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「俺、死んだんだなぁ……これからどうなんのかな」
もう背負うものはない。背負いたくても背負えない。
それはこれから、生前の友が請け負ってくれるものだ。この状態からすると、見守ってゆくことすら適わないのだろう。
だったら、元友人の腕一本と何もない真っ白な空間にいる自分はこれからどうなるのだろうか。このまま白に交わり、溶けてゆくのか。
常に死んだ後ことを考えて生きている人間など、全くいないとは言えないが、きっと数少ない。もちろん双海も多数の内に含まれた個であり、死後の世界なんて想像だにもしてなかった。
『あー……もしもし? 感慨にふけっているところ悪いんだが、正確にはお前は死んでいない……と思う』
虚空を見つめていた双海を、暢気な声が引き戻す。
「何言ってんだ、お前。もし俺が死んでなかったら今までのやり取りは何? ちょお恥ずかしいだけなんですけど?!」
もちろん生きてるなんて欠片も思ってない。
自分に向かってきた大きなトラックは間違いなく衝突し、細身とはいえ男の身体を易々と宙に舞い上げた。それを途中までではあるが、しっかり記憶している。
悪い冗談はやめろという抗議の意味も含めて、ぶら下がっている腕を大きく振り回してやった。
『ちょ、だから、話を、聞いてから、嫌がらせ、してっ』
途切れ途切れの言葉に、僅かばかり気が晴れる。
嫌がらせはしてもいいのか。それは是非ご期待に答えねばなるまいと、双海はとても良い笑顔を浮かべた。
『何その笑顔、ちょおこえぇんですけど! 嘘じゃねぇし! 人の話は最後まで聞きなさいって習わなかったのかっ』
「習ったような習わなかったような……でもほらお前、人じゃないよね、腕だよね」
『腕差別ー!! 腕だからって舐めないでよね!!』
悲壮感の欠片もない会話だ。だからこそそれに救われているのは双海も感じていた。
自らの死が恐ろしくないはずがない。死にたいなんて欠片も思ってなかったのだから余計。
これから過ごすはずだった、親しい者達との未来は全て絶たれてしまった。紡ぎたくとも紡げない未来。
幸せにしてやりたかった。この手で。
きっと、この腕のみとなってまで自分の傍にいてくれる友人がいなければ、どうしようもない後悔や行き場を無くした情愛にここで泣き伏し、一歩も動けなくなっていただろう。下手をすれば自我をなくし、死の中の死を迎えていたかもしれない。
それらは自分という存在を構築していた全てなのだから。
『……い、双海、おいってば!!』
「え? ああ、悪い」
どうやら剣持(腕)が不審に思う程度には意識を飛ばしてしまっていたようだ。
『いや……ん。じゃまあ気を取り直してさっきの話の続き』
「あー、明らかに死んでる自覚ありまくる俺に生きてるっていう性質の悪い冗談か」
皮肉交じりの言葉も「そうそう、それ」という暢気な声で流される。
『冗談じゃねーって。死んだけど生きてるんだよ。えーっと、何て説明すればいいんだ、これ』
もともと考えるより即行動な脳筋族の剣持は、己の感情を表現することはそれなりにできても、他から与えられた情報や事柄を自分なり伝えるのは苦手なのだ。噛み砕くまでに時間がかかる。
それをわかっている双海は、口を挟むことなく待つ。それで駄目ならいつもしていたように上手いこと誘導して聞き出せばいい。
『まず、俺は剣持であって剣持でない。そもそも腕だけどな!』
どこをどうしたらそういう出だしになるのかわからないが、剣持はそう口火を切った。
『まあ聴いてくれ。俺は元々剣持ではない何かだったが、剣持になった。そして今、剣持から離れた何かになったってわけ』
「?」
元々熱くなると双海には理解不能な言動をする奴ではあったが、今回は過去最高に意味がわからない。
『わけわかんないよな、うん、俺もよくわかってないから説明がホント難しいし……ああっとだな、何かが剣持を通して再度俺という何かに戻ったってことなんだけど。同じ何かでも、もう別の何かになったのが今の俺ってわけ』
自身満々に短い身体を反らされても、相変わらず訳が分からない。
幸い双海の頭は対する腕より数倍良かった。取りとめない言葉を噛み砕くくらいの技量はあった。
「要するに、元々剣持とは別のものだったお前という存在がいて、何らかの理由あって剣持と一緒に……混じり合ったってことか?」
『おお、そうそう。それ近い』
「んで、こうして腕のみになったことで、再度分離されたけど、剣持と混じったことで、当初のお前とはまた違った存在になった?」
『やっぱ頭いい奴は違うねぇ。理解すんのが早い。まあそんな感じだ』
ぶら下がってる腕が、嬉しそうに揺れる。
双海だって理解していても、納得しているわけじゃないのだが。そもそも、腕のみで動く存在など知らない。ましてや脳も持たず思考するなどといった世の理に矛盾する生物がいるわけがない。
現在、自らが死んだはずなのに会話している。そういう不思議状態だからこそ、こういうこともあるかと受け入れているだけだ。
『俺はね、元々は剣なんだ』
「つるぎ? つるぎってあの、斬った張ったする剣?」
『おう。一度剣持と混じっちゃったことで、リセットされたのか記憶が曖昧なんだけど……それでも、自分が剣だって理解するのは本能なんじゃねーかと思う。多分』
腕が剣――試しに振り回す自分を想像してみた。笑えない。スプラッタ映画だ。
『あ、言っとくけど、これ、本来の姿じゃないかんな! 今はまだ、さっきまでの世界に引きずられてこんなんだけど。本当はもっとカッコいいんだぜ、俺様!』
まさに今、四方八方どこから見ても腕ででしかない奴に言われても実感は沸かない。
『何かを探して? 追っかけて? 来たはずなんだけど、よく覚えてない。でも見つけた。そりゃお前だ』
「……は?」
『だから、お前を探すだか追っかけるだかして俺はここにいるんだよ。うっかりまた置いてかれそうになったけどな! 間に合ってよかった。結果オーライ!』
「……なんで?」
意味不明すぎる。双海には追っかけられる覚えも探される覚えもないし、剣持になる前の何かなんて知る由もない。
よくよく考えると腹立たしい。その理論からいくと、双海が剣持と知り合い――口にするのは恥ずかしいが――それなりの友情を築いたのだって、よくわからないものの影響下にあるようではないか。
もしそれが本当なら実に受け入れがたい話だ。そんなわけのわからないものに操られた人生が剣持の、そして双海自身のものだったとは思いたくもなかった。
『言っとくが、俺とお前が友達なのは偶然に偶然が重なっただけだかんな! それを必然と呼ぶ……的物語もあったりするが、俺から言わせりゃどれも結果論なんじゃねーかと思うわけ。運命的なもんはそう思いたい奴らがそう思えばいいっつーか。そりゃ多少仲良くなったのには俺らの持つそもそもの相性に関係してたかもしれねーけど。相性なんて結局どんな奴らにもあんだろ?』
実に剣持らしい解釈だ。問題点がずれている気もするが、よくわからないものに人生を決められたと嘆くより、余程いい。
「かなり暴論な気もするが、お前にしては悪くない。足りない人が足りないなりによく考えたって思うよ」
生暖かい笑顔と共に告げる。
『あれ? 俺何故か馬鹿にされてる?』
「褒めてる褒めてる」
『そ、そうか……なんて納得するかボケェ! 確実にアホ扱いじゃねーか!』
「いたいいたいいたいっ」
ギリギリ握り締められた双海は、逆襲として空いてる左手で叩き返す。しばらくやり合いを続けた後、二人――もとい一人と右腕はその不毛さに気付いて動きを止めた。
「なあ、剣持。お前いつまでぶら下がってんだよ」
『だって腕一本でどうやって移動するよ』
「……指?」
『いやいやいや、俺、こんなんなってまだ小一時間よ? いくら美麗筋肉でも、んな微妙なバランス取って立つ自身ないし』
元々野太い男の腕は、単独でもずっと持ち上げていると重さが気になってくる。
「とりあえず左手で抱えてやるから、右手から離れてくんね? 疲れてきた。ほら、これなら落ちないだろ?」
『お、落っことすんじゃねーぞ?! こんなんでも普通に痛いんだからなっ』
「はいはい」
左腕で抱え込むとしばらく間を空けて、そろそろと右手が離れていく。双海の右手は長らく掴まれていたお陰で紅くなっていた。
「そんで……これから俺たちどうすんだ? どうすりゃいいかもお前が知ってんのか?」
運動がてら軽く振ったり回したりしつつ、左脇に納まっている腕に尋ねた。
『いんや、しんね』
あっさり言い放たれる。どうでもいいが、手の平をワキワキするのはやめてもらいたい。
「役立たない……さっきの思わせぶりな感じは何だったんだ……」
『いや、ほら、お前が本来の死を迎えてないってのはわかんだよ。理由は俺がお前の剣だからとしか言いようがねぇけど』
「なんだそりゃ。そもそも剣って一体――――」
言いかけた双海が止まる。視線が前に釘付けだった。
「おい、剣持……」
『あ?』
「あれ、何だ――?」
剣持が手の平を持ち上げ、左右に揺らす。まるで覗き込むような動作だが、もちろん腕に目などあるわけもない。先程から見えていなければ、聞こえてなければできないような受け答えをしているが、どこで五感を補っているのか。
『おおお、見事な扉だな』
「でかい……」
『西洋風だな! ワクワクすんな!』
「しねぇよ、不気味なだけだっつーの」
暢気にはしゃぐ腕に突っ込みを入れながら、いきなり目の前に現れていた扉を観察する。
あるのは扉のみ。左右に壁もなく、ただ単体で扉だけがそこにあった。古くも磨き上げられ、鈍い輝きを放った石造りの重厚なそれは、半端な力では重くてとても動かせないのではなかろうか。
表面には精巧な彫刻が至るところに施されており、世界中探してもこれほどのものはないかもしれない。双海も剣持も芸術方面にはとんと疎いが、その芸術性には圧倒された。
『すげぇな。誰が作ったんだろ、これ』
「どうでもいいわ、んなこと。それよりどうするよ。開けてくださいと言わんばかりに目の前にあるんですけど……」
『だなぁ』
二人して頭を悩ます。双海だけでなく、剣持も見た目反して意外と慎重派である。ただし頭に血が上ってない時に限るが。
「なんかここまであからさまに入ってくださいと言わんばかりにされると、入りたくなくなるのは何故だろう」
『お、あれか?! 素直に入ると思ったら大間違いなんだからね! というツンデレ』
「うん、実に気持ち悪い」
一言で切り捨て、とりあえず警戒しつつ扉へと近づいてみる。数メートル手前で、回り込むように進む。反対側を覗き込んでみたが、どちらから見ても同じ扉だった。
「どう思う?」
『どうって?』
訊いた自分が馬鹿だった。双海は一度ため息と共に肩を落として、気を取り直す。
再び最初の位置に戻りしばらく扉を見つめた後、あからさますぎて不気味ではあるが、このままこの真っ白な空間にいても埒が明かないと、意を決する。
「行くぞ、剣持」
『マジか。短いツンデレタイムだったな』
「誰がツンデレだ。それはともかく! どの道、それ以外にできることないかんな。あんなでかい扉、開けられるとも思えんけど。まあやるだけのことはやってみよう。こんな何もないところでグダグダしてるよりゃマシだろ」
そう宣言した双海は、仁王立ちで扉を見上げた。腰に当てた方の腕からはもう一本腕が生えているという、実に奇怪で締まらない姿だが、誰も見てないので良しとしよう。
『おお~なんだか前向きー! そうそう、後ろは超絶美麗筋肉な元【俺】に任せて、俺たちは前向きに行こうぜ!』
どうしても超絶美麗筋肉を誇りたいらしい。もう無いからか?
あくまでも双海はスルーの姿勢を貫いた。目と鼻の先まで近づいた扉に、そっと手を伸ばす。
「ふむ……ただの石造りの扉だな。見事に磨かれている。ヤスリで削ったのかな。大変そうだ」
見た目違わぬ素晴らしい手触りだった。ニスなどの塗料を使わず、ただの石が磨くことだけで輝いている。
「あれだな、大理石っぽい。だけど結晶質石灰岩ってわけじゃなさそうだ」
『結晶……なんだって?』
「石灰岩。大理石のこと。こいつは多分花崗岩……かな。御影石って聞いたことあんだろ?」
『ああ、墓石とかになるやつ?』
言った当人は全く意識してないだろうが、上手いこと言うと双海は思わず笑ってしまった。これが自分達の墓石だと思えば、実に皮肉な話だ。
「やっぱり押してもウンともスンとも言わないな。折角開いても向こう側が見えました、というオチも大いに考えられるが」
『何だこれ』
いつの間に腕からすり抜けたのか、剣持が目の前にあった丸い穴に手をかけぶら下がっている。ちょうど扉の真ん中あたりにあったそれは、剣持の腕と同じくらいの半径で、覗き込んでも先が見えなかった。
扉の幅から考えても、通常なら向こう側が見えるか、真っ暗だとしても穴の奥行きくらいは見えてしてもおかしくない。なのに、ずっと向こう側まで暗闇が続いている。そこだけ異様だ。
『双海ぃーみてみてー』
考え込んでいた双海を間の抜けた声が引き戻す。
器用にも、手首から下を穴に突っ込んで、手をひらひらさせている剣持がいた。
『こんにちわー握手しようぜー』
幼稚園児のお砂場遊びでよく聞く台詞だ。大丈夫かこいつ。
「あのなぁ……ぁああ?!」
放置するには痛々しすぎるため、心優しくせめて突っ込みを入れてやろうと開いた双海の口は、そのまま驚愕の開口へと変わってしまった。
「け、剣持、お前! ひ、ひかっ」
『え? 何?』
剣持の腕が輝いていた。あっという間に光度を上げ、輪郭さえ覚束なくなってゆく。同時に、何か重いものが動く音がした。眩い光で視界は塞がれ確認できないが、音の出所は間違いなく扉からだった。
『おおおおおおおお! 何じゃこりゃー!!』
「剣持!」
扉と共に声が遠のいていくのに慌てた双海だったが、手探りで何とか剣持の腕だろうものを捕らえた。思いっきり引き寄せたと同時に、どこから沸いたのか不明な強い力で前へと引き寄せられた。
「うわあっ!!」
つんのめるように倒れる。抱えた腕のせいで、片手しか伸ばせない。頭さえ守ればなんとかなると思いっきり突っ張っていたが、いつまでたっても床の感触に行き当たらない。勢いのまま一回転した身体が、宙に放り出された。
見開いた視界に広がるのは、先程までと打って変わった真っ暗闇。落下してるというよりも浮遊しているみたいだ。どっちが上か下かもわからない。
そんな中、せめて多少なりに状況判断しようとする双海だが、何故か思考が覚束ない。意識を失うような理由もないのに、徐々に遠のいていく。何に、もしくは何のせいでかはわからないが、強制的にそうさせられているように感じた。なんとも言えない不快さが纏わりつく。
「け、剣持っ! 無事か?!」
必死に意識を繋ぎとめながら確かめる。
『おう! しかし眠い! なんだこりゃ』
「俺もだ。無事なら、いい。寝てもいいけど、なるべく離れる、な、よ……」
『へいへい。最善を尽くします。あ、でも俺、多分――』
そこで双海の意識は途切れた。剣持がまだ何か喋っていたのはわかったが、聞き取ること叶わなかった。
引きずり込まれた暗闇の中で、双海は夢を見た。
死んだ後でも夢を見れるのかどうか疑問は尽きないが、まさに今、夢の中にあって夢と自覚しているあの感覚を味わっているわけだから、やはりこれは夢みたいなものなのだろう。
『何か』に強要された夢らしき世界。
それだけでも不快なのに、よりにもよってこんなものをみせなくても……と、双海は目の前に広がる光景を腹立たしく見つめていた。
白黒の垂れ幕が雨に霞み、傘を差した男女がその脇に並ぶ。
皆が黒と白を纏ったモノクロの世界は、無声映画のように、映像だけが淡々と流れてゆく。
ずっと先に視線をやれば、双海もよく知る小さな室内に行き着いた。
狭い部屋は精一杯片付けられ、祭壇や花で埋まっている。
中央あたりに横たえられた木箱の脇に、縋るようにして泣いている女性の姿があった。女性の後ろには小さな男の子が彼女の上着の裾を掴み、「ママ、ママ」と泣いて呼び続けている。
そして彼らの少し手前には、正座のまま頭を畳に擦り付けるように身を丸めた少女が見える。細い肩が何度も何度も揺れているのは、おそらく涙をしゃくり上げているせいだ。
周りの人間達は、痛ましさと困惑をないまぜにしたような、複雑な表情でそれを伺っている。深い悲しみであろうことは理解できても、泣き崩れるばかりでは儀式は進まないからだ。
今すぐ駆け出して、抱きしめてやりたい。だが、それも叶わない。誰でもいい。誰か手を差し伸べてやってくれ――押しつぶされそうになる胸を押さえ、祈るような気持ちで震えながら見ていた双海の脇を、誰かが通り過ぎる。大きな黒い背中が彼らの前に進みでた。学ラン姿の少年だった。
少年はまず、木箱に縋る女性の手を取り移動させようとするが、手を払い退けられる。彼は動こうとしない彼女を見下ろしながら顔を伏せ、込み上げてくる感情を抑え込むように拳を握り締めた。
意を決したように顔を上げると、振り向きもしない女性に話しかける。
どれくらい言葉を投げかけただろうか、漸く女性が動いた。のろのろと顔をあげ、声のする方へ向けた。化粧気のない彼女の顔は酷い有様だった。正面から視線を受け止めた少年が息を呑むのがわかる。
少年は、ゆっくりとした動作でその場に正座し、深々と頭を下げる。
続けて何か言っているようだが、どう耳を澄ませても、聞き取ることはできない。
少年には右腕がなかった。ちょうどこちら側にある右袖が、下げた頭の脇に中身なく垂れている。
どれくらいの時間が経過しただろうか。再び顔を持ち上げた少年の顔色も、対する女性に負けず相当悪い。時間をかけて立ち上がったが、すぐにふらつき、足を踏みしめて止まる。
そして立った状態でもう一度直角に身を曲げる。伏せた頭から落ちてゆく雫が彼の足元を濡らしていた。
女性からは何の反応もない。ただ、涙ながらにそれを眺めているだけだ。
少年は左腕で乱暴に顔を拭うと、近くにいた壮年の男性に何事か声をかける。しばらく話した後、時が止まっていたかのように静まり返っていた場が動き出した。
「もうやめてくれ……」
双海は誰にともなくかすれた声で懇願する。
「もういい! もういいから!!」
頭を抱えて蹲る。
そうだ。これが現実だ。
どんなに明るい道を示されようとも、時が癒してくれようとも、それはもっと先にあるものだ。
これから彼らは幾日も幾年もかけてそこに辿り着かねばならない。
「悲しんでくれなくていい。忘れてくれてもいい。元気に生きてくれてさえいればいいんだよ」
あそこにいない自分は、願うことしかできない。
これが死ぬということ。
なんでだろうか、昔同じような願いを抱いたことがあるような気がする。
こんな想いを繰り返していたなら、覚えていて当然だろうに、どうしても思い出せない。
辛い、苦しい、痛くてたまらない。
こんなことならいっそ――――
『そりゃお前が生きてるからだ』
どこからか響く声が双海に答えた。
死んでいるのに生きている、その理不尽さに激しい憤りを感じた。
「……ばよかった!」
搾り出すように、唸るようにして叫ぶ。
「本当に死んでればよかったんだ……っ!」
そうすればこんな想いしなくて済んだ。
それは今の双海の、心からの声だった。
『…………』
言いよどむ気配の後、それはこう続けた。
『いつか……生きててよかったって思える日が来るといいな』
ふざけるなと思った。
無責任なことを言うなと激しい憎しみさえ沸いた。
なのにどうしてか心のまま罵ることも、否定の言葉を発することさえできず、双海は子供のように蹲ったまま大声で咽び泣いた。
『ごめん……』
その言葉を最後に、双海の泣き声だけが空間を支配する。
いくら泣いても声が枯れないのをいいことに、双海はどうにもならない感情をひたすら吐き出した。