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第18章 母

 昭和天皇の崩御で時は昭和から平成に変わっていた。

 クミは総合病院の脳外科で意識も定かでなくこんこんと眠り、時々目を覚ますような状態が続いていた。入院してから四か月が過ぎ、新しい年が明けた。


 入院して暫くすると担当の看護士はクミが医師であることを知り始めていた。

「しっかりした方だったんでしょうけど、今は可愛いおばあちゃんって感じですね」

 クミはおとなしくてとても可愛い患者だった。

 総合病院へ移される前に入院していた病院の医師が時々クミの見舞いにきた。

「なるべく早く口から食べさせたほうがいいですよ。流動食だけでは退院しても体力がなくて歩けなくなりますからねぇ。僕が病院と交渉しておきますよ」

 それまでは鼻からチューブを通して体内に栄養食を注入していたが、病院の計らいで早速少しずつ食事が出るようになった。病院食はすべてすり潰してあった。床ずれが起きないように体の向きをを変えに、看護士が二時間置きに見回りにきた。



 春がきたら母に桜を見せてあげたい。桜が大好きだったクミを車椅子に乗せて、満開の桜並木をゆっくり歩く……そんな情景を、圭介は思い描いていた。

 


--*--


 クミの入院生活は夏から冬にかけて六か月続いた。

 クミの身体にはただれがあちこちあったので、ステロイドの錠剤が二錠ずつ投与されていた。

 

 ある日、圭介は担当の医師から、お話があります、と面談室に呼ばれた。

 医師はクミの状態を説明した。

「皮膚の状態が悪いので検査をした結果、『天疱瘡』という皮膚病に罹っておられます。この病気には大量のステロイドの投与が必要となります。この量のステロイドを続ければ抵抗力が非常に弱まるので、死期を早めることになります。でもステロイドの投与を中止すると、体中の皮膚の表面が剥げてしまうのです。ですから、病院としてはこのままの量のステロイドを投与するつもりなので、その覚悟をなさっていてください」

 医師からの報告は以上のような内容であった。


 圭介は≪来るべき運命≫として諦めざるを得なかった。

 時を置かずして、医師の言った通り、クミの血圧が下がり始めた。

 家族が見守る中長い時間が昼から夜に移った。

 長い長い夜だった。

 病室とナースセンターとの連携プレーが激しく行き交った。


 クミが静かに息をひきとったのは、極寒二月の暁の刻だった。クミの身体は看護士によって清められ、手足を縛られて、病院の裏口に運ばれた。担当の医師と看護士が並んで見送る中、クミは圭介の運転する車で家路へと向かった。






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