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双海と契約の剣  作者: 妻木タロウ
双海と旅立ち
9/19





 結局あの後何だかんだしていたら、完全に街は夕暮れに染まっていた。オレンジに染まった町並みは、宿屋の窓から仰ぎ見ただけでも美しかった。

「ケン殿は眠りについてしまったが、どうする? これから街に出るか?」

 夕食までには少しあるが、今から外に出ても遅くなってしまう。通りには街頭のようなものがちらほらあったし、小さな村とは違って夜動くことも可能だろうけど。

 どの世界でもやはり夜はあまりよろしくない輩が出やすいものなのか、シェリの顔つきは少し冴えなかった。特に彼女の場合、稀に見る色気溢れる美女だ。こんな麗しい女性が夜の街を歩いていたら、悪い輩も目も手もつけたくなるというものだ。

「持ち歩くには眠ってる方が大人しくてちょうどいいんだけどな。野郎だけならまだしも、今はシェリがいるんだし、案内は明日から頼むわ」

 双海が言えば、少し安堵した様子のシェリがそれがいいと同意する。彼女なら大概の者は退けられそうだが、それでも鬱陶しいことには変わりないのかもしれない。

「こんだけ整備されてる国でも夜ってやっぱ治安が悪かったりすんのか?」

「シルグ国は近隣諸国の中じゃ群を抜いて治安も良い。それでも、そういう輩がいないわけじゃない。ここはまだ遠いが、もう少し南へ下った塀沿いにはスラムもある」

「まあどんだけ頑張っても国なんてそんなもんだろうな」

 治安がよく、栄えていれば他国から亡命してくる者も出てくる。たとえ受け入れたとしても、自国民以上の優遇はできない。働きたくても働けないものがいれば、自ら進んで働かないものもいるだろう。隅々まで救いの手を差し伸べるには、国自体が広すぎた。

 双海も裕福だと言われる国で、結構な底辺にいた。人から欲が消えない限り、裕福なものがいればそれを搾取されるものが必ず出てくる。這い上がろうと行動しない者は多くても、這い上がりたいと思わない人の方が少ないからだ。

 大きな国ではそれだけ大きな金も蠢く。そうすると少しでも手間を省いて己の欲望を満たそうと闇の道は造られる。人がそれぞれ別の思いや人格を持つ限りは、犯罪を犯すものは消えない。

「んじゃまあ、今日のところは大人しく宿にいるかな。夜の街もちょっとばかし興味あるけど、自衛策が取れるようになってから考えるわ。そうだなぁ、なあ、シェリには俺等がここじゃ子供同然の知識しかないって知られちゃってるわけだし、分かる範囲でいいから夕食までの間この世界について教えてもらえねーかな」

 まずは知ることからだ。何をするにしてもそれがなければどう動けばいいかもわからない。断られることはないだろうとどこか確信しながら頼む双海に、予測外れぬ二つ返事が返った。

「お安い御用だ。そうだな……では私が持っている地図を持ってこよう。旅に出る際急場しのぎで用意したものだから、あまり詳細なものとは言いがたいが、とりあえずの説明には十分だろう」

 大切なシェルのソルは既に定位置の谷間にしまわれている。そこに柔らかく手を添えながら、腰掛けていた寝台から腰を上げた。

「取ってくるので、少し待て。ついでに下に行って何か飲み物を貰ってくる。希望はあるか?」

「んーと、こっちのものがよくわかんねぇんだけど、お茶みたいなのってあるのか?」

「ある。何でもいいのか?」

「ああ、香りが独特すぎるものじゃなければ大丈夫」

 わかったと頷いて、シェリが部屋を出て行った。細い背中が扉の向こうに消えるのを確認して、双海はベッドに倒れ込んだ。

 振動で大きく剣が跳ねたが、反応はなかった。

「ケン、お前って、マジで元始の石とやらなのか?」

 だがあのシェリの要石――キリアは多少復活したものの、当初聞いていたような凄い力を、ケンが発したとはとても思えなかった。

 元始の石と同じ能力があったことと、それには遠く及ばない力であったこと、どちらを主な判断材料としていいかわからない。

「ま、シェリが喋ることは絶対ないだろうし、とりあえずわからないものはどうしようもねぇよな」

 事実がどうだったとしても、要はばれなければいい。その場しのぎでしかないのかもしれないが、そんなその場も数をこなせば日常に近づく。ある程度の生活さえできれば、名を上げることなどに興味はない双海は、できないことではないように思えた。

「しっかし何か、俺って色々駄目だな」

 特に人間関係においてはからっきしだ。これまで全く重要視してなかったものだから、上手く回避する方法は心得ていても、付き合っていく方法を知らない。

 前の世界では一つ芯の通った目的があったので、それはそれでよかった。周りになんと思われようと、今回のようなことがあったとしても、何とも感じなかったはずだ。

「どうしていいのかわかんねぇよ」

『……そう思えただけ成長したってことじゃねぇの?』

「っ! 起きてたのか?!」

 寝返りをうち、肘を突いた大勢で剣を見下ろした。

『起きてたっつーよりお前が耳元で根暗な呪文唱えてっから起きちまったんだよ。また寝る』

 前はゆすっても叩いても、落としても突き刺しても放り投げても目覚めなかった。ケンにその記憶はない――知らぬが仏である。

 二度目で慣れたか、多少の制御が働いたのか。どちらにせよ前ほど辛そうに見えなかったので、そのお陰だろう。

「なあ、お前って何?」 

『毎度言うけど俺は剣だ。それ以上でもそれ以下でもない。後はわからん』

 素気無くあしらわれた。自分でも分かってないのか、言わないだけなのか。後者なら彼は決して口を割らないだろう。言わないだけの理由があるということだからだ。

「俺さ、ちょっと頑張ってみようかと思ってんだ」

『なんだ。どうしていいのかわかってんじゃん』

「そうか? そんなんでいいと思うか?」

『違う違う。逆。まずはそれからっしょ。頑張るからこそ……世界を堪能できんだ、よ……』

 声がだんだん遠のく。再度眠りにつくようだ。

 双海のあまりにも情けない声を、彼なりに心配して無理を押して起きてきたのだろうか。

「俺とお前、逆だったらもっと生きてくの楽だったのかもな」

 できないことを言っても仕方はないが、思わずにはいられなかった。
















 地図とカンテラ片手にシェリが戻ってきた。それを種火に部屋に備え付けられているランプにも火を灯した。明るいとは言いがたいが、十分な視界は確保される。これなら陽が完全に落ちても大丈夫だ。

 魔法で何とかしないのかと尋ねてみたら、光に関わる魔法を使えるものは少ないとのこと。それを補うべく魔具もあるが、かなり高価な為貴族しか利用しないそうだ。

 ついでに立ったまま少し魔法の講義を受けた。魔法と言うと火、水、風、土の四属性が基本で、後は応用を加えた雷と氷、何にも属さない光、闇、空間魔法とやらがあるそうだ。最後の三つは使い手が殆どおらず、そこらのソル使いより希少価値があるとのこと。

 これがソル使いとの合わせ技だったりすると、伝説級になる。現在確認されている中にはいないと言っていた。


 後からおかみが飲み物を持ってきてくれるというので、テーブルを少し真ん中の方へ移動させてたわいのない会話を交わしながら待つ。そう間を置かず運ばれてきた。

「夕食は半刻ほど後だけど、紫の半刻になるまでは食べられるようになってるから、その間なら好きな時に食べにおいで」

 おかみはそう言い残して去っていった。扉を閉じる瞬間何故か双海に笑いながら何事か含んだ目配せしてきたが、意味がわからなかった。

「時間って一刻二刻? そもそも時間はどうやって計ってるんだ?」

 双海の耳には翻訳が成されているため、厳密には少し違うのかもしれない。だが、もし双海がよく知る一時間刻みなのだったら「一刻」ではなく「○時」と訳されていたはずだ。二時間に近い形で時を計っているからこそだろう。

「そうともいうが、わかりやすいから色で言うことの方が多いな。一日は十ニの刻で分かれている。時間を計るのは水魔法だ。元々はとある地に時の泉という魔力を秘めた泉があるんだが、そこの水は一刻かけて次の色に変化する。それを一滴ずつ使って作られた魔道具が一家庭に一つは置いてある」

「一滴で?」

「ああ。一滴混ぜるだけで一定の量を越えると無理だが、そこまでなら全てが変化するようになる」

 だからこそ一家庭に一つ普及するに至ったのだろう。希少価値が高ければ庶民は手をだせなくなる。

「変化する色は刻にあわせて十二色。ちなみに今は緑の刻だ。半刻経てば青の刻になる。その後紫の刻、紺の刻、黒の刻、灰の刻、茶の刻、黄の刻、空の刻、白の刻、桃の刻、赤の刻、で十ニ刻だ」

 すぐには覚えられそうにない。実際その時計がわりの魔具とやらを手に入れたら自然と覚えるだろうから、今は受け流す。

「その魔具はどこでも手に入れられるのか? シェリも持ってる?」

「持ってるぞ。最近では余程の田舎でもない限り手に入れられる程度には普及している」

「んじゃお金稼げるようになったら俺等も手に入れるか」

「そうだな。なければ刻を指定されても困るだろうからな。じゃあ地図を見るか」

 言ってシェリが、丸テーブルに地図を広げた。そんなに大きなものじゃないから、飲み物を置いていても十分余裕があった。

「説明するから、わからないことがあればその都度質問してくれても構わない。いいか?」

「ああ、頼む」

 広げられた地図をしげしげと見下ろす。双海がよく知る世界地図とは大いにかけ離れてた代物だった。

「これって湖?」

「いや、海だ」

 双海が湖と思ったのも無理はない。長方形の地図の真ん中に、三分の二くらいの面積を使って、ちょっといびつなひょうたんが書かれている。海に浮かぶのが大陸のはずだが、これでは大陸の中に海がある。

「この辺は説明が難しい。この地図は――いや、この世界の地図は、どのように正確だと言われるものでも、このような形になっている。それもこれも、北と南が解明されてないせいだ」

「未開の地ってこと? 曖昧な部分を土地にしちゃってるのか」

「そういうことだ。もしかしたらこれが正しい形かもしれないし、違うのかもしれない。天高くから眺められればその地に行かずとも解明できるのかもしれんが、さすがに魔法でもそこまでのことを成せるものがいなくてな」

「そうか」

 宇宙まで飛び立っていた故郷とは違う。人の手足で測量を行っているのだったら、限界が出てきても仕方ない。

「このひょうたん型の海は、上がミルテス海で下がサルテス海。これを挟んで右がコルテリウス大陸、左が私達がいるアマデリウス大陸という。アマデリウス大陸で――――」

 そうして始まったシェリの講義を纏めるとこうだ。


 既に知っているが、ここはシルグ帝国。シルグ皇帝の納める国だ。アマデリウス大陸の南に位置し、最大の武力と権力を誇っている。この大陸の中でも何百年と安定した統治が成されている唯一の国だった。双海がレスカ達と初対面した場所もシルグ帝国領地で、そこからシルグとは反対に三日程歩くと隣国であるミグルス領に至る。

 アマデリウス大陸には大小様々な計七つの国があり、現在も数国が小競り合いの真っ最中らしい。六つの国が手を取り、シルグを攻めれば勝てる可能性も出てくるが、それをするにはあまりにも仲が宜しくないようだ。シルグ国としてはその方が助かるわけで、あまりにも悪化した場合を除き、基本他国の小競り合いには口を出さない。

 海を挟んであるコルデリウス大陸は、アマデリウスより少し広い。国の数も計九つと多かった。

 コルデリウス大陸において、シルグ帝国と同じような立ち位置にいるのがマスミリア帝国だ。互いの建国が終えてから百年、シルグとマスミリアは元々は姉妹都市のような関係であったが、ある時を境に友好的な交流をしなくなったという。

「……ん? マスミリア?」

 何かが双海の中で引っかかる。どこかで聞いたことがあるような気がする。必死に記憶の箱をひっくり返してみるも思い出せなかった。

「どうした? 聞き覚えあるのか?」

 何故かシェリの瞳が怪しく光る。少し身を乗り出し、双海を凝視していた。その理由はすぐに解明された。

「ここはソルの始祖が生じた国だと言われている」

 彼女の頭の中にはケンのことが浮かんでいるのだろう。もしかするとその妄想に、双海まで巻き込まれているのか。

「いやいや、違うからね。多分元の世界での話。どっかで聞いた覚えがあんだよな。でも俺、ファンタジー小説とか疎いし、勘違いかな」

「ふぁんたじ?」

「えっと、空想小説? 言ったろ、俺等の世界には魔法も魔物もいないって。あっても空想の産物なんだよ。それを題材にした小説とか、娯楽的読み物があったってこと」

「そうか……全く見知らぬ世界でこちらの大陸の名が。まあお前達がこうしてここにいるんだ。何かしら繋がっていても不思議じゃないのかもな」

 似た名前くらいどこにだってあるし、現実主義から抜け切れない双海にはそこまで夢見がちに捉えることはできないが、否定もできなかった。

「まあこの世界の説明はこれくらいだ。あまり詳しく言っても意味がわからないだろう? コルデリウス大陸については私もあまり詳しくないしな」

「大陸間にはあまり交流がないのか?」

「ないわけではない。昔はもっと盛んだったと聞く。今は大陸一の大国同士が微妙な均衡を保っていてな。戦に発展する程でもないのだが。大きな切欠があればそれも怪しい。双方それぞれの大陸では一番ソル使いに関わりが深く、形は違えど優遇処置をしていると聞く」

「関わりって? 確かマスミリアは始祖が生まれた国なんだよな?」

「生まれたというか、あそこで始祖が生じたからこそあの国がある。始祖が平定した土地に、人が集まり国を造った。そして、このシルグで新たな国を造った後彼は姿を消したと言い伝えられている。だから始まりの地、終わりの地としてどちらの国も城内に神殿を建て、ソル使いにとっての聖地としているんだ」

「あー、わかった。始祖が伝説になるくらい昔のもんになって、どちらが本当の聖地かでもめてんだろ? 最大の聖地になればソル使い獲得の大義名分になるしな」

 宗教闘争みたいなものか。八百万の神様がいた国出身の双海に、心からの理解はできないが、そういう歴史には心当たりがあった。

 一息つくためお茶を飲み飲み言えば、満足そうにシェリが頷いた。

「そういうことだ。フタミはこちらの知識がないだけで、学があるようだな。元いた世界とやらで貴族階級だったと言われても信じるぞ」

 そんなことを言うもんだから、口に含んだお茶を噴きそうになった。

「げほっ、き、貴族! ありえねぇ!」

 想像したらもっと笑えた。そんな煌びやかなものとは最も遠い生活をしていたが、ここでは双海達が当然のようにさせられていた学ぶことすら限られた人間しかできないのだろう。大通りで幾人か子供を見かけたが、仕事をしていたり駆け回っていたり、学校に言っている様子はなかった。

「まあこっちではそんな悪い生活ではないのかもしれないな……」

 環境によって底辺も上がり下がりする。地球にだって全体を見れば双海が遠く及ばないような過酷な生活を強いられている者が腐るほどいた。

 人は生まれた場所で基準を作る。日々生活をしている場所なのだから当然だ。比べるものではないのかもしれないが、そういう意味ではあれくらいで何だと笑われてもおかしくはない。

「俺もケンも、一応十年ちょっと学生してたんだよ」

「十年も?!」

「言っとくけど貴族じゃないからな。それが俺等の世界では普通なんだよ。最低でも九年は学ばされる。義務として」

「義務ということは、国策なのか。凄いな……」

 心の底から驚き感心しているシェリを見ていると、少し気恥ずかしくなってくる。つい早口になってしまった。

「いや、学ぶっつっても適当に流す奴もいるし、身にならないこともあるから、一概に凄いってわけじゃねーぞ?」

「でも双海はきちんと学んでいたんだろう?」

「ま、まあ、嫌いではなかったけど。俺の場合はそれも家庭の都合っていうか、少しでもいい職に付く為に致し方なくというか」

 挙動不審になった双海を見て、シェリが噴出す。

「ふふっ、まあそう謙遜するな。誇っていいことじゃないか。さて、後はどうしようか。ああ、通貨についても話しておいた方がいいな」

 あっさり話を変えてくれるところに彼女の優しさを感じた。

「頼む。稼ぐにも価値がわからないと騙されててもわかんねぇもんな」

「そうだな、じゃあまずはこれを見てくれ」

 あらかじめ用意していたらしく、シュリはベルト代わりの腰紐の中から皮の小袋を取り出し、テーブルの上でひっくり返した。高い音をたてて数枚のコインが転がり出てくる。

 白い指先が、銅色、銀色、金色を選り分ける。それぞれの色に丸型と長方形のコインがあり、丸型は五百円玉より一回りでかく、直径三から四センチの間くらい、長方形の方は長い辺で二センチちょっとの小さなものだった。厚みはどちらも数ミリだ。

「貨幣単位はタリ。この四角い銅貨が一番価値が低く、これで一タリだ。次にこの丸い銅貨だな。十タリ。十タリ銅貨が十枚で四角い銀貨、後は同じように十枚揃えることで価値が上がっていく。この上にも特殊な閃貨と呼ばれるものがあるが、金貨千枚の価値だ。一枚の価値が高すぎて通常街では使えないし、貴族ですらあまり所持してない。閃貨一枚持つなら、金貨千枚持ち歩く方が使い道あって便利だしな。こんなものだ。わかるか?」

「ああ。ここに今、金貨まで一枚ずつ並んでるから、全部で十一万一千百十一タリってことか。貨幣価値はどんくらいなんだ? もしかしてこんだけでも結構な大金?」

「一般家庭ではそれなりに大きなお金だな。しかしフタミ、算術もできるのか。しかも早い。どんな教育を受けてきたのか詳しく聞いてみたいところだが……まあいい。貨幣価値か……シルグ国は少し物価が高いようだが、贅沢をしなければそこらの民が一日で消費するのは大体この四角い銀貨一枚と少しといったところじゃないかと思う」

「百タリちょっとか」

 思っていた以上に安い。一タリを一円として、日本の約十数分の一の貨幣価値だ。まあ何がどのくらいの価格か把握しきってないから、思わぬものに高額がついてたりなんてこともあるだろう。

 並ぶ貨幣を見下ろす。シェリが所持している金がこれだけとは思えないし、彼女の懐にはそれなりに余裕があることが伺えた。実に羨ましいことだ。

「一日働いて稼げる金額ってどのくらい?」

「すまない、私は一般の者が通常就くような仕事をしたことがないんだ。食費も予想で言ったが、街の市や露天で買い物をしたりはするからな、大きく違いはないと思う。それを基準に考えれば稼ぎも数百タリくらいか?」

「シェリはどうやって旅の資金を稼いでるんだ?」

 双海は別の意味で食いついていた。元々彼女が持っていた線もあるが、シェリみたいなタイプが無駄に家の金を持ち出すとは思えない。ということは、何か別の方法で市民よりも多くの稼ぎを得ていることになる。今後の参考にするためにも、是非聞かせてもらいたかった。

 目の色を変えた双海のこれまでにない食いつきっぷりに、若干身を引きながらもシェリは答えてくれた。

「ギルドに登録しているんだ。街や村を移動ついでに護衛依頼をこなししながら移動している。途中採取依頼や討伐依頼をこなしたりすればそれも金になるしな」

「ギルドってなに?」

「職業別にある組合の総称だな。商業ギルド、冒険者ギルドがそれだ。私は冒険者ギルドに所属している。レスカ様一行の護衛もギルドを通して受けたものだ。私以外にも同様の者が数人いた。ワイバーン討伐には昔何度か参加したことがあったからな。後はああいった貴人の依頼には、報酬が良い分ある程度の礼儀作法も求められる」

 何だかケンが聞いたら興奮しそうな単語が連発されている。対して双海がギルドに持った感想といえば、「ちょっと危険な職業安定所」だった。

 やっぱりレスカって貴族か何かなんだなと、わかりきっていたつもりだったが確信もできた。数日後どのような沙汰が下されるのか知らないが、下手に関わり合いを持ってしまうような行動は控えようと心新たに思う。

「移動しながら依頼って、達成したらしたで報告とかいるんじゃないか? お金を受け取らないといけないし。折角移動しといてまた戻るの?」

「はは、それじゃ移動依頼を受ける意味がなくなるな。ギルドは全てが繋がっている。これが両大陸間だろうが同じだ。常に情報交換も行われているから、どこででも手続きができるようになっている。ギルドというものは国の中に組み込まれながらも独立国家も同様で、独自の権限を持っている。ギルドが機能しなくなれば、国はまわらなくなるくらいには重要なものなんだ。ああ、そうだ、ギルド証も見てみるか? これに情報が書き込まれている」

 シェリがまた胸元を探って、紐を引きずり出す。キリアではなく、ドッグタグみたいな銀色のプレートだった。

 首から外したそれを彼女が指先で一撫ですると、薄っすらと光を帯びて大きさが変わる。カード大になったそれが、双海の前に差し出された。

「持ち主の魔力を感知してその大きさになる。手続きの際には手ずからその大きさにして窓口に渡すんだ。万が一盗まれても当人以外には小さな銀のプレートでしかないし、価値も薄い。まあ紛失して再発行ともなると結構な額の金を持っていかれるが。魔力を軽く注ぐとその大きさになって、持ち主の情報が提示されるんだ。一定時間を過ぎればまた元に戻る」

「へぇ、凄いもんだな」

 矯めつ眇めつ眺める。表面に並ぶ幾何学模様は意味不明だが、こんな薄っぺらなもののどこに細工があるのか、不思議でたまらなかった。

「何が書いてあるんだ? 差し支えなければ教えてもらっていいか?」

「ああ。ここが登録名と登録国、この隅のが冒険者のレベル、下のがステータスだ。ステータスに関しては易々見えてはまずいことも多い。当人にしか読みとれないよう目眩ましの魔法がかけられている」

 そもそも文字が読めないのだから、同じ幾何学模様にしか見えなかった。

「ステータスって、レベルみたいなもん?」

「似たようなもんだ。冒険者レベルもステータスも、全てAからEでしか表示されない。Eが最も低く、その逆がAだ。A以上の実力があると認められると表示されるAの数が増える。ダブルA、トリプルAという具合にな。現時点で最も高レベルな冒険者がトリプルAと言われているが、ギルドの総統括マスターだ。素の実力もかなりのものらしいが、名誉職としての意味が強い」

「ほう。じゃあ実力的に最高なのはダブルAってことか」

「だな。ダブルAは両大陸合わせても五人程度。内ニ名は最近殆ど世間には出てこない、世捨て人状態だと聞く。強すぎる者は影響力もでかい。当人の意思に関わらない様々な弊害が出てくる。ちなみにあのレスカ様は冒険者レベルで言えばAだ。Aでも十分周りが騒がしくなる。ただあの方の場合、力に見合った身分があるので、下手に振り回されることもないだろう」

「なるほどな。どこにも属してなけりゃ大きな力を手に入れようと画策する奴も出てくるわな。どこにも属さず、そういうのに嫌気が差した奴等が世捨て人になったのか」

 その通りと頷いたシェリが、乾いた喉を一口のお茶で潤してから続ける。

「A以上ともなると、殆どがソル使いだ。ここからもソル使いの強さは窺い知れるだろ?」

 もしかするとケンもそういった「どこにも属してない力」扱いを受けているのかもしれない。ま、力として見当違いなのは短い付き合いでレスカ達も感じ取っているだろうが。

「俺等ってどうなると思う?」

「レスカ様達のことか? あの方は少し――まあアレだが、そう悪い方ではないと思う。自信もソル使いだしな。セフィル殿もその辺の苦労はよくご存知だ。悪いようにはならないと……思う」

 気になる間を残し、シェリが口を噤む。

「ちょっとちょっと、何その間、不安になるでしょうが!」

「あ、ああ、悪い。いや、そういう意味ではない。本当に悪いようにはされないと思う。ただセフィルジール殿がな。お前達はその、変わっている、だろう?」

 この、「変わっている」の意味は多分ケンの力のことだ。はっきりといわないのは、始祖とか元始とか口にした途端双海の顔が曇るのを懸念しているのか。

「シェリが話さなければばれないだろ? 俺等だってさっき知ったくらいだし、セフィルが知ってるとは思えないけど」

「セフィルジール殿は現存するソルの中ではかなり元始に近い要石を持っているように思う。今はまだ、レスカ殿も成長途中であるから、突出した力を現しているとはいえないが。ケン殿に対し、何かしらの勘を働かせていないとは言い切れない」

「また勘かよ。そんなもんで何がわかるって言うんだ」

「わかるさ。ソルが持つ勘は、予知に近い。これはこれまでの長いソルの歴史でも実証されている。能力差があって、私のキリアなどは攻撃力はソルの中では低いが、そういった力は強かった。セフィルジール殿くらい力あるソルなら、多分双方共に安定していると見ていい」

「マジかよ……めんどくせぇ」

 双海の脳内で、金髪の色男が不気味に微笑む。できるなら沙汰を最後に関わり合いたくない男だった。

「まあ始まってもいないことを憂いても仕方あるまい。それなりに心構えだけはしておいて損はないが、万が一お前達の身に何か起こるようなら、及ばずながら私も手を貸そう。そんなもので恩返しになるとも思えないが」

 印象そのままに義理も固いシェリが、微笑みながら言う。

 一瞬、傍にいてまたケンの力が欲しいのかな、などと根性の曲がった邪推が双海の心を過ぎった。同時に、過ぎったことそのものに苦い気持ちが沸いた。人の好意を素直に受け取れきれない、猜疑心に満ちた濁った心に。

 もしそうでもいいではないか。受け入れる受け入れないはケンの問題だし、それに自分の助力が必要なら差し出すくらい何だというのだ。

 出会って数日しか経ってない、訳の分からない存在である双海達に、ここまではっきりと好意を示してくれている相手を、大事できないようなら人として終わりだ。

「フタミ、そろそろ夕飯を食べに降りないか? 外も真っ暗だ。まだ余裕はあるだろうが、あまり遅くなるとおかみに迷惑がかかる」

 ひっそりと落ち込んでいると、シェリの声が正気に戻した。返事もせずじっと見つめてくる双海に、彼女が少しだけ心配そうに眉尻を下げた。

「どうした? いっぺんに知識を詰め込まれて疲れたか?」

「……いや、悪い。少し考え事。腹減ってきたな、降りるか」

 今度は剣も連れて行く。まだ深く眠っているけど、置いていく気にはなれなかった。要石は相変わらずむき出しなので、仕方がないから巻いていた帯の裾を片側だけ出し、横に垂らすことで隠した。

 気障度が更に上がった気がするが、ぐっと我慢する。外に出る時はマントがあるからまだしも、宿内などマントを脱いだ後の対策も考えねばと双海は溜息をついた。

 そんな双海の一連の動作を、シェリは目元を緩めて見つめていた。







 夕飯を取りにいった双海達を、含みをたんまり加えた笑みを浮かべたおかみが迎えた。

 シェリも気付き、怪訝な顔をしていたので、彼女もわからないのだろう。その意味を双海が知るのは、食事を終えた後。

 旅汚れを落としたいから早々に湯を使わせてもらうと先に上がっていったシェリの背中を目で追っていた双海の背中を、おかみが予想外の力で叩いた。

「うほぉっ、な、何デスカ?!」

 思わず片言になったのはご愛嬌だ。

「お兄さん、良く似合ってんじゃないか、その服。受付通った時は変な服着て怪しさばっかり目立ってたけど、中々に色男だねぇ。どこの貴族様かと思ったよ」

「……はぁ」

 興奮するおばさんパワーに押され、間抜けな答えしか返せない。なぜこうもこの年頃の女性には勝てる気がしないのか。前の世界でだってそうだった。双海が日々暮らしていた小さな借家の管理人のおばさんを思い出す。何度か味わった、彼女お得意の里芋の煮付けは確かに絶品だった。ずけずけ踏み込み、ちょっと過剰におせっかいで、優しい。

「彼女も美人だし、いいねぇ。あたしも青春時代を思い出すよ」

 うっとり遠くを見つめるおかみに、あの笑いはそういうことかと納得した。

「いや、違うから。あの人はそういうんじゃないから」

「何照れてんだい? どうせもう一戦、するんだろう? 若いっていいねぇ。あんだけ広い部屋取ってんだし、どうせ一つしか使わないんだったら、一緒に泊まればいいのに。もったいないねぇ。しかも女性に狭い部屋を使わすなんてあんたホントどこのおぼっちゃんだい」

 もう一戦って何だ。そもそもそんな素敵な戦いに赴いた覚えはない。

「いやいやいや、だから」

「あたしの旦那もあんたくらい色男なら目の保養になったんだけどねぇ。今や達磨だよ、達磨。あはははは!」

 同じく達磨な身体を揺らし、おかみが豪快に笑う。頼むから話を聞いて欲しい。

「ああ、そうそう。あんたも湯を使うなら、紺の刻からね。紫の刻一杯は女性専用だから。二人で入りたいってんなら黒の刻以降は貸切にもできるから、早めにいいな。但しその頃にはあたしらも寝ちまうから、お湯は自分達で温めて貰わないと駄目だよ、覚えておき」

 一瞬シェリと一緒にお風呂に入るところを想像してしまった。双海だって健全な十代男子だ。

 きっとあの豊満な頂を直視できない。刺激が強すぎて、触れるどころか棒立ちになっている自分しか想像できなかった。

 妄想に固まった双海をどう思ったのか、おかみは楽しそうに「隣はあんたらが取ってるけど、床もそんな厚みないからほどほどにしなよ」と言い残し去っていったのだった。







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