がぼやけた。


それに気付いた男の子は唐突に

わたしに名前を聞いてきた。



今さら…と思うかもしれないが

ぬいぐるみを探すことに

必死だったわたしは自分が

名前を教えていないことに

気付いていなかった。


わたしは小さく

「愛。愛だよ…。」

そう呟いた。



男の子はそれを聞くと

急ににこにことし始め

嬉しそうに


「愛ちゃんかあ…そっかあ。」


と、笑ったのだ。





気付けば最後のゴミ捨て場。

そこにはビニール袋の中から

苦しそうに外を見ている

アンパンマンのぬいぐるみがいた。


嬉しさで手を繋いでいることも

忘れ、駆け出したわたしに

引きずられるように

くっついてきた男の子は


固い結び目が解けない

わたしの手から優しく

ビニール袋を取り

器用に解いては

アンパンマンを取り出した。



そして、わたしにそれを

渡しながら


「アンパンマンのお友達、

知ってるかな?


愛と勇気なんだよ。


それでね俺の名前は

ゆうきって言うんだ。


だから二人とも

アンパンマンと仲良しだね。」と。


そして、


「泣きたくなったら思い出して。


愛ちゃんはアンパンマンの

友達だってこと。


それとアンパンマンと友達の

俺とも友達になったことを。」とも。



その後、家の前まで男の子、

ゆうき君に送ってもらい

またねと手を振りあった。


二度と会うことはなかったけれど。



家では両親と兄がすごい勢いで

わたしに駆け寄り、

何度も良かったと涙ながらに

繰り返していた。


そして、アンパンマンの

ぬいぐるみを見ると苦笑いをし

もう捨てないと約束してくれた。



あのぬいぐるみは

まだ家にあるだろうか。

それとも気づかぬ間に

失くしてしまったのだろうか。






そんな遠い昔のことを

思い出しているうちに片付けは

終わっていて


空も墨を溶かしたような

色になり始めていた。



突っ立ったままのわたしを

最後まで残っていた女の子が

不思議そうに見上げ


「せんせー、どうしたの?」

と聞いてきた。


わたしはあの時、ゆうき君が

やってくれたように

ゆっくりと女の子の頭を撫でながら

笑顔でこう言ったのだ。








「愛と勇気の物語を、

思い出したの。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] お題を上手い具合に回収してますね.....上手いと思います!よかったです!
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