第13章 田舎の学校
クミは体調が悪い状態での長距離通勤と子育てに疲れ果てていた。色々思い悩んだ末に、圭介が五年生の一学期が終わろうとしていた時、クミは決意をした。
「圭ちゃん、二学期から田舎のばあばとこへ帰ろう」
突然のクミの言葉に圭介は戸惑いを隠せなかった。その時圭介は、クミと一緒に暮らして今の学校に通うことをどんなに願ったことだろう。だが子供の圭介には何一つ自分の意志を通すことは許されぬことだった。
大阪に出てきた時と同じように叔母の雪江が迎えに来て、圭介は祖母の元で暮らすことになったのだ。クミと別れてからの毎日は、祖母花江が傍にいるとはいえ、圭介にとって心充たされるものではなかった。
村の小学校では成績もよく、級長に選ばれたり生徒会長で活躍もしたりで目立つ存在ではあったものの、都会の活気ある学校生活に比べると物足りなかった。思い出すのは楽しかったクミとの暮らし、優しくしてくれた沢山の友達、独りで海辺で拾った桜貝、たまに観たあの華麗な歌劇の舞台。圭介にとって眩しいほどの思い出が、今はもう叶わぬ夢の世界になってしまったのだ。
花江はこの時80歳を越えていたので、キセルに煙草を詰めて火鉢に当たりながら座敷に座っているだけだった。圭介と花江の身の回りのことや食事の世話は、クミの兄夫婦がしていた。
圭介の学校では六年生の三学期の、まだ寒い春の初めに、修学旅行があった。旅行の数日前に、同居している叔父の連れ合いが町に出て、圭介の旅行用に黒い布の靴を買ってきた。圭介は新しい靴を履くのがとてもうれしくて、靴を履いたまま畳や廊下を歩き回った。
「家の中で靴履くと縁起が悪いよ、すぐ脱ぎなさい」と圭介は叔母に叱られた。
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圭介が田舎へ戻されて一年経ったとき、クミから手紙がきた。実家に帰って圭介と花江と3人で暮らしたいという内容だった。圭介は手紙を読んで夢ではないかと思うほどうれしかった。だが幼い子供心には母の不安な気持ちを知る由もなかったのである。
実家に戻ったクミはこれから先の生活への不安が日ごとに募って行った。
……どうやっておっかさんと圭介を養っていけばいいんだろう。職のないクミは毎日配達にやって来る郵便局員を見ると、この人には仕事があるんだなと思えて羨ましかった。
クミのことを聞いて、後妻に迎えたいと申し出る町の開業医がいたが、クミにはその気はなかった。そうこうしている内に仕事の口が舞い込んできた。町の医療関係の職場だった。その他にも海岸の診療所の話も来た。診療所の報酬は当時では考えられないほど高額だったが、圭介のことを考えて自宅から勤めができる職場を選んだ。




