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小さな村で一泊した後、更に三日程歩き続けた。現在まだその道中である。
その間、レスカ達一団には幾人か出入りしていた。よくはわからないが、連携や指示系統の安定感を見る限り、どこぞの小隊といった様相だった。この世界を良く知らない双海だが、その推測はあながち間違ってはいないはずだ。
何気ないふりで観察をしていたところ、斥候を含め全部で十数人程度いるだろうことはわかった。ただ、レスカとセフィル以外皆似たり寄ったりな格好だったこと、鎧を脱いだ姿を双海達に見せることなかったことも重なり、個々の判別は殆どできていない。
自身の態度や周りの対応からして頭であろうレスカの傍には常に、セフィルと一人の兵士がいた。兵士はもちろんあの、主様命の女兵士だった。
双海達は村を出て以降レスカ達とは離され、背後の方を歩いていた。まあこれが当然の配慮だろうとは思う。殆ど会話を交わしていない。意外にも一番背後を気にし、時折様子を伺っていたのはレスカだった。
いや、意外と言う程でもないか。彼女を知っていると言うには非常におこがましい程度の付き合いしかない。しかしレスカ自身の言動や、セフィルの話を統合すれば、全部は無理でもある程度の人物像は推測できた。
本当の意味で。そして現時点において。この世界で最も双海達を気にかけてくれているのは彼女なのだろう。もちろん好意などといった甘いものではないが、悪意や敵意でないのはわかる。彼女は「普通」にこちらを気にしているのだ。
そう思うと少し笑ってしまう。好奇心一杯の子供のようではないか。
そんなことを考えていたせいか、タイミングよく振り返ってこちらを見てきたレスカに、小さく笑いながら片手を上げてみる。
初めて返された反応に驚いたのか、彼女は大きな目を見開いた。何か言いたげに数度口を開閉した後、妙に挙動不審な動作で顔を背けられてしまった。
『天然タラシ発動……』
「は? 何か言ったか、ケン」
『いいえぇぇ何もぉぉぉ』
頭に直接響くとはいえ、各個の采配で声と同じく小さくできるらしく、囁くように言われると聞こえにくい。大したことはいってないのだろうが、不服そうな返事を返されると気になってくる。だがその後何度尋ねても、ケンが答えることはなかった。
かれこれ三日、寝る時以外歩き詰めだが、体力的には一向に消耗した気配はない。試してないので確実なことはいえないが、全力疾走で丸一日駆け抜けて、ようやく疲労する程度には体力がありそうだ。
そうなると心に余裕が生まれ、無駄に考える時間が増えてしまった。
仕方がないので一日目はこの世界について、今後について考えてみた。提示されている情報など知れているし、すぐ答えに行き詰る羽目に陥ったが。
一番傍で多分見張りも兼ねているのだろう兵士に駄目もとで声をかけてみたが、案の定無視された。必要なこと以外は喋らない。ある意味双海が想像する兵士そのものな対応だったので、特に感慨はない。やはりあの女兵士が特殊なのだなと思ったくらいだ。
喋る相手がいないのに、体力が余ると不思議なことに口数が多くなる。気持ち悪い独り言にならずに済んでいるのは、ひとえに腰にぶら下がるケンのお陰といえた。
「あー…何かヒゲが伸びてきた気がする。じょりじょりする」
これも双海的には独り言なのだが、感触を確かめるようにあごを摩っていると、答えが返ってきた。
『だから俺で剃ればいいじゃん?』
「アホか。剣でヒゲ剃る馬鹿がどこにいる」
『大丈夫だって。剃っててうっかりざっくりなんてなんないだろ? お前ソル使いなんだから。ソル使いがヒゲをソル、うっかり顔もソルー! なんつってー!!』
「上手いこと言ったつもりか。顔も剃ったら死んでるだろう」
想像して気持ち悪くなった。自分は大丈夫とはいえ、恐ろしい切れ味をもったこの剣なら有り得る事柄だ。
よくよく考えるとソル使いでない兵士には、人型でないケンの言葉は聞こえていない。双海が一人でブツブツ言っているようにしか見えない事実に今更気付いた。
一言も喋らない兵士が突っ込んでくれることはない。気持ち悪がっていても読み取れない。全ては彼らの表情は鎧の中だ。
「……今俺は、衝撃の事実に行き当たった」
『え? 何なに?』
言っても人事のように――彼にしてみればまさに人事なんだが――大笑いされるだけなので、口を噤む。しつこく聞いてくるのを無視し、最終奥義を発動させることにした。
なんと思われても気にしない、だ。双海の突出したスキルの一つである。
「ヒゲとか伸ばせたらいいのにな。似合う男にちょっと憧れる」
こういう世界で人相を隠せるアイテムの一つにもなるだろう。
『お前、見た目だけは女顔系のいけめ~んだから、ちょびちょびでワイルドになんねぇもんな』
「誰が女顔だ。溶かすぞ。いっそもさもさに伸ばせたらいいのに」
『なんだそれ、面白いな。ネタか?』
「よし、お前の要石にヒゲを書き足してやろう。実にワイルドな剣になれるぞ」
「……くっ……」
恒例になってきたケン「ごめんなさいタイム」は、他の誰かの声で遮られた。不思議に思い声の出所を探るが、近くには相変わらず黙々と歩く兵士の姿しかなかった。
「?」
兵士の歩みに淀みはない。実にいつも通りだ。だが、その兵士以外に声の出所が見つけられない。
あれは明らかに笑い声だった。押し殺してはいたが、思わずといった感じに噴き出すとああなる。とはいえ、ソルでもない兵士に双海達の会話が理解できるはずもないはずだが。
「えー……おたく、今笑ってませんでしたか?」
とりあえず直球で尋ねてみる。しばらく待ってみたが、答える声はなかった。
答える気がないという意思表示か、また別の思惑があるのか。首を傾げて盗み見るように観察したが、鎧の擦れる金属音以外聞こえてはこなかった。
『もしかしてむっつり?』
「……そういう問題か」
『軽いジョークじゃん、そんな冷たい突っ込みしない! あの兵士の人が聞こえてたかもって話でしょ? わーってるわーってる』
わかってても、この期に及んでその深刻さを理解してない馬鹿がいた。
もし聞こえていたと仮定した際に発する事実は、結構な問題なのではなかろうか。
そう、この兵士が――ソル使いだ、ということになる。
セフィルとの会話で、ソル使いとやらが希少な存在だということは理解していた。そのレベルがいまいちピンときていないのが現状だが、不審極まりない双海達を「ソル使い」だというだけで、大して事情も詮索せず連れ歩く程度には大事にしなければならないものなのだろう。
そういった対象であるものが、ただの一兵卒に収まることなんてありえるのか。咄嗟に思いつき、彼が腰にぶら下げている剣を見るが、要石らしきものはついてない、ただの無骨な鉄剣だった。
「あんた、何者だ?」
己が金髪に散々向けられてきた台詞をここに来て双海が吐く。不審者にこの台詞を吐かないでいることが、実に難しいことなのだと身を持って知ることになった。
一応他者に聞こえぬ程度の小声で尋ねたのは、双海なりの配慮だった。相変わらず答える声はない。
『双海、双海、それ、俺がやろうか? 俺だったら他に聞かれることないし』
馬鹿にしてはいい案だ。幸い声が確実に聞こえるだろう二人は遥か先にいる。剣の声は人の話声同様、離れていると聞こえないらしいことは実証済みだ。直接脳に伝達しているのだったら、やろうと思えば範囲を広げることは可能なのかもしれないが、逆も然りといったとこなのだろう。
頷いて先を促すと、ケンが暢気な声で兵士に話しかける。
『兵士の人ー! とりあえず声は出さないでいいから、聞こえてたら小さく頷くかしてくれよ』
けれど即座に反応はなかった。やっぱり考えすぎなのかと諦めかけた時、重そうな鎧が歩く以外の動作に少しだけ揺れた。
『おおおお! 頷いた! 見たか、双海!』
「ああ」
正直、予想は外れていて欲しかった。限られた僅かな情報から推測するだけでも、厄介な気配が漂っている。
「ふあ……行けども行けども同じ景色だし、ねみぃな」
双海は欠伸をする態を装って口元を手で覆い、剣に聞こえるだろう音量で続けて小さく呟いた。
『え? いいの?』
その台詞を聞き取ったケンが、少しだけうろたえた様に尋ねてきた。
彼が動揺するのも当然かもしれない。今双海が下した指示は、数日前に彼がケンに激怒した行為を許すことになる。
双海だって実にやりたくない手ではあるが、背に腹は変えられない。長い間でもないわけだし、今だけは許すと視線で訴えた。
『ほ、ホントにいいんだな?! えっと、では繋げます』
(改めて言うな。どうだ? 聞こえるか?)
『はい、筒抜けでございます』
(……余計なことを言うな。今すぐ投げ捨てたくなるだろうが)
愁傷な態度だが、反して台詞が腹立たしい。柄に手をかけた瞬間彼の恐怖が鮮明に伝わってきた。
(なんだこれ……気持ち悪い)
『お前だけ筒抜けって卑怯じゃん? 俺も筒抜けにしてみました』
どうよ、と言わんばかりに言われても、余計なお世話である。彼なりに平等さを意識してみたのだろう。心遣いが見当違いな気もするが、一理あるような気もして黙り込む。多分今、こういう双海の複雑な心も読み取ってしまっているのだろう。
『ほらほら、始めよう。これなら誰にも聞かれないからな。お兄さんとも繋げてみた。でもこれ、魔力消費すんだよ。お前となら魔力なしでずっと繋げてられるんだけどさ。俺の少ない魔力が枯渇する前に、何とか会話終えないと!』
都合がいいのか悪いのか、よくわからない力だ。とりあえず今は助かるので、乗っかることにする。
(今もう、聞こえてるのか?)
『……の、はずだけど、えっと、兵士のお兄さーん』
(……聞こえている)
本当に返事が返ってきた。驚いて少し前を歩く兵士を見るが、ピクリとも反応していない。
そして何より驚いたのは、その声――――
『女声キタ! いい意味で予想を裏切る展開キタ!!』
(女だったのか)
背丈も双海とそう変わらない。この世界の平均は知らないが、女性にしてはかなりの長身だろう。もう一人の女兵士といい、レスカが小さすぎるのか、謎だ。
『本当にな。もしかしたらここにいる兵士、全部女とか……ちょっと興奮してきた』
双海の心を読んで、実に変態な返答をかましている。同時に考えたとても物騒で健全な思考を読み取ったのか、すぐ黙り込んだ。
(残念だが、女は私とあのビシュールだけだ)
あの女兵士、ビシュールというらしい。まあ今はどうでもいいが。
(あんた、やっぱりソル使いなのか?)
(……そうだ。だが黙っていて欲しい)
まあそうだろうなと納得する。ソル使いには色んな特権がありそうなのに、それを使わずこんなところに紛れ込んでいるのだ。人には言えない事情があるのだろう。
どう考えても厄介そうな事情を聞いていいものか。多少彼女に対する気遣いもあるが、どちらかというと巻き込まれたくないが為に悩んでいた。
『ねぇねぇ、お姉さん、お名前は? 知ってるかもだけど俺、ケン。んでこっちが双海。何でこそこそ兵士とかやってんの?』
双海の懸念やら配慮やらは、あっという間に一蹴された。感じていただろうに、どうしてそんなことができるのか。
『だってさ、わかんなくて巻き込まれるよりはいいじゃん? 多分疑った時点でその辺終わってたと思うんだよ』
憎らしいが、彼の言うことにも一理あった。気付かず、いや、気付かないふりでやり過ごすのが一番だったのだ。なのに興味に負けてここに至ってしまった時点で、足を踏み入れたも同然だった。
(……というわけだ。不本意だけど答えたってことは、あんたも俺等に何か話したくなったってことだろ?)
兵士の方へと視線を向けることなく、気だるげな表情を装ったまま彼女に尋ねる。
(私はシェリーヌ・ヴァン・フォルクと言う。そちらのソル使いはフタミというのか? ヨウだと聞いていたが)
(ああ、フタミは家名? あんたこそ名前どれ? 長いな)
『あれじゃない? 貴族ってやつじゃないの?』
流石オタク。こういったファンタジー要素には強い。
(その通りだ。フォルクが家名で、ヴァンは伯爵位を示す)
『なるほど、そのような法則が……』
わかっているようでわかっていないらしい。基本が馬鹿だからか。
(シェリとでも読んでくれ。そちらはケンと……フタミでいいのか?)
(どっちでも呼びやすいように。あんたはファタミになってないんだな)
(? ああ、シルグ国の発音のことか。シルグ語は所謂共通語だが、わが国は少し特殊なんだ)
『え? お姉さんこの国の人じゃないの?』
それは結構な情報のような気がする。チラリと兵士を横目で見ると、少し動きがぎこちなくなっていた。どうやら漏らすつもりのない情報を漏らしてしまったらしい。
(結構うっかりしてんだな、あんた……)
(何も言うな)
どんな顔で台詞を吐いているのか、少し気になった双海だった。
『他国のお姉さんが混じってるって、あれ? 潜入捜査とか?』
(…………)
単純な脳ミソを持つケンが言うと、黙り込んでしまう。貴族とか、すっごい策略の世界っぽいから、こういう真正面からぶち当たられる方がやり辛いのかもしれない。
(はいはい、お前はちょっと黙ってような)
剣の柄をギリギリと握り締め、黙らせた。
(……ふっ、お前達は実に面白い主従だな)
動揺から抜け出したのか、少しだけ柔らかくなった女がそんなことを言う。似たようなことをセフィルにも言われたことを思い出した。通常のソル使いがどんなものか知らないが、双海と剣はあくまで友人である。そこが何かしらの違いを彼等に見せるのだろう。
(主従じゃないからじゃない? 第一こんなアホでエロでオタクな家来は願い下げたい)
『エロでオタクは認めるけど、アホじゃないから!』
(ははっ、面白いというより、変なのか。変わっているがよいソルだ)
最後の台詞は楽しそうでありながらも、どこか憂いを帯びていた。
(そういやあんたのソルは? ああー、あれか、潜入してるから隠してるのか?)
(潜入してることは確定なのか)
どう考えても事実と認めたと同様な反応をしたくせに、そんなことをぼやいている。自分自身でも無駄だと思ったのか、大きな溜息の後答えが返った。
(私のソルにもお前達を逢わせてやりたかったな……喜んだであろう)
『それってどういう意味?』
憂いを増す彼女の声色に、尋ねられないでいた双海だが、空気を読まないケンが割り込んできた。こういう時には本当に役に立つ。
(私のソルは眠っている。だから厳密には今私はソル使いではないんだ。ソル使いには気配でソル使いがわかる。こうして一兵卒としてここにあれるのが、私がソル使いとしては半端である証拠だ)
(…………)
前を歩く兵士の拳が何かを耐えるかのように握りこまれていた。
(私はあるソル使いを探している。二組な。一方は敵、一方は救いとなるかもしれないものだ)
(えっと、そこまで話ちゃっていいのか? 俺達滅茶苦茶不審人物だろ?)
聞いてる双海の方が不安になり、尋ねてしまった。また笑われた気配がする。
(自分でも不思議なことだが、話しておかねばと言う気になったんだから仕方ない。ソル使いは運命のような勘に導かれることがあるという。これもそれなのかもな)
『へぇ……なんかそれ、かっちょいいな!』
興奮しているケンの声を聞きながら、身に覚えある感覚に小さく身震いしてしまった。彼女はそれを難なく受け入れているようだが、双海にはただ不気味に思えた。
(運命とか勘とか……まだそういう風にさせる人格だとか言われた方がマシだ)
『双海はホントお堅いなぁ』
そうなのかもしれないが、そうでないともいえる。結論を出すには判断材料が足りなさ過ぎて、複雑な心地のまま黙り込んだ。
(お前達がどういったものか知らないが、敵意がないことくらい見ればわかる。どんな平和な場所で育ってきたのか興味が沸くくらいにソル使いとしての気配が珍妙だ)
(そういやセフもんなこと言ってたな)
(セフィルジール殿か。あの剣は一筋縄ではいかぬな。あれが敵でなくてよかったと心底思うよ)
やっぱり誰しも似たような感想を抱く相手のようだ。
『イケメンが敵とか、定番すぎて憎しみ倍増だな!』
とか。一人――いや、一振りだけは違うようだが。
(えっと、答えたくなければいいんだけど、敵って? そんから救いって何?)
(……我がソルが眠ることになった原因、だな。救いとは、そのソルを眠りから救い上げてくれる者のことだ)
あっさり答えてはくれたものの、いまいち意味がわからない。その様子に気付いたのか、少しだけ噛み砕いて説明してくれた。きっと表情が見えたら、浮かんでいるのは苦笑いに違いない。
(本当に何も知らぬのだな。まあいい。ソルは要石が砕かれない限りは死ぬことはない。砕かれていたなら私もこの世にはいない。ただ、死に近しい眠りにつくことがある。そうなるとソル使いもソル使いとしての大半の力を失う)
(さっき気配がないっていってたのはそういうことか)
(ああ。今の私は要石を持っているだけの唯人だ。幸いなことに元々の剣の腕を磨いていたから、こうして兵士となって潜入し、目当てのソル使いに近づくことができた。まあ……当ては外れてしまったようだが)
双海とケンが内心首を傾げる。シェリが言う目当てのソル使いとは、レスカ達で間違いない。とはいえ憎しみを向けているわけではなさそうだし、要するに「救い」の方なのだろう。
(眠りについた要石の大半は、主が死ぬまでそのままだ。主の死はソルの死を意味するから、結局は死んでいるのと同じこととも言える)
(どうして眠りについたんだ?)
(簡単なことだ。魔力を全て失った為だ。再度魔力を注ぎ込めば復活するのだろうが、どういう訳か同じように十数年かけて注ぎ込んだとしても僅かしか復活させられない。運がよければ多少の意思疎通ができることもあるらしいが、私の周りにそのような事例はなかった)
おかしな話だった。幼い頃の方が魔力量が多いということか。もしくは魔力の質か。それにしても矛盾している。
(魔力を大量に注ぎ込める時期が限られているんじゃないかと、私はそう推測している。ある一定の時期を過ぎると、剣として振るった際に消費する魔力を補充する程度にしか注ぎ込めないのだろう)
これもまた理屈ではなく、そういうものだといったところか。
(んじゃあんたのソルは……)
(そうだ。だが、何事にも例外がある)
『おお……何?! 復活できるの?』
(遥か昔、ソルの始祖となった者がいたそうだ。まあ子供の頃寝物語で聞く御伽噺の部類と言われているがな。その始祖が元始の魔石を生み出した。巨大な魔力から生まれた魔石はいつしか己の意思を持つようになり、その強大な力に目をつけた人族が請い、分け与えられたことからソル使いが生まれたとされている)
『ほうほう。わくわくするな!』
ノリノリなケンとは対照的に、双海の表情は曇る。わかってしまった。
シェリは今、その御伽噺を求めてここにいるのだ。
(伝説にはさまざまな解釈があり、とある物語で始祖は、魔の王として恐れの対象にもなっている。魔物が人化したものではないかとな)
『へぇ。その物語読んでみたいな』
オタク心をくすぐられたのか、はたまた別の意図があるのか、ケンが少し真面目な口調で言う。ふざけてないのは繋がっているせいかわかった。
(……その始まりの要石が未だ実在しているという伝説がある)
(伝説、ねぇ)
(いや、史実と言うべきか。始祖は人々に分け与えた後、残った一つの魔石を自分のソルとしたらしい。魔石の核であったそれは、他のソルにはない力を持っていた)
『え? すっごい強いとか?』
(それもある。だがそうじゃない。石そのものの性質が違っていたんだ)
何となく予想できた双海は、黙り込む。
(受け取るのではなく、分け与えるという性質だ)
まあそうだろう。そしてそれがシェリのいう救いとやらで間違いなさそうだ。
(普通ソルは、ソル使いから魔力を受け入れる存在だ。だが、その始祖の魔石だけは石同士の魔力の共有を叶えたという)
(でもそれ、御伽噺なんだろう?)
(言っただろう史実でもあると。数百年前まで実在していたのだ。主を無くしたソルとして)
『主を亡くしたって、始祖様死んじゃったってこと? 死んだのに実在できるわけ?』
(無くしたの意味が違う。いなくなった、ということだ。始祖が死んだことは確認されてない。他の要石とは違うのだから、始祖が亡くなったとしても存在できるのかもしれないが。始祖は急に姿を消したと言われている)
(でも結局その始祖のソルも消えたんだろ? だったら……)
(ソルの死はわかりやすい。最後に目も開けていられぬほど発光し、砕け散る。始祖の石ともなれば、夜も昼に変える光が街一つ覆うだろう。だがそれを目にした者はいない)
(始祖の石とやらはどうなったんだ?)
(始祖と同じく消えた。始祖が消えてから数百年経ってからだったがな)
(あんたはそのどこにわかるかわかんねぇ石を探してる、ってわけか)
(……そうだ)
この世界を知らぬ双海でも一つはっきりと理解できた。その願いが叶う可能性は非常に薄い。そしてそれはシェリにもわかっているのだ。
ソル使いにとってソルがどういうものなのか、推測でしかないが、何となくわかる。生まれた時から傍にいるのだ。友情以上の感情を抱いていても可笑しくない。
(だから私は、敵探しも兼ねて力あるソルを探して点々としているというわけだ。元始に近いほどソルとしての力は強まる。ここに来たのも名高いセフィルジール殿に会う為だった)
(でも違ったのか)
(ああ。滅多にない力ある気配ではあったがな。今の私には気配だけでは詳しい判別がつかないからしばらく傍にいてみたが……彼は違う)
『ふ、双海、会話を弾ませてるところ悪いけど、そろそろやばいかも……』
苦しそうな声が会話を遮った。黙っていると思ったら、どうやらケンの少ない魔力がつきかけているらしい。剣に目をやると、魔石の輝きが少し鈍っている気がする。
(悪い。この辺でお仕舞だ、シェル。ていうか、何で俺等に話す気になったんだ? 俺等は手伝えないぞ。そもそもそういう立場でもないし)
(そんなこと望んじゃいないさ。さっきも言ったろう勘だ。後は……何となく、誰かに知っていて貰いたかったのかもな)
確かに双海達がこれを知ったからといって、協力することもないが、妨害することもない。本当にただ聞いただけ、己の好奇心を満たしただけだった。
それはそれでどことなく釈然としないが、自分でも言ったように双海達は彼女に手を差し伸べられるような立場にない。これからどうやって生きていこうかという、根本的なところから足元が固まってないのだから。
(誰にも言わない。もちろんレスカ達にも。言おうとした瞬間殺してもいい)
せめてそれくらいしかできない。
敵については尋ねたものの、一切聞くことができなかった。上手く話を摩り替えられて終わった気がする。だがあのケンですら追求しなかったくらいだ。双海も重ねて聞く気はなかった。突付いてはいけない部分くらいわかる。
(私はこの任務が終われば職を辞す。まあ元々は冒険者の雇われ兵だからな)
(そっか。見つかるといいな)
何がとは言わない。頭の中で響くと同時に兵士の方から小さな笑い声が聞こえた。
(……がとう)
何事か言葉が続いたようだが、頭の中でぷっつりと糸が途切れたような奇妙な感覚と共に、話し声は聞こえなくなった。共有が途切れたか。
『あ、危なかった……俺まで本格的な眠りにつくとこだったぜ……悪い双海、ちょっと寝る』
「おい、大丈夫なのか?」
前者は所謂シェリが言っていた眠りというやつだろう。一瞬不安になるが、暢気な声で杞憂だったと知る。
『大丈夫じゃねーよ。眠い。とりあえず寝てる間に俺に気合込めて魔力注いどいて。ぶりっと』
「永遠の眠りでもいいぞ」
心配して損した。前を歩く兵士の肩が不自然に揺れている。声に出さないだけマシだが、ちょっと不気味だ。彼女は男らしい物言いに似合わず、笑い上戸なのかもしれない。
魔力がどうとか言われてもあるかどうかもわからない。どうしていいのか途方に暮れつつ、とりあえず柄を握ってみる。
(魔力魔力まりょく)
『ふたみ……あんまし強く握られると恐怖でねむれましぇん……』
小煩い剣を無視して更に握りこんだら大人しくなった。文句を言いつつ眠ってしまったようだ。軽口を叩いているが、本当に枯渇寸前まで力を消費してしまったのだろう。そういう奴だ。
魔力なんてやはりあるとは思えないが、もし少しでも存在するなら、好きなだけくれてやる。あっても使うとも思えないし、何より、先程までのシェルとの会話が心に重石となって双海の心に落とされていた。
(俺が死ねば、ケンも砕けるんだ)
なんだその理不尽さは。一人で死ねないなんて、更に死ににくくなってしまったじゃないか。
逆に思わないところが双海が双海たる所以である。そしてこれはケンにも言えた。性格は大きく違う二人だが、そういうところが似ているから一緒にいられるのだろう。
自分一人の命と、他者が絡むのでは、やっぱり感じる重さが違う。生きると決めたからには死ぬ気はさらさらないのだが、自分の意思とは関係ない場所で成される決定に、そう思わずにいられなかった。