第2章 父の思い
「あなた、詩織ちゃんがお嫁にいくらしいですよ」
花江は夫の兄の娘の嫁入りが決まったことを耳にして、悔しそうに寅三に報告した。
「おう、そうか。胸を病んでいたということだったが、調子が良うなったんかのう」
「おめでたいことですのう、ほんに」
花江の胸はチクリと傷んだが、それを口にすることもなく相槌を打つのだった。
その晩、寅三は雪江とクミの将来のことに思いを巡らしていた。翌日の朝、寅三は仕事が始まる時刻になっても仕事場に出ようとはせず、火鉢の中に赤々と燃える炭火に当たりながら、物思いに耽っていた。
「どうかしなしたかの?」
「あれら2人のことよ、ずっと考えておったが、詩織の結婚の話を聞いてから、わしは踏ん切りがついた」
「何ですかの、その踏ん切りとは……?」
「今の時代、女は嫁に行くことが只ひとつの生きる道と思われとるがの、もしそれができんかったらその子はどうなる。一生ひがんで暮らさにゃならんぞ。学問を身につけていれば、独りでも生きていける。わしゃ、そう思うのじゃがのぅ」
花江は学者として生きた実家の兄をみて育っているので、寅三の考えは正しいとすぐに納得した。
「それはようござすな。実家の兄さまのように学者にとお考えだすか」
「いや、うちの子は女じゃから、学者には向いとらん。将来の選択は、も少し考えてからな」
花江は寅三の考えに異論はなかったが、それ以上口出しするつもりはなかった。