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双海と契約の剣  作者: 妻木タロウ
双海と旅立ち
7/19





「おお……」

『うわぁ……』

 ここが確実に異世界だというのは理解していた。だが今、双海とケンは心の底から実感していた。

 少し開けた高台から見下ろした景色は、壮観の一言に尽きる。

 小学生の遠足の時に、二つ隣町の小山に登った。あの時、自分が住む町を見下ろした際には自棄に興奮したものだ。

『すっげぇ……あれだな、何ていうやっぱ俺等の町とは全然違うな! そもそも規模も違うけど。おお、塀があるぞ、塀。あれって城じゃね?! かっちょいー! ザ、要塞都市?』

 多分ケンも同じ景色を思い出しているのだろう。剣がひとりでに揺れている。太ももにバンバン当たって、斬れることはないとはいえ非常に痛い。

 そういえばあの遠足の際にも身体一杯で興奮していた。しすぎて柵に身を乗り出し、落ちそうになっていたことまで思い出した。巻き添えを食った双海まで先生に怒られた。この興奮っぷり、全然成長していない気がする。

「いてぇよ、少し落ち着け」

 双海にしてみてもかなり興奮しているのだが、ケンのお陰であまり堪能することができなかった。やや八つ当たり気味に乱暴に柄を押さえ込む。

「しっかし、やっぱここ、異世界なんだな」

『お、おう』

 山間の広い土地一杯に街が広がっている。四方を囲うように石造りの堅牢な塀が囲い、中心に馬鹿でかい城がそそり立っていた。城に向けて緩やかに数段街が分かれており、その境目にも外壁まではいかないが、どっしりとした塀が張り巡らされている。

『あれだな、段々畑方式』

「……なんか一気にしょぼくなるからやめろ」

「ふん、どうした? 田舎者には刺激が強すぎるか」

 鼻で笑いながら会話に割り込んできたのはビシュールとかいう女兵士だった。とはいえ相手は双海達が名を知っていることは知らないわけだから、迂闊に言ってしまわないよう気をつけねばならない。まあ呼ぶこともない気はするが。

 しかしどうしてここの女性は揃いも揃って女らしさに欠ける物言いなのか。別に大和撫子が好きだというわけではないが、もし全員このような者ばかりだと、少し萎えるかもしれない。

 などとどうでもいいことを考えながら、双海は頷き答えた。

「まあそうかもね。凄い街だ」

 厳密には田舎者とは違うが、初めて見る世界の「街」なのだから、同じようなものだと嫌味臭い物言いも、気にせず同意する。

「……我がシルグ帝国はアマデリウス大陸でも一番の大国だからな。貴様等が驚くのも無理はない」

 自分のことのように誇らしげに告げる女兵士を横目に、再度街を見下ろす。

 確かに自慢したくなる美しい国だ。主に石造りの建物で占められ、今日みたいに青空広がる明るい陽の光の下では輝いてみてた。

 大陸一ということは、他にも国があるのだろう。そして帝国と言うことは皇帝が納めている国ということだ。質問をする気にならぬ相手だから、とりあえず勝手に下される情報を集める。

 これだけの広さだ。中に入れば影の部分も見せられないような恥部も隠されているのかもしれない。でも今目の前に広がる街はその白さもあって、清廉そのもののように思えた。きっとそういう性質を持った皇族が納める国なのだろう。

 というか、これからどのくらいかもわからないが身を寄せる街だ。そうであったらいいなという願望ともいえる。

「で? あんたは何しに来たの? 俺等のこと気に食わないみたいだし、何もなく声をかけてこねぇよな」

「よくわかっているじゃないか。レスカ様がお呼びだ」

 そう言い、軽く首を振って促してきた。

「もし不敬なことをしてみろ。言い訳は聞かん。即斬る。いいな」

 と、釘を刺すのも忘れない。

 あんたの言う不敬はどのレベルだよと内心突っ込みながら、大人しく彼女に従った。5日という道中レスカ達との交流はなく、指示はこの女兵士が行っていた。どうせならシェリがよかったと背後を盗み見れば、身じろぎ一つせずこちらを見送っていた。

 もちろん、彼女ともあれから一度も会話していない。丸一日眠ってケンも復活したが、その頃には双海達についてる兵は別の者になっていたからだ。まあ見た目だけでは判断できかねたので、ケンに話しかけさせて確かめたのだけど。

 道中色んな兵士を観察して、多分あれがシェリだろうと当たりをつけられるくらいには見分けがついてきたところだった。そんなことで潰さねばならぬくらいに暇だったのだから仕方ない。

 レスカ達とは小さな村を出て初の会話となる。当初の無用心極まりない決断を反省でもしたのか、徹底して離されていた気がする。

『おっす、レスカたん、久しぶり~!』

 女兵士に聞こえないから、ケンはやりたい放題だ。頼むから自粛してほしい。

「ああ。遠路よく遅れず付いてきたものだ。流石底辺でもソル使いということか」

 チラリとケンを流し見して、すぐ視線は双海へと戻された。

「ヨウ、これが我等の国、シルグ帝国だ」

 街を指し示し、レスカが言う。やっぱり誇らしげだ。それがここの国民のデフォなのか。

「凄い街だな。白くて綺麗だ」

 煌びやかな賛辞の言葉など背筋が凍る。心からながらも拙い褒め言葉だったが、レスカが少し嬉しそうに笑った。

「大陸の白き宝石と言われている。ここ数百年、他国の侵略を許したことがない」

 まあそれも頷ける。これだけ山に囲まれていれば、侵略するのも難しかろうと思う。何よりあの馬鹿高い街を覆う砦は、そうそう破れるものではない気がした。

「君達もこれから、あの街に入る。その後の処遇はまだ決めかねているが、とりあえず始まりの街で決定するまで滞在してもらう」

 セフィルが感情の読み取れない笑顔で告げる。予定ではなく決定事項のようだ。

「始まりの街って?」

「街が何階層かに分かれているのはわかるかい? あの一番下の階層が始まりの街だ。外から初めて訪れた者はまずあそこで滞在するのが決まりとなっている。それぞれの階層に至るには、国の許可がいるからね」

「へぇ……厳重だな」

 遠すぎてよくわからないが、階層ごとに建物も低くなっている気がする。建物の数も、階層が下に行くほど増えていた。階級とか等級ごとにわかれているのかもしれない。そう考えれば一番下の階層は、所謂一般市民の街なのだろう。

「でも俺達、一切お金ないんだけど」

「まあそんな奇妙な軽装であの山をうろついていたくらいだ。そうだろうね。とりあえず決定が下されるまでの数日間の宿泊費は私が持ってあげるよ」

 それ以降は知らないよってことだ。それでも十分すぎるくらいだと思ったので、何も言わず頷く。

『街かぁ! 宿屋ってあれか、ちゃりらりら~んと暗転と共に体力と魔力が回復する』

「? 体力も魔力も消費に見合った期間で回復するものだけど」

「あー……こいつの言うことは気にしないで下さい。馬鹿なんで」

『また馬鹿って言った! なんでも馬鹿で解決すると思うなよ!』

 解決するから困っているのですが。

「決定が下されるまで大人しくしておけよ。それが身のためだ」

 そんなレスカの物言いは突き放しているようだが、セフィルなんかより余程案じてくれているのだろうことはわかった。

「職探しとかしていい?」

 当面の心配は生活である。草や木の実だけの生活は、ある程度慣れているとはいえ、結構辛くなってきた。できれば一日でも早く、誰にも頼らず食うに困らない体制を作りたい。

 そう思って口にした言葉だが、どこか呆れたような眼差しが帰ってきた。

「お前達、ソル使いだろう」

「えっと、使ったことはないけどこれがソルらしいから、そうなんじゃね?」

 首を傾げて疑問に疑問を返す。

「ちょっと待って。使ったことがない? 魔物や人を殺したことがないということではなく、使ったことがない?」

 セフィルにまでわかりやすく驚かれて驚いた。何だこの悪循環は。

「ええっと、食えそうな草刈るのに何度か。あ、そういやヒゲ剃るのに一度?」

「…………」

「…………」

 沈黙が痛かった。貧乏を蔑まれることはあっても、ケンを馬鹿にすることはあっても、馬鹿を見るような目で見られたことは少ない双海だ。こんな初体験したいものじゃない。

「ソルで草を刈るソル使いなんて……そりゃソルはソル使いのものでもあるから、同意があるなら好きにつかってもいい。でもしかし……ヒゲとは。いやまて、私は女だからわからないだけで、そういうこともあるのかもしれない……」

「あっはっはっは! 草とヒゲって! ヒゲ! 駄目だ、たまらない!」

 ぶつぶつ呟くレスカの隣では、セフィルのキャラが崩れている。腹を抱えてしゃがみこんで笑っていた。そんな二人を見て、普段感情があるのかと疑いたくなるように無機質だった回りの兵士が動揺にさざめく。それくらい衝撃的光景なのだろう。

 そういえば昨晩、意を決してケンで髭剃りを実行していた時、明らかな息を呑む音と戸惑いの視線を感じた。振り返った先にいたのは兵士だった。多分あれはシェリだ。

 徹底して干渉を断ち切っていた彼女が、思わずそうしてしまうくらいには有り得ないことをしたのかもしれない。

「えっと……何かすいません」

 笑い転げているセフィルはとりあえず置いといて、レスカに謝罪する。何故謝罪しているのか我ながらわかっていなかったが、そうせずにはいられなかった。

「いや、まあ、ソル使いはそれだけ多種多様なのだろう。ソルに自我があるのだからそういうことも……ある、のか?」

 最後の疑問系が更に痛い。双海は遠い目をして煌びやかな街を眺めた、














「あー、面白かった。ホント、君達を警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなってきたよ」

 時折思い出し笑いをしてはこちらをチラリと垣間見ていたせフィルがそんなことを言う。全く、これっぽっちも嬉しくはなかった。

「それはようございましたね。疑いも晴れて何よりですよ」

『まあまあ双海、結果オーライ! くじけんな!』

 そもそも、この剣が興味心満々で「俺で剃ってみろよ、なあ」とかしつこく食い下がったのが原因だった。確かにヒョロヒョロ間抜けに伸びてきたヒゲが鬱陶しかったのは事実だ。迷いつつも受け入れてしまった双海も悪い。

『お陰ですっきりしただろ、いよっ! 色々残念なイケメン!』

 剃ってる最中、自分が招いた現状に大笑いし、怒りの頂点に達した双海に本当に投げ捨てられたというのに懲りてないケンが憎らしかった。

『あ、やめて、振りかぶらないで! まさか……ああっ! 突き刺さないでぇ!』

 聞く耳など持たない。あと気持ちが悪い。ど真ん中じゃ迷惑かと街道脇に突き刺し、懇願を無視して歩き出した。

 まあすぐ双海の手元に戻ってきたが。

「フタミの憤りもわからんでもないが、ソルを粗末に扱うんじゃない」

 初めて聞いたシェリの声がこれなんて、やりきれないものがある。恭しく手渡しながら小声で告げられた音は、脳内会話の際より艶があって色っぽかった。

『やばい……惚れそう』

「…………」

 折角のシェリの好意を無にするわけにもいかず、堪えた。褒めて欲しい。

「そろそろ城門だ。くれぐれも不審な行動は慎めよ」

 そう宥めるレスカの声は、限りなく真剣だった。どうやら双海まで変人の括りに入れられてしまったようで、少し落ち込んだ。

「読み書きはできるのかい?」

 セフィルに聞かれて即座に首を振る。言葉が違うくらいだから、文字だって違うだろうことは当然予測範囲だ。もしかしたらこちらも翻訳機能が働くのかもしれないが、そんな不確定事項で返答はできない。ならば無難にできないということにしておいた方が後々面倒は少ないと判断する。

「そう。ならばこちらで済ましておくとしよう。取り合えず出身はセトルトということにしておくよ」

 あんな与太話全然信じてないだろうにあっさりと言い、兵を数人引き連れたセフィルが先んじて歩いていく。双海達としてもそれで都合がつくなら異論はなかった。





 すぐ傍で見上げた城門は、遠目で見て想像していたよりも圧倒的だった。少し双海達を異世界に飛ばした門にも似ている。あちらの方が意匠が無駄に豪華だったが。

 梯子ではとても登れるものではなく、上から落ちれば確実に死に至る、そんな高さ。上部にはねずみ返しのような張りがあり、その上に三十センチ四方の空洞が一定の間隔で並んでいた。

 大掛かりな機械などなさそうだから、主に人の手で作り上げたものなのだろう。元いた世界でも古代遺跡とか、本当に人の手だけで造ったのかというものが残されているわけだから、有り得ない話じゃない。

 魔法なんて双海が持ってた常識を軽く覆すものがある世界だし、これまでの感覚で計っても無駄な気がした。そもそも魔法でどこまでのことができるものなのかすら知らないため、いまいちピンとこない。

 どちらにせよこの城壁が、守りとしては限りなく強固なものだという結論は変わらなかった。

「あそこで並んでいるのが検問の為の列だ。本来ならお前達のような輩はあちらを通らねばならない。門前払いだろうがな。この度はレスカ様の温情で、我等が通るあちらからそのまま入国してもらう」

 女兵士が不本意そうに説明してくる。明らかに態度の変わったレスカ達に戸惑いながらも、態度を軟化させる気はないようだ。

 彼女が指し示した城門の方に顔を向ける。ずっと見上げていると首が疲れそうな巨大なものだが、そちらは門として機能させてないようだ。確かにあんな大きな扉を毎日開閉するのは骨が折れるだろう。

 大門の向かって左下に2メートル程の小さな門が嵌め込まれており、並ぶ兵士の背後で開け放たれている。そこが検問所だ。双海達が向かっているのは、向かって右端の方だが。

「ご温情感謝致します、レスカ様」

『と、慇懃無礼に双海が申しております、レスカたん』

 煩い女兵士の手前恭しく述べた双海だったが、レスカのお気に召さなかったようで、眉間に皺が寄っている。可愛らしい顔が台無しだ。

「別に。こちらにはこちらの都合がある。あまり無駄な感謝はするな」

 顔を背けて言われた台詞は、多分「気にするな」ということなのだろう。

「レスカ様、ご準備が整いました」

 報告にやってきた兵士が恭しく頭を下げた。初めてビシュールとシェリ以外の声をまともに聞いたが、やはりシェリが言ってたように男の声だった。

『女性部隊とかなら萌えたのに。皆で長旅をいたわりながら鎧を脱ぐ瞬間とか萌えたのに。臭くないか気にして皆でお風呂とか……』

「とんだ変態だな」

 不満そうにぼやく剣の柄に拳を落として黙らせる。女兵士に促されるまま歩いていくと、検問で使われている門より一回り小ぶりの門があった。

ぴっちりと閉じられ大扉と同化していたため気付かなかった。

『あれか、所謂お偉いさん専用口ってやつか』

 その言い方はどうかと思うが、多分そういう用途で使われるものなのだろう。硬い音と共に開かれた扉の向こう側から、城門を警備するそこそこ軽装備な兵士を引き連れ、ズルズルと長い服を身に纏った壮年の男性が現れた。

「レスカ様、無事のご帰還心よりお喜び申し上げます」

「うむ。懸念していたワイバーンの群れだが、そう大規模のものではなかった。ニ三匹狩ったところで群れそのものは北のほうへ逃げていった。掃討は難しそうだ。とはいえしばらくは戻ってこぬ。商業ギルドにそう伝えておけ」

「承知致しました……しかしわざわざレスカ様にご足労頂くまでもなかったですな。お疲れでございましょう、さぁ、お入り下さい」

 皆が移動するのに付いて歩いてゆく。話が通っているのか、双海達が止められることはなかったが、明らかにおかしな装いの二人組に、初対面の兵士達があからさまな視線を集中させる。鎧兜がないので反応はわかりやすいが、少し鬱陶しかった。

「大注目だな……落ち着いたらまずはこの服をなんとかしねぇと」

『パーカーにジーパンだもんな。ファンタジーにパーカーってありえなさすぎだろ』

「うっせーな、お前も元々は似たり寄ったりだったろうが」

 レスカ達があまり興味を示さなかったため、もしかしたら近い格好があるのかもしれないと思っていたが、大きな間違いだったようだ。

 本当のところ、双海のその予測は二割当たりで八割方外れていた。

 もちろん見た目の珍妙さもその一つだが、なによりむき出しで腰にぶら下がる剣にが最も注目を集めている原因であった。

 どこからどう見ても怪しい男が、高貴な身分の人間に連れられている。かつ持っている剣にか要石が嵌っているではないか。まさかソル使いか。

 ――といった具合である。

 門をくぐると明るい場所にいたせいで、酷く暗く感じた。カンテラの明かりが何個か灯っていたが、足元が覚束ない。歩く長さは城壁の幅を表している。予測はしていたが、相当分厚い。

 置いていかれないよう光と気配を頼りにトンネルのようなところを抜けた。

「まぶし……」

 今度は突き刺さる光に目を眇めることとなった。

 戻ってきた視界に飛び込んできたのは、城の方角にまっすぐ伸びた大通りだった。といっても一本道ではなく、城までの道はいくつもの砦に遮られ、その砦を抜けてもそこに同じく大通りがあるわけではない造りになっていた。砦に阻まれてよくわからないが、大通りの位置が階層ごとに違うらしい。確かに攻め込まれた時簡単に城までたどり着かれてはたまったものじゃない。よく考えられている。

 通りの脇には商店が立ち並び、かなりの人が蠢いていた。一部何事かとこちらを見ているが、殆どの者は自分達の目的に夢中なのか、もしくは慣れているのか、淡々と街の中へと流れてゆく。

「シェリ、こちらへ」

 シェリがセフィルに呼ばれた。当人は澱みなく従い近づいていくが、それを見ていた双海の方が何となく緊張してしまった。

 背の高いセフィルが少しだけ身を屈め、傍に寄ったシェリに何事か告げている。 街を眺めるふりをしながら聞き耳を立てていたが、押さえられた声は双海達の所まで届いてはこなかった。

『くっそぉ、俺のシェリ様に近づくなぁ!』

「誰がいつお前のものになったって?」

 どうも助けられてからこちら、シェリに傾倒するようになった。ケンの妄想の中では物凄い美人に仕立て上げられているに違いない。

 まあ美人でもそうでなかろうとも相手にはされないだろう。だって剣だから。人型になれれば微かなりにも可能性が出てくるかもしれないが、どちらにせよ望みは薄いように思えた。

『あのイケメン、いつかギャフンといわす!』

「……俺を巻き込まないならいくらでもどうぞ」

 ギャフンどころかキャインキャインと泣きながら帰ってくるケンの姿がくっきりと目に浮かんだ。百枚くらい上手な相手に、無謀もいいところだ。

 何だかんだやりあっているうちに、セフィルと離し終えたシェリが双海達へと近づいてきた。何事かと戸惑いながら目の前にくる彼女を見つめる。

「ソル使い殿、セフィルジール様より第一階層、始まりの街の案内を申し付かりました。シェルと申します」

「え?」

 聞き覚えのない名に一瞬首を傾げるが、すぐに偽名であることに行き着く。慌てて取り繕い、「よろしくお願いします」とだけ言って頷いた。

 そのまま、最後にご挨拶をとレスカ達の前まで連れて行かれる。

 レスカの斜め後ろで控えている壮年から男性の訝しげな視線を意識して、今まで以上に礼儀に気をつけるよう心がけた。

 強要されて傅くなんて願い下げだが、状況に応じた行動をするのは当然だと思っている。

「この度は度重なるご恩情を頂き感謝致します。私どものような輩が一朝一夕で返せるような恩ではございませんが、何かございましたら僭越ながら私に出来る限りでもって役立たせて頂きたく思います。是非お声駆け下さい」

「う、え? う、うむ」

 レスカがわかりやすく動揺した。脇にいたセフィルも笑顔を崩さないまま、瞳に驚きの色を浮かべて凝視している。

 どれだけ礼儀知らずの田舎者だと思っていたのかが伺えた。

 見よう見真似ではあるが、このくらいの礼儀は取り繕える。本格的なものを求められたら即アウトだろうけど。

「君達に対する結論は数日後には出ると思う。なるべく大人しく宿に滞在してもらえると助かるな」

 そういえば職探しをしていいかの答えを聞いてなかった。多分これが答えなのだろう。「なるべく」のところに微妙にアクセントがついているのがセフィルらしい。

「承知致しました。ではそのように。沙汰をお待ちしております」

 深々と頭を下げて場を辞する。背中に視線を浴びながら、離れたところで待機していたシェリと共に街へと歩き出した。


 背後で馬の嘶きがして首だけで振り返ると、遠目に馬車が止まっているのが見えた。どうやらあれにレスカ達が乗り込むようだ。そろそろいいかなとシュリへと顔を向けた。

「まさかシュリに案内してもらうことになるとはな」

「この任を最後に職を辞する話はしてあったから、そのまま行ってよいとお許しを頂いた。要はついでだな」

「俺が逃げ出すとか思わないんかね」

「無理だろうな。検問は出る際にも行われる。入国手続き程ではないが、出る際も厳しいと聞く」

「そっか。まあだからこその要塞都市って感じか」

 先程からケンが大人しくて不気味だ。小躍りして喜んでもいいところだろうに、黙り込んでいる。

「おい、ケン、どうした?」

『へ? あ、いや、何でもないデス』

「…………」

 あからさまに怪しいのだが。細目で見下ろしながら突っ込んでいいのか悩んでいると、シュリがぽそりと呟いた。

「まさかあそこまで礼儀作法が達者だとは思わなかったな」

「え? ああ。あれ以上に本格的なのは無理だけどな。よくわかんねぇお偉いさんっぽい人の目もあったし、レスカ達に助けられたのは事実だからさ。最後くらいはな」

「ソル使いならば、あの程度の礼儀作法が出来ていれば十分やっていけるだろう。特に二つの大国ではソル使いに対する尊敬と優遇は抜きん出ている。それなりに名を上げればそこらの貴族ではソル使いが持つ特権に太刀打ちできなくなるくらいにはな」

「そいつはすげーな。どんだけなんだよ、ソル使い」

 それからしばらく、大通りから少し外れた路地に入る。更にニ百メートルくらい歩いたところで、他より大きめな一軒の建物へたどり着いた。

「ここがお前達が滞在するよう指定された宿屋だ。少しここで待っていろ。まずは私が話をつけてくる」

「ああ、あんがと」

 置いてけぼりにされた双海は、やることがなく周りを観察する。貴族階級というものはよくわからないが、ここが庶民臭い場所であることはわかる。すれ違う大人も子供も簡素な服装に身を包み、薄汚れてはいないが、洗練されたものとは程遠かった。

「おい、ケン、本当にどうした? 大人しすぎるだろ」

『ふへっ! 何が?!』

「……だからあからさまに怪しいから、それ。何だよ、愛しのシェリ様(・・・・)と一緒でおおはしゃぎするかと思ってたのに」

『ぶぁっか! めったくそ小躍りしてるっつーの! いやね、何かこう、胸のあたりがもやもや~っとしててなぁ。だんだん酷くなってる気がして』

「胸ってどこだよ……」

 見下ろしても鈍く光る剣身があるだけだ。

『ニュアンスだろ、ニュアンス! つかさ、双海。ちょっと要石覗いて確かめて見てくんねーかな』

 意味はわからないが、妙に真面目な声色で言うから、指示に従ってやることにする。

 双海はホルダーからケンを抜き取り、地面にしゃがみ込んで目の前に置く。そうしておいて、相変わらず不思議に輝く要石を覗き込んだ。

「……一体何をしているんだ、お前達は」

 上部から何とも言えない複雑な感情を織り交ぜた美声が落ちてきた。見上げると声に負けじ劣らじの見事な銀髪を後頭部で一纏めにした美女が腰に両腕を当て立っていた。見下ろされた状態で見る濃紫の瞳は、うっかり女王様と呼んでしまいたい迫力があった。

『女王さま…っ!!』

 本当に呼んだら唯の馬鹿だとは思うが。

「誰が女王だ。何をしてるか知らんが、どうせなら宿の中でやれ。実に目立っているぞ」

 正気に戻った双海が回りを見渡すと、子供から大人まで多種多様な好奇の視線が向けられていた。

 滅多にお目にかかれない、ましてやこの国では「尊敬すべき」ソル使いがそんなことをしていれば、何か重要な意味があるのかと注目されて当然なのであるが、今の双海達にその自覚を求めるのは難しい。

「……つーか、その声、シェリ?!」

『イエス! 神様ありがとう、俺今日ほどあんたに感謝したことはない! 巨乳なのが惜しいが、美女なら許す!』

 ケンが双海にしか聞こえぬだろう押し殺した声で感動に打ち震えている。あまりに彼の希望通りで少しむかついた。まあどうせ相手にもされないという双海の予想も当たるはずだと溜飲を下げた。

「私以外に誰に見える……と言いたいところだがまあそうだな。お前達とこうして鎧抜きに顔合わせするのは初めてだったな。まずはそこから立て。中で話そう」

 白く細い手を差し出されて、反射的に双海も手を伸ばす。握り締めてから戸惑った。酷く細い。ただし掌は剣だこのせいでごつごつしているが。

 シェリにぐいぐい引っ張られるままそそくさと宿屋へと逃げ込んだ。話は付いているのか、受付で止められることはなく、そのまま脇にある階段で二階まで登る。

「一番奥がお前達の部屋だ。一応この宿屋で一番良い部屋をとのことだったので、そう手配した。私はその隣に部屋を取らせてもらった。ついでにな」

「え? シェリも泊まるのか?」

「ああ。なるべく早く次に移る予定ではいるが、その前に色々と揃えておきたいものもある。ここは大国だけあって品揃えが素晴らしいからな」

 動いたことで肩に引っかかった髪を払い、笑いながら言うシェリは文句なしに綺麗だった。レスカも美少女だったが、シュリの美しさには女性としての色香が漂っていた。先程まで鎧を着ていたというのに、嫌な臭い一つしない。不思議でたまらなかったが、女性に聞くことでもないので我慢した。

『ああ……ん乳でな……が……まれる』

 ケンが小声で何事か呟いている。聞こえない聞こえない。精神衛生上聞いては駄目だ。双海は目を閉じて耐えた。

「そういえばお前達、荷物も持たず旅をしていたのか?」

「あー……うん、着の身着のままでして」

「そうか。何かしら事情があるんだったな。話したくないならば聞くまい」

 優しく微笑みながら言われて、あまり人の美醜に興味ない双海ですら見惚れた。これだけの美人が一人旅をしていて大丈夫なのだろうか。

「だがその格好では街を案内するにも目立ちすぎる。ソルもむき出しでソル使いだと宣伝して歩いているようなものだ。お前達はしばらく宿屋で待機していろ。着替えを調達してきてやろう」

「あ、でも、俺達無一文で」

「気にするな。私から贈らせてもらおう。色々話を聞いてもらったことだしな。では中で待っていろ、いいな」

 そんなわけにはいかないと双海が食い下がろうとした気配を察したのか、それだけ言い残してシェリはさっさと階下へと駆け下りていってしまった。

「何とか金稼がないと……」

 今は好意に甘えるとしても、シェリが滞在している間にその代金だけでも返さないとならない。ずっと貧乏で、今も無一文で、それでも守るべき矜持が双海にはあった。

 この宿屋の代金にしたってそうだ。絶対返してやろうと思っている。好意に甘えることと、施しを受けることは一緒にはならない。万が一、一時重なったとしても、恩義にはそれ相応の対価を支払うのが道理だ。

『固いねぇお兄さん、コチコチなのはチ……あふぁ!!』

 物凄い勢いで飛んでった剣が、突き当たりの壁に半分くらい埋まった。

 しまった。この壁の修理代も払わねばならなくなった。

 見事直角に突き立った剣を抜き取りながら深く後悔はしたが、反省はしていない。大切な一線を守りきった双海だった。


















 用意された部屋は、一番良い部屋と言っていただけあって広いものだった。

 十八畳くらいの室内の窓際にダブルベッドが据えられており、脇にはクローゼット。反対側の隅には木製の丸テーブルと椅子のセットまで用意されていた。

 多分まだまだ凄い部屋なんていくらでもあるのだろう。それでも、まだ見ぬ可愛い彼女と泊まるならまだしも、元野郎な剣と利用するには豪華すぎた。後から自分で代金を払うことになるわけだし、寝られるだけの部屋で十分だったのだが。

 無駄遣いっぷりに双海は地中深く落ち込みそうになるも、これを最後の贅沢としたらいいと奮い立たす。短いながらも味わった濃密な苦労の味を拭うためだ。つかの間の贅沢を味わうことにしよう、と。

 椅子の脇を素通りし、ベッドに腰掛ける。肉体的疲労は全くといってなかったが、精神的なものまでは強化できなかったようだ。気を抜いた瞬間どっと形容しがたい疲れが圧し掛かってくる。

 肉体的疲労なら寝れば回復するが、気疲れとなると一味違うのか。

 腰掛けた弾力からして、ベッドとしては固い部類に入るのかもしれない。だが、双海愛用の煎餅布団に比べれば、天国レベルもいいとこだ。

『ちょ、乱暴だな、オイ』

 邪魔な腰の重りを取り外し、ベッドに放り投げた。不満の声があがるが、聞こえないふりで靴を脱ぎ、ずるずると移動して足も乗り上げる。

「やばい、眠っちまいそう……」

 ここ数日地面にごろ寝で過ごしてきた。野営でもテントを張らず雑魚寝だった。レスカですら文句を言わずそれに習っていたのだから、双海達に不服を訴える権利などない。むしろ見張り役を強要されなかっただけ優遇されていたといえる。

 野宿はしたことあるが、ここまで長期になったことはない。布団が恋しくなっても仕方がないというものだ。

『待て待て双海、その前にさっきの続きだろうが!』

「さっきって何だっけ?」

 うとうとしながら尋ねると、広いベッドに投げ出していた剣が音をたてて揺れた。

『だから! 俺の要石の確認! 何か変なんだって!』

「あー……はいはい。そういやんなこと言ってたな」

 適当に答えた双海は、しぶしぶ剣に手を伸ばして引き寄せる。仰向けに寝転がったまま天井へと剣を掲げて要石を観察した。

「…………?」

『ど、どうだ?』

「なんだこれ……」

 驚きに眠気が吹っ飛んだ。身を起こして今度はベッドに剣を横たえて上からじっくりと見下ろす。

「色がついてる……? いや、何か星みたいなのがチカチカ光ってんぞ」

 金箔入りの、夏によくある中身が透けて見える和菓子のようだと思った。空腹時なら思わず口に入れたくなる程度に、ちょっと美味しそうである。そのような嗜好品、眺めるだけで一度も口にしたことはないので余計にそう思ったのかもしれない。

 美的感覚の優れた者なら失笑ものの感想であった。

『マジで? 何で?』

「当人のお前が知らないことを俺が知ってると思うか?」

 二人して疑問符を飛ばしあうが、これといって結論など出ない。それなりに話を聞いたのでそこから推測すると、魔力が補充されたということかもしれない。

「気分は? もやもやするって言ってたな」

『なんていうか、胃もたれしてる感じ?』

「魔力の食いすぎとか?」

『そうかも? こないだお前にガーンと一気に注ぎ込まれてから、何だかんだで供給量が上がったからなぁ』

「注ぎ込まれたって、俺の魔力? 俺ってやっぱ魔力があんのか?」

『あるぜー、お前、眠った俺にマジでガンガン注ぎ込んだだろ。やりすぎだっつーの。あれのせいで丸一日眠るはめになったんだかんな!』

 確かに心当たりがある。あの時双海はそうしたいと思っただけだが、希望は知らず叶っていたらしい。魔力とやらがあると過程して、もっとこう目に見えて自身の魔力の増減がわかればいいのだが、何一つ目立った変化がないのが問題だ。

 それにしても自分がそうしろと強請ったくせに、よく言えたものである。口には出さず双海が冷めた目で見下ろすと、ケンは慌てたように付け足してきた。

『ちょ、そのゴミを見るような目をやめろ! あのな、何事にも限度ってもんがあんだよっ。お前の魔力って底なしだから、ガンガン注がれたら流石の俺もキャパ越えるの、ユーシー?』

「……底なし?」

『そうだよ。なんでかお前、俺に注ぎ込んだあの後から魔力が歩いてるみたいな状態になっちゃっててさ。放置したら双海様のお通りだ~ってな具合に目だってしょうがないだろうから、俺が上手いこと吸い出して調整してるけど』

 欠片も自覚ないことで文句を言われても困る。身体能力は上がったが、魔力がどうこうとかやっぱりどうしても理解できない。

 ともかく、話を統合するとそれが原因で間違いないだろう。

「明らかにそれが原因だろう。俺に自覚はないけど」

『うーん。まだ俺のお腹にも余裕ある気がするんだけどな……あれか、長らく食べてなかったのに一気に食べちゃって、胃がビックリした。みたいな?』

「どうしたら元に戻せるんだ?」

 言いながら、考えただけで注ぎ込めたなら、同じように考えただけで元に戻せたらいいのにと思った。

『ん? んん?』

 双海がどうしたらいいか懸命に考えているというのに、ケンは暢気に左右に揺れだした。

「何だよ、まだ何かあるのかよ。お前もどうしたらいいか考えろっつーの」

『いや、だって戻った』

「何が?」

『だから元に戻ったんだよ、お前の魔力』

「は?」

 訳がわからない。

「マジでか……今考えただけだぞ。元に戻れって」

 アバウトすぎる。魔力の調整とか、聞くだけで細心の注意を払ってなんたら、など講釈がありそうなのに。

『いよっしゃー! これで心置きなくシェリ様を堪能できる!』

 大喜びしているケンを見ていたら、悩むのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そもそも双海に自覚はないし、害もない。それを糧としている当人がこれなのだから、深く考えても無駄だろうと。

 とりあえず結果オーライで、考えることを早々に放棄した双海であった。






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