第16章 クミの独り暮らし
圭介を東京へ送り出したあと、クミの独りの生活が始まった。勤めの傍ら、若い頃習っていた三味線と長唄を練習するようになった。
開業していた若い時には、田圃道を歩いてお師匠さんの家に通ったものだった。お師匠さんの弟子には芸者達もいた。検診に行って馴染みになった芸者らは口々に、
「せんせ、うまいわぁ。お医者さんにしておくのもったいない」と言っていたという話を圭介はクミから聞いていた。
圭介は幼い頃からクミが三味線を弾きながら長唄を唄うのを毎日のようにみていた。町の旅館の大広間で催される発表会でクミは、三味や長唄を披露した。圭介は客席に座ってそれを眺めて退屈していた。
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晩年に圭介との同居するまでの期間は、静かな趣味を楽しんだ。その一つが短歌だった。
部屋に籠りがちな日常ではあったが、日々の心象や周辺の景色を眺めての叙情的な歌を詠み、医療月刊誌に投稿したときは高価な賞品が送られてきたものだ。
圭介は毎日のように送られてくるクミの手紙の中に添えてある日々の歌に、母の日常を知るとができた。親子で交信された手紙の数々は後々まで母の残した足跡として、圭介の書斎に残されている。
遠方に住む女子医専の旧友たちとの交流はもっぱら手紙を通してだったが、名産を送り合ったり、時には遠路はるばる自宅を訪ねてくる女医もいた。元職場の看護士たちも時々訪ねてきて、何くれとなく気を遣ってくれた。クミの80代は温かい交流の中で元気に快適に暮らした。




