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双海と契約の剣  作者: 妻木タロウ
双海と旅立ち
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 空が高い。

 森の中にいた時には木々に覆われていてわからなかったが、頭上には晴天の空が広がっていた。

 こんな日に縁側で日向ぼっこできる老後がささやかな望みだったのに……

 双海の眦に光るものがあった。

『うぉい! 現実逃避してる場合か?! ひゃっほーい! なんだこれ、すげーたのすぃ~!!』

 踏ん張れる地があれば、槍――もとい剣投げ自己最高記録を更新していたに違いない。非常に残念だ。

「知ってるか、ケン。人間の頭というものは自分が思っている以上に重い。この高さだと、例えここの重力が低かろうと、頭から落ちる可能性が高い。とすると俺はどうなるわけだ?」

 いつも以上の早口で、下手に感情を込めず告げる。残された時間は少ないのだから、有効利用しなければ。

『……脳みそバーン?』

「その通りだ!」

『死んですぐ死亡フラグとか、お前マジすげぇな!!』

 言ってる当人は褒めてるつもりらしいのが余計むかついた。そんな褒め言葉、細切れにして海の藻屑にしてやりたい。

 最高到達点まで達した双海の身体がゆっくりと傾き、反転する。言ってた通りのことが起きた結果だ。

『ちょ、双海! 空中浮遊しろっ! もしくはくるっと三回転で華麗に着地だ!』

 そんなことできるなら、早々にガッポリ儲けて脱貧乏していた。

「今度こそ死んだ。こんな間抜けな死に様するくらいならあの時死んでた方がかっこよかった気がする……」

『あきらめるなぁ! 諦めるのはまだ早いぞ!!』

 あっという間に加速していく視界の隅に、先程まで空を舞っていたどでかい竜が無残な姿で横たわっていた。流石にあの爆発では一溜りもなかったらしい。寧ろニ、三回衝撃は続いていたので、かなり耐えたのではなかろうか。「竜」と言われて乏しい知識の中から想像していたものよりは遥かに小ぶりとはいえ、腐っても伝説の生き物だ。

 爆風と瞬間的な高熱で、まだ年若そうな木々は根こそぎなぎ倒されていた。大地に根を張っていた大樹の中にも、半身をそぎ落とす被害にあっているものがちらほらあった。

 視界一杯広がる森林から見れば範囲は狭いながらも、更地になっているため良く見えた。倒れた竜の向こう側にいくつかの影があり、しきりに動めいている。

 二足歩行で立つ、双海達が最もよく知る生物が。

「人……がいる?」

 一番手前にいる小柄な人物の両手には、双海が持つものよりも物騒な獲物がそそり立っていた。鈍く銀色に輝く大剣だ。刃渡りだけで、双海が持ってる「ケンな剣」の柄の長さと変わらない。よくあんなものをあの体格で持てるなと感心する。

 真っ先にこちらに気付き、驚愕の表情を浮かべて見上げている、双海たちとそう変わらない年齢だろう――――少女。

『ちょ、美少女がこっち見てるー!! おーい!』

 ケンが双海の手の中で、独りでに左右に触れた。動くことができるのかという驚きよりも、これではまるで己が暢気に手を振っているようではないかという苛立ちが勝った。顔が良いというだけで、中身も知らずフレンドリーになどなれない。むしろただ媚を売っているようで、できるなら避けたい行為だ。

 大事の前の小事でここまで憤れる双海の度胸も、本人の自覚はさておき中々のものである。


 空中を落下している彼等より、それを目にした少女の方が余程慌てていた。いつから気付いたのか知らないが、途中からだとすればいきなり人が振ってきたようにも見える。空から人が降ってきたらそりゃ誰だって驚くに違いない。

 比較的短い時間で驚きから立ち直った少女は、凄い勢いで剣を地面に突き立て、何事か叫んでいた。裸眼で様子を確認できるくらいには目の良い双海達だが、彼女の声が届くことは無かった。


「中途半端に痛みでのたうち回るくらいなら、ぽっくり逝きたい……」

 そんな切なる双海のつぶやきが叶うか否かは知らないが、地面はすぐそこまで迫っていた。

 運のいいことに――いや、悪いのか――生い茂る木々にぶつかることも引っかかることもなく、残された選択は一つ、地面との直接対決のみだ。

「っ!」

 剣を持っているため頭を抱えることもできず、ぎゅっと目をつぶって衝撃に備えた。


『おおおおお!』

 ケンの叫び声が聞こえる。今更慌てても遅いと思う。

『おおおおおおおおお!』

 煩すぎる。どうせお前は助かるんだ。今度は美少女のご主人様でも見つけるがいいよ。

『おっほ! なんという微乳! 生きててヨカッター!!』

 何で死ぬ前に折っておかなかったんだろう。


「?」

 そこまで来て双海はようやく異変に気付いた。

 死ぬ前は走馬灯やらを見たり、長く感じるものだというが、いくらなんでも長すぎるのではないか。

 そっと両目を開いてみる。

「おわ!! え? えええええ?!」

 目の前数センチに地面があった。

 重力がどうこうの話ではない。これは、浮いている。

「な、なんで、浮――うぶぅっ!!」

 なんで浮いてるのか、と口にした途端地面と激突した。数センチとはいえ頭の上にも身体という余計な重みがあるのだから、相当痛い。

 顔面を地面に打ちつけたのはまだしも、重さで首が折れるかと思った。

「いっでー!! う、げほっ、げほっ!!」

 首を両手で抱え込む。隣では、落とした剣がクワンクワンと高い音をたてて転がった。鼻の中が熱いと思ったら、液体が滴る感触がする。地面があっという間に落ちた赤に染まった。

『ああああ頭がゆれるぅぅ』

「いっつぅ……」

 生理的に滲んだ涙目で、身体を襲ったあらゆる衝撃が落ち着くまで堪える。痛みが半端ないので、些細なことに構ってられない。鼻血は垂れ流しだった。

 当然のことではあるが、剣の苦情など聞いてる暇は欠片も無い。

「お前、何者だ?」

「うううう……」

 地面に這い蹲るようにして呻いている双海の上から、鈴の鳴るような声が落ちてきた。だが痛みを堪えるのに精一杯で、答えている余裕などない。

「なんでこんなとこに人がいるんだ? その奇妙な格好は何だ」

 返らない答えを気にした様子もなく、まるで独り言のような質問が続く。

「しかもさっき空から降ってきただろう」

「うるっさい! ちょっと黙ってろ!」

 必死に耐えてる姿が見えないのかと、怒りのままに怒鳴る。鼻血まみれですごんだ先には、上空から見下ろしたあの少女がいた。

 双海の剣幕に、顔を引きつらせながら一歩後じさる。

「な、なんだと?! せっかく助けてやった私に対してその態度か!」

「はぁ?」

 口調の割には怯えた表情をしているのは、ちょっとだけ可愛かった。というか、ケンが先程雄たけびを上げていたように、滅多にお目にかかれないだろう高レベルの美少女だった。

 丸く大きな瞳に、怯えの色を乗せている姿は何かを彷彿とさせる。

『チワワだ』

「チワワだな」

 どうやら相棒もどきも同じ考えのようだ。

「ち、ちわわ? なんだそれは」

「いや、なんでもない。悪かったな、怒鳴って。痛みで頭に血が上りやすくなってたみたいだ」

 少し落ち着いてきたとはいえ、短い人生十指に入る痛みだった。まだくすぶるように続いている。首は確実に筋を痛めただろう。患部が異様に熱い。

「助けたって、お前が?」

「そうだ。あの高さから落ちてきて生きてるだろう。それが証拠だ」

 首をさすりながら尋ねた双海に、つっけんどんな答えが返ってくる。

「えっと、ありがとう? なんかよくわかんねぇけど助かった?」

「なんで疑問系なんだ、忌々しい! 助けるんじゃなかった!」

「と言われましても」

『ハアハア、男言葉を話す強気なチワワ系美少女萌えぇ』

 一人気持ち悪い大興奮の渦に呑まれているケンは後回しにして、怪訝そうに見つめてくる少女を観察した。

 栗色よりも少し明るい色の髪を、後頭部の上部で一つ纏めにしたポニーテールは、小ぶりな顔を更に小さく見せている。人様の外見にあまり興味が無い双海が見ても、間違いなく美少女だと思える整った作りで、長い睫が瞬きと共にばっさばっさと揺れていた。大きく深い蒼色の瞳は潤みがちで、真正面から見つめられてときめかない男は少ないだろう。

 まあ双海はどちらかといえばその数少ない男なのだが。

「あのさ、助けたってどうやって?」

「どうやってって……あんなことができるのは、風魔法くらいのもんだろう。よかったな、私達のパーティに優秀な風使いがいたことに感謝するがいい!」

 少女は、ふふんと逸らすように顔を背後に向ける。するとその先に、柔和な笑顔を浮かべた青年がいた。どうやら彼がその「風使い」とやららしい。

 おかしい。彼女はまるで自分が助けたかのように言わなかったか。

「なんだよ、助けてくれたのはそっちのお兄さんっつーことだよな? なんでお前がえらそーに言ってんだ。紛らわしい」

「っ! うるさい! あれは私のものなんだから、私が助けたも同然なんだ!」

 なんだこの娘は。双海が人を平気でもの扱いする不快感に、柳眉を逆立て見つめれば、少女が目に見えてたじろいだ。

「まあまあ。あのね、君。レスカの命令がなければ私は確実に見殺しにしてたよ。だから彼女の言う通り、助けたのはレスカなわけ。私は基本人は嫌いなんだ。巻き込まれて何人死のうがどうでもいい」

 柔らかい口調で、さらりと惨いことを言いのけたのは、双海たちを助けたらしい青年だった。金髪をゆるく背後で束ねた優男だ。身に付けた長く白いローブが異様に似合っている。ジャングルの中というシチュエーションには多大にそぐわないが。

 少女の名はレスカと言うらしい。知らない不審な人物相手に名前を晒してしまうなど、あまり利口とは思えない。だが、青年はそれが不利益となるなら、簡単に双海たちの命を刈り取るに違いない。その証拠に、浮かべた笑顔は常時崩さないが、感情の乗らない冷めた眼をしていた。

「どうも。助かりました」

 それでも礼は言うべきだろうと双海が口を開くと、青年は一度肩をすくめて、興味なさそうに視線を逸らした。

『なんだあのくそむかつくイケメンはっ』

 咄嗟に剣を引き寄せていた双海は、柄を握る。本能が告げている。浮かべている表情反して、あまり性質の良い男じゃなさそうだ。

「いけめん? さっきから奇妙な言葉ばかり……まあよい。もう一度訊いてやる。お前たち一体何者だ? その剣、ソルだな。ソル持ちがこんなとこで、しかもそんな軽装でうろうろしてるなど、怪しすぎる」

「ソル?」

 ソルとはなんだろうか。そもそも喋る剣を前にして、彼女に驚いた様子はない。ケンの声は自分にしか届いてないのかとも思ったが、先程から聞こえていなければできない反応をしている。

「あ、ちょっと待って。血が気持ち悪い」

 言うや否や数回の咳と共に口の中に溜まった血を吐き出した双海は、左袖で顔を手荒く拭った。お気に入りだったパーカーが血まみれになってしまったが、こんなところで汚れがどうとか気にしてても仕方ないと諦める。

「はぁ? それがソルだと知らないで使っていたとでもいうのか? どこの田舎者だ。でもまあそうだな……南北の奥地にはとんでもなく閉鎖的な村がまだあると聞く。そういったところで暮らしていれば、ないとは言えないか……」

 双海が反論も反応もしないままでいると、勝手に結論に達した少女がこれ見よがしに大きな溜息を吐き出した。

「ともかく! こんなところでいつまでもぐずぐずしてたらこいつの仲間がやってくる。お前達もついてこい! 仕方ないから尋問がてらもう少し安全なところに案内してやる」

『おお、なんという見事なツン……』

 というアホの感嘆は無言で受け流し、双海は立ち上がる。少しふらついたが、剣を地面に突き立て体勢を立て直した。

『ぎゃ! 突き刺すのやめて! トラウマが……』

「うるさい。置いてかれたくなかったら少し黙ってろ」

『…………』

 本当にトラウマ化しているようだ。

 しばらくはこれで黙らせようと双海が内心ほくそ笑んでいると、まだついていくとも言ってないのに少女と青年は背を向け、さっさと歩き出した。

 どうやって倒したかは想像つかないのでさておき、あのでかい竜をこの少人数で倒したつわもの達だ。万が一双海達に襲われても対応できると踏んでいるのだろう。そもそも戦うなんていう恐ろしい選択肢自体、双海も持ち合わせていなかったが、そんなこと相手にわかるはずもない。


 竜の頭部にあたる向こう側で何かしら作業をしていた数人に少女が一声かけると、彼らは機敏に進み出て何事か会話を交わしている。少女と青年以外は同じ鎧を身に付けている。簡素だが、防御力の高そうな全身鎧だ。

 あんな馬鹿でかいのと戦うくらいなのだから、当然の装備ではないかと思う。それに比べ、少女と青年の装備の頼りないことこの上なかった。なのに少女は前線で戦っているかのように見えたし、何かからくりがあるにしても、想像がつかない。

『何者だろうレスカたん……』

 相変わらず立ち直りが早すぎる。美少女効果か。確かに可愛いが、美人は三日で飽きるという。重要なのは性格だと心底双海は思っていた。


 これをケンに告げれば、彼はこう反論するだろう。

『どうにかなりたいわけじゃない! 見つめてハアハアしたいだけだ!』

 と。

 その行為に意味があるのか?

 そんななんの得もなさそうな「萌え」は、双海には理解できそうになかった。


「たんはやめろ、気が抜ける」

『ていうかさぁ、鎧とか魔法とか、これってあれ?! 剣と魔法とファンタジーな世界!』

「どこまでも中ニだな。実際そんなところに放り込まれた元平和な国の一般高校生に何ができるってんだよ」

『恋と冒険の旅?』

「あれだな、自分で動けるなら一本足でも根性で進めると思うんだ。勇者にだってなれると思うんだ」

『ごめんなさい! はしゃぎすぎましたっ! ちなみに自分では何かを物凄い消費するので数秒しか動けません!』

 一応小声で交し合う。頭に直接話しかけるようなケンの声に小声とか関係あるのかと懸念したが、どうやら一人だけに話しかけることも可能なようだ。前を歩く者達がこちらを気にする様子はない。

「魔法とか……ありえねぇ」

『俺見たよ。マジで魔法使ってた! 何かペカペカーって魔方陣みたいなのが出てた!』

「マジで?」

『おう! 俺らも使えるのかな? いいなぁ』

 剣が魔法ってシュールだなとは思ったが、大人にも双海は口に出さなかった。本人が夢見てるのだから、好きに見させておけばいい。

「できたら俺は魔法も冒険もない世界で、のんびり暮らしたい……生活に困らない程度に働きながら」

『なんだその、少年らしからぬ望みはっ! おっさんか! 少年らしく大志を抱こうよ!』

 とかなんとかやりとりしながら、ある程度距離をとって先陣についてゆく。時折少女が振り向いてこちらの様子を伺っていた。散歩で勝手にどんどん進んでおいて、ご主人様が付いてきているかを確認する犬のようだとは、口が裂けても言えない。

 見た目通りの可愛い性格とはとてもじゃないがいい難いし、傅かれるのが当然という態度には腹が立つが、言い方はどうあれ彼女の咄嗟の判断で助けられたのは事実だ。

 そのせいか――いまいち嫌悪きれない。

 見失わないように一定の距離を保ちながらついてゆく。

「なあ、ソルって何だ? お前わかるか?」

『残念ながらさっぱり。最低限の知識はあるみたいなんだけど。言葉通じたしな』

「そうか……ん? 言葉?!」

 そういえばどこから見ても外国人な彼らと、何の障りもなく喋れていた。

 よくよく考えると、交わした言語が日本語ではなかった気がする。なのに当たり前みたいに頭の中に意味が入ってきて、自分も母国語を話すかのように言葉を操っていた。だからこそ、平時ならまだしも気付くのが遅れてしまった。

 第二言語をそこそこ長い期間強制的に学ばされる世界から来たが、それでも自由自在に駆使するには程遠い知識しかなかった。

「そうだよ、ここが何語かわかんねぇくらいなのに、なんで通じてんだ?!」

 また何か別の力が働いてるとでも言うのか。忌々しそうに表情を歪めた双海に、宥めるような声がかかる。

『んな顔すんなよ。便利じゃん。安心しろ。そりゃ俺様のお陰だ』

「……は? なにそれ」

『俺とお前は契約で繋がってるからな。俺を通してお前はここの言葉を理解してんだよ』

「…………」

『まあそもそも俺に言葉がわかるのかって問われても答えられないんだけどな! そんなもんだってことで』

「ちょっと待て、契約?」

 覚えの無いことを言われて、眉を潜める。額に手をやりながらいつそんなことをしたのか記憶を遡ってみるが、それらしい原因に行き当たらなかった。

「なんのことだよ。契約なんてしてねーぞ」

『したじゃん。俺に名前をつけただろ?』

「はぁ?!」

 あれをつけたと言っていいのか。確かに「ケン」と呼び名を決めたが。

 しかもあんな簡単なものが契約だなんて、ふざけすぎてないか。覚悟もクソもあったもんじゃない。

「そういうことは先に言えよ!」

『と言われましても……俺は元からお前の剣なんだから、再契約しただけなんだけど』

「そんなさらに記憶にねぇこと言われても困るわ!」

『じゃあ言ったら契約しなかったのか?』

「違う。論点がずれてる。例え同じ結果になったとしても、後承諾が嫌だっつってんの!」

『そっか……えっと、なんかごめん』

 戸惑うようなケンの想いが漏れ出していた。どうやら本当に「当然のこと」として行ったようだ。

 剣持は、唯一生まれ育った世界について語り合える、思い出を共有できる貴重な相手だ。彼の思惑はともあれ、自分のせいで腕だけになってまでついてきてくれたと双海は認識していたし、出来る限り共にあろうと思っていた。

「……もういい」

『なんか俺、お前を怒らせてばっかだな』

 彼なりに落ち込んだのか、声に覇気がない。胸が少しざわつく。

「声の件でも似たようなことを言ったが、何でも口に出して言ってくれ。俺はこの世界の常識とか全くわかんねーし、相手がお前だろうと、声でしか情報を得られない状態で思ってること推測するのは難しい」

 双海は少し口調を和らげて告げた。感情豊かな男だったからこそ、現状でもなんとか読み取れるが、そもそも知らないことが前提になっているものから推測することなんてできるはずもない。

『わかった。けど俺、多分また怒らせることしちまうと思う。だからその都度怒ってくれてもいい』

「……なんですること前提?! 気をつけるという選択肢はないのか」

『もちろん気をつけます! でもおれ、根本は人じゃないんだよ。剣だ』

 意外にも素直に頷かず、そんなことを言う。自嘲気味にも聞こえたそれは、双海の口をそれ以上開けなくした。


「おい、お前達、ぐずぐずするな! 折角助かった命をワイバーンにくれてやるつもりか!」

 遥か前方から少女の声が響き渡る。いつの間にやら話に夢中になって離れてしまっていたようだ。

「ああ、悪い! 今行く!」

 叫び返して足を速める。

『ついてくのか? 今なら横道逸れて逃げられるぞ。身体能力上がったお前なら多分追いつかれない』

 中々懸命な判断だ。先程まで夢物語を語りまくっていた奴の台詞とは思えない。

 

 このように早い段階で人と遭遇するとは思ってもなかったため、双海もかなり迷っていた。決して友好的とは言い難い相手についていってもいいものかと。

 もちろんこの見知らぬ地で生物がいるのなら、生きていく限りいつか会うかもしれないとは思っていた。まさかこうも早いとは予想外だったが。

 懸念しなければならないことは沢山あった。生物がいたとしても見知ったものではない、人と言う種族ではない可能性、いたとして人という形のものが異端である可能性。連ねればきりが無い。だからこそ、現状把握と万が一の対応策を練る時間を欲してこの地に滞在することを決めた。

 だがこの度、懸念は運良く拭われたわけだ。見た目に多少の違いはあれど、生きて意思が通じるだけでも行幸だった。

 残された問題は、ついていくに値する信頼性の有無だけともいえたが、安心したせいで多少高望みしてしまう。もう少し人間性のマシな奴はいなかったのかと。

 双海は生まれ育った国で、ヒエラルキーの底辺ともいえる生活を送ってきた。世界全体に目を向ければその程度、傲慢なことであるのは百も承知だが、問題はそういうことではない。どれだけ他に広い世界があろうと、生活している範囲が「世界」なのだ。

 その範囲の中で底辺にいることは、心を疲弊させる。様々なものがプライドを粉々に砕こうとする。欲しくもない辛酸を何度味わったことか。だが、味わうことに慣れても、卑屈にだけはなりたくなかった。下ばかり向いて生きたくはなかった。

 それは一度死んでも、変わらず双海の中にある。


「いいよ、行くよ。助けといてわざわざ殺さないだろ。状況判断はまだできてねぇけど……生きてりゃなんとかなる、だろ?」

 要は前と一緒だ。万が一底辺に追いやられたとしても、上を向いて生きればいい。自分が自分であればいいのだ。もちろんそうならないのが一番だが、予測は最悪のものを想定しておくに限る。

 双海の涙なくしては語れない――剣持談――人生を如実に表した考え方であった。

『いいこと言うね!』

 どことなく嬉しそうな声に苦笑を浮かべ、双海は少女の下へと追いついた。今度は剣の届く範囲だ。

 そういえば初見の際、少女は大きな剣を持っていた気がする。それがどこにも見当たらない。彼女の身長に負けじ劣らじな長さの大剣だったから、付き従う鎧兵士達が持っていたとしてもすぐに目につくはずだ。

「なあ、えっと、レスカ? あんたさっき――」

「なっ! いつ私の呼び捨てにしていいと言った!」

 台詞を言い終わる前に、物凄い剣幕でさえぎられた。正直何言ってるんだこいつと思った双海だが、彼女だけでなく周りにいた兵士達までも険悪な空気を醸し出していたので、咄嗟に言葉を飲み込んだ。

 動じてないのはあの根性悪そうなイケメンだけだった。今も笑いながら様子を伺っている。

「お前らのような素性の知れない者たちが呼び捨てにしていいようなお方ではないのだぞ! 慎みなさい!」

 一人の兵士が進み出て、きつく言い捨てる。中が一切見えない重そうな全身鎧だったから、全員男だと思い込んでいたが、それにしては声が高い。身長は双海より少し低い程度だし、声変わり前の少年だと言われれば納得するだろうが。

『女兵士?! おいおい、こりゃまたしても微乳なんじゃね? だってあの鎧に収まってんだもんよ! ちょ、いいわ……鎧の下の臭いをかぎたい』

 日々どころか刻々と変態に磨きをかける元親友を黙らせるべく地面に突き刺し、顔の見えない兵士を観察した。

 興奮してたのか、ケンのセクハラ発言は聞こえてなかったようだ。聞かれていたら間違いなく殺処分されていたに違いない。そんなことになれば漏れなく双海も巻き添え決定だ。

『地面怖い……地面怖い……』

 ぐりぐりと地面恐怖症の剣を片手で突き刺しながら、空いてるもう一方の親指でレスカを指し示す。

「あのさ、そもそも俺はこいつが何者か知らねぇし、臣下でも手下でもない。どう敬えばいいんだ? 助けてもらったのは感謝してるけど。俺にしてみりゃ同じ人と人だし。その場合、俺が敬うに値するかどうか判断するだけだと思うんだけど?」

 不快極まりない。並々ならぬ怒りを飲み込んだせいで、少し声が低くなってしまった。レスカの顔色が見る見る悪くなる。

 双海に自覚はなかったが、わかるものにはわかる、静かな殺意にも似た敵意が場を満たしていた。

「レスカ様に対し、なんと無礼な!」

「ぶはっ! あははははは! 確かにそうだよねぇ」

 発言そのものの不敬さに、息巻いて言い募る多分女兵士とは対照的に、実に楽しそうな笑い声が上がった。なんとあの金髪のイケメン青年である。

 笑いを収めぬまま片手をさっと振えば、一陣の風が吹き渡り、場の空気が変わったような気がした。

「ソル使いがあまり感情を込めるものじゃないよ。魔を呼ぶ。まあそれもまた楽しいかもだけど」

 と、訳の分からぬことを呟き、双海を見据える。

「でもまあ君の言うことは正しい。そもそも身分とはそういった儚いものだ。同意しよう。尊敬の念があれば、自然と膝も折れるというしね。レスカ、君はまだまだその程度の存在というわけだ。実に勉強になったね」

「セフィル!」

「セフィルジール様!」

 嬉しそうに告げられた言葉に、二つの金切り声が重なる。兵士の方は憤りながらも単純に怒りを向けられる相手ではないことに戸惑っているようで、名を呼んで後悔しげに黙り込んでしまった。様付けで呼ぶくらいだから、レスカ同様彼女より高い身分なのだろう。

 一方レスカは己が感情のまま睨み付けているが、セフィルジールと呼ばれた青年は実に平然と受け流していた。

「ねえ、黒きソル使い。君はなかなかに興味深い」

 数歩近づいてきたセフィルが、反射的に柄を握り締めた双海の動作を垣間見て、また面白そうに笑みを浮かべる。

「いい反応だね。平和そうな顔をしているわりに危機察知本能は高いようだ。大丈夫、折角助けたんだから殺したりしないよ」

『うそくせぇ……』

 双海の気持ちをケンが代弁してくれた。たまには役に立つ。

「そうだね。君達が戦いたいって言うなら殺してあげるけども。おや? 君のソルは変わっているね。縛り言葉が刻まれていない……中に織り込まれているのかな?」

 観察するように覗き込んでくるセフィルを、ケンが多少怯えた様子で諌めた。

『美形だろうが、男にじろじろ見られて喜ぶ趣味は断じてない! それ以上近づくな!』

 当然ながら相手の方が上手だった。「褒めて頂き光栄だね」と受け流し、ますます身を寄せてくる。

「あのさ、当面命の危険はないわけだから、いい加減君も人型になったらどうだい? ねえ、少年もいつまでもむき出しのまま歩くのは辛いだろう?」

『……?』

「人型?」

 セフィル、ケン、双海と、視線が三つ絡み合った。そもそもの意図が読み取れてない一組と、意図が伝わってないことが予想外な一人が怪訝そうに互いを見合う。

「もしかして……人型がない?」

 一番立ち直りの早かった青年が、初めて表情を笑顔以外のものへと変えた。

「おや、そうか。その年で。これまた意外だな。そうは感じなかったんだけど……私の目も曇ったかな」

「なんだ、こいつなりそこないか!」

 驚く青年の脇から、小馬鹿にしたように言うのはレスカだ。どことなく嬉しそうなのは気のせいか。

「あー……あのさ、驚き嬉しそうなとこ悪いんだけど、言ってる意味が全くわかんねぇ」

『え? えええ?! 俺って人型になれるの?!』

 当人が驚いてどうする。そこは本能に引っかかる部分じゃないのか。

 時折大きく矛盾しているが、双海はあまり気にしてなかった。元々の剣持のアバウトさを熟知していたからだ。

 だがここにある剣は、剣持であって剣持ではないわけで。

 気にしとけば良かったと思う日がくるかもしれないが、とりあえず今のところ大きな問題はなさそうだった。

「いや……」

 セフィルが苦笑を浮かべ、首を振った。

「多分無理じゃないかな。主人がこの年になってまで人型になれないってことは、魔力の供給量が足りないか、何か強い呪をあらかじめかけられているかのどちらかだからね」

 言いながら覗き込むように近づいてくる。どうやら剣を観察したいようだ。少しでも情報が欲しいと、双海は近づきすぎない程度に剣を持ち上げて見やすくしてやる。

「なるほど。やはり魔力の供給が殆どされてないな。きみ本当に幾つだい? その歳まで供給した魔力がこれとはちょっとお粗末過ぎるね。ソル使いになれたのが奇跡としか言いようがない。しかし、へぇ……成熟前とはいえ、色があるね。そのせいで私も勘違いしてしまったのかな。かなり珍しい要石だよ」

 すっと、男の癖に長くて白い指先が柄の中心へと伸びてくる。だがあと少しで届くところで、「俺の大事なところ」と宣言していたケンを思い出し、咄嗟に後ろへと下がった。

「おや、残念。そういう知識はあるわけだ」

 セフィルは抜け抜けと言い放ち、肩をすくめた。やはり信用できない。

『ああああっぶねぇ! 気を抜いてた! 俺の大事な何かが奪われるとこだった!』

 守ったのが馬鹿らしくなる反応だ。差し出して、新たな世界に目覚めるまで撫で回してもらいたい欲望に耐えた。

「魔力供給もされてないのにその輝き、さぞ名高い剣となったろうに。はっきり言って主がこれでは宝の持ち腐れだね。いっそ売ったらいいよ」

 毒を吐きまくっている分爽やかな笑みが怖い。

「何を馬鹿なことを言っている。ソルの剣はソルの主人にしか使えないだろうが」

 落ち着いたらしいレスカが淡々とした突込みを入れた。そうなのかと安堵する声は剣から聞こえていた。

「人型ってのはどうやってなるんだ?」

 素直に答えてもらえるかわからなかったが、尋ねられるのは目の前の人間たちしかいない。

「それが人にものを尋ねる態度か!」

 ここぞとばかりに兵士が割り込んでくる。他の兵士は黙って事の成り行きを見守っているというのに、やはりこいつの図々しさは、女で間違いないだろう。

 などと双海が世の女性に失礼なことを考えていたら、意外にも可愛らしい声が疑問に答えてくれた。

「人型は要石に属性が入った時になれる。魔力を溜める幼生期を経て、臨界に至れば成熟期を迎えるのだが、この成熟期というのが属性が入った状態ということだ。お前のようにソル使いの癖に十分に魔力を満たせず終える例外もあると歴史書で読んだことはあるが、ここ数百年実例はなかったはずだ。そもそも満たせないようなものがソル使いに選ばれるはずもない。存在そのものが不可思議すぎる」

「人を絶滅危惧種みたいに……」

 顔を引きつらせながら小声で呟く。熱弁している少女は気付かなかったが、何故か隣にいる青年には聞こえたようだ。面白そうにこちらを見ている。

「ソル使いって何なの?」

 その質問に、何を今更という表情をしつつもレスカは答えてくれた。

「ソル使いは生まれた時からソル使いであり、常に己のソルが傍に在る。そういうものとしか言いようがない」

「え? 赤ん坊の頃からってこと? 剣が傍にあんの?!」

「本当に何も知らんのだな……まあいい。ソルとはその要石のことだ。ソル使いはもう一つの魂とも呼べるそれを抱えて生まれてくる。一番最初にする仕事は、名をつけることだ。そこで契約が交わされる。おおよそ十五を越える頃には要石に魔力が溜まり、属性が固定されるというが、多少の個人差がある。その後各々が自らに見合った媒介を用意してそれを嵌め込み、様々な形で使用できるようになる。同時に剣も人型を自ら選択して取れる。まあ主人であるソル使いの命であれば、思惑はどうあれすぐさま剣に戻されるが」

「へぇ……」

 意外な聡明さで知識を披露されたことよりも、懇切丁寧に説明してくれたことに感心していた。

『お~! 可愛いだけじゃなく知識も豊富なんて、レスカたん萌え!』

「そうだな。ありがとう、レスカ」

「た、たん……?」

「だから呼び捨てにするなと言っている!」

 女兵士が双海だけに噛み付いてくる。どちらかと言えばケンの発言の方が不敬だと思うのだが。

『レスカたんのたんはねー、様よりももっと上の敬称なのだよー』

「そ、そうなのか?」

 この少女は割に素直なのかもしれない。言動から察するに相当身分が高そうだし、箱入り娘というやつか。

「レスカ様、どうかされましたか?」

「ああ、こいつの剣と言葉を交わしていただけだ」

 女兵士のきつい眼差しがケンへと向けられたが、肝心の奴は嬉しそうに剣身を震わせ呟いていた。耳が腐るかもしれないと、双海は敢えて聞かないよう心がけた。

「この人、声聞こえてないの?」

 その疑問に答えたのは、当人である女兵士だった。

「私はソル使いではないからな。それよりもいいか、お前! 今度レスカ様を呼び捨てにしてみろ。その首が飛ぶと思え」

 ここがどういう世界かまだ欠片しか知らない双海だが、傾倒する主を持つ輩というのは、得てして妄信的だなと思う。そこまで傾倒できる激しい心を持っているのは多少羨ましくもあるが、それはそれ、あまり好きになれそうにはなかった。

「へぇ……んじゃレスカもソル使いってこと?」

 多少意地になっている自分を自覚しながら、双海は何食わぬ顔でレスカに問う。

「貴様……!!」

「もうよい、下がれ」

 憎憎しげな叫びと共に剣に手をかけた兵士だったが、威厳を守ろうとした当人に制され、出鼻を挫かれる。

「し、しかし……」

 どうにも怒りが収まらないのだろう。レスカは再度食い下がろうとした兵士を片手で制し、淡々と指示をだした。

「そろそろ村も近い。先んじてお前が様子を確かめて来い」

「はっ!」

「……お前の忠誠には感謝している。頼んだぞ」

「はっ!」

 二度目の返事は感極まったような喜びが滲んでいた。

 とんだ茶番劇だ。

 それでも、これまでの対応を垣間見、多少レスカという少女に対しての評価を上方修正しなければならない。多少でも人心を掌握できるカリスマ性みたいなものがあるようだ。それは彼女が、大なり小なり立場に見合ったことをしてきている証拠でもある。

 すばやく駆けていく兵士の背中を目で追っていると、咳払いがそれを咎めた。

「え? 何?」

「何ではない。先程の問いにも答えてやろうと言っている」

 今まさに言っただけだろうと思ったが、別に喧嘩を売りたいわけではないので双海は黙って頷いた。自分を曲げるつもりはないけれど、明らかに折れた対応をしてきている相手に意地を張り続けるのはあまりにも大人気ない。

「助かります、レスカ様」

 双海はここで、初めて心からの笑顔を彼女に向けた。敬意など抱いてはいないが、多少意地になったことについて反省はしている。

 あと、偉そうな物言いに慣れてきたのかもしれない。

「な、なな、きゅ、急に態度を改めるな! 気色悪い!」

 先程までの聡明さは掻き消え、挙動不審にうろたえていた。また怒りを買うようなことをしてしまったのか、レスカの頬が赤い。

『ツンデレ同士の競演……何故これが雌同士ではないのか!』

 大人しすぎてすっかり忘れていた存在が、また戯言を喚いている。

「あっはっはっは! ほんっと面白いなぁ、実にいい。面白いことになりそうだ。どこの田舎から出てきたかしらないけど、このまま我等が国まで来るといい。多少はレスカが面倒見てくれると思うよ」

 セフィルがレスカの隣で、彼女と俺達を見比べては心底楽しそうに笑っている。

 何か企んでいる様子のない彼の純粋な笑顔は初めて見たが、逆に最も疑わしく思えるのは何故だろうか。これが人徳の無さか。

「セフィル、何を考えている! こやつ等の素性もまだ知れてないんだぞ!」

「確かにそうだけど。まあ大丈夫だよ。この子達、どんな環境にいたのか知らないけど、死の臭いが殆どしない。よっぽど平和な村で育ったんだねぇ。唯一ついてるものも……なんだろう、これ。不思議と嫌な香りじゃない」

 言ってることはともかく「臭い」とか言われるとドン引きだ。犬でもあるまいし、そんなもので何が判断できるというのか。相手が男ということも多分でかい。

 微妙な顔でやり取りを眺めている双海を余所に、二人の会話は熱を帯びた。主に少女の熱ではあるが。

「いい加減にしろよ、セフィル。お前は私の剣だろう!」

「ええ、あなたは我が敬愛する主で間違いない。だからこそ言ってるんだけど? どこの国でもソル使いは貴重だからね。特に我が国では別格の保護対象だ。連れ帰ってなんの問題が? なりそこないなのが気になるのかい? 例えなりそこないでもソル使いは根本的に人より優位にあるものだよ」

「そういうことではない! そもそもこやつ等はわが国の民ではないのだから、保護対象というのも当てはまらん!」


 二人の台詞が矢継ぎ早すぎて聞き逃すところだったが、驚きの事実が判明した。

「セフィルがレスカの剣――?!」

『マジで?! 人型を取れるって……どっからどう見ても人間じゃん!』

 口喧嘩を始めた二人をチラ見しつつ、ケンと意見を交換しあう。やはり聞き間違いじゃなかったようだ。

 だからあんなに詳しかったのか。自分がそうであるから深く調べたに違いない。

「てことは、あの大剣があの男ってことか? お前のときもしみじみ思ったけど、色々ありえねぇし」

『くそぉ…俺も人型になりてぇ! つか、童貞捨ててぇ!!』

 最後の一言はあまりにも切実で、同じ男である双海も同情せざるを得なかった。


「レスカ、助けようと言ったのは君だ。ならば最後まで面倒見るべきだと私は思うよ」

 「俺等は犬か!」とケンがぼやいていたが、悪い方向に話が進んでいるようには見えなかったので、双海は黙って見守っている。

 この後、数分間程温度差のあるやり合いを続け、「誇り高いレスカ、無責任なことはしないよね?」と、笑顔でセフィルが締めくくった。レスカはまんまと言葉を詰まらせ、忌々しげに眉を潜める。


「なんでお前みたいなのが私の剣なんだ……」

「あなたみたいにひたすら前に突き進むような人には、私くらい捻じ曲がった剣が相応しい」


 押し殺した少女の呟きに対し、自信満々に告げたセフィルの瞳は、誰に向けるものとも違う色が微かに混じっていた。

 慈愛にも似た複雑なそれは、妙に双海の心に残った。






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