第12章 母子の暮らし
翌年大阪での暮らしに見通しが着いた時、クミは圭介を呼び寄せることになった。
圭介は叔母雪江と一緒に乗った大きな汽船のなかで、ワクワクしながら海を見ていた。船が港に着きクミと再会した圭介は、クミの顔を見るとうれしくてたまらなかった。
港から電車を乗り継いで、クミの借りているという家に向かった。
ちんちん電車の終着で電車を降りて暫く歩いた。石の塀に囲まれた立派な佇まいの家が建ち並ぶ道をいくつか曲がって、圭介がこれから住むことになる家に着いた。職場の寮になっているその家は、元富豪の商家の別荘を買い取りしたというだけあって、近隣の屋敷に劣らない素敵な門構えの家だった。
緑色の観音開きの木戸をギィっと開けて、石畳の先の玄関を入り、廊下伝いの行き止まりの所に板の間の部屋があった。日の当たらないその部屋には、小さな水屋と丸いテーブルが置かれていた。狭い階段を上がると畳の間があって、真新しい学習机と通学用のランドセルが圭介の為に買い揃えてあった。机の上に三色菫の植木鉢が置いてあり、人形が壁に吊り下げてあるのを見て、圭介はわくわくした。
半間幅のベランダからは芝生の庭が見え、前方には松林越しに遠浅の海が広がっていた。
故郷の家を離れ、圭介と別れて、クミはこの一年間、ここで一人暮らしていたのだ。特急電車で一時間かけて大阪まで通勤していた。
四月の新学期から、圭介は転校した小学校まで路面電車で通学した。
大きな鉄筋の校舎と広い校庭を持つ小学校には、田舎では考えられないほど大勢の児童がいた。圭介の担任は年を取った男の教師で、金持ちの子に媚びる態度を見せるこの男教師に、圭介はずっと親しめなかったが、レベルの高い授業は興味を持てたし、仲のいい友達もできて、圭介にとって学校は楽しい場所となっていった。
学校から家に帰ると、クミが帰って来るまでの時間をひとりで過ごした。夏に海辺が海水浴場に仕立てられると、浜に出て毎日遊んだ。近くの友達の家に遊びに行くこともあった。圭介にとって、独りぼっちの時間は多くても、楽しい母との暮らしだった。




