連載になるかもしれない、ネタ。8
前回に引き続き乙女ゲームネタ。
でも、やっぱりゲームは始まらない。
空調の効いたサロンの、いつものソファ。
今日の気分は紅茶ではなく珈琲で。
ソレを口に出さずとも全てを把握している男によって完璧に整えられたテーブルの上。
甘さ控えめのタルトが花を添える。
「学園の王子様たちを侍らせて、良いご身分ね」
そんなお気に入りの時間を邪魔する、不協和音。
目の前では、可愛らしいと表現出来なくも無い少女が仁王立ちで私を見下ろし、そんな言葉を口にした。
「誰だてめぇ」
右隣に腰掛ける幼馴染が。
「このサロンは私たち以外の立ち入りは禁止ですが」
左隣に腰掛けるクラスメイトが。
「僕のお姫様に何か用かな?」
右端に腰掛ける義兄が。
「生徒以外が何でここに居る」
左端に腰掛ける従兄妹が。
私を守るように、少女との間に立ちふさがる。
そして。
「お嬢様、あのような者の言葉は耳になさいませんように」
背後に控える私の執事が、耳を塞いだ。
乙女ゲームの悪役転生。
最近話題のソレを、どうやら私はしているらしい。
上流階級の子息令嬢が通う学園を舞台に繰り広げる恋愛シュミレーション。
攻略対象者は全七人。内、隠しキャラ三人。
主人公=プレイヤーが入学するところからゲームは始まる。
入学式の前、中庭の桜の木の下で会う生徒会長。
講堂に向かう途中でぶつかる風紀委員長。
入学式で紹介される担任教諭。
放課後の屋上で会う不良生徒。
そして、生徒会長の義妹で、不良生徒の幼馴染で、風紀委員長のクラスメイトで、担任教諭の従兄妹である、ライバルキャラ。
隠しキャラの三人も、このライバルキャラの関係者である。
乙女ゲームには珍しく、ライバルキャラは一人だけ。
学園の最高位である家の令嬢だが、生まれは当主の愛人腹である。
しかし、そんなことを差し引いても御釣がくるほど、このライバルキャラはとんでもなくハイスペックである。
母の実家は欧州の王族筋で、世界的に有名なお菓子メーカーの創始者。
そこのお姫様であった母と、日本でも最高位の財閥の直系である父を持ち、齢一桁までは欧州の母の実家で過ごしていた。
十歳の頃に母が再婚する事になり、父に引き取られたのだ。
母の再婚相手は王族、それも王太子。
互いに再婚同士だが、王族以外の血を入れるわけにはいかない、と言われて実父が居る日本へと渡ってきた。
母やその実家から捨てられたライバルキャラは、心に闇を抱え日本の地を踏む。
二度と捨てられる事の無いように、血を吐くような努力をして自分のスペックを上げたのだ。
と、いうのがゲーム上の設定。
実際は決して母に言われたわけでも、再婚相手に邪魔にされたわけでも無い。
母も、再婚相手も、そして祖父母や伯父夫婦も手放す気などなかった。
母の再婚と同時に、王太子の第一王子の婚約者に、との話まで持ち上がっていたほど、既に完璧だったのだ。
だが、そんな面倒な地位はいらない、と日本に渡ったのだ。
透き通るような白い肌とプラチナブロンドのサラサラなストレートの髪。
アクアマリンのような水色の瞳と、ぷるんとした薄紅色の唇。
女神もかくや、といった容姿と明晰な頭脳をもつ、完璧な少女。
ソレが、今生での私。
完璧なるライバルキャラである。
「王子様、ねぇ」
きゃんきゃんと吠える少女を見つつ、珈琲の入ったカップを傾ける。
相変わらず目の前に立ちふさがる少年たちを尻目に、優雅なティータイム。
だんだんと入り口へと誘導されている事に、あの少女は気づいているのか。
「お嬢様、おかわりはいかがですか?」
言いながらも新しいカップと交換する優秀な執事にお礼を言って。
「これ、美味しいわね」
ベリータルトを味わう。
記憶が正しければ、あの少女は正規のヒロインだったはずだ。
孤児だったところをこの学園の理事長に拾われ、子供のいなかった彼女の養子になる。
そして、高校からこの学園に通いだすのだったか。
しかし・・・。
「あの方は、どなたなのかしら?」
作業服のようないでたちは、どう見ても生徒では無い。
この学園には用務員のようなモノは置かず、専門の業者に全て任せている。
掃除は清掃業者が行い、ゴミは専門業者が早朝に回収に来る。
食堂はなく、レストランやカフェも有名どころが支店として展開している。
そして、数箇所存在するサロンも、使用権限者の家の者が管理している。
このサロンの管理者は、この執事。
私好みに整えられた空間は非常に居心地が良い。
「あの服装ですと、清掃業者かと」
学園が何社か契約している業者の内の一つらしい。
ヒロインが、生徒ではなく、業者として働いているという不思議。
設定通り物事が運ばない、というのは、ここが二次元ではなく三次元、現実であるのだから当然として。
それでも、私がライバルキャラであるように、ヒロインはヒロインだと思っていたのだが。
通りで、いつまでたってもヒロインが現れないわけだ。
「何の用だったのかしら?」
まぁ、あのヒロインも転生者である可能性が高いわけだが。
でなければ、わざわざこのサロンにまで来ないだろうし。
このサロンは、義兄である生徒会長が使用権限を持ち、私の執事が管理するサロンである。
出入りできるのは、今居るメンバーだけ。
この学園でも上位の家柄の令息たちだ。
そんな、全校生徒憧れのこのサロン。
当たり前だが、出入り口に警備が立っている。
さて、その警備をどうやって潜ってきたのか。
「お姫様が気にする事じゃないよ」
僕の可愛いお姫様、と。
いつの間にか戻ってきていた義兄が頬を撫でる。
「あの業者の契約は切ろう」
不機嫌な様子を隠しもしない従兄妹が、
「今後の対策に、業者の出入りの時間を変えさせましょう」
端末を片手にクラスメイトが、
「警備の入れ替えをしろ。今居る奴等はクビだ」
スマホに向かって怒鳴りつける幼馴染が。
少女への不快を隠すことなく指示を出す。
逆ハーも可能な乙女ゲームのヒロインのハズの少女は、今後この学園の敷地を踏むことは無いだろう。
本来の流れであれば、この時期はヒロインとのイベント目白押しのはずである。
ヒロインは理事長に拾われなかったのだろうか?
そんな疑問が解決したのは、翌日。
呼び出された理事長室。
頭を下げる、初老の婦人。
不快を隠しもしない男たち。
やはり、ヒロインはこの理事長に拾われていた。
しかし、私がこの学園に入り攻略対象者たちの『お姫様』になった頃から、学園の株の八割は男たちの手に。
すると、いくら理事長とはいえ実質傀儡となり、権限はなくなる。
今の理事長は、たかが養子を強引に入学させるだけの権力すら持ち合わせていないのだ。
その上、あのヒロインは頭の出来がよろしく無く。
上流とはいえ株の八割も奪われている現在、理事長家の財政は火の車。
養い子のために使うお金などあるはずもなく。
結果、ヒロインは働いているということらしい。
「お姫様への聞くに堪えない罵詈雑言。作業服でのサロンへの侵入」
到底許されるものではない、と静かに言い募る義兄。
口を開く事は無いが、他の男たちも皆険しい顔で理事長を睨みつけている。
拾ったのならば、最後まで面倒を見ろ、と。
まだ未成年の尻拭いは、保護者の責任である。
「優秀な甥御さんに後は任せて、田舎でのんびりなさってはいかがですか?」
不愉快なあの女を連れて目の前から消えろ、と。
遠まわしに要求をつきつけた。
結果、優秀な甥に後を継がせた理事長は田舎へと追いやられ。
ヒロインはソレに付いていく形で島流しにあった。
無能を嫌う甥によって、二度と田舎から出る事はかなわないだろう。
ちなみに隠しキャラの三人は、私の執事と、理事長の甥と、欧州のとある王太子の第一王子、である。
何というか、直接的でないにしろ、他人の人生を変えてしまった私は、立派な『悪役』だろう。