第1章 家族
明治44年。クミは村一番の富豪、醸造業を営む主、寅三の三女としてこの世に生を受けた。待ち望まれて誕生した長男に続き、次々に生まれた子供の末尾に生み落とされた女の子が、ここに始まる話の主人公クミである。
まずはクミの家族の紹介から始めることにしよう。
父親の名は寅三。山あいの村に生まれ育ち、まるで奥山から躍り出てきた猿のような男ではあったが、その反面、男気は人並み以上で、とりわけ商才は抜群。先祖代々こじんまりと営まれてきた商売は、寅三の代で一気に不動のものとなった。
一方母花江は、兄を学者に持つ家系の出で、物静かではあるが芯はしっかりしており、陰で夫を支えるだけの肝っ玉を持ち合わせてはいたが、それを知る者はいない。
寅三は酒が何よりの好物で、一仕事終えた後の晩酌を楽しみ、妻との交わりの中で生まれた子供の数は、夭折した子を合わせれば10人。見た目には真逆の気性の夫婦ではあったものの、程よく調和のとれた家庭の中で、生き残った6人の子供達はそれぞれに大人へと成長していった。
とはいえ、寅三にとって隆々たる商売の運気の陰には、子供達のことで気がかりな面は多々あった。家を継ぐべき長男は、頭脳は優秀であったものの生活感が全くなく、商売を継ぐ能力は皆無で、囲碁に熱中する日々を送っていた。
次男は寅三の自慢の息子で、医学の道に進み町医者として名を馳せせていたが、嫁と五人の子を残し流行病であっという間に死んだ。三男は幼い時の熱病で聴覚を失ったまま成長した。
クミの一番上の姉の孝子は、実家の商売が隆盛の時に嫁ぎ、当時は幸せに暮らしていた。次女の雪江は、寅三が思うところによれば、器量が悪く嫁の貰い手はないだろうと憂慮の種であった。